コラムvol.2


第2回
和製の免疫抑制剤タクロリムス(FK506)

  最近免疫寛容プロジェクトの研究室で話題になっている『移植医たち』(谷村志穂,新潮社,2017年)。移植医療を学ぶために渡米した日本人医師の苦悩や葛藤を描いた本格医療小説で、その大部分が実話であり、登場人物も名前こそ違うものの実在の人物が描かれています。作中では、どうしても助けたいと思っていた肝移植患者が手を尽くした末に拒絶反応で亡くなり、主人公の佐竹山医師が既存の免疫抑制剤に限界を感じている時、新薬の登場でその突破口が開けるシーンがあります。その薬こそがタクロリムスです。

 現在,肝移植術後の拒絶反応の抑制目的として、 最も使用されている免疫抑制剤がタクロリムス(FK506)です。タクロリムスは、1983年に藤沢薬品工業(現在のアステラス製薬)によって筑波の土壌で発見され、つくば市 Tsukubaのt、マクロライド系を意味するm acrolideのacrol、免疫抑制剤 imm uno suppressantを意味するimsをつなげてtacrolimusと命名されました(FKはFujisawa Kaihatsuの頭文字)。
タクロリムス (002)
 タクロリムスが誕生する前は、主にシクロスポリンという免疫抑制剤が移植の拒絶反応に対して使用されていました。シクロスポリンはスイスのサンド社(現在のノバルティス社)が1972年に抗生物質開発作業中にノルウェー南部の土壌から発見したもので、日本では1985年にサンディミュンⓇ※という名で承認されました。

 「当時これは非常に貴重品で、僕たちも実験に使いたいのでシクロスポリンを分けてほしいとお願いしていました。それで少しずつは分けてくれるようになって、でも僕たちがもっとたくさんほしいとあんまりしつこいものだから、サンド社から「日本人のために開発したものではない」と言われ、悔しい思いをしたのを覚えています(奥村先生)」

 その後、1983年に藤沢薬品工業によって筑波の土壌からタクロリムスが発見され、本当に拒絶反応を抑えられるかという実験をする際、協力を申し出てくれたのが奥村先生の先輩である千葉大学医学部第二外科の落合武徳講師(当時)でした。

 「落合さんと僕は非常に親しかったので、タクロリムスで移植の予後が伸びるかどうか調べてくれと頼みました。彼はラットでタクロリムスとシクロスポリンを比較して調べてくれて、そしたらシクロスポリンの1/100程度の量で効果があるということがわかりました。それで大騒ぎになったんです。これは大発見だといって(奥村先生)」
 1986年にヘルシンキで開催された第11回国際移植学会において、国際学会で初となるタクロリムスの研究発表として、落合講師がラットの心移植試験のデータを発表しました。また,「臓器移植の父」と呼ばれるピッツバーグ大学のスターツル教授と藤堂省助教授が中心となって動物での移植実験を行い、着実にその成果をあげていきました。1993年にはプログラフの名で製造承認が下り、世界に先駆けて日本で販売が開始されました。

 タクロリムスはスクリーニング開始から発見までに一年、開発期間から発売まで9年という当時としては比較的スピーディーに成就したプロジェクトと言われています。臓器移植後の予後を著明に改善した、 まさにkey drugと言えます。現在においても、臓器移植に限らず自己免疫疾患など、多くの疾患で使用されています。一方、このタクロリムスを中心とした免疫抑制剤の長期内服により、副作用の問題も顕在化してきました。そして今、移植後の拒絶反応に対する次のステップとして、免疫寛容プロジェクトでは、これらの免疫抑制剤を減らし、最終的にはゼロにするということを目標に掲げて日々研究を続けています。

参考文献: 山下道雄「タクロリムス(FK506開発物語)」生物工学会誌91巻3号(2013年)p.142-p.154 、高木弘・打田和治「免疫抑制法の現状と展望」日本臨床免疫学会会誌 14巻3号(1991年)p245-251

※サンディミュンカプセルは既に販売が中止され、同成分の吸収を安定させた製剤ネオーラルが販売されています。