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2018.12.04 
アスリート必見! 運動能力と遺伝はどこまで関連するのか?

アスリート必見!
運動能力と遺伝はどこまで関連するのか?

順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 スポーツ健康医科学研究所 先任准教授
福典之先生

福典之先生

文部科学省の「私立大学研究ブランディング事業」において、順天堂大学は「医学」と「スポーツ」という2つのブランドをテーマに掲げ、2年連続で選定を受けました。今回は「スポーツと遺伝」をテーマにさまざまな切り口から研究を進め、興味深い成果を発表する順天堂大学大学院・スポーツ医科学研究所の福典之先任准教授に話を聞きました。

「運動能力の66%は遺伝で決まる」

運動能力と遺伝の関係については、1970年代から欧州でおこなわれている「双子研究」が知られており、最近も「運動能力の66%は遺伝要因で決まる」という研究成果が報告されました。私自身も若い頃のスポーツ経験から「運動能力と遺伝」の関係に興味を持ち、研究を進めてきた経緯があります。
一般の方々が体験的に知っておられる運動能力と遺伝の関係といえば、「足の速い両親の子どもは足が速い」などがあるでしょう。しかし、研究を進めていくと、必ずしもそうではない組み合わせがあることも明らかになりつつあります。

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福先生「最近も“運動能力の66%は遺伝要因で決まる”という研究成果が報告されました」

オリンピック級スプリンターを生む遺伝子の型とは?

その代表例が「αアクチニン3遺伝子」です。「αアクチニン3遺伝子」にはRR型、RX型、XX型の3種類があります。RR型とRX型を持つ人は瞬発系の能力に優れ、速い短距離選手になれる可能性が高い一方、XX型の人はどんなにトレーニングを積んでも100m走で10秒4~5という記録が限界というデータがあります。2016年リオデジャネイロ・オリンピックの男子参加標準記録は10秒16。つまり、RR型やRX型が必ずしも標準記録を切れるわけではありませんが、少なくともXX型の選手は100m走でオリンピックに出場がかなわないことがわかります。

「αアクチニン3遺伝子」の型は父親と母親の遺伝子の組み合わせで決まります。仮に父親も母親も速いスプリンターで、どちらもRX型だとしたら、生まれてくる子どもはRR型、RX型、XX型のいずれかです。もし、3つのうちのXX型であれば、その子どもは両親の足の速さを受け継がず、スプリンターとしては大成しない可能性が高いでしょう。

興味深いことに、この結果は100m走や200m走には当てはまりますが、400m走には当てはまりません。つまり「αアクチニン3遺伝子」は瞬発系の中でも特に短い瞬発系競技に関わっているわけです。この研究成果は2014年に論文発表しました。

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RR型とRX型の「αアクチニン3遺伝子」を持つ人は、瞬発系の能力に優れ、速い短距離選手になれる可能性が高い。

持久系? それとも瞬発系?
ミトコンドリアDNA型の大きな影響力

「αアクチニン3遺伝子」は細胞の核にあるDNAですが、私たちは並行してミトコンドリアDNAの研究もおこなっています。

双子を対象とした疫学研究において、持久系の運動能力の約50%は遺伝要因の影響を受けること、さらに父親よりも母親の遺伝の影響を受けるとされています。そこで私たちは「母系遺伝するミトコンドリアDNAの個人差が持久系に関係する」という仮説を立てて研究を進めました。その結果、ミトコンドリアDNA多型は持久系だけでなく瞬発系の能力にも影響することが分かりました。また、ミトコンドリアDNAの型によってミトコンドリアの以外の機能が変わるということも、最近の研究では常識になりつつあります。

例えば、瞬発系の能力に関連する「F」タイプは持久系の能力に関連する「G」タイプよりミトコンドリアの機能が低く、糖尿病になる人が多い可能性を発表しています。その代わり酸素を使わないでエネルギーを産生するシステムが発達しており、瞬発系に強い。これはアスリートのパフォーマンスを決める要因が疾病にも関係するとわかった興味深い研究で、米国の学術誌「アメリカン・ジャーナル・オブ・ヒューマン・ジェネティクス」にも掲載されました。

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オリンピアンを襲う筋損傷にも遺伝が関係する

近年、世界的にもスポーツ傷害の遺伝要因を解明することが重要だと指摘されています。一流のアスリートになるためにはハードなトレーニングを継続できる頑健な体が不可欠で、そのためにはけがへの抵抗性が高くなくてはなりません。
例えば2016年のリオデジャネイロ・オリンピックでは、全てのスポーツ傷害のうち約30%を肉離れなどの筋損傷が占めていました。そこで私たちはアスリートの筋損傷リスクに関して、遺伝要因を絡めたメカニズムを解明し、2018年8月に論文を発表しました。
筋損傷は男性に多く、女性に少ないことが以前からわかっており、これには筋の柔軟性に影響する女性ホルモンであるエストロゲンが関係する可能性があります。エストロゲンの働きは男女ともにエストロゲン受容体の遺伝子多型により調整されることから、私たちはこれが筋損傷の発症に関連するのではないかという仮説を立てました。

DNAの塩基配列には、同じ場所でも個人により異なる配列となっている部位があり、これを遺伝子多型といいます。

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2016年のリオデジャネイロ・オリンピックでは、全てのスポーツ傷害のうち約30%を肉離れなどの筋損傷が占めていた。

エストロゲン受容体の塩基配列が決める筋損傷の起こしやすさ

そこで、まずトップレベルの日本人アスリート1,311名を対象に、唾液からDNAを抽出。エストロゲン受容体の遺伝子多型と筋損傷の既往歴との関連を調査しました。その結果、T/C遺伝子多型のCの塩基を持つアスリートは、筋損傷になった経験が少ないことがわかりました。さらにCの塩基を1つ持つごとに、筋損傷リスクが約30%低下することが明らかになったのです(図1)。
次に、このメカニズムを探るため、筋損傷の危険因子である「筋スティフネス(筋硬度)」に注目。Cの塩基を持つ人ほど、筋肉がやわらかいことがわかりました(図2)。

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世界的にも珍しいアスリートのけがに関する調査を実施

アスリートの運動能力に関する研究は数多くありますが、実はけがに関する研究はあまり存在しません。なぜなら、運動能力は唾液からDNAを抽出すれば測れますが、けがは競技歴・既往歴をはじめさまざまな調査が必要で、トップアスリートを対象に研究することが世界的にも難しいからです。私たちは順天堂に蓄積されたアスリートとのつながりを活かし、詳細な調査を実施。さらにエストロゲン受容体の個体差における筋損傷が起きるメカニズムを調べ、筋硬度も検証しています。その点が今までにない、新しい研究だと自負しています。
また、遺伝要因が筋損傷リスクに関連することがわかったので、今後はトレーニングなどの外的要因と、遺伝子多型などの内的要因の両方を考慮した筋損傷予防プログラムへとつながる可能性もあります。

順天堂が50年間蓄積してきた体格体力累加測定データ

順天堂大学スポーツ健康科学部では1969年以降、全在校生を対象に基礎体力測定(体格体力累加測定)を実施しています。50年間継続した結果、累計数はおよそ1万人に達し、遺伝要因を含めて検討できる環境が整っています。現在も1万人に送るアンケート調査の中に「遺伝子検査を受けていただけますか?」という質問項目があり、ご了承をいただいた方に唾液によるDNA抽出キットを郵送しています。
卒業生の体力データを収集・応用する試みは他大学にもありますが、順天堂の場合、大学時代の詳細な体力測定や身体組成のデータを蓄積していることが強みでしょう。遺伝子検査も数千人レベルなら充分に集めることが可能だと思います。
私たちが調べるのは、「学生時代にどのような体力や遺伝要因を持っていると糖尿病や高血圧になりづらいか」「どういう人たちが長寿になのか」「疾病とミトコンドリアの型にどのような関係があるか」など。こうした研究には多くの調査対象者と長年に渡る経過データが必須です。その点、順天堂の環境はスポーツと疾病の関係を研究する上で大きな強みでしょう。

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スポーツ健康科学部での体格体力累加測定の様子

遺伝子検査結果をプロアスリートや希望する学生へ提供

トップレベルのアスリートを目指す人にとって、私たちの研究はとても興味のあるものでしょう。私はプロアスリートから依頼を受けてDNA検査をおこない、筋損傷リスクの結果をフィードバックすることがありますが、リスクのある人には筋肉をやわらかくするストレッチを十分に心がけるようアドバイスしています。もちろん、順天堂にもトップレベルの学生アスリートが多数在籍していますので、希望する学生には筋損傷について検査結果をフィードバックしています。他に遺伝子分析サービスを提供する企業の検査手法の監修も担当し、研究成果を社会に還元するよう努めています。
ただし、遺伝子型は究極の個人情報なので、本人が希望しない場合は調べてはいけないという世界的な倫理基準があります。日本でも本人の希望がない限り、遺伝子型を調べることはできません。ちなみに本人が希望するのであれば、遺伝子型を知り、自分に合った競技種目を選んでいくことも可能な時代です。遺伝子型がわかれば、それに合うトレーニング方法を勧めることもできるからです。

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遺伝子型を知り、競技のミスマッチを未然に防ぐ

高校時代、私は5000m走の選手としてハードなトレーニングを積んでいました。部活の仲間とともに、県代表として全国高校駅伝にも出場しました。ところがある日、仲間と同じトレーニングをしているにもかかわらず、なぜか私のふくらはぎだけ筋肉が大きく発達していることに気づきました。これは一流の長距離選手にはない身体特徴です。そのためか記録は伸び悩み、故障を繰り返す日々でした。
今、私が高校時代の自分にアドバイスすることができたら、「長距離を選ぶな。400mか800mに転向しろ」と迷わず言うでしょう。中距離種目なら、もっといい成績を残せた可能性があるからです。
トップアスリートを目指す若者に、私のような競技のミスマッチを経験してほしくない。その思いが、今も私の研究を突き動かしています。今後は、冒頭の「運動能力の66%を決める遺伝要因」の内容を解明していきたい。そしてアスリート研究を通じて、疾病の予防につなげていきたいです。

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福先生「トップアスリートを目指す若者に、私のような競技のミスマッチを経験してほしくない。その思いが、今も私の研究を突き動かしています」
(※本記事のインタビューは、2018年11月に実施したものです)
プロフィール

福 典之 NORIYUKI FUKU

順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 スポーツ健康医科学研究所先任准教授

【経歴】
1998年3月:国際武道大学大学院武道・スポーツ研究科修了
2002年3月:名古屋大学大学院医学研究科修了(博士の学位授与)
2000年8月:科学技術振興事業団技術員
2003年4月:国立健康・栄養研究所健康増進研究部特別研究員
2005年4月:東京健康長寿医療センター健康長寿ゲノム探索研究員
2014年4月:順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科特任研究員
2014年7月:順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科准教授
2017年4月:順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科先任准教授