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2025.10.16 (THU)

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高齢心不全におけるサルコペニア評価:GLISモデルの有用性を検証 ― FRAGILE-HF多施設コホートでの解析 ―

順天堂大学大学院医学研究科 循環器内科学の中出泰輔 非常勤助教、前田大智 非常勤助教、末永祐哉 准教授、鍵山暢之 特任准教授、藤本雄大 大学院生、堂垂大志 助教、砂山勉 助教、南野徹 教授らの研究グループは、高齢心不全患者を対象に、近年国際的に提唱された新しいサルコペニア診断モデル「GLIS1モデル」を用い、サルコペニアと身体パフォーマンス2および2年間の全死亡との関連を検証しました。その結果、GLISモデルによって診断されたサルコペニアは、身体パフォーマンスの低下と有意に関連しているだけでなく、独立した予後不良因子であることが明らかになりました。

本研究成果は、European Journal of Preventive Cardiology誌のオンライン版に2025104日付で掲載されました。

本研究成果のポイント

  • 高齢心不全患者において、GLISモデルで定義されたサルコペニアは、身体パフォーマンスの低下を適切に反映していた。
  • GLISモデルによるサルコペニア診断は、2年間の全死亡と有意に関連していることが示された。
  • GLISモデルは、従来の診断モデルと比較して、より優れた予後予測能を示した。
■背景

高齢化が進むにつれて心不全の患者は増加しており、その予後の悪さが社会的にも大きな課題となっています。特に「サルコペニア」と呼ばれる筋肉量や筋力の低下は、心不全に深く関わり、身体機能の低下や死亡リスクの上昇と結びつくことが知られています。これまで、アジアにおいてはAWGS2019基準3に基づき、筋肉量・筋力・身体パフォーマンスを組み合わせてサルコペニアが診断されてきましたが、欧米では異なる診断基準が用いられ、診断方法に統一性がありませんでした。こうした背景から、各国の専門家による議論を経て、国際的に統一されたサルコペニア診断基準を目指してGLISが組織され、「筋肉量・筋力・単位筋量あたりの筋力4」を診断する際の要素とし、従来の診断基準に含まれていた身体パフォーマンスは診断基準ではなく、サルコペニアによって現れる結果として扱うという新たなモデルが提案されました。しかし、この新基準で診断されたサルコペニアが、果たして実際に身体パフォーマンスの低下や予後と関連するかどうかは検証されておらず、GLIS内部でも重要課題として残されていました。本研究では、高齢心不全患者を対象に、このGLISモデルによるサルコペニア診断が身体機能の低下や退院後の予後と関連するかを検討しました。

■内容

本研究では、2016年から2018年にかけて、国内15施設において急性非代償性心不全で入院し、独歩退院が可能となった65歳以上の心不全患者を前向きに登録した多施設コホート研究「FRAGILE-HF5」のデータを用いて統計解析を行いました。今回の解析対象は、FRAGILE-HFに登録された891名の高齢心不全患者(中央値年齢81歳[74–86歳]、女性41.9%)でした。GLISモデルに基づいて「サルコペニア疑い」または「サルコペニア」と診断された患者は、歩行速度の低下、5回椅子立ち上がり試験の延長、SPPBスコアの低下、6分間歩行距離の短縮といった身体パフォーマンスの低下を示していました(すべて P for trend0.001)。年齢・性別・併存疾患などを調整した解析でも、サルコペニア疑いおよびサルコペニアは独立して身体パフォーマンス低下と関連していました。また、2年間の追跡調査で159名(17.8%)が死亡しておりましたが、サルコペニアの進行に伴って死亡率が段階的に上昇しました(log rank検定 P0.001)(図1)。Cox比例ハザード解析6においても、サルコペニア群は独立して死亡リスクの上昇と関連していました(調整ハザード比 3.3895CI: 1.74–6.56, P0.001)。さらに、GLISモデルを従来の予後予測モデル(MAGGICスコア7Log BNP8)に追加すると、予測精度においてはAUC90.679から0.703に改善し、リスク再分類能(NRI10)は有意に向上しました(NRI 0.324, 95CI: 0.148–0.499, P0.001)。また、従来のサルコペニア診断基準である AWGS2019基準 と比較しても、GLISモデルを組み込んだ予測モデルの方が有意に優れており、追加的なリスク再分類の改善(NRI 0.269, 95CI: 0.141–0.397, P0.001)を示しました。

   

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1:本研究の結果のまとめ

本研究では、高齢心不全患者におけるGLISモデルを用いたサルコペニア診断と身体パフォーマンス・予後との関連を検討した。解析の結果、サルコペニア疑いおよびサルコペニア患者は、非サルコペニア患者に比べて歩行速度、椅子立ち上がり試験、SPPB116分間歩行距離が有意に低下していた。さらに、これらの患者は退院後の死亡率も高く、段階的なリスク上昇が認められた。これらの所見は、GLISモデルが高齢心不全患者の身体パフォーマンス低下や予後不良の識別に有用であることを示唆している。

■今後の展開

今回の研究で、GLISモデルが高齢心不全患者における身体パフォーマンスの低下や予後不良を的確に反映することが初めて明らかになりました。これにより、今後はサルコペニアの国際的な診断基準が見直され、GLISモデルが臨床現場で標準的に用いられる可能性があります。また、GLISモデルは診断に従来必要だった身体パフォーマンスの測定は必要とはされず生体電気インピーダンスや握力など比較的シンプルな測定で構成されており、外来や入院時の診療に容易に導入できる点が大きな利点です。今後は、GLISモデルを用いたリスク層別化をもとに、栄養療法や運動療法などの介入を早期に実施することで、患者の生活の質や長期予後の改善につながることが期待されます。

■用語解説

1 GLISGlobal Leadership Initiative in Sarcopenia): これまでサルコペニアの診断基準は、アジア(AWGS)、ヨーロッパ(EWGSOP)、アメリカ(SDOC)など地域ごとに異なっていました。こうした複数の基準を統一し、世界共通の診断基準を作成するために設立されたグループ。

2 身体パフォーマンス: 歩行速度、5回椅子立ち上がり試験、SPPB(短縮版身体機能評価スケール)、6分間歩行試験など、日常生活に直結する体の動作能力を指します。

3 AWGS2019 基準(Asian Working Group for Sarcopenia 2019): アジア地域で広く用いられているサルコペニア(加齢に伴う筋肉量や筋力の低下)の診断基準。2019年に改訂されました。

4 単位筋量あたりの筋力: 筋肉1kgあたりがどれくらいの力を発揮できるかを示す指標で、筋肉の「質」を反映します。

5 FRAGILE-HF: 日本で行われた高齢心不全患者を対象とした多施設共同研究。

6 Cox比例ハザード解析: 生存期間などの経過を解析するための統計手法。年齢や合併症などの影響を調整したうえで、特定の因子が死亡リスクにどの程度関与するかを評価します。

7 MAGGICリスクスコア: 国際共同研究に基づいて作成された心不全の予後予測スコア。年齢、心臓の機能、血圧、腎機能、体格、治療内容など複数の因子を総合して死亡リスクを推定します。

8 Log BNP: 心不全の重症度を反映する血液マーカーBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の値を対数変換したもの。統計解析を行いやすくするために用います。

9 AUC(受信者動作特性曲線下面積): 予測モデルの「識別能」(良い予後か悪い予後かを見分ける力)を示す指標。0.51.0で表され、数値が大きいほど精度が高いことを意味します。

10 NRI(ネット再分類改善度): 新しい指標を加えることで、患者ごとのリスク分類(高リスクか低リスクか)がより適切に修正されたかを示す指標。0に近ければ改善なし、正の値なら改善を意味します。

11 SPPB(短縮版身体パフォーマンス測定バッテリー): バランス、歩行速度、椅子立ち上がりの3項目からなる012点の身体機能評価テストで、点数が低いほど機能低下を示す。

研究者のコメント

本研究の強みは、GLIS に基づくサルコペニア診断モデルの有用性を示した点にあります。現時点では GLIS においても具体的なカットオフ値(病態識別値)は確立されておらず、今回の結果も高齢日本人を対象としたものに限られます。今後、年齢や地域ごとに適切な基準を設定していく必要があり、GLIS の動向に注目しています。いずれにせよ、今回の成果が将来の診断基準やガイドラインに反映されることを期待しています。

■原著論文

本研究はEuropean Journal of Preventive Cardiology誌のオンライン版に202510月4日付で公開されました。

タイトル: Prognostic utility of the Global Leadership Initiative on Sarcopenia model in older patients with heart failure: post-hoc analysis of the FRAGILE-HF study

タイトル(日本語訳): 高齢心不全患者におけるGLISモデルによるサルコペニア診断の予後予測能:FRAGILE-HF研究の事後解析

著者: Taisuke Nakade 1), Daichi Maeda 1), Yuya Matsue 1), Nobuyuki Kagiyama 1), Yudai Fujimoto 1), Tsutomu Sunayama 1), Taishi Dotare 1), Kentaro Jujo 2), Kazuya Saito 3), Kentaro Kamiya 4), Hiroshi Saito 5), Yuki Ogasahara 3), Emi Maekawa 4), Masaaki Konishi 6), Takeshi Kitai 7), Kentaro Iwata 8), Hiroshi Wada 9), Takatoshi Kasai 1), Hirofumi Nagamatsu 10), Shin-ichi Momomura 11), Tohru Minamino 1)

著者(日本語表記): 中出 泰輔 1), 前田 大智 1), 末永 祐哉 1), 鍵山 暢之 1), 藤本 雄大 1), 砂山 勉 1), 堂垂 大志 1), 重城 健太郎 2), 齋藤 和也 3), 神谷 健太郎 4), 齋藤 洋 5), 小笠原 由紀 3), 前川恵美 4), 小西 正紹 6), 北井 豪 7), 岩田 健太郎 8), 和田 浩 9), 葛西 隆敏 1), 長松 裕史 10), 百村 伸一 11), 南野 徹 1)12)

著者所属(日本語表記): 1) 順天堂大学, 2) 西新井ハートセンター病院, 3) 心臓病センター榊原病院, 4) 北里大学, 5) 亀田総合病院, 6) 横浜市立大学, 7) 国立循環器病研究センター, 8) 神戸市立医療センター中央市民病院, 9) 自治医科大学附属さいたま医療センター, 10) 東海大学, 11) さいたま市民医療センター

DOI: https://doi.org/10.1093/eurjpc/zwaf636

     

FRAGILE-HF」は、ノバルティスファーマ研究助成金および日本心臓財団研究助成金によって支援さました。本研究はAMEDから助成番号JP21ek0109543により資金提供を受け実施されました。

なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。