JUNTENDO News&Events ニュース&イベント

2026.06.05 (FRI)

  • 順天堂大学について
  • 研究活動
  • メディアの方へ
  • 企業・研究者の方へ
  • 医学部
  • 医学研究科

ヒト腸内細菌の遺伝子改変ツールを開発し、 腸内定着と炎症制御に関わる腸内細菌因子の同定に成功

炎症性腸疾患やアレルギーなど多様な疾患との関連が指摘されるヒト腸内細菌Mediterraneibacter gnavus の遺伝子操作ツールを開発しました。さらに、このツールを用いた解析により、同菌の表面を覆う莢膜多糖が腸内定着に重要であり、炎症を抑制する機能を持つことを明らかにしました。

ヒトの腸内には40兆個を超える細菌が生息しています。腸内細菌叢と呼ばれるこれらの集団は、私たちの健康や疾患と密接に関わっていることが明らかとなっています。Mediterraneibacter gnavus(旧分類名:Ruminococcus gnavus、以下M. gnavus)は健常人の腸管内にも棲息するLachnospiraceae科の常在菌ですが、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)患者ではその存在量が多いことが知られており、病態との関連が注目されています。しかし、これまで本菌の遺伝子改変は困難だったため、病原性や定着に関わる因子の分子機構の研究は大きく制限されていました。

本研究では、M. gnavusに特化した遺伝子導入プラスミド、蛍光標識、遺伝子欠失法など複数の分子遺伝学的ツールを開発し、M. gnavusの遺伝子改変を可能にしました。さらに、これらのツールはM. gnavusに限らず、腸内で高頻度に検出される他のLachnospiraceae科の腸内細菌にも適用可能であることを示しました。これらの技術を用いてM. gnavusの機能解析を行った結果、同菌が産生する莢膜(きょうまく)多糖が腸管への定着に重要であることを明らかにしました。莢膜多糖とは細菌細胞の周囲を覆う多糖であり、宿主免疫からの認識を阻害すると考えられています。さらに、莢膜多糖を欠く変異株は炎症活性が高く、クローン病患者から単離された株では莢膜多糖生産に関わる遺伝子群が欠失している傾向が認められました。これらの知見は莢膜多糖が本菌の病原性に関わることを示唆しており、病気の重症度や炎症の強さなど、疾患活動性との関連性を調べることでバイオマーカーとして応用することが期待されます。

本研究は、これまで遺伝子改変が難しかった腸内細菌に対する遺伝子機能解析を可能にし、炎症性疾患の原因解明や、次世代プロバイオティクス(腸内環境を改善し、健康維持に寄与する機能性腸内細菌)の開発に貢献することが期待されます。

■研究代表者

順天堂大学 大学院医学研究科腸内細菌療法リサーチセンター 特任教授

慶應義塾大学 先端生命科学研究所 特任教授

筑波大学医学医療系 客員教授

 福田 真嗣

筑波大学医学医療系 助教

 尾花 望

■研究の背景

ヒトの腸内には40兆個を超える細菌が生息しています。これらは腸内細菌叢と呼ばれ、私たちの健康維持やさまざまな疾患の発症・進展と密接に関わっています。健康なヒトの腸内では多種多様な細菌がバランスよく共存していますが、このバランスが崩れるとディスバイオーシス注1)と呼ばれる状態になり、特定の潜在的病原細菌が増加し、疾患の引き金になることがあります。Lachnospiraceae科のMediterraneibacter gnavus(旧分類名:Ruminococcus gnavus)は、健常者の腸内にも存在する常在腸内細菌の一種ですが、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)、過敏性腸症候群、乳児アレルギーなどの患者で多いことが報告されています。特に炎症性腸疾患では、本菌の相対存在量と疾患の活動性が正に相関することが明らかになっています。しかし、本菌はこれまで遺伝子改変が困難であり、その病原性や腸内定着メカニズムの分子的基盤はほとんど解明されていませんでした。

■研究内容と成果

本研究では、M. gnavusの腸管定着因子や病原性因子を同定するために、本菌に特化した遺伝子改変ツールの開発に取り組みました。目的遺伝子の導入や細菌挙動の可視化、遺伝子の機能解析を可能にする遺伝子導入用プラスミド、蛍光標識系、標的遺伝子欠失法など、複数の分子遺伝学的ツールを整備し、M. gnavusの遺伝子改変や機能解析を可能にしました。

まず、本菌の細胞表層へのタンパク質の提示に関与するソルターゼ(sortase注2)酵素に着目し、8種類あるソルターゼ遺伝子のうち6種類をそれぞれ破壊した細菌株を作製しました。これらの破壊株のうちsrtB3はスーパー抗原注3)の細胞表層への提示に、srtB4は莢膜多糖注4)の提示に必須であることが判明しました。さらに、srtB4遺伝子近傍に存在する糖転移酵素注5)やヌクレオチド糖生合成酵素注6)などの遺伝子群も、莢膜多糖の産生に必要であることが明らかになりました。

莢膜多糖が腸管定着に及ぼす影響を評価するために、莢膜多糖を持つ野生株と莢膜多糖を欠く欠損株を無菌マウス注7)に同時投与し、腸内に共定着させたところ、莢膜欠損株は速やかに腸管から排除されることが明らかとなりました。これは莢膜多糖がM. gnavusの腸管定着に重要な役割を果たすことを示しています。

さらに、これらの株を用いて大腸炎モデルにおける炎症誘導能を比較した結果、欠損株は野生株と比較して、強い炎症活性を示しました。つまり、莢膜多糖は腸管の定着因子であると同時に、宿主炎症応答を抑制する役割を担っていることが示唆されました。

加えて健常者およびクローン病患者由来のM. gnavus分離株における関連遺伝子の保有状況を比較したところ、莢膜多糖産生に関与する遺伝子群は健常者株で高頻度に保有されていたのに対し、クローン病患者株では失われている傾向が認められました。これは、莢膜多糖の有無が炎症性疾患への寄与や疾患活動性と関連していることを示唆しており、バイオマーカーとしての応用可能性が期待されます。

また、本研究で開発した遺伝子導入用プラスミドはM. gnavusと同じLachnospiraceae科に属する近縁種にも導入可能であったことから、これらの腸内細菌においても遺伝子改変や遺伝子の機能解析が可能となり、腸内細菌研究の幅広い展開につながることが期待されます。    

■今後の展開

本研究により、これまで遺伝子改変が困難とされてきたM. gnavusの遺伝子操作ツールを確立しました。これにより、本菌種が持つさまざまな遺伝子の機能解析が可能となり、今後はM. gnavusが関与するさまざまな疾患の発症メカニズムや、その因果関係の解明が進むと期待されます。また、本ツールはM. gnavusに限らず、腸内で幅広く検出されるLachnospiraceae科の近縁菌種への応用も可能であることから、これまで未解明であった腸内細菌群の研究にも新たな展開が見込まれます。最終的には、次世代プロバイオティクスの開発や、疾患予防・治療戦略への応用につながることが期待されます。

■参考図

 スクリーンショット 2026-06-04 112024

図 本研究で行った実験の概要図

M. gnavusに適用可能な遺伝子改変ツールを開発し(1)、これを用いて莢膜多糖産生に必要な遺伝子を同定した(2)。無菌マウスを用いて莢膜多糖産生が腸管定着や炎症応答に及ぼす影響を解析したところ、莢膜多糖産生は腸内定着に必要であることと、本菌の炎症活性を抑制する機能があることが明らかになった(3)。さらに、健常者およびクローン病患者由来のM. gnavus分離株における関連遺伝子の保有率を比較したところ、莢膜多糖産生に関与する遺伝子群は健常者株で高頻度に保有されていたのに対し、クローン病患者株では失われている傾向が認められ、莢膜多糖の有無が炎症性疾患への寄与や活動性の違いと関連していることが示唆された(4)。

■用語解説 

注1) ディスバイオーシス(dysbiosis)

腸内細菌叢のバランスが崩れた状態を指し、さまざまな疾患と関連すると考えられている。 

注2) ソルターゼ(sortase)

細胞表層の細胞壁にタンパク質を固定化する際に機能する酵素。

注3) スーパー抗原(superantigen)

通常の抗原と異なり、免疫系を強力かつ非特異的に活性化させるタンパク質。

注4) 莢膜多糖(capsular polysaccharide)

細菌の細胞表層を覆う多糖体。細菌表面の性質を変化させることで、宿主免疫による認識や応答を調節し、宿主内での定着や病原性に関与すると考えられている。

注5) 糖転移酵素(glycosyltransferase)

莢膜多糖を構成する糖をつなぎ合わせる酵素。

注6) ヌクレオチド糖生合成酵素(nucleotide sugar biosynthesis enzyme)

莢膜多糖の材料となる活性化された糖(ヌクレオチド糖)を細胞内で合成するための酵素。

注7) 無菌マウス(germ-free mouse)

体内に一切の微生物を持たない特殊なマウスであり、細菌の腸内定着や免疫機能の研究に広く用いられている。

■研究資金

本研究は、科研費による研究プロジェクト(25K0192623H05471)、JST ERATOプロジェクト(JPMJER1902)の一環として実施されました。また発酵研究所一般研究助成、糧食研究会特定委託研究助成による支援を受け実施されました。

■掲載論文

【題 名】  A genetic toolkit for the human gut bacterium Mediterraneibacter gnavus identifies capsular polysaccharides as a competitive colonization factor.

(ヒト腸内細菌Mediterraneibacter gnavusに対する遺伝子改変ツールキットにより莢膜多糖が競合的腸内定着因子であることを同定した)

【著者名】  N. Obana1,2, G. Nakato3,4, N. Nomura2,5,6, S. Fukuda1,2,3,4,7.
                  1
筑波大学医学医療系トランスボーダー医学研究センター(TMRC
                  2
筑波大学微生物サステイナビリティ研究センター(MiCS
                  3
順天堂大学大学院医学研究科腸内細菌療法リサーチセンター
                  4
神奈川県立産業総合研究所腸内環境デザイングループ
                  5
筑波大学生命環境系
                  6
筑波大学高等研究院
                 7
慶應義塾大学先端生命科学研究所

【掲載誌】  Nature Communications

【掲載日】  2026312

【DOI】     10.1038/s41467-026-69022-x