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「定員調整」だけでは研修医の定員充足率や地域間格差は解消されない ― 医師臨床研修マッチング制度のデータを用いたシミュレーション研究で明らかに ―

順天堂大学大学院健康データサイエンス研究科の井出博生 准教授、および自治医科大学地域医療学センターの小池創一教授らの共同研究グループは、過去の医師臨床研修マッチング*1のデータを用い、各都道府県の臨床研修プログラムの定員枠を増減・再配分するシミュレーションを行いました。定員枠を大きく調整した場合でも、都道府県ごとの定員充足率、地域間の格差縮小の効果は限定的であることがわかりました。本成果は、現在のマッチング制度の定員枠だけを地方に移しても地域偏在の緩和は難しいことを定量的に示したもので、地方における研修希望者を増やす取組や2次募集の扱い等、マッチングシステムの改善と医師偏在対策関連施策の一体的な取組の必要性を示唆するものです。本論文はBMC Medical Education誌のオンライン版に2026年9月14日付で公開されました。

本研究成果のポイント

  • 実際の臨床研修マッチングのデータを用い、「医師偏在指標*2」に基づいて研修医の募集定員枠を調整するシミュレーションを実施しました。
  • 定員枠を最大20%増減させても、都道府県ごとの研修医充足率や地域間格差は大きく改善しませんでした。
  • マッチングシステムの定員調整だけでは研修医の地域間配分の変更には限界があります。マッチングシステムの改善とともに、地域枠の拡充や、労働環境の整備など関連政策との一体的な取組が必要です。
■背景

日本では、地域や診療科による医師の偏在が長年課題となっています。地域偏在の解消を目的として、地域枠設置、都道府県別の募集定員の上限設定、都道府県による医師確保計画の策定など、様々な対策が講じられてきました。一方で、これまでの研究で、医師が初期に勤務を開始した場所に定着しやすい傾向が強くなっていることもわかっています(Ide et al. 2018)。したがって、初期臨床研修における研修医の配置を調整することが、全体の偏在解消につながる可能性があります。定員配置の変更は若手医師のキャリアに直接的な影響を及ぼすため、実際の制度変更には高い社会的コストと倫理的な懸念が伴います。そこで、本研究では過去の医師臨床研修マッチングのデータを用いたシミュレーションにより、定員枠の変更が研修医の地域分布に与える影響を評価しました。

■内容

2022年の医師臨床研修マッチング協議会*3の協力を得て、実際の医師臨床研修マッチングのデータ(研修医と研修プログラムの希望順位データ)を用い、現在の制度で使われているのと同じ「ゲール・シャプレー・アルゴリズム*4(安定マッチング・アルゴリズム)」を実装し、シミュレーションを行いました。
まず、各都道府県の「医師偏在指標」に基づき、医師の多い上位3分の1の県の定員枠を削減し、少ない下位3分の1の県の定員枠を増加させるベースラインシナリオ(調整率5%、10%、15%、20%)を設定しました。さらに、調整率20%の時の削減枠(全体で168枠)を利用し、一律、前年のマッチング結果、医師の人口対密度に基づいて削減枠を再配分する3つのシナリオを設定し、定員の再配分の効果を検証しました。
定員枠の調整率を上げるにつれて、マッチングが成立した研修医の総数は減少しました(2022年の実データ8,995人から、20%調整シナリオでは8,648人に減少)。定員枠を大幅に調整や再配分しても、都道府県ごとの定員充足率、都道府県や出身医学部ごとのマッチ率の順位の変動はわずかでした。また、地域間の不平等を示すジニ係数*5は、2022年のマッチングの実績で0.443でしたが、20%の定員を調整した場合でも0.409であり、効果は限定的でした。
さらに3つの再配分シナリオ(一律、前年のマッチング結果、医師の人口対密度)に基づくシミュレーションを実施しましたが、ジニ係数はいずれも0.4程度で、やはり効果は限定的でした。
定員枠を再配分した場合、元の都道府県でマッチしなくなった研修医が他都道府県のプログラムとマッチする割合は低く、結果として「アンマッチ」となる研修医が増加しました。これは、研修医側が他の都道府県を希望していない限り、定員枠だけを地方に移しても移動しないためです。

■今後の展開

本研究では、現在の臨床研修マッチング制度の枠組みの中で、定員枠の配分だけを操作しても、研修医の地域偏在の緩和効果が限定的であることを明らかにしました。マッチングの定員枠の調整ではなく、従来からある医学部地域枠の活用や、医師が少ない地域での研修機会の充実、休暇の付与、仕事のサポートといった「非金銭的インセンティブ」の提供など、世界的に見て効果が実証された対策の推進が現実的であり重要です。また、医師の地域偏在の緩和などの政策的議論においては、定量的な検討に基づく政策の立案と評価をより推進する必要があります。

【参考文献】
Ide H, Doi S, Atarashi H, Fujita S, Koike S. The distance and chance of lifetime geographical movement of physicians in Japan: an analysis using the age-period-cohort model. Hum Resour Health. 2018 Jun 13;16(1):26. DOI: 10.1186/s12960-018-0289-5

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図1 医師偏在指標による都道府県の3区分

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図2 定員再配分後のジニ係数

 

医師偏在指標に基づき、上位3分の1の医師多数県から下位3分の1の医師少数県に、定員の5~20%を再配分し、シミュレーションを行いました。結果を都道府県間の人口あたり研修医数で表し、都道府県間の不平等度をジニ係数で示しました。2022年のジニ係数は0.443で、定員の20%を再配分した場合でもジニ係数は0.409と大きくは変化しませんでした(改善度8.3%)。

【参考】厚生労働省政策統括官(総合政策担当)「令和5年所得再分配調査報告書」によれば、日本の世帯所得におけるジニ係数は当初0.5855でしたが、社会保障制度および税による再分配により0.3825に改善しました(改善度34.7%)。

https://www.mhlw.go.jp/content/12605000/R05hou.pdf

■用語解説

*1 医師臨床研修マッチング: 医学部を卒業する医学生(研修医)と、彼らが初期研修を受ける病院との組み合わせを、決定するシステム。研修医と病院がそれぞれ希望順位を登録し、アルゴリズムに基づいて誰がどの病院(プログラム)に配置されるかを決定しています。

*2 医師偏在指標: 厚生労働省が策定した、地域の医師確保の状況を客観的に評価するための指標。単純な人口当たりの医師数だけでなく、人口構成(高齢化率)や地理的条件、医師の労働時間などを考慮して算出されます。この数値が高いほど医師が相対的に多く、低いほど不足していることを示します。都道府県による医師確保計画の作成などに用いられています。

*3 医師臨床研修マッチング協議会: 医師臨床研修マッチングを運営・管理している組織。

*4 ゲール・シャプレー・アルゴリズム: ノーベル経済学賞を受賞した理論。複数の志願者と受入側が、互いに希望順位を出し合い、最も安定した組み合わせを決定するアルゴリズムで、アメリカとカナダの研修医マッチングでも採用されています。

*5 ジニ係数: 社会における所得や資源などの分布の不平等度を測る指標。0から1の間の数値で表され、0に近いほど格差がなく平等(完全平等)で、1に近いほど不平等であることを意味します。

本論文の筆頭著者コメント

本研究は、日本の医師臨床研修マッチングの実データを用いて行った研究です。どのように定員を再配分してもマッチングの結果は大きくは変わりませんでしたが、その理由は現行のシステムではそもそも研修医は希望するプログラムにのみ割り当てられることにあります。研修医の希望を多様化し、選択を拡げるために、地域枠の活用や地域で勤務する医師の支援など、既に効果が示されている対策を進める必要があります。

順天堂大学大学院健康データサイエンス研究科 井出 博生(いで ひろお)准教授

■原著論文

本研究はBMC Medical Education誌のオンライン版に2026年9月14日付で公開されました。

タイトル: Effects of Residency Matching Policies on Regional Distribution of Residents: A Simulation Study Using a Stable Matching Algorithm

タイトル(日本語訳): 臨床研修医の地域偏在是正に向けたマッチング制度の政策効果分析:安定マッチング・アルゴリズムを用いたシミュレーション研究

著者: Hiroo Ide1, 2, Yuji Hiramatsu1,3, Yuji Furui1,4, Soichi Koike4

著者(日本語表記): 井出博生1) 2)、平松雄司1) 3)、古井祐司1) 4)、小池創一4)

著者所属: 1)東京大学、2)順天堂大学大学院健康データサイエンス研究科、3)アクサ生命保険株式会社、4)自治医科大学

DOI: 10.1186/s12909-026-10245-3

 

本研究はJSPS科研費(JP20K12084)を受け、実施しました。
なお、本研究にご協力いただいた医師臨床研修マッチング協議会および事務局の皆様には深謝いたします。