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2025.08.26 (TUE)
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喫煙による潰瘍性大腸炎の症状緩和の成因を解明 -喫煙が腸内環境に与える影響を明らかに-
順天堂大学大学院医学研究科の大草敏史特任教授、佐藤信紘特任教授、理化学研究所(理研)生命医科学研究センター粘膜システム研究チームの宮内栄治客員研究員(群馬大学生体調節研究所粘膜エコシステム制御分野准教授)、大野博司チームディレクター、東京慈恵会医科大学附属柏病院消化器・肝臓内科の小井戸薫雄非常勤講師、内山幹准教授らの共同研究グループは、喫煙が腸内環境に影響することで潰瘍性大腸炎[1]の症状を緩和することを明らかにしました。
本研究成果は、禁煙後に潰瘍性大腸炎の症状が悪化する現象の理解につながると期待されます。なお、本研究は喫煙を推奨するものではなく、腸内環境を介した新たな治療法の開発につなげることを目的としています。
今回、共同研究グループは、喫煙者では、潰瘍性大腸炎患者のふん便中代謝産物の芳香族代謝物が増加し、その結果、大腸粘膜付着菌[2]中に口腔内細菌[3]が増加すること、さらに、腸管免疫系が潰瘍性大腸炎の炎症を緩和する方向に変化することを突き止めました。
本研究は、科学雑誌『Gut』オンライン版(8月25日付:日本時間8月26日)に掲載されました。
喫煙が腸内環境に与える影響
■背景
潰瘍性大腸炎は、腸の粘膜に慢性的な炎症が起こる原因不明の疾患で、Th2型免疫応答[4]の過剰な活性化が疾患の原因の一部と考えられています。これまでの疫学調査により、喫煙が潰瘍性大腸炎の発症リスクを下げ、禁煙によって症状が悪化することが知られていますが、その理由は分かっていませんでした。
一方、腸内細菌やその代謝産物が腸の免疫応答に深く関わっており、潰瘍性大腸炎の発症や進行にも影響することが明らかになってきました。近年では、喫煙が腸内環境を変化させる可能性も報告されていますが、潰瘍性大腸炎との関係を包括的に調べた研究は限られていました。
そこで、共同研究グループは潰瘍性大腸炎患者由来のふん便・唾液・腸粘膜サンプルと、潰瘍性大腸炎モデルマウス[5]を用いて、喫煙が腸内細菌叢(そう)、代謝産物、さらには腸管免疫応答に及ぼす影響を総合的に解析しました。
■研究手法と成果
共同研究グループは、潰瘍性大腸炎患者84人のふん便中代謝産物プロファイルを喫煙歴に基づいて比較しました。その結果、喫煙者では、ヒドロキノンやカテコール、4-ヒドロキシ安息香酸などの芳香族化合物[6]の濃度が、元喫煙者と比べて有意に高いことが明らかになりました(図1)。これらの化合物はタバコの煙にも含まれており、腸内環境に影響を与える可能性が考えられました。
図1 喫煙によるふん便中代謝産物の変化
喫煙者では、元喫煙者に比べ、ヒドロキノンなどの芳香族化合物が増加していた。グラフの縦軸は潰瘍性大腸炎患者のうち喫煙者と元喫煙者から得たふん便中代謝産物の濃度を比較した数値の有意差Pの値、横軸は喫煙者と元喫煙者のふん便代謝産物の濃度の比を表し、右に行くほど喫煙者に多く、左に行くほど元喫煙者に多い代謝物を示す。
次に共同研究グループは大腸粘膜付着菌の構成を検討しました。大腸粘膜付着菌の構成を基に被験者をグループ分けしたところ、グループA、B、Cの3グループに分けることができました。また、喫煙者ではグループCに分類される被験者の割合が多いことが分かりました(図2A)。さらに、各グループの大腸粘膜付着菌の特徴を解析したところ、グループCではStreptococcus[7]やHaemophilusといった口腔内細菌が大腸粘膜で多く検出されたことから(図2B)、喫煙が大腸粘膜の細菌叢を変化させる可能性があると考えられました。
図2 喫煙による大腸粘膜細菌叢の変化
- 大腸粘膜細菌叢の構成から被験者はA、B、Cの3グループに分けられた。喫煙者ではグループCに分類される割合が多かった。一方、一度も喫煙歴のない非喫煙者および禁煙済みの元喫煙者では、グループCの割合は低く、両群は類似した分布を示した。
- 各グループの大腸粘膜で増加している菌をネットワークプロットで可視化。グループCの大腸粘膜では口腔内細菌の増加が見られた。
そこで、芳香族化合物が大腸粘膜付着菌の増殖に与える影響を調べたところ、ヒドロキノンはStreptococcusなどの口腔内細菌の増殖を促進する一方、Bacteroidesなどの他の大腸粘膜付着菌の増殖を抑制することが分かりました(図3)。
図3 芳香族化合物が菌の増殖に与える影響
芳香族化合物を添加した培地における菌の増殖。ヒドロキノンによりStreptococcusなどの口腔内細菌の増殖が促進し、Bacteroidesなどの他の大腸粘膜付着菌の増殖が抑制された。
アスタリスク(*)は統計的有意差を示す(*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001 vs PBS)。
最後に、共同研究グループはStreptococcusが腸管免疫系や大腸炎症に与える影響を調べました。唾液から単離したStreptococcusを潰瘍性大腸炎モデルマウスに投与したところ、インターフェロンγ(IFN-γ)を産生するヘルパーT細胞であるTh1細胞[8]が増加し(図4A)、大腸炎が緩和することが明らかになりました(図4B)。この結果から、StreptococcusがTh1を誘導することで潰瘍性大腸炎におけるTh2型免疫応答が抑制され、大腸炎が緩和したと考えられました。
図4 Streptococcusが腸管免疫系と大腸炎に与える影響
- Streptococcusの投与により、潰瘍性大腸炎モデルマウスの大腸でインターフェロンγ(IFN-γ)を産生するヘルパーT細胞であるTh1細胞が増加した。
- Streptococcusの投与により、潰瘍性大腸炎モデルマウスの大腸炎の組織学的スコア(悪性度の指標)が改善した。これは、モデルマウスの大腸炎が緩和したことを示している。
アスタリスク(*)は統計的有意差を示す(*P<0.05、**P<0.01)。
以上の結果から、喫煙は芳香族化合物を増加させることで大腸粘膜細菌叢を変化させ、その結果、潰瘍性大腸炎の症状を緩和させることが明らかになりました。
■今後の期待
本研究により、喫煙が腸内環境を介して潰瘍性大腸炎の症状に影響を与える仕組みの一端が明らかになりました。今回の知見を基に、腸内細菌や代謝産物を調整することで、禁煙後の症状悪化を抑える新たな介入法の開発が期待されます。また、本研究の知見は、潰瘍性大腸炎だけでなく、喫煙が関与する他の疾患における腸内環境の役割を解明する上でも、手掛かりとなる可能性があります。今後、喫煙などの生活習慣と腸内環境の関係をより深く理解することで、個々の患者に応じた予防・治療戦略の構築にもつながると考えられます。
■論文情報
<タイトル>
Smoking affects gut immune system of patients with inflammatory bowel diseases by modulating metabolomic profiles and mucosal microbiota
<著者名>
Eiji Miyauchi, Takashi Taida, Kan Uchiyama, Yumiko Nakanishi, Tamotsu Kato, Shigeo Koido, Nobuo Sasaki, Toshifumi Ohkusa, Nobuhiro Sato, Hiroshi Ohno
<雑誌>
Gut
<DOI>
10.1136/gutjnl-2025-334922
■補足説明
[1] 潰瘍性大腸炎
大腸の粘膜に慢性的な炎症が起こる原因不明の疾患。自己免疫や腸内環境などが関与するとされ、下痢や血便などの症状を呈する。主にTh2型免疫応答([4]参照)の異常が関与すると考えられている。
[2] 大腸粘膜付着菌
大腸の粘膜表面に直接付着して生息する細菌の総称。その組成は便中の細菌の組成とは大きく異なり、腸内細菌の中でも免疫系との相互作用が強く、炎症や病態に関与すると考えられている。
[3] 口腔内細菌
ヒトの口腔内に常在する多様な細菌群。腸内細菌とは種類が大きく異なる。
[4] Th2型免疫応答
インターロイキン4や5などのサイトカインが中心となる免疫応答。潰瘍性大腸炎では過剰に活性化しているとされており、Th1型免疫応答と拮抗(きっこう)する関係にある。
[5] 潰瘍性大腸炎モデルマウス
潰瘍性大腸炎の病態を解析するためのモデルマウス。本研究では、Th2型免疫応答を主体とするオキサゾロン誘導性大腸炎モデルを用いた。
[6] 芳香族化合物
ベンゼン環を構造に持つ有機化合物の総称。タバコの煙や食品、植物に含まれる。
[7] Streptococcus
グラム陽性の球菌で、口腔内に多く存在する常在菌の一属。
[8] Th1細胞
免疫応答の司令塔として働くヘルパーT細胞の一種で、インターフェロンγを産生して細胞性免疫を担う。過剰な活性化は炎症性疾患の悪化に関与するが、Th2型免疫応答の抑制にも関与する。
■共同研究グループ
理化学研究所 生命医科学研究センター 粘膜システム研究チーム
チームディレクター 大野 博司 (オオノ・ヒロシ)
客員研究員 宮内 栄治 (ミヤウチ・エイジ)
(群馬大学 生体調節研究所 粘膜エコシステム制御分野 准教授)
客員研究員 對田 尚 (タイダ・タカシ)
(千葉大学 大学院医学研究院 消化器内科学 助教)
研究員(研究当時) 中西 由美子 (ナカニシ・ユミコ)
(現 株式会社理研ジェネシス)
専門技術員 加藤 完 (カトウ・タモツ)
群馬大学 生体調節研究所 粘膜エコシステム制御分野
教授 佐々木 伸雄 (ササキ・ノブオ)
順天堂大学 大学院 医学研究科
特任教授 大草 敏史 (オオクサ・トシフミ)
特任教授 佐藤 信紘 (サトウ・ノブヒロ)
東京慈恵会医科大学附属柏病院 消化器 肝臓内科
非常勤講師 小井戸 薫雄 (コイド・シゲオ)
准教授 内山 幹 (ウチヤマ・カン)
■研究支援
本研究は、理化学研究所独創的研究提案制度「共生の生物学」、同横断プロジェクト「共生」により実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「宿主ー腸内細菌叢相互作用が宿主の病理に及ぼす影響の研究(研究代表者:大野博司)」、日本医療研究開発機構(AMED)ムーンショット型研究開発事業「健康寿命伸長にむけた腸内細菌動作原理の理解とその応用(プロジェクトマネージャー:本田賢也、分担者:大野博司、22zf0127007)」、順天堂大学大学院医学研究科腸内フローラ研究プロジェクト(研究代表者:大草敏史)による助成を受けて行われました。
*AMEDでは、ムーンショット型研究開発事業の目標7「2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現」の達成にむけて研究開発を推進しています。