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利き手のスイッチを支える脳内メカニズムを解明 ―脳半球間のアセチルコリンバランスが利き手のスイッチを制御―

順天堂大学大学院医学研究科脳回路形態学の岡本和樹 非常勤助教、日置寛之 教授らの研究グループは、マウスにおいて利き手(利き前肢)を安定的に切り替える行動モデルを確立し、その成立に脳半球間のアセチルコリン1活動の一時的な左右差が重要であることを明らかにしました。本研究は、利き手の可塑(かそ)性を支える神経基盤の理解に新たな知見をもたらすものであり、脳の左右差形成や運動学習の仕組みの解明につながることが期待されます。

本論文はCell Reports誌のオンライン版に2026724日付で公開されました。

本研究成果のポイント

  • マウスの利き手が訓練によって安定的に切り替わる行動モデルを確立
  • 利き手の切り替えには、訓練する手と対側の脳半球へのアセチルコリンの作用が必要
  • 脳半球間に生じるアセチルコリン活動の一時的な左右差が、利き手の切り替えに重要
■背景

ヒトは右利きと左利きに分かれており、利き手は左右の脳の機能的な差を反映していると考えられています。左利きを右利きに変更する慣習は歴史的・文化的にも広く行われてきましたが、利き手が切り替わる際に脳内でどのようなメカニズムが働くのかは、ヒトを対象とした研究には限界があることから、十分には解明されていませんでした。

マウスにも利き手があり、条件によって使用する前肢を替えることが知られていましたが、その変化が長期間維持されるかどうかは不明でした。また、前肢運動の学習には前脳基底部2から大脳皮質運動野へ投射するアセチルコリン神経が重要であり、この投射は左右の脳半球内で比較的独立していることが知られています。そこで研究グループは、マウスに利き手を切り替える訓練をさせながら、左右の脳半球におけるアセチルコリン系を個別に操作し、利き手の切り替えの神経基盤を調べました。

■内容

まず、マウスがスリットの先に置かれたペレット状の餌を前肢で取る課題を用いて、個体ごとの利き手を判定しました(左利き54.2%、右利き45.8%)。この利き手は通常安定していますが、利き手では取れない位置に餌を移動し、5日間にわたって非利き手のみで餌を取らせる訓練をさせたところ、約4分の3のマウスでは訓練終了後も非利き手を使い続け、安定した利き手の切り替えが成立しました。この切り替えは少なくとも2週間持続しました。また、切り替えが成立したマウスでは訓練期間中に非利き手での成功率が向上していましたが、成立しなかったマウスでは成功率の向上が見られませんでした。

次に、利き手の切り替えにアセチルコリンが必要かどうかを調べました。まず、前脳基底部から運動野へのアセチルコリン投射が主に同側脳半球内に限局していることを神経トレーシング法で確認しました。次に、訓練する前肢と対側の脳半球において、イムノトキシン法*3を用いてアセチルコリン神経を選択的に除去したところ、利き手の切り替えが起こりにくくなりました。また、光遺伝学的手法*4によって同じ経路の神経活動を抑制した場合も、同様に切り替えが妨げられました。これらの結果から、訓練する前肢と対側の脳半球へのアセチルコリンの作用が、利き手の切り替えに必要であることが示されました。

さらに、GRABセンサー*5と光ファイバーを用いて左右脳半球のアセチルコリン活動を計測したところ、アセチルコリン量は全体として左右で同期して変動するものの、餌を取る動作の直後には使用する前肢と対側の脳半球で一時的に増加することが分かりました。この一時的な左右差を化学遺伝学的手法(DREADD法)*6によって人為的に操作すると、利き手の切り替えは妨げられました。これらの結果は、脳半球間のアセチルコリン活動の一時的な左右差が、利き手の切り替えに重要であることを示しています(図1)。

    

日置画像1

図1:利き手の切り替えには脳半球間のアセチルコリンバランスが重要

マウスの利き手の切り替えには、訓練中のアセチルコリンの働きが重要だった。単にアセチルコリン量が増えるだけではなく、訓練する前肢と対側の脳半球で相対的に高まることが重要であった。

■今後の展開

本研究では、訓練による利き手の切り替えに、脳半球間のアセチルコリン活動の一時的な左右差が重要であることを示しました。一方で、この左右差がどのような神経回路によって形成・維持されているのかは明らかになっていません。今後はその回路機構を解明するとともに、利き手という性質そのものがどのように形成されるのかについても研究を進める予定です。

■用語解説 

*1 アセチルコリン: 神経伝達物質の一つ。脳内では、記憶・学習・覚醒などに関わる。

*2 前脳基底部: コリン作動性ニューロンが集まる、脳の深部にある領域。

*3 イムノトキシン法: 特定の神経細胞を選択的に破壊する方法。

*4 光遺伝学的手法: 特定のニューロンに光を照射し、神経活動を操作する手法。

*5 GRABセンサー: アセチルコリンなど神経伝達物質の量を、蛍光の強さで計測できる生体センサー。

*6 化学遺伝学的手法(DREADD法): 投与した薬剤の作用により、特定の神経細胞の活動を人為的に操作する化学遺伝学的手法。

■原著論文

本研究はCell Reports誌に2026724日付で公開されました。

タイトル: Paw switching with lateralized cholinergic modulation

タイトル(日本語訳): 利き前肢のスイッチを制御する脳半球間のコリン作動性調節

著者: Kazuki Okamoto, Yasuhiro R. Tanaka, Shigeki Kato, Shu Xie, Guochuan Li, Kazuto Kobayashi, Masato Koike, Yulong Li, Hiroyuki Hioki

著者(日本語表記): 岡本和樹1,2,3)、田中康裕4)、加藤成樹5)、谢书6)、李国川6)、小林和人5)、小池正人2)、李毓龙6)、日置寛之1,2,7)

著者所属: 1)順天堂大学大学院医学研究科脳回路形態学講座、2)順天堂大学大学院医学研究科神経機能構造学講座、3)新潟大学脳研究所細胞病態学分野、4)玉川大学脳科学研究所、5)福島県立医科大学生体情報伝達研究所生体機能研究部門、6)北京大学生命科学学院北清生命科学联合中心、7)順天堂大学マルチスケール脳構造イメージング講座

DOI: 10.1016/j.celrep.2026.117734

   

本研究は以下の支援を受け、多施設との共同研究の基に実施されました。また、本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。

  

【科学技術振興機構(JST)】戦略的創造研究推進事業 さきがけ「脳半球の対称性を崩す多感覚受容」(JPMJPR23S3)、創発的研究支援事業「シナプス構築から探る大脳新皮質の構造原理」(JPMJFR204D)、ムーンショット型研究開発事業「臓器連関の包括的理解に基づく認知症関連疾患の克服に向けて」(JPMJMS2024

【日本学術振興会(JSPS)】科研費 若手研究 (JP20K16112, JP22K15230)、基盤研究(B) JP21H02592, JP25K02371)、国際共同研究加速基金(国際先導研究)(JP23K20044

【日本医療研究開発機構(AMED)】脳神経科学統合プログラム「脳統合研究を推進するウイルスベクター技術の整備と高度化」、脳神経科学統合プログラム「脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明」