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「医療×国際」の最前線へ ウズベキスタンで挑む、開発コンサルタントとしてのあゆみ
国際教養学部
阿久津 裕亮さん 2021年度卒業生
グローバルヘルス(国際保健)の現場で活躍する卒業生と、その恩師である湯浅先生の対談をお届けします。
「海外で働きたい」「医療や健康に関わる仕事がしたい」――そんな漠然とした夢を、順天堂大学国際教養学部での学びと出会いを通じて、確かなキャリアへと変えた阿久津裕亮さん。現在は開発コンサルタントとして、中央アジア・ウズベキスタンを舞台に奮闘する彼の軌跡に迫ります。
「医療船」への憧れから始まった、順天堂での挑戦
湯浅 阿久津君は学部を卒業後、大学院を経てすぐに海外の現場へ飛び立っていきましたね。そもそも、なぜ順天堂大学の国際教養学部に入ろうと思ったのですか?
阿久津 きっかけは母の影響でした。母が看護師をしていて、もともと医療系への進学を考えていたんです。ただ、実際に医療系学部のオープンキャンパスや進学相談会に行ってみても、正直なところあまり興味をそそられなくて……。そんな時、たまたまテレビでアフリカ大陸を回る「医療船」の活動を行っているNGOの存在を知りました。
湯浅 医療船ですか。それはインパクトがありますね。
阿久津 はい。その船はいくつかのスポットに停泊し、船でしか行けないような場所に住む人々を案内して、医療や教育を施していました。その映像を見た時に初めて「公衆衛生」という仕事を知り、直感的に「これだ!」と惹かれたんです。そこから進学先を調べる中で、通える範囲で候補に挙がったのが順天堂大学の国際教養学部でした。
湯浅 なるほど。最初から「海外で公衆衛生の仕事に就きたい」という明確な目標があったのですか?
阿久津 当時はまだ具体的に言語化できてはいませんでしたが、「多くの人にアプローチできる医療従事者になりたい」「支援が十分に届いていない地域で働きたい」という漠然とした熱い思いはありましたね。
湯浅 資之 教授
阿久津 裕亮 さん
湯浅 それまでに海外経験は豊富だったのですか?
阿久津 いえ、全く(笑) 家族旅行で行ったグアムや、修学旅行での台湾くらいでした。本格的に海外の面白さに目覚めたのは、大学に入学してからです。1・2年生の頃にセブ島への短期研修に参加したのですが、その楽しさに驚き、気づけば何度も訪れるようになっていました。
湯浅 そういえば、ダイビングにもハマっていましたよね(笑)
阿久津 そうですね(笑) でも実は、その経験が今の仕事にも活きているんです。自身の海外経験やフットワークの軽さ、海外からの関係者を案内する場面での対応力、さらにはダイビングの話題などが、コミュニケーションのきっかけとなっています。本当に多くの場所へ行って良かったと感じています。
湯浅 実際に海外へ出て、現地の人と話すことで学べることは多いですよね。留学を通じて、特にどのような成長を感じましたか?
阿久津 一番大きかったのは、「海外への抵抗感」がなくなったことです。入学前は街中で外国の方を見かけても話しかけるなんてできませんでしたが、セブ島で現地の人と気軽にコミュニケーションをとる経験をしたことで、壁がなくなりました。私が3・4年生の頃はちょうどコロナ禍で海外渡航が難しい時期だったので、1・2年生のうちにセブ島へ行き、異文化コミュニケーションの授業を受けていたことは、その後のキャリアにとっても本当に重要だったと思います。順天堂大学国際教養学部に入学して、留学に行けて本当によかったです。
セブ島留学の経験が現在のキャリアで大切な根幹となっている
挫折と出会い ~「開発コンサルタント」という選択肢~
湯浅 現在はどのようなお仕事をされているのですか?
阿久津 株式会社国際テクノ・センターという会社で、「開発コンサルタント」として働いています。現在はJICA(国際協力機構)の事業であるウズベキスタンの非感染性疾患予防対策プロジェクトを担当し、専門家として業務調整や事業の実施に携わっています。入社してから既に8回ほど現地へ渡航して仕事をしています。
湯浅 なぜ今の会社を選んだのでしょうか? JICAやWHO(世界保健機関)といった選択肢もあったかと思いますが。
阿久津 もともと公衆衛生の保健分野で働きたいという思いがあり、JICAやWHOも魅力的でした。しかし、学生時代に湯浅先生から常々「現場が大切であり、とても面白い」というお話を聞いていた影響が大きいです。実際に現地へ行き、現場で仕事ができる環境を求めて、今の会社を選びました。
湯浅 現場重視の姿勢、素晴らしいですね。でも、最初から開発コンサルタント一本に絞っていたわけではなかったですよね?
阿久津 はい、実は紆余曲折ありました。大学入学までは「国際保健=JICA」というイメージしかありませんでした。大学3年生の時に国際協力フェアに参加して初めて開発コンサルタントの仕事を知り、自分のやりたいことにマッチしていると感じたのですが、求人要件を見ると「社会人経験3年以上、大学院卒必須」などハードルが高く、自分には無理だと感じてしまいました。そこで、まずは青年海外協力隊に応募したのですが、案の定、落選してしまったんです。
湯浅 その時、私のところへ相談に来ましたよね。そこで稲葉健一さんや夏目淳一さんを紹介しました。
阿久津 あのお二人との出会いが、私の価値観をがらりと変えました。稲葉さんから頂いた「開発コンサルタントは難しく思われがちだが、諦めなければ絶対に就くことができる職業だ」という言葉が、今でも心に残っています。
湯浅 稲葉さんは中南米のパラグアイを中心に支援活動を行っており、私の授業でも講演していただいている方ですね。夏目さんは私の研究室の卒業生で、国連ボランティアなどを経て現在は厚生労働省でWHOを担当されています。そうしたロールモデルとなる先輩方の言葉は大きかったですか?
阿久津 非常に大きかったです。会社に入ってから実感しましたが、やはり医療知識や国際保健の仕事をする上では、大学院での学びが必須です。稲葉さんの言葉で大学院へ進学する決心がつきましたし、明確なキャリアパスが見えました。また、夏目さんは臨床経験もあり、コロナ禍でオンラインでお話しした際に「修士でしっかり勉強しよう」と背中を押されました。
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湯浅 学生時代には、インターンシップなどの現場経験も積んでいましたね。
阿久津 はい。湯浅先生に紹介していただいたアイ・シー・ネットでのインターンには、大学院時代も含めて長期間参加しました。関西の大学やICU、東京大学の学生たちとチームを組み、国際協力の広報活動としてSNSの立ち上げや企画制作を行いました 。そこで、開発コンサルタントとして早く多くの案件に従事することの重要性を知り、「開発コンサルタントになりたい」という気持ちが固まっていきました。
湯浅 コロナ禍で海外プログラムが中止になる中でも、国内でできる活動を見つけて動いていましたね。
阿久津 はい。代々木公園のベトナムフェアに参加する在日ベトナム人の方を対象とした調査に参加し、そこで結核研究所の李氏に出会いました。李さんの論文発表のための活動にも関わらせていただき、非常にハードな日々でしたが、あの時の経験は今の業務にも活きています。
湯浅先生のもと様々な研修にも参加
ベトナムフェアでの調査で大切な出会いもあった
ウズベキスタンでの挑戦と、仕事のやりがい
湯浅 そして現在、ウズベキスタンでのプロジェクトに従事しているわけですが、具体的な業務内容を教えてください。
阿久津 生活習慣病対策として様々なプロジェクトを実施しています。具体的には、生活習慣病に関する知識を広めるため、担当地域の看護部長や保健局長の能力向上を図り、現地関係者と一緒にプログラムを考え、一次医療施設の看護師や住民などを対象に研修を実施しています。
湯浅 ウズベキスタンという国にはどんな印象を持っていますか? また、どのような健康問題を抱えているのでしょう。
阿久津 中央アジアの中では経済的に発展していますが、旧ソ連時代のトップダウンの文化が残っている部分も感じます。健康問題としては、やはり肥満が多いですね。食事に起因する糖尿病や脳卒中も多く、深刻です。
湯浅 食生活や習慣を変える「行動変容」を促すのは、公衆衛生の現場では本当に難しい課題ですよね。
阿久津 おっしゃる通りです。運動習慣へのアプローチもあるようですが、患者さんと医療従事者がしっかりコミュニケーションを取れていないという課題がありました。そこで私たちは、医療従事者が患者さんに対してコミュニケーションを大切にするような環境づくりにフォーカスし、そのための教材づくりなどを行っています。
湯浅 入社1年目からJICAのプロジェクトに参加し、責任ある仕事を任されているのは素晴らしい経験ですね。苦労も多いのではないですか?
阿久津 プロジェクトを止めることなく円滑に進める責任は重いですが、周りの方のサポートもあり、現在は主に業務調整や活動のサポートを任せていただき、やりがいを感じながら働いています。何より、現場に行きたいと願っていたので、現地での活動成果が見られることが本当に嬉しいですし、やりがいを感じています。
湯浅 現地のカウンターパート(協力相手)との関係はどうですか?
阿久津 現地の保健省の方々がとても可愛がってくれていて、仕事以外の他愛もない話で盛り上がることもあります。不思議ですが、本当に楽しいですね 。プロジェクトが終わっても「活動を続けたい」という意思を見せてくれる時は、コンサルタントとして最高の喜びを感じます。
湯浅 20代で政府高官と信頼関係を築けるというのは貴重な経験です。文化の異なる人々と仕事を通じて信頼し合う喜びは、この仕事の醍醐味ですよね。
ウズベキスタンでしっかりと信頼を築いた
カウンターパートの人と観光も楽しめる仲に
未来の後輩たちへ。「諦めなければ、道は拓ける」
湯浅 今後のキャリアプランについてはどう考えていますか?
阿久津 35歳くらいでプロポーザル(提案書)獲得の評価対象者になるので、それまでに一つでも多くの案件に携わりたいです。自分から案件を取りにいけるよう、プロポーザルも書いていきたいと考えています。また、次はウズベキスタンで狙っている事業がありますし、将来的には学部時代によく話を聞いたボリビアなど、中南米やアフリカにも行きたいですね。
湯浅 頼もしいですね。グローバルヘルスの現場では、どのような能力が必要だと感じていますか?
阿久津 まずは「言語化能力」です。文書を書くことが多い仕事なので、文章力は必須だと感じています。そして「語学力」。ネイティブレベルとまではいかなくても、現地の言葉で簡単な会話ができることは、信頼を深めるために必要不可欠です。また、プロジェクトの方向性が急に変わることもあるので、柔軟に対応できる能力や、論理的に現場をマネジメントする力も求められます。
湯浅 最後に、順天堂大学国際教養学部を目指す高校生や、後輩たちへメッセージをお願いします。
阿久津 私が稲葉さんに言われて救われた言葉を、そのまま伝えたいと思います。「開発コンサルタントなどの国際協力の仕事は、難しく思われがちだが、諦めなければ絶対にできる職業である」ということです。条件が厳しかったり、事業規模が大きかったりとハードルが高く見えるかもしれませんが、決して手に届かない職業ではありません。地道にやっていれば必ず叶います。
湯浅 力強い言葉ですね!
阿久津 また、国際教養学部は「異文化理解」と「複言語主義」を掲げていますが、私自身、もっと言語を学んでおけばよかったと感じることがあります。ぜひ、学生のうちに投資をしてでも語学を学んでほしいですね。そして、異文化理解もとても大切です。机上の空論ではなく、実際に海外を含めた様々な環境にアクティブに飛び込み、たくさんの経験を通して多様な価値観を学んでほしいと思います。
湯浅 現場を知る阿久津君だからこその説得力がありますね。そして例の新しいプロジェクト、正式に決まったとか?
阿久津 はい! 先生のご協力のおかげで、無事に保健分野のJICA案件を2件、インドとタイで受注することができました。卒業後も、このように湯浅先生と仕事をできるのは国際協力分野ならではだと思います。どちらの案件にも「高齢化」というキーワードが含まれており、今後さらに重要性が増していく分野だと感じています。
特にタイの案件では、まだキャリアは浅いものの、順天堂大学での経験を評価していただき、長期派遣の専門家として携わることになりました。テーマはUHCや保健財政です。今後も専門性を高めながら、現場で貢献できるよう努めていきたいと考えています。
湯浅 それは素晴らしい。卒業生がそうして新しいフィールドを切り拓いていく姿は、高校生にとっても大きな希望になります。今日はありがとうございました。これからの活躍も期待しています!
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卒業生
阿久津 裕亮(あくつ ゆうすけ)さん
順天堂大学国際教養学部 2022年3月卒業/順天堂大学大学院医学研究科 2024年3月修了。現在は株式会社国際テクノ・センターにて開発コンサルタントとして勤務。
対談教員
湯浅 資之(ゆあさ もとゆき)教授
順天堂大学国際教養学部 教授。グローバルヘルス領域の専門家として、多くの学生を国際協力の現場へ送り出している。
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