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再発又は難治性B細胞リンパ腫に対するCD19抗原標的CAR-T細胞輸注後、本邦に多く発症する喉頭浮腫の予測因子の解明
順天堂大学大学院医学研究科 血液内科学の細谷英里奈大学院生、木下慎太郎助教、安藤美樹教授および細胞療法・輸血学の安藤純教授らの研究グループは、2020年9月から2023年9月の3年間に、CD19抗原標的キメラ抗原受容体T細胞療法(CAR-T療法)*1である、チサゲンルクルユーセル (Tisa-cel)の治療を受けた59名の再発又は難治性B細胞リンパ腫患者の単施設後方視的解析を行い、有効性と安全性を報告しました。本研究の中で、Tisa-cel輸注後11名の患者に喉頭浮腫が発症したこと、さらにこの副反応は本邦に多い特徴があり、その予測因子を初めて解明し、対処法とともに良好な治療成績を報告しました。本成果により、喉頭浮腫の発症リスクをあらかじめ予測し、発症早期に発見して迅速かつ適切なマネジメントに繋げることで、より良い治療提供が可能となると考えます。本論文はHaematologicaに2024年10月17日付でオンライン先行公開されました。
本研究成果のポイント
- 3年間の単施設後方視的解析において、再発又は難治性B細胞リンパ腫に対しTisa-celを投与した 59名中11名の患者に喉頭浮腫を経験した。
- 輸注製剤中のCAR陽性細胞数が多い、もしくはエフェクターメモリー陽性率が高い場合に有意に喉頭浮腫発症率が上昇することを同定した。
- 上記の発症リスクを考慮して喉頭浮腫を早期発見することで、迅速で適切な処置と治療に繋げることが、極めて重要であると結論づけた。
■背景
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫は、悪性リンパ腫の中で最も多い病型です。約6割が初回化学療法で寛解を得られますが、再発・難治症例では化学療法に不応性となり、病状が急速に進行するため予後は不良です。また悪性リンパ腫の中で2番目に多い濾胞性リンパ腫は、低悪性度リンパ腫に分類されているにもかかわらず、約2割の患者さんが初回化学療法から2年以内に再発します。その場合、治療を繰り返しても寛解を得ることは難しく、予後は不良です。これら治療に難渋する再発・難治性B細胞リンパ腫の患者さんに対して、長期寛解を得るために有効な治療法が必要とされていました。そこで登場した治療法が、患者さん自身の免疫細胞であるT細胞に遺伝子改変を行い、白血病細胞やリンパ腫細胞への攻撃力を高めるCAR-T療法です。我々の施設では、CD19抗原を標的とするCAR-T療法(Tisa-cel)の輸注後に、急激な喉頭浮腫を発症する複数の症例を経験しました。時に気道閉塞により生命に関わりうる合併症であるにもかかわらず、過去の報告は日本を含めてアジアから数例のみで、そのメカニズムや対処法は明らかにされておりませんでした。そのため本研究では、当院でTisa-celを投与した再発・難治性B細胞リンパ腫の患者さんにおけるCAR-T療法の臨床転帰、喉頭浮腫の出現リスク、その対処法について探求するため、単施設後方視的研究を行いました。
■内容
本研究では、2020年9月から2023年9月までの3年間に当科でTisa-celによるCAR-T療法を計画した再発・難治性B細胞リンパ腫患者59名について、単施設後方視的研究を行いました【図1】。びまん性大細胞型B細胞リンパ腫患者における全奏効率*2は65%、12か月時点での全生存率*2は73.8%、無増悪生存率*2は49.6%と良好でした。安全性に関する評価では、観察期間中にTisa-celの輸注が完了した41人のうち30人(73%)にサイトカイン放出症候群*3が見られ、そのうち14人(34%)がグレード3以上でした。平均2週間で軽快しリハビリを行い退院しました。本研究において特記すべき点として、喉頭浮腫が11人(27%)に出現しました【図2】。頚部周辺のリンパ腫病変の有無に関わらず発症し、また1人においてはサイトカイン放出症候群を発症していないのに喉頭浮腫を起こしました。
喉頭浮腫は、時に気道閉塞をきたし重症化するリスクもあるため、喉頭浮腫の出現を予測する因子を同定する目的で、喉頭浮腫を発症した症例と発症しなかった症例について比較解析しました。その結果、輸注CAR陽性細胞数が3.4×108個/μLを超える場合に喉頭浮腫の発症リスクが有意に高まることがわかりました。さらに、輸注CAR-T細胞のメモリーフェノタイプをフローサイトメトリーで解析したところ、喉頭浮腫を合併した症例のエフェクターメモリーT細胞*4の割合は、喉頭浮腫を合併しない症例に比較して有意に高いことがわかりました。喉頭浮腫を発症した患者の生存率は100%であり、適切なマネジメントを行えば予後良好であることも確認できました(観察期間中央値7.45か月)。
喉頭浮腫にはステロイドの投与が有効ですが、ステロイドは生体内のCAR-T細胞を減少させてしまう懸念が以前より指摘されていました。そこで、ステロイドの投与前後での喉頭浮腫患者の末梢血検体を用いて、生体内のCARコピー数の変化率をqPCR法で解析することで、患者体内におけるCAR-T細胞数への影響を確認しました。その結果、喉頭浮腫に対するデキサメタゾンの投与はCARコピー数に大きな影響を与えないことが示されました。一方でメチルプレドニゾロンを投与した場合はデキサメタゾン投与に比較し、有意にCAR-T細胞数が減少することを確認しました。
以上の結果より、本研究では再発・難治性B細胞リンパ腫に対するTisa-celの有効性と安全性を評価することで、日本人には喉頭浮腫が高い頻度で起こりうること、その因子としては輸注CAR陽性細胞数およびエフェクターメモリーT細胞の割合がリスクとなることを同定しました。喉頭浮腫が起きた場合には、早期に発見してデキサメタゾンを投与し、必要があれば早急に気道確保を行うことにより、安全で有効な治療成績に繋げることが可能であることを示唆できました。
■今後の展開
より長期の経過観察が必要であり、解析を持続して結果を報告できるように準備します。また、現在本邦で使用できる他の複数CAR-T製剤についても解析を行い、診療に有用な成果が得られるように研究を進めています。これらの成果により、多くの難治性血液腫瘍患者さんが希望を持てる治療成果に繋がることを目指して、研究グループ全体で一層努力を続けます。
図1:本研究の概要
アフェレーシスT細胞から製造されたCAR-T細胞について、最終品質報告書による製品情報の解析のほか、輸注後バッグ内残余細胞や患者末梢血の検体をqPCR法およびフローサイトメトリーを用いて解析した。
図2:喉頭浮腫
当院で経験した喉頭浮腫の出現前(左)と出現後(右)の喉頭鏡所見。喉頭蓋周囲に全周性の浮腫が出現し気道が狭窄している。
■用語解説
*1 CD19抗原標的キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor: CAR)T細胞療法: 患者自身の血液から採取したT細胞に遺伝子改変を行い、CD19抗原を発現しているB細胞由来の白血病や悪性リンパ腫の細胞を特異的に認識できるようにすることで、がん細胞への攻撃力を高めるがん免疫療法。
*2 全奏効率、全生存率、無増悪生存率: 全奏効率とは、完全奏効または部分奏効を認めた患者の割合。全生存率とはその時点で生存している患者の割合。無増悪生存率とはその時点でがんの再発や進行を認めない状態で生存している患者の割合。
*3 サイトカイン放出症候群: CAR-T療法の代表的な合併症のひとつ。輸注されたCAR-T細胞ががん細胞を認識して急激に増加し、好中球や単球・マクロファージなどの免疫細胞も活性化することで、大量のサイトカインが放出され、発熱、血圧低下、呼吸不全が急激に起こり、時に致命的となる副反応。
*4 エフェクターメモリーT細胞: メモリーT細胞の1種。活性化したエフェクターT細胞はさまざまな免疫応答に関わり、その一部は抗原除去後も生き残り、次の抗原暴露に備えるためメモリーT細胞となる。次回抗原侵入時に迅速に免疫応答が開始するために働くT細胞。
研究者のコメント
CAR-T療法を受ける患者さんは、病気の進行によって多くの不安を抱えています。複数の抗がん剤治療が続き、日常生活の質が大きく低下していることも少なくありません。本研究が、これからCAR-T療法に臨む患者さんにとって希望となり、診療の一助となることを願っています。
■原著論文
本研究はHaematologicaに2024年10月17日付でオンライン先行公開されました。
タイトル: Eleven cases of laryngeal edema after tisagenlecleucel infusion: a 3-year single center retrospective study of CD19-directed chimeric antigen receptor T-cell therapy for relapsed and refractory B-cell lymphomas
タイトル(日本語訳): チサゲンルクルユーセル輸注後に生じた喉頭浮腫11例の解析:再発又は難治性B細胞リンパ腫に対するCD19抗原標的キメラ抗原受容体T細胞療法についての3年間の単施設後方視的研究
著者: Erina Hosoya1, Jun Ando1,2, Shintaro Kinoshita1, Yoshiki Furukawa1, Yuko Toyoshima1,2, Yoko Azusawa2, Toru Mitsumori3, Eriko Sato4, Hina Takano5, Yutaka Tsukune1, Naoki Watanabe1,Tomoiku Takaku1, Hajime Yasuda1, Yasuharu Hamano1, Makoto Sasaki1, Shuko Nojiri6, Midori Ishii1,Miki Ando1
著者(日本語表記): 細谷英里奈1)、安藤純1),2)、木下慎太郎1)、古川芳樹1)、豊島祐子1),2)、梓澤陽子2)、三森徹3)、佐藤恵理子4)、髙野弥奈5)、築根豊1)、渡邊直紀1)、高久智生1)、安田肇1)、浜埜康晴1)、佐々木純1)、野尻宗子6)、石井翠1)、安藤美樹1)
著者所属: 1)順天堂大学血液学講座、2)順天堂大学細胞療法・輸血学講座、3)順天堂大学医学部附属浦安病院血液内科、4) 順天堂大学医学部附属練馬病院血液内科、5) 順天堂大学医学部附属静岡病院血液内科、6)順天堂大学革新的医療技術開発研究センター
DOI: https://doi.org/10.3324/haematol.2024.286169
本研究にご協力いただきました患者さまのご厚意に深謝いたします。