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人工膝関節置換術後の筋力回復に新たな目標 ― 変形性膝関節症のない同年代の筋力を基準としたノモグラムの開発 ―
順天堂大学保健医療学部理学療法学科の飛山義憲 先任准教授、澤龍一 准教授、横山萌香 助教ら、および あんしん病院の水野清典 医師、和田治 理学療法士、国立研究開発法人国立長寿医療研究センターの大寺祥佑 副部長らの共同研究グループは、変形性膝関節症に対して実施される人工膝関節置換術後*1の膝伸展筋力の回復に新たな目標を示しました。人工膝関節置換術を受けた60~89歳の1,341名のうち475名の術後1年の膝伸展筋力を調べたところ、変形性膝関節症のない同年代の人の筋力基準値*2に到達した患者は、到達しなかった患者よりも、手術を受けた膝への満足度と活動性が高いことがわかりました。しかし、手術を受けた膝のうち、筋力基準値に到達したのは半数未満でした。また、筋力基準値への到達には術後の反対側の膝伸展筋力が最も重要であることがわかりました。そこで、患者ごとに筋力基準値へ到達する確率を可視化するノモグラム*3を開発しました。このノモグラムは別の時期に手術をした866名でも、筋力基準値への到達確率をうまく予測できることがわかりました。これらの成果は、人工膝関節置換術後の筋力回復において、変形性膝関節症のない同年代の人の筋力基準値を目標とする意義を示すとともに、その達成確率を患者ごとに予測するノモグラムを開発することで、個別のリハビリテーション計画を検討できるようにしたものです。本研究は、第13回日本運動器理学療法学会学術大会で優秀賞を受賞し、その成果をまとめた論文が国際学術誌The Bone & Joint Journalに2026年4月1日付で公開されました。
本研究成果のポイント
- 人工膝関節置換術後に、変形性膝関節症のない同年代の筋力基準値へ到達した患者は、手術を受けた膝への満足度・活動性が高いことを明らかにし、術後の筋力回復の新たな目標として提示
- 筋力基準値への到達には、術後の反対側の膝伸展筋力*4が最も重要
- 筋力基準値への到達確率を推定するノモグラムを開発し、個別化したリハビリテーションへの活用に期待
■背景
変形性膝関節症は、膝の痛みや身体機能の低下を主な症状とする疾患で、国内では40歳以上の約2,530万人に、レントゲン検査で変形性膝関節症の所見がみられると推定されています。症状が悪化すると人工膝関節置換術が実施され、手術件数は年間8万件を超えています。人工膝関節置換術は膝の痛みや関節機能の改善に有効ですが、手術の影響や術後の腫れなどにより、膝伸展筋力(主に太ももの前にある大腿四頭筋の筋力)が大きく低下します。膝伸展筋力の低下は歩行能力や活動性の回復にも影響するため、術後に十分に回復させることが重要です。研究グループは、こうした課題の改善を通じた健康寿命の延伸を目指し、より効果的な回復方法を検討してきました。これまで膝伸展筋力の回復は術前との比較で判断されることが多いものの、変形性膝関節症の患者では、痛みや活動量の低下により術前から筋力が低下していることが多く、術前の筋力に戻るだけで十分かは明らかではありませんでした。そこで本研究では、変形性膝関節症のない同年代の人の筋力基準値を術後の新たな目標として設定し、その目標に到達する割合と意義、さらに到達には何が重要かを明らかにすることを目的としました。
■内容
本研究では、変形性膝関節症に対して人工膝関節置換術を受けた1,341名を対象に、まず475名の術前1か月と術後1年の膝伸展筋力を測定し、人工膝関節置換術後に用いられる質問紙で手術をした膝への満足度と活動性を調査しました。また、変形性膝関節症のない同年代の120名についても膝伸展筋力を測定し、男女それぞれ下から10%の位置に当たる値を、術後の目標となる筋力基準値として設定しました。術後1年にこの筋力基準値へ到達した患者は、到達しなかった患者よりも、手術を受けた膝への満足度と活動性が高いことがわかりました。この結果から、術前より筋力が改善したかだけでなく、変形性膝関節症のない同年代の人の筋力基準値への到達をリハビリテーションの目標とする意義が示されました。一方、手術を受けた膝のうち、術後1年に筋力基準値に到達したのは半数未満であり、術後の筋力回復には課題が残ることも明らかになりました。
さらに、筋力基準値への到達には、術後の反対側の膝伸展筋力が最も重要であることがわかりました。反対側の脚は、術後の歩行や運動を支える役割を担うため、その筋力が十分にあることが手術側の筋力回復にも重要である可能性があります。そこで、年齢、性別、体格指数、術前の変形性膝関節症の重症度、術前および術後の筋力から、筋力基準値への到達確率を推定するノモグラムを開発しました。ノモグラムは、年齢や筋力など患者ごとの情報を用いて、術後1年に筋力基準値へ到達する確率を示すものです。これにより、患者ごとの到達確率を確認し、その確率を高めるためには、術後の反対側の筋力をどの程度まで高めることを目標とすればよいかを検討できます。開発したノモグラムは別の時期に手術をした866名でも、術後1年の筋力基準値への到達確率をうまく予測できることがわかりました。
以上から、人工膝関節置換術後には、変形性膝関節症のない同年代の人の筋力基準値への到達が、満足度や身体機能と関連する新たな目標となることが示されました。また、反対側を含めた両脚の筋力を測定し、ノモグラムを用いて患者ごとの目標設定をすることで、個別の状態に応じたリハビリテーション計画に役立つことが期待されます(図1)

図1:人工膝関節置換術後の新たな筋力目標と個別化リハビリテーションへの活用
人工膝関節置換術後1年に、同年代の変形性膝関節症のない人の筋力基準値へ到達した患者は、到達しなかった患者より満足度と活動性が高い一方、手術をした膝のうち筋力基準値へ到達したのは全体の半数未満でした。また、筋力基準値への到達には術後の反対側の筋力が最も重要であることがわかりました。年齢、体格、変形性膝関節症の重症度、術前および術後の筋力から到達確率を予測するノモグラムにより、患者ごとの筋力目標を設定し、リハビリテーション計画に活用できる可能性があります。
■今後の展開
今回、研究グループは、変形性膝関節症のない同年代の人の筋力基準値への到達を、人工膝関節置換術後の新たな目標として提示しました。しかし、半数以上がこの目標を達成しておらず、今後は反対側を含めた筋力トレーニングによって筋力基準値への到達確率が高まるか、さらに満足度や活動性の向上につながるかを検証する予定です。これにより、人工膝関節置換術後の回復を高め、健康寿命の延伸に貢献することが期待されます。
■用語解説
*1 人工膝関節置換術: 進行した変形性膝関節症に対し、膝関節をつくる大腿骨と脛骨の傷んだ部分を切除し、人工関節に置き換える手術。
*2 筋力基準値: 本研究に参加した変形性膝関節症のない同年代の120名の膝伸展筋力を男女別に分け、それぞれ下から10%の位置に当たる値を、本研究における基準値として設定したもの。
*3 ノモグラム: 年齢や筋力などの複数の情報から、目標を達成する確率を予測し、図で示すツール。
*4 膝伸展筋力: 膝を伸ばす力、主に太ももの前面にある大腿四頭筋によって発揮される。
研究者のコメント
手術後に痛みが改善し、筋力が術前より回復しただけで、本当に健康的な生活を取り戻したと言えるのか、という疑問が研究の出発点でした。臨床で生まれた疑問を研究によって確かめ、その成果を患者さんの目標やリハビリテーションに還元することに意義を感じています。今後も、人工膝関節置換術を受けた患者さんが、より健康的な生活を実現できるよう、臨床の疑問を共有する仲間とともに研究を続けていきたいと考えています。 (飛山 義憲)
■原著論文
本研究はThe Bone & Joint Journalに2026年4月1日付で公開されました。
タイトル: Achieving normative quadriceps strength after total knee arthroplasty: associations with satisfaction, function, and a predictive nomogram
タイトル(日本語訳): 人工膝関節置換術後における膝伸展筋力基準値の達成:満足度・身体機能との関連と予測ノモグラム
著者: Yoshinori Hiyama, Ryuichi Sawa, Moeka Yokoyama, Shosuke Ohtera, Osamu Wada, Kiyonori Mizuno
著者(日本語表記): 飛山義憲1)、澤龍一1)、横山萌香1)、大寺祥佑2)、和田治3)、水野清典4)
著者所属: 1)順天堂大学保健医療学部理学療法学科、順天堂大学大学院保健医療学研究科理学療法学専攻、2) 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター、3)あんしん病院リハビリテーション科、4)あんしん病院整形外科
DOI: https://doi.org/10.1302/0301-620X.108B4.BJJ-2025-0859.R2
本研究はJSPS科研費JP22K11296の支援を受け、複数機関の研究者による共同研究として実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。