溺死の剖検診断は、法病理学的には肺の過膨張や水腫,気道内の白色細小泡沫の存在などを総合して診断しますが、体内のプランクトン検査もその有力な補助手段として広く行われています。体内のプランクトン検査は、溺水時に肺胞の毛細血管を経てプランクトンが大循環系に入り、それらが体内の臓器にトラップされている、という理論的前提のもとに、組織を化学的に処理(壊機法)して、その有無や種類、個数などを検査するものです。しかし、化学的な処理には有毒ガスの発生など現在の状況に合わない点があり、また残留プランクトンの回収にも検査者のスキルの差が大きく出てしまいます。さらに、組織採取時のプランクトン混入(汚染)の疑念がつねにつきまといます。その点、心臓血は、非汚染的な採取が容易であり、また管理も簡便で、検体としては最適です。しかし、従来、心臓内血液は、プランクトン検査に試料としてはあまり利用されてきませでんでした。理論的にも、もし肺からプランクトンが大循環系に入り、全身に分布するのであれば、左心系(とくに左心房)内が、右心系内に比べて、数量が格段に多いはずです。もし、溺死例で、左右心血の間でプランクトン数量に明瞭な差がでれば、プランクトン検査に長年付きまとってきた診断意義に対する疑念を払拭し、プランクトン検査の有用性を証明することができます。さらに、簡便な左右心血の比較検査が、今後の溺水の診断法のひとつになることが期待されます。
法医解剖では必要に応じて鼻腔内や咽頭からスワブで粘液を採取し、検査会社にウイルス検出を依頼しています。その中で、エンテロウイルスについては、具体的な血清型(種類)までは特定されず、エンテロウイルス全般の検出の有無のみ回答されています。エンテロウイルスには、その血清型により風邪から手足口病、心筋炎の原因と様々な病気の原因となりうることが知られ、具体的な血清型を特定することは死因究明のため必要となります。過去の報告では、エンテロウイルス全般または血清型特異的に検出するプライマーは報告されていますが、法医学分野で網羅的にエンテロウイルス検出・血清型同定まで試みた報告はありません。また、法医解剖では、死後数日経ったご遺体や、パラフィン包埋組織サンプルからのウイルス検出も必要となる時があり、ある程度のゲノム分解が予想されるサンプルに適したプライマーが必要となってきます。そこで本研究では、法医解剖検体に適したエンテロウイルス検出用プライマーを新たに作製し、次世代シークエンサーを用いた網羅的なエンテロウイルス検出・血清型同定法の構築を目的としています。
<遺伝子解析による牛黄の産地識別> 牛黄は、ウシの胆のう中に生じた結石であり、生薬として用いられています。牛黄の産地として、オーストラリア、中南米、インド、アフリカなどがありますが、産地により価格が大きく異なり、なかでもオーストラリア産は高品質であることから高値で取引されています。そのため、産地を偽って販売されるおそれがあり、正しい産地の表記で流通させるためには、牛黄の産地を識別できる検査法が必要です。本研究では、一塩基多型解析、ゲノムワイド塩基配列分析、ミトコンドリアDNAシーケンシングといった遺伝子解析により、牛黄の産地を識別する検査法の確立を目指しています。
<生薬ジリュウの基原動物種調査と鑑定法の構築> 生薬「ジリュウ」は、ミミズを乾燥したもので、古来、解熱薬としてよく利用されてきました。ジリュウの基原動物は、日本薬局方外生薬規格で「Pheretima aspergillum Perrier 又はその他近縁動物 (Megascolecidae) の内部を除いたもの」と定められており、フトミミズ科に限定されています。日本薬局方外生薬規格に細かく性状が記載されているものの、それが本当にフトミミズ由来なのかは判断がつきません。外観からその基原動物が分からない場合、遺伝子解析が有効になります。そこで、①日本に流通するジリュウの遺伝子分析を行い、②データベースにないものについて全ミトコンドリアDNA配列決定し、③国内に流通するジリュウの基原を遺伝子解析により鑑別できる手法を開発することを目的としています。