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2024.10.31 (THU)

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エッジAI型センサパッチの開発にはじめて成功 ~未病の早期発見に向けた遠隔医療・遠隔見守りへの貢献に期待~

ポイント

  • 絆創膏型の無線・多種バイタル計測フレキシブルマルチモーダルセンサパッチを実現。

  • クラウドやインターネット接続無しで常時バイタル解析可能。

  • 未病の早期発見に向けた遠隔医療や遠隔見守りへの発展に期待大。

■概要

 順天堂大学医学部救急・災害医学講座の渡邉心先任准教授、北海道大学大学院情報科学研究院の竹井邦晴教授、東京大学大学院情報理工学系研究科の中嶋浩平准教授、大阪公立大学大学院工学研究科の本田智子研究員、大阪公立大学工業高等専門学校の早川潔教授らの研究グループは、心電図、皮膚温度、呼吸、皮膚湿度を常時連続計測可能な、絆創膏のように柔らかい無線型のフレキシブルマルチモーダルセンサパッチを開発しました。そして、本センサパッチを実際に被験者に貼付することで、皮膚表面から取得されるバイタル情報を、機械学習の一種であるリザバーコンピューティングを用いてリアルタイム解析するアルゴリズムのシステムを構築しました。このアルゴリズムをスマートフォンに搭載することで、マルチモーダルセンサパッチからの無線通信により、刻一刻と変化するバイタル情報の解析結果を、インターネット接続無しで常時表示することができるシステム(エッジAIシステムといわれる)の実現に初めて成功しました。
 なお、本研究成果は、日本時間2024年10月31日(木)公開のDevice誌(米国科学学術雑誌「Cell」の姉妹誌)に掲載されました。

20241031プレスリリース画像1

開発したマルチモーダルセンサパッチとその解析システムの写真とイメージ図

■背景

 高齢化社会及び一般市民の健康管理に向けた興味の高まりに伴い、遠隔で常時健康管理を行う時計型のウェアラブルデバイスの普及が盛んになってきています。これらにより「心拍数」や「活動量」の計測を常時、無意識下で計測することができるようになってきました。しかし現状、装着感を優先しているため、センサと体の密着性が悪く、皮膚表面から安定且つ高精度な多種バイタルを計測することは難しい状況です。そのため遠隔診断や遠隔見守り、さらに未病の早期発見へと展開できずにいます。もしウェアラブルデバイスを皮膚に密着することで「無意識」のうちに多種バイタル情報を精度高く計測できれば、装着による異物感を感じることなく未病の早期発見や適切な治療方法の提案、そして、孤独死などを大幅に減少することに繋がる可能性があります。さらに従来の病院の断続的な検査結果とは異なり、日常生活のバイタル変化結果を用いた診断が可能となり、医療の風景を大きく変える可能性があります。これは「安心」「安全」「快適」「健康」な社会の実現へと繋がり、より幸福度が高く、活気にあふれた近未来社会の理想像の実現へと結びつけることが期待できるものです。

■研究手法

 本研究では下記の項目について研究開発を行いました。

1)皮膚に絆創膏のように密着し、皮膚表面から多くのバイタル情報取得を目指し、柔らかいフィルム上に、心電図(ECG)センサ、皮膚温度センサ、呼吸センサ、皮膚湿度(発汗)センサを集積させたデバイスの開発。

2)上記、柔らかいフレキシブルセンサに無線システムを搭載させ、その得られたバイタル信号をBluetoothを用いてスマートフォン上に送信するシステムの開発。

3)得られたバイタルを瞬時解析する機械学習アルゴリズムの開発。

4)常時・連続バイタル解析アルゴリズムをスマートフォンに実装させ、インターネット接続無しでバイタルデータなどを自動解析し、その結果を表示するエッジAIシステムの開発。

■研究成果

上記の(1)~(4)について、それぞれ以下の研究成果が得られました。

(1)センサ

 センサの作製プロセスを開発することで、ポリエステルフィルム上に心電図、皮膚温度、呼吸、皮膚湿度を常時安定に計測できるセンサを集積化しました。開発したマルチモーダルセンサパッチを図1に示します。素材のポリエステルフィルム自体は水蒸気透過性が悪いため、長時間の装着により蒸れや皮膚のかぶれなどの問題が考えられます。そこで蒸れなどを防止する目的で、フィルムに小さな穴を無数に形成することでこの問題解決を図りました。実際、高温多湿環境下で本センサシートを12時間程度貼付しても皮膚のかぶれなどの問題が起こらないことを確認しました。

(2)無線システム

 (1)で開発した機械的に柔軟なフレキシブルマルチモーダルセンサパッチの出力を無線通信するための無線回路の開発を行いました。センサから得られる電気抵抗値変化をデジタル変換する回路、心電図のような微小信号を増幅する回路、低消費電力で無線通信を行うBluetooth Low EnergyBLE)などを搭載しました。また、加速度センサを搭載することで、人の動きや姿勢の計測も可能にしました(図1右写真内の無線回路)。さらに電源は小型のリチウムイオン電池を用いることで3cm角程度のシステム開発を行うことができ、胸元に貼付しても違和感無く皮膚表面から多種バイタルデータの常時計測ができるようになりました。

(3)瞬時データ解析アルゴリズム

 無線マルチモーダルセンサパッチを用いて皮膚表面から計測した多種バイタルデータを瞬時に解析するアルゴリズムの開発を行いました。ここでは機械学習の一種であり、高速解析を可能とするリザバーコンピューターという技術を適用し、解析パラメーターやアルゴリズムの最適化を図りました。図2は皮膚温度、心電図、呼吸、皮膚湿度、そして加速度センサの連続計測の結果を示しています。例えば、計測中に咳をすると常時計測される心電図中にノイズが生じます(図2右下)。このようなノイズは咳のみに限らず、体を大きく動かす、不整脈などによっても発生します。このノイズをリザバーコンピューターで解析することで、咳、不整脈、体の動きを判別することに成功しました。その他にも加速度センサの出力結果を解析することで転倒や姿勢の判別なども可能になりました。現状、正答率は80%前後と完璧ではありませんが、誰が使っても同じような正答率がでるように(汎化性能という)、データ解析アルゴリズムを最適化させました。またこのような複雑なデータ解析がなくても、心拍数や皮膚温度、呼吸数、皮膚湿度(発汗)を常時計測することも可能です。

(4)エッジAIシステム

 (3)のようにリザバーコンピューター技術を用いることで、誰が利用してもバイタル情報などから咳や不整脈などを見極めることが可能になりました。そこでこの解析技術を現在多く普及しているスマートフォンに搭載させることを試みました。図3に示すようにスマートフォンのアプリにこのリザバーコンピューターの解析アルゴリズムを搭載させることで、インターネット接続がなくてもバイタルの無線計測からデータ解析、そしてその結果の表示を行うエッジAIシステムを実現させることができました。現状、一般的なパソコンと比べるとスマートフォンの計算スピードはまだ遅いため、スマートフォン上での解析及び表示には5秒程度の遅れがありますが、パソコン上での解析と遜色のない結果をフィードバックすることが可能です。本開発では全てのアルゴリズムをスマートフォン内に実装し、解析もスマートフォンによって実施されているため、インターネット接続がない過酷環境などでの利用も可能です。

■今後への期待

 本エッジAI型マルチモーダルセンサパッチを用いた未病の早期発見や遠隔診断といった応用展開はまだできていません。その大きな理由は、本センサパッチを用いてどのような疾患を早期診断できるかがまだ分かっていないためです。本課題解決へ向け、現在、医療機関の協力を得て、様々な疾患に対するバイタルデータの取得及び解析を行う実証試験を開始しています。本実証試験を通して、医学的根拠となるデータの取得、さらにそのデータを用いたリアルタイム解析ができるようになれば、高齢者、過疎地、そして災害現場などでの遠隔診断や遠隔見守りが実現できます。また、我々が病気と気づかない時点で、体が何らかの異常信号を出している可能性は高く、これを早期検出できれば、未病の早期発見が期待できます。これは従来の断続的なバイタル計測では実現できない、本センサパッチによる常時計測だからこそ達成できるものです。これら遠隔診断、遠隔見守り、未病の早期発見といったことができる社会を作り上げることができれば、「もう少し早く病院に行っていれば…」といったことがない、健康で安心な生活を送ることができ、結果として幸福度向上に伴うストレス軽減から更なる健康社会実現が期待できると考えています。

■謝辞

本研究はJSPS科研費(JP22H00594JP24H00887)、JST AIP加速課題(JPMJCR21U1)、村田学術振興財団、武田科学振興財団、日立財団(倉田奨励金)の助成を受けたものです。

■論文情報

論文名: Real-time personal healthcare data analysis using edge computing for multimodal wearable sensors(マルチモーダル・ウェアラブルセンサによるエッジコンピュータを用いた常時健康データ解析)

著者名: 松村紅怜1、本田智子1、菊池尊勝2、水野友稀2、原 飛雅1、近藤芳樹3、中村悠希13、渡邉 心4、早川 潔2、中嶋浩平5、竹井邦晴31大阪公立大学大学院工学研究科、2大阪公立大学工業高等専門学校、3北海道大学大学院情報科学研究院、4順天堂大学医学部、5東京大学大学院情報理工学系研究科)

雑誌名: Device(電子デバイスの専門誌)

DOI: 10.1016/j.device.2024.100597

公表日: 日本時間2024年10月31日(木)午前0時(米国東部標準時(夏時間)2024年10月30日(水)午前11時)(オンライン公開)

 

【参考図】

20241031プレスリリース画像2

図1.開発したウェアラブルマルチモーダルセンサパッチ

 

20241031プレスリリース画像3

図2.マルチモーダルセンサパッチによる皮膚温度、心電図、呼吸、皮膚湿度、加速度(活動量)の常時計測結果と呼吸・心電図の詳細データ。咳をすると心電図にノイズが生じるデータの例

 

20241031プレスリリース画像4

図3.エッジシステムのデモ風景とその解析結果:パルス的信号で上に出ている箇所で、転倒、活動、または咳がありと解析できた