コラムvol.3

臓器移植普及への挑戦


 
 臓器移植における臓器提供には3種類あります。亡くなった方からの「脳死後の臓器提供」、「心停止後の臓器提供」、そして「健康な人からの臓器提供(生体移植)」です。免疫寛容プロジェクトはこの3つ目の生体移植をベースとしており、2019年の日本における移植実績の割合ではそれぞれ18%、2%、80%と、生体移植が圧倒的に多いことに驚かされます。肝臓移植だけに着目しても、生体移植が脳死移植の3.49倍、腎臓に至っては10.4倍となっています。この実績からもわかるように、肝臓や腎臓は脳死移植・生体移植のどちらでも適応ができる一方、脳死移植でないと適応できない臓器も存在しています。それが心臓です。
 肝臓、腎臓、肺や小腸といった臓器は生体ドナーの臓器の一部を切除して移植することが可能ですが、心臓はそれそのものが一つのポンプの役目を担っているため、一部を切除して移植するということができません。そのため、心臓移植には脳死下における臓器提供が欠かせないわけですが、我が国において「脳死」は言葉としてはよく耳にはするものの、それを受け入れられる人がどれだけいるかということに関しては決して多いとは言えないのが実情です。
 そんな我が国で心臓移植を普及させるため、齢80歳を過ぎても移植普及活動の最前線で活動されている現役の心臓外科医の先生がいらっしゃいます。心臓外科の黎明期を支え、日本の臓器移植法制定にも尽力された、東京女子医科大学名誉教授で、現在榊原サピアタワークリニック顧問医師の小柳仁先生です。




 「移植を実施している国は世界で62か国ありますが、実施数では日本は何と下から2番目です。日本の下はドミニカだけで、隣の韓国や台湾も日本の10倍の臓器提供があり、我が国の現状はとても一流文明国とは言えません。死の定義も二つあり、通常の死に加え、臓器提供を前提にした死を死と認めるという特殊な定義があります。非常に特異な国です。宗教的にも滅茶苦茶ですよね。クリスマスを祝って、除夜の鐘を聞いて、神社に初詣に行って。カトリックにおいては、1985年にローマ教皇庁の諮問機関である科学アカデミーが脳死を人の死と結論し、「臓器提供は愛の行為である」としたため、それ以来スペインやイタリアを中心としたカトリックの国々の臓器提供は何十倍も盛んになりました。そういう宗教的バックボーンがない日本で臓器移植をやっていくというのは、とりわけ脳死に関してはとても大変です。しかも心臓移植だけは他の臓器と違って脳死でないとありえませんから、日本の心臓外科医は非常に苦しんでいます(小柳先生)」

脳死が広く認められるために

 日本では従来から呼吸停止、心拍停止、瞳孔散大の三兆候で死を包括的に判定しています。そして医師から死の宣告があっても遺族はすぐにそれを受け入れることができず、実際に日本では法律上、医師の宣告から24時間以上経たなければ基本的に火葬・埋葬は認められていません。時間の経過とともに体が冷たくなり、蘇生の可能性がないことを認識し、遺族は徐々にその人の死を受け入れていきます。このような観念が日本人の一般的な考え方として定着しているため、体がまだ温かい状態で、まるで眠っているかのようにしか見えない脳死状態を死として受け入れることができないということは容易く想像ができます。そしてそのような死の定義の在り方に加え、カトリックのような絶対的な精神的基盤がない我が国において、小柳先生はどのような戦略をもって臓器移植の普及活動に臨まれているのでしょうか。

 「今、会議を二つ作っています。一つは、臨床倫理学会といって、これはどういう姿勢の学会かと言うと、「私どもは移植医療には反対です」という立場なんですが、移植医療が正しく進行するために見守ってくださるというものです。もう一つは、一般社団法人の日本移植会議というのをやっています。昨年の初めに立ち上げたんですが、コロナが流行して第一回の会議ができませんでした。日本医師会会長、元衆議院議長、元厚労大臣、新聞社やテレビ局などメディアの会長や宗教界の代表などを迎えて、日本の文化や文明を考慮しながら脳死を認めて臓器提供することが広く行き渡るように、この国を本当に変えていけるかどうかやってみようと思っています。患者さんの家族の中で体験談を語ってくださる方がいらっしゃるので、コロナが小康状態になったら実際に集まる場を設けるつもりです。テレビ会議だけでは微妙なことをお話しなければならない時にその気持ちが伝わりにくいですからね(小柳先生)」

患者さんの一生に責任を持つということ

 心臓で外科が成立するかわからない時代に心臓外科医となり、長く第一線で活躍され、手術だけではどうにもならない重症心不全の患者さんを救うべく補助人工心臓の研究や心臓移植の普及に心血を注ぎ続ける小柳先生。コロナによって中止を余儀なくされた日本移植会議ですが、移植医療によってこれまで助けられなかった命を救うために日々奮闘し、今でも現役を続ける先生の姿に深く感銘を受けました。

 「外科の先生って患者さんをしつこく診ますよね。私は今東京駅で外来をやっていますけども、たくさん患者さんが来ます。皆さん高齢ですよ。私の時代に手術した人たちですから。それで、その人が危ないかどうかきちんと診ています。患者さんも、私の方が危ないんじゃないか、まだ生きてるわと思って見ているのかもしれませんけどね。それで、そういう最後まで患者さんのリスクを考えるというのは、外科医ならではかもしれません。私は過去に痛烈な経験をしたことがあって、ある手術の後遺症が原因で要職から外された方がいたんです。その時ものすごく残念で、何度も省庁に電話をして掛け合ったんですが、はっきりした答えは貰えなくて。外科医は、特に自分が手術した患者さんの生涯はずっと気にしていると思いますよ(小柳先生)」

 患者さんの一生に最後まで責任を持ちたいという先生。そんな先生の誇りは、死亡後の病理解剖を遺族の方に断られたことが一度もないということだそうです。それは患者さんとご家族の信頼を得ることができたからこその賜物であり、そんな先生だからこそ、重症心不全の患者さんを何とかして助けたいという一心で臓器移植普及活動に携わっていらっしゃるのだと思います。脳死に関しては様々な議論があり、今後も一筋縄ではいかないことが予測されますが、再生医療や人工心臓の進歩にも期待を抱きつつ、より多くの方の命が救われることを期待しています。

参考資料:公益社団法人日本臓器移植ネットワークホームページ
     小柳仁『生と死の現場から問う 君たちはどう生きるのか』新潮社 2019