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ALS(筋萎縮性側索硬化症)の進行に関わる脂質を発見 ~新たな治療薬候補を同定~

■本研究のポイント

・ 神経難病であるALS*1患者の血液を網羅的に解析し、N-アシルタウリン(NAT*2と呼ばれる脂質代謝物が病気の進行速度や生存期間と関連することを発見しました。

・ 患者データから得られた知見を基に、この脂質に関連する薬剤探索を行った結果、FAAH阻害薬*3(PF-04457845)ALS患者由来iPS細胞*4およびALSモデルマウス*5で神経保護効果を示すことを明らかにしました。

・ 本研究は、患者の代謝異常から治療法開発へつなげる「リバーストランスレーショナル研究*6」により、ALSに対する新たな疾患修飾療法の可能性を示しました。

横溝先生画像1
    
■研究概要

順天堂大学大学院医学研究科生化学・細胞機能制御学の横溝岳彦教授、李賢哲准教授は、名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野雅央教授、臨床研究教育学の伊藤大輔特任助教(筆頭著者)らの研究グループと、愛知医科大学加齢医科学研究所神経iPS 細胞研究部門の岡田洋平教授との共同研究で、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の進行に関連する新たな脂質代謝異常を発見するとともに、その代謝経路を標的とした治療薬候補を同定しました。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロン*7が選択的に変性・脱落する進行性の神経難病であり、治療法は限られています。ALS患者では体重減少や糖・脂質代謝異常など全身の代謝異常を伴うことが知られていますが、それらが病態進行とどのように関連するかは十分に解明されていませんでした。

本研究では、ALS患者の血液を用いた網羅的なメタボローム解析*8および脂質メディエーター解析*9により、拡張エンドカンナビノイド系*10expanded endocannabinoid system)に属する脂質代謝物N-acyl taurineNAT)が病気の進行速度や生存期間と関連することを明らかにしました。また、ALS患者由来iPS細胞から作製した運動ニューロンおよびALSモデルマウスを用いた解析により、NATを分解する酵素である脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)を阻害するPF-04457845が運動ニューロン変性を抑制することを見出しました。さらに、PF-04457845の投与により、ALSモデルマウスの運動機能が改善し、生存期間が延長することがわかりました。

これらの結果から、NATの代謝異常がALSの病態進行に関与すること、およびFAAH阻害によるNAT代謝の制御がALSに対する新たな治療戦略となる可能性が示されました。

本研究成果は、2026810日付米国医学雑誌『JCI Insight』に掲載されます。 

1. 背景

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、脳や脊髄の運動ニューロンが進行性に変性・脱落する神経難病であり、手足の筋力低下や筋萎縮、嚥下障害、呼吸障害などを引き起こします。日本国内には約1万人の患者がいると推定されており、現在承認されている治療薬は病気の進行を一部遅らせる効果にとどまるため、新たな治療法の開発が強く求められています。

ALS患者では、神経変性だけでなく体重減少や脂質代謝異常など全身の代謝変化を伴うことが知られています。また近年、エンドカンナビノイド系が神経保護や神経炎症の制御に関与することが報告されています。しかし、ALSにおいてどのような代謝異常が病態進行に関与しているのか、またそれらを標的とした治療法が有効であるかについては十分に解明されていませんでした。

そこで本研究では、ALS患者の体内で実際に生じている代謝変化を出発点とするリバーストランスレーショナル研究を行いました。患者血液の網羅的メタボローム解析および脂質メディエーター解析を実施し、病態に関連する代謝異常を探索するとともに、ALS患者由来iPS細胞およびALSモデルマウスを用いてその代謝変化のALSの進行に対する意義を検証し、さらに代謝異常を標的とした新たな治療法の開発に取り組みました。

2. 研究成果

本研究ではまず、ALS患者血液を用いた網羅的メタボローム解析を実施し、病気の進行速度と関連する代謝変化を探索しました。その結果、進行の速いALS患者群を特徴づける代謝物として、拡張エンドカンナビノイド系に属するN-acyl taurineNAT)が同定されました(図1)。さらに脂質メディエーター解析により結果を検証したところ、NAT濃度は進行の速いALS患者で高値を示し、ALS機能評価尺度(ALSFRS-R*11の低下速度や生存期間と有意に関連することが明らかとなりました(図2)。

    

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図1 ALS患者血清の解析による進行速度と代謝物の関係の解析

A. ALS患者血清メタボローム解析による急速進行ALS患者群と緩徐進行群の比較、B. ALS患者血清脂質メディエータ解析による急速進行ALS患者群と緩徐進行群の比較

     

横溝先生図2画像3

図2. N-oleoyl taurineと進行、予後の解析 

A. 血清メタボローム解析を行った患者における解析、B. 血清脂質メディエータ解析を行った患者における解析健常者、緩徐進行ALS群、急速進行ALS群の比較; 進行速度との相関解析;生存解析

     

次に、患者解析で見出された代謝異常を標的とした治療法の開発を目指し、ALS患者由来iPS細胞から作製した運動ニューロンを用いて薬剤評価を行いました。その結果、NATを分解する酵素である脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)を阻害するPF-04457845が、運動ニューロンの変性を抑制し、神経突起の保持や細胞障害の軽減をもたらすことを見出しました(図3)。

      

横溝先生図3画像4

3. PF-04457845投与によるALS患者由来iPS運動ニューロンの保護効果 iPS運動ニューロンの画像解析により、神経突起長、細胞クラスターを解析 および、LDHアッセイによる毒性解析

     

さらにALSモデルマウスにPF-04457845を投与したところ、生存期間の延長に加え、握力試験やロータロッド試験で評価した運動機能の進行抑制が認められました。また、脊髄組織の解析では運動ニューロンの脱落が抑制され、病理学的にも神経保護効果が確認されました(図4)。

      

横溝先生図4画像5

4. ALSモデルマウスへのPF-04457845投与実験結果 

A. 生存解析、B. 体重、C. 握力、D. ロータロッド試験、E. マウス脊髄運動ニューロン、F. 運動ニューロン数の比較. ALS モデルマウス: SOD1G93A 変異導入マウス

      

薬剤の作用機序を明らかにするため、モデルマウス脊髄のリピドミクス解析*12を実施したところ、PF-04457845投与群ではNATおよび関連脂質の増加が認められました(図5)。一方、未治療のALSモデルマウスにおいてもNAT濃度は上昇しており、ALS患者で認められた変化と共通した代謝異常が再現されていました。これらの結果は、NATの上昇が病態進行に対する生体の代償・防御反応であり、FAAH阻害によってその経路をさらに活性化することで治療効果が得られる可能性を示唆しています。

       

横溝先生図5画像6

5. ALSモデルマウスの脊髄リピドーム解析 

A. 野生型マウスとALSモデルマウスの比較、B. PF-04457845投与によるNATの変化

  

さらに、脊髄組織を用いたRNAシークエンス解析*13および単一核レベルのRNAシークエンス解析を行った結果、PF-04457845投与によって神経炎症に関わるグリア細胞*14の状態が変化し、神経保護的な表現型への移行が促進されることが示されました。また運動ニューロンではシナプス可塑性や神経発達に関連する遺伝子群が活性化しており、本薬剤が神経細胞とグリア細胞の双方に作用して病態改善をもたらすことが明らかとなりました。

以上の結果から、本研究はALS患者で認められる代謝異常を起点として病態進行に関与する新たな治療標的を同定し、その標的を制御する薬剤の有効性を患者由来iPS細胞および動物モデルで実証しました。患者データから治療法開発へと展開するリバーストランスレーショナル研究の有効性を示す成果であり、ALSに対する新たな疾患修飾療法の開発につながることが期待されます。

3. 今後の展開

本研究により、拡張エンドカンナビノイド系に属する脂質代謝物N-アシルタウリン(NAT)がALSの進行速度や予後と関連することが明らかとなりました。今後は、より大規模な患者集団を対象とした検証研究を進めることで、NATALSの病勢評価や治療効果判定に利用できるバイオマーカーとして実用化できるかを検討していきます。

また、本研究により、N-アシルタウリン(NAT)を中心とした代謝経路がALSの新たな治療標的となる可能性が示されました。今後はNATの病態生理学的役割をさらに解明するとともに、NAT代謝経路を標的とした新たな治療薬の開発や臨床応用に向けた研究を進めていきます。

さらに本研究は、患者で実際に生じている代謝異常の解析から治療標的を同定し、患者由来iPS細胞および動物モデルを用いてその有効性を検証する「リバーストランスレーショナル研究」の有効性を示しました。今後も患者データに基づく病態解析を進めることで、ALSのみならず他の神経変性疾患に対する新たな治療法の開発につなげていきたいと考えています。

4. 支援・謝辞 

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(KAKENHI)、日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて実施されました。また、本研究の一部は田辺三菱製薬株式会社の支援を受けて実施されました。また、研究にご協力いただいたALS患者さんおよびご家族の皆様に深く感謝申し上げます。

■用語説明

1) 筋萎縮性側索硬化症(ALS:Amyotrophic Lateral Sclerosis): 脳や脊髄の運動ニューロンが進行性に変性・脱落する神経難病。筋力低下や筋萎縮、嚥下障害、呼吸障害などを生じ、多くの場合発症後数年で重篤な機能障害に至る。

2) N-アシルタウリン(N-acyl taurine:NAT): タウリンと脂肪酸から構成される脂質代謝物。拡張エンドカンナビノイド系に属する。

3) FAAH阻害薬: 脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)の働きを抑制する薬剤。FAAHによって分解されるエンドカンナビノイド関連脂質の濃度を上昇させる。本研究ではPF-04457845を使用した。

4) ALS患者由来iPS細胞: ALS患者の血液などの細胞から作製された人工多能性幹細胞(iPS細胞)。患者の遺伝的背景を保持しており、病態解析や創薬研究に利用される。

5) ALSモデルマウス: ALSの病態を再現するために作製された実験用マウス。病態解明や治療法開発に広く利用されている。

6) リバーストランスレーショナル研究: 患者で実際に観察された病態変化を出発点として、その分子機構の解明や治療法開発へ展開する研究手法。

7) 運動ニューロン: 脳や脊髄から筋肉へ運動指令を伝える神経細胞。ALSでは主にこの細胞が障害される。

8) メタボローム解析: 生体内に存在する代謝産物(アミノ酸、糖、脂質など)を網羅的に測定し、その変化を解析する手法。病態解明やバイオマーカー探索に広く利用されている。

9) 脂質メディエーター解析: 炎症や免疫応答、神経機能の調節に関与する脂質性生理活性物質を網羅的に解析する手法。

10) 拡張エンドカンナビノイド系(Expanded Endocannabinoid System): エンドカンナビノイドと呼ばれる生体内で産生される脂質性シグナル分子、およびそれらが作用する受容体や代謝酵素から構成される生体調節機構。エンドカンナビノイドは神経活動、炎症応答、疼痛、食欲、エネルギー代謝などの調節に重要な役割を果たしている。拡張エンドカンナビノイド系は、従来のエンドカンナビノイドに加えて、N-アシルタウリン(NAT)などの関連脂質やその代謝酵素を含む、より広範な脂質シグナルネットワークを指す。

11) ALS機能評価尺度(ALSFRS-R:ALS Functional Rating Scale-Revised): ALS患者の日常生活動作や身体機能を評価する国際的な指標。点数の低下速度は病気の進行度を反映する。

12) リピドミクス解析: 生体内に存在する脂質を網羅的に測定・解析する手法。脂質代謝異常や脂質シグナルの変化を詳細に評価することができる。

13) RNAシークエンス解析(RNA-seq): 細胞や組織で発現しているRNAを網羅的に解析する手法。病態に関連する遺伝子発現変化を明らかにすることができる。

14) グリア細胞: 神経細胞を支持・保護する細胞群の総称。アストロサイトやミクログリアなどが含まれ、神経炎症や神経変性の制御に重要な役割を担う。

■論文情報

雑誌名: JCI Insight

論文タイトル: Fatty acid amide hydrolase inhibition for treatment of amyotrophic lateral sclerosis

著者: Daisuke Ito1,2, Madoka Iida1, Yohei Iguchi1, Atsushi Hashizume2, Shinichiro Yamada1, Yoshiyuki Kishimoto1, Shota Komori1, Kazuki Obara1, Shuto Nishisaki3, Satoshi Yokoi1,3, Teppei Shimamura4, Yuto Takemoto5, Masahiro Nakatochi5, Tomohiro Akashi4, Kunihiko Hinohara6,7, Hyeon-Cheol Lee-Okada8, Yohei Okada9, Junichi Niwa10, Gen Sobue11, Shinji Tanaka12, Ken Takashina12, Takehiko Yokomizo8, Masahisa Katsuno1

  1. Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine; Nagoya, Aichi, Japan.
  2. Department of Clinical Research Education, Nagoya University Graduate School of Medicine; Nagoya, Aichi, Japan.
  3. Department of Pathophysiological Laboratory Sciences, Nagoya University Graduate School of Medicine; Nagoya, Aichi, Japan.
  4. Division of Systems Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine; Nagoya, Aichi, Japan.
  5. Public Health Informatics Unit, Department of Integrated Health Sciences, Nagoya University Graduate School of Medicine; Nagoya, Aichi, Japan.
  6. Department of Immunology, Nagoya University Graduate School of Medicine; Nagoya, Aichi, Japan.
  7. Institute for Advanced Research, Nagoya University; Nagoya, Aichi, , Japan.
  8. Department of Biochemistry, Juntendo University Graduate School of Medicine; Bunkyo-ku, Tokyo, Japan.
  9. Department of Neural iPSC Research, Institute for Medical Science of Aging, Aichi Medical University; Nagakute, Aichi, Japan.
  10. Department of Neurology, Aichi Medical University School of Medicine; Nagakute, Aichi, Japan.
  11. Aichi Medical University School of Medicine; Nagakute, Aichi, Japan.
  12. Sohyaku, Innovative Research Division, Mitsubishi Tanabe Pharma Corporation; Yokohama, Japan.        

DOI:  10.1172/jci.insight.198842