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高齢心不全患者の「生存しても自立を失うリスク」をAIが予測 ―国内最大規模6,382例のデータで、新たな高リスク群を発見―

順天堂大学 保健医療学部理学療法学科の山田莞爾 助教、高橋哲也 教授、医学部循環器内科学講座の鍵山暢之 准教授らと日本循環器理学療法学会の研究グループは、高齢心不全患者が退院後1年の時点で機能的自立を失うリスクを、退院時の客観的な身体機能データ(「バーセルインデックス(BI1」、「SPPB2」など)から高精度に予測する機械学習モデルを開発しました。国内96施設の多施設共同前向き研究(J-Proof HF Registry)に参加した高齢心不全患者約1万例の大規模データを解析した結果、本モデルは既存のフレイルスクリーニングスコアを上回る予測精度(AUC 0.75)を達成しました。さらに、死亡リスクは低いにもかかわらず、1年以内に57.0%が身体機能を失う新たな「低死亡・高機能低下リスク群」(1,732例)を同定しました。本成果は、心不全診療において生命予後だけでなく生活の質(QOL)を重視することの重要性を示すものです。

本論文は『Journal of Cardiac Failure』オンライン版に2026年820日付で公開されました。

本研究成果のポイント

  • 高齢心不全患者6,382人の身体機能や検査データをAIで解析し、退院1年後の機能的自立の喪失(要介護状態への移行)を高精度に予測するモデルを開発
  • 死亡リスクは低いにもかかわらず、1年以内に57.0%が身体機能を失う新たな「低死亡・高機能低下リスク群」を発見
  • 生命予後に加え、生活の質(QOL)を守る個別化リハビリテーションの実現へ
■背景

心不全患者は高齢化に伴い急増する一方、退院後に自立した生活を維持できるかどうかは、患者にとって生命予後と並ぶ重要な問題となっています。しかし、これまでの予後予測研究の多くは死亡や再入院に主眼を置いており、退院後の要介護化を予測する手法は十分に確立されていませんでした。特に高齢の心不全患者では、フレイル3など複数の要因が複雑に絡み合い、従来の統計的モデルでは十分に捉えられず、こうした複雑さを扱える機械学習(AI)の活用が期待されていました。しかし、身体機能の低下を予測しようとしても、その前に亡くなってしまうと低下自体を観察できません。この死亡という競合するアウトカムのために、両者を偏りなく予測することは統計的に難しい課題でした。そこで本研究では、国内最大規模の高齢心不全患者の前向き登録研究であるJ-Proof HF Registryのデータを用い、この競合リスクを考慮しながら、退院後1年の身体機能低下を高精度に予測する機械学習モデルの開発を目的としました。

■内容

本研究では、日本循環器理学療法学会が主導した国内96施設が参加する多施設共同前向き研究「J-Proof HF Registry(研究責任者:高橋哲也教授)」に登録された、心不全で入院しリハビリテーションを受けた65歳以上の患者のうち、入院前は自立していた6,382人(95施設)のデータを解析しました。研究グループは、年齢や性別、心機能、血液検査データといった従来の臨床情報に加え、理学療法士が退院時に標準的な手法で測定した「バーセルインデックス(BI)」、「SPPBShort Physical Performance Battery)」、歩行速度、握力といった客観的な身体機能データを含む77項目の候補因子を機械学習(XGBoost)に学習させました。

モデルの性能を厳格に評価するため、「Leave-one-site-out交差検証」という手法を用いました。これは、解析対象となった95施設のうち1施設を完全に未知のテストデータとし、残りの94施設で学習したモデルで予測精度を検証する、というプロセスを95回繰り返す頑健な検証方法です。

その結果、開発したAIモデル(10項目の簡易版)は、高齢者のフレイルを評価する標準的なスクリーニングツールである「基本チェックリスト(KCL4」に基づくスコアと比較して、統計学的に有意に高い退院1年後の機能低下の予測精度(AUC 0.75)を達成しました(図1)。さらに、死亡リスクと機能低下リスクを組み合わせて患者を4つのグループ(リスク表現型)に分類したところ、死亡リスクは低い(生存率89.0%)にもかかわらず、1年以内に57.0%もの患者が身体機能を失う「低死亡・高機能低下リスク群」(1,732人)の存在が明らかになりました。これは、従来の死亡リスクを中心とした評価では見過ごされてきた集団であり、「生命は助かっても自立した生活を失う」というこれまで十分に注目されてこなかったリスクを可視化するものです。

     

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1AIが見抜く、心不全患者の「自立喪失」リスク(本研究の概要を示す模式図

高齢心不全患者の臨床情報に、理学療法士が測定した客観的な身体機能データ(歩行速度、バーセルインデックス、SPPBなど)を加えた77項目をAIモデルに入力(左:入力)。国内最大規模の6,382人の心不全患者のデータを機械学習(XGBoost)で解析し(中央:解析)、退院1年後の「機能の維持」「機能の低下」「死亡」を予測しました。死亡リスクと身体機能低下リスクを統合し、死亡リスクは低いものの機能低下リスクが高い「隠れハイリスク群」を含む4つのリスク表現型を同定しました(右:出力・意義)。この情報に基づき、高リスクの患者には集中的なリハビリテーションを提供するなど、一人ひとりに最適化されたケアの実現が期待されます。

■今後の展開

身体機能を維持できるかどうかは、心不全診療において生命予後と並ぶ重要な課題として認識されてきましたが、それを退院時に客観的に予測する手法はこれまでありませんでした。本研究で開発したAIモデルを用いることで、退院時に機能低下のリスクが高い患者を客観的に特定し、集中的なリハビリテーションや個別化された退院支援計画を優先的に提供することが可能になります。特に、死亡リスクが低いために見過ごされがちな「低死亡・高機能低下リスク群」を早期に特定できることは、限られた医療・介護資源を効率的に配分することにもつながります。

研究グループは、この予測モデルを臨床現場の医療スタッフ(医師や理学療法士など)が日常的に使えるよう、プロトタイプのWebアプリケーションも開発しており、退院時のリスクを推定し、身体機能パラメータの改善による効果をシミュレーションしています。今後は、このツールの臨床的有用性を検証する研究を進める予定です。本研究が、高齢心不全患者の生命予後だけでなく、生活の質(QOL)の維持・向上に貢献することを期待しています。

■用語解説

*1 バーセルインデックス(BI): 食事、移乗、整容、トイレ動作、移動など10項目の日常生活動作(ADL)の自立度を評価する指標。

*2 SPPB (Short Physical Performance Battery): 高齢者の下肢機能(バランス、歩行速度、椅子からの立ち上がり能力)を総合的に評価するテスト。

*3 フレイル: 加齢に伴い心身の活力が低下し、健康障害を起こしやすくなった状態。

*4 基本チェックリスト(Kihon Checklist): 日常生活動作や運動機能、栄養状態、認知機能など25項目からなる質問票で、高齢者のフレイルの程度を簡便に評価する指標。

研究者のコメント

これまで、心不全診療はどれくらい長生きできるかを予測することに主眼が置かれてきました。退院後に自立した生活を送れるかどうかも重要な課題として認識されていましたが、それを高い精度で予測する手法はまだ十分に確立されていませんでした。

今回の研究で、死亡リスクは低くても身体機能を失ってしまう患者さんが一定数存在することを、大規模なデータで示すことができました。この知見が、患者さん一人ひとりの生活の質を守るリハビリテーション計画の立案に繋がることを願っています。

■原著論文

本研究は『Journal of Cardiac Failure』のオンライン版で(2026820日付)公開されました。

タイトル: Machine Learning Predicts Functional Decline and Risk Phenotypes in Older Patients With Heart Failure

タイトル(日本語訳): 高齢心不全患者における機能低下とリスク表現型の機械学習による予測

著者: Kanji Yamada, Nobuyuki Kagiyama, Tomoyuki Morisawa, Masakazu Saitoh, Kentaro Iwata, Michitaka Kato, Koji Sakurada, Yuji Kono, Yuki Iida, Masanobu Taya, Yoshinari Funami, Kentaro Kamiya, Tetsuya Takahashi.

著者(日本語表記): 山田莞爾1) 2)、鍵山暢之3)、森沢知之4)、齊藤正和4)、岩田健太郎2) 4)、加藤倫卓4)、櫻田弘治4)、河野裕治4)、飯田有輝4)、田屋雅信4)、舟見敬成4)、神谷健太郎4)、高橋哲也1), 4)

著者所属: 1) 順天堂大学保健医療学部、2) 神戸市立医療センター中央市民病院 リハビリテーション技術部、3) 順天堂大学医学部循環器内科、4) 日本循環器理学療法学会

DOI: doi.org/10.1016/j.cardfail.2026.08.005

 

本研究は、日本循環器理学療法学会およびJSPS科研費(JP25K02969)の支援を受けて実施されました。

なお、本研究にご協力いただいたJ-Proof HFレジストリ参加施設の皆様、そして患者様とご家族様に深謝いたします。