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高齢心不全患者における呼吸サルコペニアの予後的意義 ― 横隔膜エコーと肺活量の複合評価で高リスク患者を同定: SONIC-HF 多施設前向きコホートでの解析 ―

順天堂大学大学院医学研究科 循環器内科学の中出泰輔 非常勤助教、前田大智 非常勤助教、鍵山暢之 特任准教授、末永祐哉 准教授および南野徹 教授らの研究グループは、多施設前向きコホート1 (SONIC-HF)を用い、高齢心不全患者における呼吸サルコペニア2の有病率と予後的意義を検証しました。呼吸サルコペニアは、安静時横隔膜厚低下(横隔膜エコー3)と%予測努力性肺活量(%FVC4低下(スパイロメトリー5)を同時に満たす状態として定義しました。呼吸サルコペルニア群と非呼吸サルコペニア群を比較した結果、退院後2年以内の全死亡は呼吸サルコペニア群で有意に高率であり、さらに従来のリスク指標で調整後も、呼吸サルコペニアは退院後2年以内の全死亡リスク上昇と独立して関連していました。本研究成果は European Journal of Preventive Cardiology 誌のオンライン版に202616日付で掲載されました。

本研究成果のポイント

  • 呼吸サルコペニアは高齢心不全患者の約1割(10.8%)に認められた。
  • 呼吸サルコペニア群は退院後2年以内の全死亡が高率で(38.3% vs 15.5%)、調整後も死亡リスク増加と独立して関連した。
  • 安静時横隔膜厚低下“単独”や%FVC低下単独では死亡との関連が示されず、「二つの指標の組み合わせ」が予後のリスク層別化に重要である可能性が示唆された。
■背景

日本を含む多くの国で高齢化が急速に進む中、心不全は発症頻度の増加と予後不良が高齢化と密接に関連する、公衆衛生上の重要課題となっています。高齢心不全患者では、加齢に伴う骨格筋量・筋力の低下(サルコペニア6)が心外性の重要な予後規定因子として注目されてきました。一方、呼吸は呼吸筋によって支えられる生命維持機能であり、呼吸筋機能の障害は換気予備能を低下させ、労作時呼吸困難や運動耐容能低下、身体活動量低下を介して、臨床予後を悪化させる可能性があります。近年、呼吸筋の筋量と筋力の双方が低下した状態を「呼吸サルコペニア」と捉える概念が提唱され、国内関連学会等の合同声明により概念整理と標準化診断基準の提案も行われています。しかし、高齢心不全患者において、呼吸サルコペニアがどの程度存在し、予後とどのように関連するのかについては、十分には明らかではありませんでした。呼吸サルコペニアの評価としては、横隔膜エコーによる安静時横隔膜厚の測定(呼吸筋量の指標)や、スパイロメトリーによる%予測努力性肺活量(%FVC:呼吸筋力/機能低下の代用指標)など、比較的簡便で臨床実装しやすい指標が用いられています。しかし、これらの指標を用いて定義した呼吸サルコペニアが、高齢心不全患者における頻度や、予後のリスク層別化にどの程度有用であるかは明確ではありませんでした。  

本研究ではこのような背景を踏まえ、多施設前向きコホート研究(SONIC-HF)を用いて、高齢心不全患者における呼吸サルコペニアを「安静時横隔膜厚低下かつ%FVC低下」として定義し、その有病率を明らかにするとともに、退院後2年間の全死亡との関連を検証しました。

■内容

本研究では、2018年から2019年にかけて国内4施設で実施された多施設前向きコホート研究「SONIC-HF」に登録された高齢心不全患者のデータを用いて、呼吸サルコペニアと退院後予後との関連を検討しました。SONIC-HFは、急性非代償性心不全で入院し、その後独歩退院が可能となった65歳以上の患者を前向きに登録した研究です。本解析では、SONIC-HF登録692例のうち、横隔膜エコーまたは肺機能データ欠損などにより257例を除外し、最終的に435例(年齢中央値81歳[四分位範囲74–85]、女性41.8%)を解析対象としました。呼吸サルコペニアは、呼吸筋量の低下を反映する安静時横隔膜厚(横隔膜エコーで測定)と、呼吸機能を反映する%FVC(スパイロメトリーで測定)の双方を満たす状態として定義し、カットオフは横隔膜厚<0.15 cmかつ%FVC80%としました。その結果、呼吸サルコペニアは47例(10.8%)に認められました。退院後2年間追跡(追跡完遂率98.4%)中に78例(17.9%)が死亡しており、呼吸サルコペニア群では非該当群に比べて全死亡が有意に多く認められました(log-rank P0.001)。さらに、Cox比例ハザードモデル7を用いて従来の予後予測指標であるMAGGICリスクスコア8およびlog BNP9で調整しても、呼吸サルコペニアは退院後2年以内の全死亡と独立して有意に関連していました(調整後ハザード比(HR10 2.5195%信頼区間(CI11: 1.40–4.50]、P0.002)。一方で、安静時横隔膜厚低下単独、あるいは%FVC低下単独はいずれも死亡と関連せず、「呼吸筋量」と「呼吸筋力(機能)」を同時に評価する複合的な定義が予後のリスク層別化において重要である可能性が示されました。さらに、背景因子を広く加えた感度解析でも同様に独立した関連が確認され(例:HR 2.4195%CI 1.31–4.42]、P0.005)、COPD%FEV12などを加えたモデルでも結果は一貫していました。以上より、呼吸サルコペニアは高齢心不全患者において頻度は高くないものの、死亡リスクが顕著に高いハイリスク状態を同定し得る指標である可能性が示されました。横隔膜エコーとスパイロメトリーという比較的実臨床において使用しやすい評価を組み合わせることで、心機能評価だけでは捉えにくいハイリスク群を同定し、臨床現場でのリスク層別化に寄与することが期待されます。

       

ナカデ先生画像

1:本研究の結果のまとめ

高齢心不全患者を対象とした多施設前向きコホート研究SONIC-HFにおいて、解析に必要なデータが揃っていた高齢心不全患者(n435)を対象に、呼吸サルコペニア(respiratory sarcopenia)の有病率と退院後予後との関連を検討した。呼吸サルコペニアは、横隔膜エコーで評価した安静時横隔膜厚低下(<0.15 cm)と、スパイロメトリーで評価した%予測努力性肺活量(%FVC)低下(<80%)を同時に満たす状態として定義した。その結果、呼吸サルコペニアは47例(10.8%)に認められた。退院後2年間追跡中の全死亡は呼吸器サルコペニア群で有意に高率であり(38.3% vs 18.5%log-rank P0.001)、従来のリスク指標であるMAGGICリスクスコアおよびlog BNPで調整後も、呼吸器サルコペニアは退院後2年以内の全死亡と独立して有意に関連していた(調整後ハザード比 2.5195%信頼区間: 1.40–4.50])。

■今後の展開

今回の研究により、高齢心不全患者における呼吸サルコペニア評価は、安静時横隔膜厚と%FVCを組み合わせて捉えることで、予後のリスク層別化の精度が高まり得ることが示されました。横隔膜エコーによる横隔膜評価とスパイロメトリーはいずれも臨床現場で実施可能な検査であり、両者を併用することで、心機能評価だけでは捉えにくいハイリスク患者を同定し、退院後のリスク評価に寄与する可能性があります。一方で現時点では、呼吸サルコペニアをスクリーニングで同定したうえで、介入(呼吸筋トレーニング、運動療法/心臓リハビリテーション、栄養介入など)により予後が改善することを直接示したエビデンスは限定的です。今後は、呼吸サルコペニアを標的とした介入が呼吸機能や運動耐容能、生活機能、再入院・死亡などの臨床アウトカムにどのように結びつくかを検証する前向き研究・介入研究が求められます。さらに、より簡便で再現性の高い測定手順の確立やカットオフの妥当性、在宅・地域医療を含む幅広い診療領域での有用性の検討も重要となるでしょう。

■用語解説

*1 多施設前向きコホート研究: 複数施設で対象患者を登録し、一定期間追跡して転帰を評価する研究デザイン。本研究で用いた「SONIC-HF」は、心不全増悪で入院した高齢患者を前向きに登録し、退院前の安定期に臨床情報・検査所見を収集したレジストリである。

*2 呼吸サルコペニア: 呼吸に関わる筋(主に横隔膜)において、筋量および筋力・機能の低下が併存した状態を指す概念。本研究では、安静時横隔膜筋厚低下(呼吸筋量の指標)と%FVC低下(呼吸筋力/機能低下の代用指標)を同時に満たす状態として定義した。

*3 横隔膜エコー: 超音波(エコー)で横隔膜の厚さを測定する評価法。非侵襲的でベッドサイドでも実施可能であり、横隔膜の「構造(筋量)」を反映する指標として用いられる。

*4 %予測努力性肺活量(%FVC): スパイロメトリーで測定する努力性肺活量(FVC)を、年齢・性別・身長などから推定される予測値に対する割合(%)として表した指標。呼吸機能を客観的に示す指標であり、呼吸筋力低下の代用指標として扱われることがある。

*5 スパイロメトリー: 呼吸機能検査の一つ。息を最大限吸ってから強く吐き出すなどの手技により、努力性肺活量(FVC)や1秒量(FEV₁)などを測定し、肺・気道機能を評価する。

*6 サルコペニア: 加齢や疾患に伴って生じる骨格筋量および筋力の低下を特徴とする症候群。四肢筋に限らず、呼吸筋など他の筋群にも及び得る。

*7 Cox比例ハザードモデル: 生存期間(死亡までの時間など)を解析する統計手法。年齢や併存疾患などの影響を調整したうえで、特定の因子が死亡リスクにどの程度関連するかを評価する。

*8 MAGGICリスクスコア: 国際共同研究に基づいて作成された心不全の予後予測スコア。年齢、心機能、血圧、腎機能、体格、治療内容など複数因子を統合して死亡リスクを推定する。

*9 log BNP: 心不全の重症度を反映する血液マーカーBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)を対数変換(log変換)した値。統計解析で扱いやすくするために用いられる。

*10 ハザード比(HR): 時間経過に伴うイベント(死亡など)の相対的リスクを示す統計指標。値が1より大きい場合は基準群に比べてリスクが高く、1未満の場合は低いことを意味する。

*11 95%信頼区間(95%CI): 推定値(例:HR)の不確実性を示す区間。母集団における真の値がこの範囲に含まれる確からしさが95%であることを表す。

*12 %FEV₁: スパイロメトリーで測定する1秒量(FEV₁)を、年齢・性別・身長などから推定される予測値に対する割合(%)として表した指標。気流閉塞(COPDなど)を含む呼吸機能評価に用いられる。

研究者のコメント

リハビリテーションや呼吸器領域では「呼吸サルコペニア」が注目されてきましたが、高齢の心不全患者でどの程度の頻度で認められるのか、また予後とどのように関連するのかは十分には明らかではありませんでした。本研究では、多施設前向きコホートを用いて検証し、高齢心不全患者の約10人に1人に呼吸サルコペニアが認められ、合併例では退院後の死亡リスクが高いことを示しました。横隔膜エコーとスパイロメトリーは退院前の安定期に評価可能であり、比較的実施しやすい検査の組み合わせです。呼吸サルコペニアは、心機能評価だけでは捉えにくいハイリスク患者を同定し得る可能性があり、今後、臨床現場でのリスク評価や介入検討の一助になることが期待されます。

■原著論文

本研究は European Journal of Preventive Cardiology 誌のオンライン版に 202616日 付で公開されました。

タイトル Prognostic Impact of Respiratory Sarcopenia in Older Patients with Heart Failure: A Post-hoc Analysis from the SONIC-HF Registry

タイトル(日本語訳): 高齢心不全患者における呼吸サルコペニアの予後への関連:SONIC-HFレジストリ事後解析

著者 Taisuke Nakade 1), Daichi Maeda 1)2), Yuya Matsue 1), Nobuyuki Kagiyama 1), Yoshiaki Ikeda 1), Kazuya Saito 3), Kentaro Kamiya 4), Hiroshi Saito 5), Misako Toki 3), Emi Maekawa 4), Kenji Yoshioka 5), Takeshi Kitai 6), Kentaro Iwata 7), Azusa Murata 1), Akihiro Hayashida 3) and Tohru Minamino 1)

著者(日本語表記): 中出 泰輔 1), 前田 大智 1)2), 末永 祐哉 1), 鍵山 暢之 1), 池田 吉亮 1), 齋藤 和也 3), 神谷 健太郎 4), 齋藤 洋 5), 土岐 美沙子 3), 前川 恵美 4), 吉岡 賢二 5), 北井 豪 6), 岩田 健太郎 7), 村田梓 1), 林田 晃寛 3) 南野 徹 1)

著者所属(日本語表記)1) 順天堂大学, 2) 大阪医科薬科大学, 3) 心臓病センター榊原病院, 4) 北里大学, 5) 亀田総合病院, 6) 国立循環器病研究センター

DOI: https://doi.org/10.1093/eurjpc/zwag008

  

SONIC-HF」は、ノバルティスファーマ研究助成金とJSPS科研費JP19K11424の助成を受け、多施設との共同研究の基に実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。