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神経細胞膜の脂質分布変化が神経情報伝達を制御する新規機構の発見 〜多様な神経疾患への新たな治療戦略の開発につながる可能性を開拓〜

■研究成果の概要

順天堂大学大学院医学研究科細胞・分子薬理学の櫻井隆教授、名古屋市立大学薬学研究科の服部光治教授、名古屋市立大学医学研究科の大石久史教授、東京大学薬学系研究科の青木淳賢教授らの研究グループは、神経細胞膜の脂質分布が神経細胞の活動を調節する新規機構を発見しました。

本研究成果はCell Pressが発行する雑誌iScience2026630日(日本時間71日)に公開されました。

■研究のポイント

 ・ 細胞膜の脂質配置を制御するタンパク質「フリッパーゼ1ATP8A1およびATP8A2)」が、神経細胞の活動を抑えるGABAA受容体2の膜上量を調節する。

 ・ ATP8A1ATP8A2は細胞内局在が異なり、別の仕組みでGABAA受容体の膜上量を調節する。

 ・ ATP8A2GABAA受容体近傍に、その細胞内取込みを促すDynamin3の集積を促進する。

■背景

細胞膜は多様な脂質分子が向き合った二重層構造で構成されます。この二重層間でそれぞれの脂質は不均一に分布しており、このことがさまざまな細胞機能(細胞内分子の輸送、特定の情報伝達の場の形成など)を支えています。この脂質の非対称分布を制御しているタンパク質がフリッパーゼであり、神経細胞ではATP8A1ATP8A22種類が主に発現しています。これらの酵素が認知機能や運動調節機能をはじめとする神経機能に重要であることは示唆されていましたが、その詳細なメカニズムや、ATP8A1ATP8A2の機能分担については不明でした。

■研究の成果

今回の研究では、ATP8A1およびATP8A2を発現しない遺伝子改変マウス(野生型、ATP8A1欠損、ATP8A2欠損、ATP8A1/ATP8A2二重欠損の4系統)を用いることで、これらのフリッパーゼが個体の生育や神経細胞の機能に与える影響を調査しました。個体レベルでの観察結果では、ATP8A1/ATP8A2二重欠損マウスは、単独欠損マウスらよりも重度の運動障害と生育不良を呈しました。したがって、ATP8A1ATP8A2の一部の機能は重複することが強く示唆されました。

またマウス由来の培養神経細胞を対象とした実験から、ATP8A1ATP8A2の主要な神経細胞内局在が異なること、神経細胞表面に発現している(伝達情報を受容できる)GABAA受容体の量が、各フリッパーゼの単独欠損により約1.5倍に上昇することを発見しました。この際に、神経細胞の活動を亢進する神経伝達情報受容体の膜上発現量には変化が確認されなかったため、フリッパーゼの欠損は特定の神経細胞の活動を低下させることになります。

この変化をもたらした分子機構を明らかにするために、GABAA受容体の挙動解析を実施しました。その結果、ATP8A1を欠損してもGABAA受容体は細胞表面から細胞内へと正常に取り込まれるが、ATP8A2を欠損すると細胞内への取込み量が野生型よりも低下することが判明しました。このことは、ATP8A2のみが細胞表面GABAA受容体の細胞内取込みを促進していることを意味します。さらに、ATP8A2の輸送脂質にDynaminが結合することと、ATP8A2欠損細胞ではGABAA受容体近傍でのDynamin存在率が低下することが確認できました。したがって、ATP8A2によるGABAA受容体の局在制御には、Dynaminと特定脂質の相互作用を介した細胞内取り込みが関与することが強く示唆されました。

以上の知見から、脳内の主要なフリッパーゼであるATP8A1ATP8A2が、それぞれ異なるメカニズムで神経細胞の活動性を調節するGABAA受容体の膜上量を制御し、脳全体の興奮バランスに寄与していることが明らかになりました【図1】。

    

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■研究の意義と今後の展開や社会的意義など

ATP8A2の機能異常は「CAMRQ4」と呼ばれる、重度の運動障害や知的障害を伴うヒト疾患の原因であることが知られています 。本研究が初めて明らかにした「フリッパーゼの欠損が、直接的に神経細胞の活動変化をもたらす」という知見は、この疾患の新たな病態発症機構を示唆するものです。またこの知見は、脂質分布を標的とすることで神経細胞の活動を調節できる可能性を示しており、多様な神経疾患への新たな治療戦略の開発につながることが期待されます。

■用語解説

注1. フリッパーゼ

ATP(エネルギー)を消費して、細胞膜を構成する特定のリン脂質を膜の外葉から内葉へと移動させるタンパク質。膜の表裏で脂質の成分が異なる「脂質非対称性」を作り出し、維持する役割を担う。 

注2. GABAA受容体

脳内の主要な抑制性神経伝達物質であるGABAを感知する膜タンパク質。神経細胞の活動を抑制する「ブレーキ」として働く。

注3. Dynamin

細胞膜に存在するタンパク質などを細胞内へ取り込む際に、細胞膜の一部を引きちぎる「はさみ」のような役割を果たすタンパク質。 

注4. CAMRQ

重度の運動障害、知的障害、小脳萎縮などを特徴とするヒト神経疾患の総称。

■研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP25KJ2026 川瀬宗之、JP25KJ2021 徳永柊 JP20H03384JP23K27324JP26K02171 服部光治、21H0281524K02355 櫻井隆 )、科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRINGJPMJSP2130)、名古屋市立大学 卓越研究グループ支援事業(2401101)、公益財団法人テルモ生命科学振興財団(服部光治)、文部科学省(MEXT)先端研究基盤共用促進事業(コアファシリティ構築支援プログラム、JPMXS044-500025 の支援を受けて行われました。

■論文タイトル

Phospholipid flippases ATP8A1 and ATP8A2 regulate GABAA receptor trafficking through distinct mechanisms in hippocampal neurons

(リン脂質フリッパーゼATP8A1ATP8A2は、海馬神経細胞において異なるメカニズムを介してGABAA受容体輸送を制御する)

■著者

川瀬宗之1、徳永柊1、梅村悠太1Hossam H. Shawki2、近江純平3、星合彩那1、大嶋智葉1、中島鼓美1、河野孝夫1、櫻井隆4、青木淳賢3、大石久史2、服部光治1

<所属>

1名古屋市立大学大学院 薬学研究科、2名古屋市立大学大学院 医学研究科、3東京大学大学院 薬学系研究科、4順天堂大学大学院 医学研究科細胞・分子薬理学

(*Corresponding author)

■掲載学術誌

学術誌名: iScience

DOI番号: 10.1016/j.isci.2026.116626

     

リリース原文:神経細胞膜の脂質分布変化が神経情報伝達を制御する新規機構の発見