研究・分野紹介 生命機能分子科学
脂質マイクロドメインと免疫応答の分子機構の解明
分野概要
糖や脂質は生命現象を支える不可欠な分子群でありながら、遺伝子の直接産物ではないため解析が難しく、未だその役割には多くの謎が残されています。本研究室では、これらの分子が生体膜上で形成する脂質マイクロドメイン(ラフト)に焦点を当て、その物理化学的性質や細胞膜構造との関わりを分子・細胞・個体レベルで探求しています。最先端の超解像顕微鏡を用いた定量イメージングや質量分析計を用いた網羅的解析法などの革新的技術を駆使し、新しい生命現象の発見や疾患発症機構の解明に挑んでいます。こうした研究を通じて、創薬の基盤となる幅広い生命科学の知識と技能を修得できるとともに、次世代の生命科学研究や創薬開発を担う人材の育成を目指しています。
教員紹介
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研究テーマ:

研究テーマ:
研究概要
私たちの研究室では、糖脂質やリン脂質などの複合脂質分子が生体膜上でどのように特異的な構造(脂質マイクロドメイン/脂質ラフト)を形成し、細胞機能を制御しているのかを分子レベルで明らかにすることを目指しています。脂質マイクロドメインは、ヒトの分化・発生、感染免疫応答、炎症反応など多くの生命現象に関わっており、私たちは特に免疫細胞の自然免疫応答の分子機構を解析しています。これまでに、病原性抗酸菌(例:結核菌)が免疫から逃れる分子機構を解明し、現在はその成果をもとに新しい感染症治療法の開発にも取り組んでいます。創薬研究の基盤となる「細胞膜脂質の分子メカニズム」を明らかにし、次世代の感染症治療や免疫制御技術の開発を目指しています。
もう一つの柱は、スフィンゴ脂質/セラミドの研究です。これらは神経伝達、免疫応答、皮膚バリア、糖代謝などに関与する多機能脂質で、1,000種類以上の分子種が存在します。この構造多様性が多彩な生理機能を生み出すと考えられていますが、その詳細は未解明です。私たちは、脂肪酸鎖の長さなど構造の違いに注目し、ゲノム編集・質量分析による結合タンパク質探索や遺伝子改変マウス解析を用いて研究を進めています。これにより、神経疾患・代謝疾患の新たな治療戦略につながる知見の獲得を目指しています。
| 研究テーマ |
|---|
| 1. 脂質マイクロドメインと免疫応答の分子機構の解明 |
| 2. 特殊リン脂質の生理機能と創薬への展開 |
| 3. スフィンゴ脂質/セラミドの構造多様性の意義と合成制御機構の解明 |
1. 脂質マイクロドメインと免疫応答の分子機構の解明
1-1)好中球における糖脂質マイクロドメインの構造と機能発現機構の解明
スフィンゴ糖脂質(GSL)は、長鎖塩基と脂肪酸、糖/糖鎖から構成される脂質分子で、その構成成分の構造が異なる多種多様な分子が存在します。GSLは細胞ごとにその種類や含有量が異なるだけでなく、細胞の分化・成熟に伴って組成パターンが変化するため、細胞の分化や機能と深く関わっていると考えられています。細胞膜は均質ではなく、GSLに富んだ膜マイクロドメイン(脂質ラフト)と呼ばれる脂質ドメインがあります。膜マイクロドメインは様々な受容体やシグナル伝達に関わるタンパク質と会合することで、神経突起伸長や、細胞の成長、分化、アポトーシスなど多彩な細胞機能に関与することが示されていますが、ドメイン形成の分子機構の詳細はよく分かっていません。
GSL(スフィンゴ糖脂質)は膜上で互いに会合し、膜マイクロドメイン(脂質ラフト)を形成します。古くからGSLが多様な細胞機能を担うことが知られていましたが、LacCer のような多くのGSLは細胞膜の外側に局在しているため1)、脂質二重層の外側にあるGSLがどのように細胞内へ情報を伝えるのかは長年不明でした。私たちは、この疑問に対し、GSLが細胞内のシグナル伝達因子の活性化に直接作用すること、およびGSLの機能発現にはセラミド脂肪酸鎖の長さが重要であることを世界で初めて示しました2-5)。ヒト好中球ではLacCerの膜マイクロドメインに Src ファミリーキナーゼ Lyn が会合しており、LacCer にリガンドが結合することでLyn が活性化し、細胞内情報伝達が開始されます。それに対し、前骨髄性白血病細胞HL60は好中球様の性質を獲得する細胞ですが、LacCerを細胞膜上に持つにもかかわらず、LacCerを介した遊走・貪食・活性酸素産生といった機能を示しません6)。その理由を解析したところ、好中球は細胞膜上には炭素数24(C24)の脂肪酸からなるLacCerが多く存在しているのに対し,HL-60細胞ではほとんど存在しないためであることを見いだしました(図1)。ミラノ大学との共同研究により、光架橋基をC24または C16の脂肪酸鎖に導入したLacCer誘導体を作成し、実際に細胞内分子と会合するかどうかを検証したところ、C24-LacCer誘導体のみが LynやGαiと会合し、C16-LacCer 誘導体は会合しないことが明らかとなりました7)。この成果により、LacCerのC24脂肪酸鎖が内在性シグナル分子と直接相互作用し、情報を伝える“ユニット”として機能していることを世界で初めて実証しました。(図2)

図1

図2
また、LacCer とグリセロ糖脂質であるホスファチジルグルコシド(PtdGlc)が、それぞれ異なる機能を担う独立した膜マイクロドメインを形成していることも明らかにしています(図3;緑,PtdGlc;赤,LacCer)8)。これは、糖脂質の構造のわずかな違いが生物活性の差を生み、細胞の発生・分化過程で糖脂質の種類が変化することと強く関連していることを示唆します。このように私たちは、糖鎖構造や脂質構造が異なると、なぜ異なる機能を持つGSLマイクロドメインが形成されるのかを分子レベルで明らかにする研究に取り組んでいます。
図31-2)糖脂質マイクロドメインに着目した食胞形成・成熟機構および病原性抗酸菌の殺菌回避機構の解明
自然免疫は、人間が生まれながらに持っている生体防御機構です。好中球は、生体内に侵入してきた菌体に向かって遊走し、菌に接着し、貪食するなど、自然免疫において中心的な役割を果たしており、私たちはこれまでにLacCerの膜マイクロドメインがヒト好中球の遊走・貪食・活性酸素産生に関与することを明らかにしています9)。αMβ2インテグリン分子(CD11b/CD18複合体)は貪食細胞における接着・遊走・貪食反応を仲介する重要な受容体としてよく知られています。しかしながら、CD11b/CD18複合体の細胞内には情報伝達モチーフがありません。そこでCD11b/CD18複合体を介した細胞内への情報伝達はLynの活性化が必須である点に着目して解析した結果、Lynと会合したLacCerの膜マイクロドメインがCD11b/CD18複合体の情報伝達プラットホームとして機能していることを発見しました3)。
これまでに様々な細胞内寄生細菌が宿主細胞の細胞膜上の膜マイクロドメインに結合することで細胞内に取り込まれ、細胞内で殺菌されることを免れ感染が成立することが示されています。しかしながら、貪食細胞の自然免疫における膜マイクロドメインの役割についての詳細は未だに良く分かっていません。そこで、私たちのグループでは、結核菌のように貪食されても細胞内で生き延びてしまう菌の殺菌回避機構にLacCerの膜マイクロドメインがどの様に関わっているかの解明に結核菌などの病原性抗酸菌を用いて取り組んでいます。
我々の研究グループは、これまでにヒト好中球による結核菌や非結核性抗酸菌(NTM)などの抗酸菌に対する貪食および殺菌回避の分子メカニズムについて新しい知見を報告しました10)。ヒト好中球による抗酸菌の貪食が、LacCerの脂質ラフトを介しているかどうか明らかにするため、まず抗酸菌とLacCerとの結合実験を行いました。その結果、LacCerはNTMへ結合することが分かりました。全ての抗酸菌種にはリポアラビノマンナン(LAM)と呼ばれる糖脂質が発現しており、菌の生存に必須の分子です。結核菌や病原性NTMはマンノースキャップ型LAM(ManLAM)を持ちます。ヒト好中球はLacCerの膜マイクロドメインとLAMとの結合を介して抗酸菌を貪食すること、および食胞に取り込まれた抗酸菌はManLAMのマンノースキャップを使って食胞膜上でのLacCerの膜マイクロドメインの構造変化を阻害することで、殺菌を回避することが明らかとなりました。この研究により分かった抗酸菌が標的とするメカニズムは、従来の結核治療薬がターゲットとする作用機序とは異なっていました。したがって、今回の成果を応用することで、新たなアプローチからの多剤耐性結核治療薬やNTM感染症治療薬の開発に繋がると考えられます。
2. 特殊リン脂質の生理機能と創薬への展開
2-1)ホスファチジルグルコシドの免疫応答・白血球分化での役割
PtdGlcはグリセロリン脂質にグルコースが結合したグリセロ糖脂質です。PtdGlcは一般的なグリセロリン脂質とは異なり、C18:0 とC20:0などの飽和脂肪酸鎖で構成されており、細胞膜上で膜マイクロドメインを形成し、好中球の分化に関与します。私たちのグループは、PtdGlcがLacCerとは異なる膜マイクロドメインを細胞膜上に形成すること、PtdGlcが好中球分化の最終段階であるアポトーシス誘導に関与することを発見しました11, 12)。PtdGlcはFasと細胞膜上で近接して存在しています。PtdGlcにリガンドが結合すると、PtdGlcとFasが大きなクラスターを形成し、Fasの細胞内ドメインが活性化され、caspase-8、caspase-9、caspase-3が順次活性化されて、好中球はアポトーシスを起こします。また、細胞が活性化されると、PtdGlcはリゾ体となって放出され細胞間情報伝達分子となることが明らかとなっています。私たちはPtdGlcを介した細胞の分化・アポトーシス機構の解明を目指しており、白血病をはじめとする血液疾患の新規治療薬開発に繋がると考えています。
3. スフィンゴ脂質/セラミドの構造多様性の意義と合成制御機構の解明
3-1)C24スフィンゴ脂質による膜タンパク質の機能制御
生体膜には多様な脂質と膜タンパク質が存在していますが、それらの種類や存在量は組織や細胞、オルガネラによって異なっています。スフィンゴ脂質を構成するセラミドの脂肪酸部分は長さがC16–C24のバリエーションがあり、特定の長さの脂肪酸をもつセラミドの合成に関与する酵素(セラミド合成酵素)のノックアウトマウスを用いた実験などによってその役割が明らかになってきました(C16スフィンゴ脂質、耐糖能の調節;C18スフィンゴ脂質、神経細胞の分化/機能維持;C20–22スフィンゴ脂質、毛の形成;C24スフィンゴ脂質、肝機能とミエリン形成/維持;C26以上のスフィンゴ脂質、皮膚バリア形成と精子形成)。しかし、脂肪酸の長さの違いが細胞および分子レベルにおいてどのように機能の違いを生み出しているのかについて、詳細はいまだ解明されていません。私たちは、上述したC24-LacCerの細胞内シグナル伝達の直接的関与に関する研究をさらに発展させ、最先端の技術(ゲノム編集、質量分析、ケミカルバイオロジー)を駆使することで、C24スフィンゴ脂質が関与する膜タンパク質を網羅的に同定し、様々な長さのスフィンゴ脂質が存在する生理的意義やその違いにより生み出される影響を分子–細胞–個体レベルで明らかにすることを目指しています。
3-2)皮膚におけるセラミド産生の制御機構の解析
皮膚は人体で最大の臓器であり、外界からの異物(病原体,アレルゲン,化学物質など)の侵入と体内からの水分や電解質の漏出を防止するバリアとして機能しています。このバリア機能の維持には、表皮の角化細胞の増殖・分化・脱落のサイクル(ターンオーバー)が適切に制御されていることが不可欠です。表皮は内側から基底層、有棘層、顆粒層、角質層と呼ばれる4種の層構造で形成されていますが、このうち角質層がバリア機能に重要な役割を果たしています。セラミドは、最近の化粧品やスキンケア用品に配合されていることが多いですが、角質層におけるバリア機能の本体ともいえる重要な分子です。角化細胞の分化の進行(バリアを形成する細胞への変化)に伴って合成するセラミドの量と種類が増え、ヒト角質層ではその種類は約1,500種にも達することが知られていますが13, 14)、セラミド合成の調節機構は全く明らかにされていません。私たちは、角化細胞がどのような機構で分化が誘導されるのか,分化段階がどのように進行するのか、それに伴う遺伝子やタンパク質発現の変動を網羅的に明らかにすることで、多様かつ多量のセラミド合成が表皮でどのように制御されているのかを明らかにすることを目的としています。セラミド産生異常による皮膚バリア機能の低下はアトピー性皮膚炎や乾癬、痒みなど皮膚の疾患や病態とも関連しているため、この研究は、美容領域だけでなく新たな皮膚疾患の治療薬としての発展も期待されます。
文献リスト
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