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慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対するカテーテル治療BPA 安全性は「症例数」だけでは評価できない可能性 ― 全国5,403件のレジストリーデータで施設・術者の治療件数と合併症の関係を検証 ―
順天堂大学医学部循環器内科学講座の相川忠夫 助教、末永祐哉 准教授、上木裕介 助教、南野徹 教授と日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)*1の研究グループは、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)*2に対するカテーテル治療であるバルーン肺動脈形成術(BPA)*3について、施設・術者それぞれのBPA件数とカテーテル治療関連合併症の関係を全国レジストリーで検証しました。
CVITが運営するJ-SHDレジストリー*4へ2021~2024年の間に登録された5,403件のBPA症例を解析したところ、751件(13.9%)の合併症が報告され、重篤な合併症は、カテーテル治療関連死亡3件、侵襲的人工呼吸管理6件、体外式膜型人工肺(ECMO:エクモ)*5使用7件とまれでした。施設を3年間のBPA件数で2群に分けた主解析では、BPA件数が150件以上の施設は合併症発生のオッズ比*6が高かった一方で、術者のBPA件数と合併症発生には独立した関連を認めませんでした。さらに、施設と術者のBPA件数を連続的な指標として解析すると、それぞれを別々に評価した場合には合併症との関連を認めましたが、両者を同じモデルで評価すると、いずれも独立した関連を認めませんでした。
これらの結果は、BPAにおいて、安全性と症例数(BPA件数)の関係は単純なものではなく、症例数だけで安全性を評価することは限界がある可能性を示しています。本研究成果は米国心臓病学会誌『JACC: Advances』のオンライン版に2026年10月31日付(現地時間)で掲載されました。
本研究成果のポイント
- 全国5,403件のBPAレジストリーデータを用い、施設と術者のBPA実施件数とカテーテル治療関連合併症の関係を検証した
- 主解析では、3年間にBPAを150件以上実施した施設では合併症発生のオッズ比が高かった一方で、術者のBPA件数には独立した関連は認めなかった
- BPA件数を連続的な指標として解析すると、施設・術者を別々に評価した場合には、それぞれが合併症と関連したが、両者を同じモデルで評価すると、いずれも独立した関連は認めなかった
- 重篤な合併症はまれであり、BPAの安全性を症例数だけで評価するのではなく、患者・病変の選択や治療手技、チーム体制なども含めて評価する必要性が示唆された
■背景
慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は、肺動脈内に器質化した血栓が残ることで肺血管抵抗が上昇して、息切れや右心不全をきたす疾患です。外科的な肺動脈血栓内膜摘除術が根治的治療ですが、病変部位や患者の状態などにより手術が適さない場合があります。バルーン肺動脈形成術(BPA)は、器質化した血栓で狭窄・閉塞した肺動脈をバルーンで拡張するカテーテル治療で、日本を中心に発展し、現在では手術困難なCTEPHなどに対する確立した治療選択肢となっています。一方、BPAは高度な技術を要し、喀血・血痰や肺障害などの合併症を生じることがあります。一般に高難度のカテーテル治療や外科手術では、治療件数の多い施設や術者ほど良好な治療転帰を示す「volume–outcome relationship(症例数と治療成績の関係)」が報告されています。しかし、BPAについて施設・術者それぞれの治療件数と合併症の関係を全国規模で検証したデータは限られていました。
そこで、国内の全国レジストリーデータを用い、施設および術者のBPA件数とカテーテル治療関連合併症との関連を検証する目的で研究を実施しました。
■内容
本研究では、日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)が運営するJ-SHDレジストリーを用い、2021~2024年にCTEPHに対して行われた5,403件のBPAを解析しました。施設および術者のBPA件数は、各BPA実施時点から遡った過去3年間のBPA件数として評価しました。主要評価項目は、BPA治療に関連する全ての合併症の複合評価項目としました。
全5,403件のうち751件(13.9%)で何らかのカテーテル治療関連合併症が記録され、その多くは喀血・血痰(4.3%)や画像上の肺障害(7.4%)などの肺合併症でした。一方で、重篤なイベントは少なく、カテーテル治療関連死亡は3件、予定外の侵襲的人工呼吸管理は6件、ECMOを要した症例は7件でした。
主解析では、施設のBPA件数を3年間150件未満と150件以上に分け、術者のBPA件数も同時にモデルへ組み入れて解析しました。その結果、3年間でBPA件数が150件以上の施設は150件未満の施設と比較して、BPA関連合併症のオッズ比が高くなりました(調整オッズ比1.60、95%信頼区間1.08~2.36)。一方、術者のBPA件数には独立した関連はみられませんでした。
さらに、施設と術者のBPA件数をカテゴリーではなく連続的な指標として追加解析しました。施設の治療件数と術者の治療件数をそれぞれ別々に評価した場合には、いずれもBPA件数の増加と合併症の増加に関連がみられました。しかし、施設と術者のBPA件数を同じモデルに入れて調整すると、施設(10件増加あたり調整オッズ比1.03、95%信頼区間0.99~1.08)・術者(10件増加あたり調整オッズ比1.02、95%信頼区間0.98~1.07)のいずれも独立した関連はみられませんでした。この結果は、施設と術者の治療経験がお互いに重なり合っており、それぞれの影響を単純に切り分けることが難しい可能性を示しています。
また、施設ごとの診断・報告方法の違いによる影響を受けにくいと考えられる合併症に限定した解析も行いました。該当するイベントは135件と少なく統計学的な精度に限界がありましたが、この解析では施設・術者のBPA件数のいずれについても統計学的に有意な関連は検出されませんでした。
したがって、本研究から「症例数が多い施設ほど合併症が多い」、あるいは「症例数と合併症は無関係」と結論づけることはできません。むしろ、BPAの安全性と症例数の関係は複雑であり、この症例数のみを安全性の指標として用いることには慎重な解釈が必要と考えられます。

■今後の展開
本研究から、BPAの安全性を評価する際には、施設や術者のBPA件数だけでは十分でない可能性が示されました。J-SHDレジストリーでは、病変の形態、1回の治療で処置した肺動脈区域数、使用したバルーン径や拡張方法など、個々の手技の難易度を詳細に評価できないため、今回認められたBPA件数と合併症との関係には、こうした未測定の要因が影響している可能性があります。また、施設と術者のBPA件数は互いに関連しており、治療チーム全体の経験や多職種による診療体制なども重要と考えられます。今後は、患者背景に加えて病変・手技の特徴、治療戦略、多職種チームの体制、合併症の統一された評価方法などを組み合わせ、BPAの質や安全性をより包括的に評価する指標を検討する必要があります。本研究の成果は、単純な症例数だけに依存しないBPAの質や安全性評価のあり方を考えるための基礎データになることが期待されます。
■用語解説
*1 『日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)』: 心血管疾患患者に有効で安全なカテーテル治療の開発と発展、および臨床研究の推進とその成果の普及することで心血管疾患の予後改善を目指す学術団体。
*2 『慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)』: 肺動脈に器質化した血栓が残り、肺動脈の圧が高くなる病気。進行すると息切れや右心不全を生じる。
*3 『バルーン肺動脈形成術(BPA)』: カテーテルを肺動脈まで進め、狭窄・閉塞した血管を小さなバルーンで拡張して血流を改善する治療。
*4 『J-SHDレジストリー』: CVITが運営する全国規模の構造的心疾患に対するカテーテル治療の登録データベース。
*5 『体外式膜型人工肺(ECMO・エクモ)』: 重篤な呼吸・循環不全の際に、体外で血液に酸素を加えて循環を補助する生命維持装置。
*6 『オッズ比』: ある出来事の起こりやすさを2つのグループで比較するための統計指標で、1より大きい場合は、比較対象のグループよりその出来事が起こりやすいことを示す。ただし、観察研究では、オッズ比が高いことだけで原因と結果の関係があるとは判断できない。
研究者のコメント
BPAは日本で発展してきた治療ですが、施設や術者のBPA件数と安全性の関係は十分に分かっていませんでした。全国レジストリーを活用して、5,403件のBPAからこの課題を検証した結果、『BPAの症例数が多ければ多いほど安全』という単純な関係ではないことが分かりました。今後は、病変の難易度や治療方法、多職種による診療体制なども含めて検証することで、BPAをより安全に行うために重要な要素を明らかにしたいと考えています。
相川 忠夫(順天堂大学医学部循環器内科学講座)
■原著論文
研究はJACC:Advances誌のオンライン版に2026年10月31日付で公開されました。
タイトル: Procedural Volume and Outcomes After Balloon Pulmonary Angioplasty for Chronic Thromboembolic Pulmonary Hypertension
タイトル(日本語訳): 慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対するバルーン肺動脈形成術の施術件数と術後転帰
著者: Tadao Aikawa, Mitsuyoshi Takahara, Toshiki Kuno, Shun Kohsaka, Toshiro Shinke, Yuya Matsue, Yusuke Joki, Kimi Sato, Yasuhiro Tanabe, Yuji Ikari, Tetsuya Amano, Tohru Minamino, Ken Kozuma
著者(日本語表記): 相川 忠夫1)、高原 充佳2)、工野 俊樹3)、香坂 俊4,5)、新家 俊郎6)、末永 祐哉1)、上木 裕介1,7)、佐藤 希美8)、田邉 康宏9)、伊苅 裕二10)、天野 哲也11)、南野 徹1)、上妻 謙12)
著者所属: 1)順天堂大学医学部 循環器内科学講座、2)大阪大学大学院医学系研究科 病院臨床検査学講座、3)米国・ハーバード医科大学院 ベス・イスラエル・ディコーネス・メディカルセンター 循環器内科、4)慶應義塾大学医学部 循環器内科、5)横浜市立大学学術院医学群 データサイエンス研究科 ヘルスデータサイエンス専攻、6)昭和医科大学 医学部内科学講座 循環器内科学部門 京都大学医学部循環器内科、7)順天堂大学薬学部 医療薬学基礎領域 病態制御学分野、8)筑波大学医学医療系 循環器内科、9)聖マリアンナ医科大学 循環器内科、10)東海大学医学部 循環器内科、11)愛知医科大学医学部 循環器内科、12)帝京大学医学部内科学講座 循環器内科