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科研費採択者インタビュー:筋肉の「硬さ」はなぜ違う?遺伝子から個人差を解き明かし、怪我の予防と競技力向上へ

順天堂大学スポーツ健康科学部/順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科
宮本 恵里 准教授

科研費採択者インタビュー特集】研究の原点をたずねて ―スポーツ健康科学をひらく研究者たち

順天堂大学は、科研費の「スポーツ科学、体育、健康科学およびその関連分野」において、過去5年間に新たに採択された研究課題の累計数で全国第1位となりました。順天堂大学の採択実績

 

本特集では、科研費に採択された経験をもつスポーツ健康科学部の教員に焦点を当てます。どのような研究に取り組んでいるのかだけでなく、「なぜその研究に取り組むようになったのか」「研究成果がスポーツや健康、教育、社会にどのようにつながるのか」を、研究者自身の歩みや問題意識とともに紹介します。第2回は、スポーツ遺伝学を専門とする宮本 恵里准教授です。

科研費(科学研究費助成事業)とは:大学などの研究者が、新しい発見や社会の課題解決につながる研究を進めるために、国から交付される研究費です。研究者が提出した研究計画をその分野の専門家が審査し、研究の新しさや重要性、計画の実現可能性などが評価された研究課題が採択されます。詳細(JSPS) 

 

#2 宮本 恵里 准教授

筋肉の「硬さ」はなぜ違う?遺伝子から個人差を解き明かし、怪我の予防と競技力向上へ

 

同じトレーニングをしていても、筋肉が硬くなりやすい人もいれば、柔らかさを保ちやすい人もいます。また、怪我をほとんどしない人がいる一方で、肉離れなどを繰り返してしまう人もいます。こうした違いは、本人の努力や練習方法だけで決まるのでしょうか。

 

宮本 恵里准教授は、筋肉や腱の性質に生じる個人差について、遺伝学や生化学の視点から研究しています。現在、特に着目しているのが、筋肉の硬さ(伸びにくさ)です。

 

筋の硬さは、競技パフォーマンスやスポーツ外傷・障害に関わる重要な身体特性ですが、なぜ人によって違いが生じるのか、その詳しい仕組みは明らかにされていません。宮本准教授は、筋の硬さに関連する可能性がある「VWA5A」という遺伝子に着目し、筋肉の硬さに個人差が生じるメカニズムの解明に取り組んでいます。

 

2025年度には、この研究が科学研究費助成事業の基盤研究(B)*に採択されました。筋肉の硬さの個人差を生み出す仕組みを明らかにし、体質に合ったトレーニング、栄養摂取、コンディショニングにつなげることを目指しています。

 

自身の競技経験から抱いた「トップアスリートの筋は何が違うのか」という疑問を原点に、スポーツ遺伝学の研究へと進んだ宮本准教授。その研究の歩みと、スポーツ現場に描く未来について聞きました。

*科研費 基盤研究(B)

アスリートにおける筋スティフネス制御機序の解明:VWA5A遺伝子に着目して
(小区分59020:スポーツ科学関連)
研究代表者:宮本 恵里(順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科)

研究テーマの概要

―現在取り組んでいる研究について教えてください。

私が主に関心を持っているのは、筋肉の「質」に存在する個人差です。筋肉の質には、速筋線維・遅筋線維の比率や、筋線維を支える組織の性質など、さまざまな要素があります。その中でも、現在特に着目しているのが「筋の硬さ」です。

私が着目している筋の硬さは、コリなどとは異なり、筋肉を一定の力で引っ張ったときにどの程度伸びるのかを表すものです。筋肉の「柔軟性」と表現することができます。

筋の硬さは、競技パフォーマンスや、肉離れなどのスポーツ外傷・障害に関わる可能性がある重要な身体的特性です。しかし、なぜ同じような運動をしていても筋肉が硬い人と柔らかい人がいるのか、その個人差がどのような仕組みによって生まれるのかは、十分に明らかになっていません。

 

現在進めている科学研究費助成事業の基盤研究(B)では、「VWA5A」という遺伝子に着目しています。この遺伝子に注目するきっかけとなったのは、運動習慣のある若年者350名を対象に、太ももの裏側にある筋肉(ハムストリング)の硬さを測定し、その個人差に関連する遺伝的な要因をDNA全体から網羅的に調べた研究です。

その結果、筋の硬さと強く関連する遺伝子領域が見つかり、VWA5A遺伝子が筋の硬さの個人差に関わる候補の一つとして浮かび上がりました。

 

一方で、VWA5A遺伝子が骨格筋の中でどのような役割を果たしているのかについては、まだほとんど分かっていません。そこで現在は、VWA5A遺伝子が骨格筋を構成するどの細胞で発現し、どのような働きをしているのかを詳しく調べています。

 

筋肉は、力を生み出す筋線維だけでできているわけではありません。筋線維の周囲には、筋肉の構造を支える「細胞外マトリクス」と呼ばれる組織があり、さらに、筋肉の維持や修復に関わるさまざまな種類の細胞が存在します。

これまでの研究では、筋の硬さを高める遺伝的な特徴を持つ人の筋肉では、細胞外マトリクスに関連する遺伝子の発現が高いことも分かってきました。そこで、VWA5Aが筋肉を構成する細胞や細胞外マトリクスの状態に何らかの影響を与え、筋の硬さの個人差に関わっているのではないかという仮説を立て、その可能性を検証しています。

 

この仕組みを明らかにすることができれば、競技パフォーマンスの向上や怪我の予防に向けて、筋肉の質をどのように望ましい状態へ整えられるのかを考える手がかりになる可能性があります。また、これまで広く行われてきたトレーニングやコンディショニングの方法を、科学的な根拠に基づいて見直すきっかけとなるだけでなく、一人ひとりの身体的な特徴に応じた新たな介入方法の開発にもつながる可能性があります。

インタビューカット3:宮本先生

現在の研究に取り組むようになったきっかけ

―宮本先生が、筋肉の質や遺伝に関心を持つようになった原点を教えてください。

筋肉の質に関心を持つようになった背景には、私自身の陸上競技の経験があります。

私は高校1年生のとき、所属していたバスケットボール部の廃部をきっかけに、陸上競技を始めました。大好きだったバスケットボールを続けられなくなった悔しさもあり、次に取り組む競技では必ず結果を残したいという強い思いがありました。そこで、自分の特性を生かせそうだと考え、400m走に挑戦することにしました。

 

高校は陸上競技の強豪校ではありませんでしたが、部員自身が「速くなるためには、どのようなトレーニングが必要か」を考え、工夫しながら取り組める環境でした。その中で競技力を高め、高校23年時には400m走でインターハイに出場し、3年時には準決勝まで進むことができました。この経験から、大学ではスポーツ科学を専門的に学ぶとともに、競技者としてもさらに上を目指したいと考え、スポーツ科学部へ進学し陸上競技を続けました。

 

大学の陸上競技部には、全国各地からトップレベルのアスリートが集まっており、日本記録保持者やオリンピック選手と同じグラウンドで練習する機会にも恵まれました。私自身も、チームメイトとともに4×400mリレーで全日本インカレ準優勝を経験することができました。一方で、トップアスリートを間近で見る中で、同じように厳しいトレーニングを積んでいても、努力だけでは説明しきれない違いがあることを実感しました。

その違いの一つは、目には見えない「筋肉の質」にあるのではないか。それが生まれ持った素質と関係するのであれば、その正体は何なのか。競技生活を通して抱いたこの疑問が、スポーツ遺伝学の研究へ進む原点となっています。

 

ただし、学部生の頃から遺伝学を研究しようと決めていたわけではありません。当時は、自分自身の競技力をさらに高めたいという思いから、スポーツ栄養に関心を持っていました。アスリートの競技力向上を支える仕事という観点から、将来はスポーツ栄養士になることも検討していました。

学部時代に所属したのは、スポーツ栄養学や運動生化学を扱うゼミです。そこで指導教員から、栄養士としてアスリートを支えるだけでなく、「研究」を通じてスポーツ栄養や競技力向上に貢献する道もあると教えていただきました。研究者としてなら、世界最先端の課題に挑戦できるかもしれない。その話を聞いたことをきっかけに、研究者という道に興味を持つようになりました。

さらに、大学4年時のゼミ合宿で、福 典之先生(本学スポーツ健康科学部 教授)のお話を伺う機会がありました。当時、福先生はアスリートの遺伝子に関する研究を始められた頃でしたが、「スポーツと遺伝を結びつけて研究する分野があるのか」と、大きな衝撃を受けました。

それまで競技を通じて抱いてきた「なぜ人によって能力や身体の特性が違うのだろう」という疑問と、遺伝学という研究分野が、そのとき初めて結びつきました。そこで大学院への進学を決意し、福先生のもとでスポーツ遺伝学の研究に取り組むようになりました。

インタビューカット2:宮本先生

研究を通じて明らかにしたいこと

―筋肉や腱の個人差について、どのようなことを明らかにしたいと考えていますか。

まず明らかにしたいのは、筋肉や腱の質に、なぜ個人差が生じるのかということです。

私達の先行研究では、筋肉の硬さと関連する遺伝的な特徴を持つアスリートでは、肉離れを経験した人の割合が高いことが示されています。しかし、遺伝的な特徴と筋肉の硬さや怪我との関連を見つけるだけでは、研究成果を十分にスポーツ現場へ生かすことはできません。

「あなたはこの体質なので、怪我をしやすいかもしれません」と伝えるだけではなく、「では、怪我を防ぐために何をすればよいのか」まで示す必要があります。そのためには、遺伝子の違いが筋肉の中でどのような変化を生み出し、それがどのように筋の硬さや怪我のしやすさにつながるのか、そのメカニズムを明らかにすることが重要です。

 

一方で、筋肉は柔らかければ柔らかいほどよい、というわけではありません。競技種目によっては、筋肉の硬さがパフォーマンスにプラスに作用することも報告されています。筋肉が発揮した力を素早く、効率よく伝えるうえでは、適度な筋肉の硬さが有利に働く可能性があります。

さらに、「筋肉の硬さ」と一言で表しても、それを生み出す要因は一つではないと考えられます。どの筋肉に、どのような硬さが求められるのか。さらに、怪我の予防とパフォーマンス向上の両方にとって望ましい状態とは何か。こうした問いを明らかにすることも、重要な研究課題です。

実験中の様子3:宮本先生

スポーツ、健康、教育、社会へのつながり

―研究成果は、スポーツの指導やアスリートのコンディショニングに、どのようにつながるのでしょうか。

遺伝的な体質が、トレーニングへの応答や怪我のリスクなどの個人差に関わることは変えようのない事実です。しかし、遺伝的な体質だけで、その人の能力や将来が決まるわけでは決してありません。現在の身体の状態や競技パフォーマンスには、遺伝的な体質と、これまでに行ってきたトレーニングや生活環境が相互に影響しています。言い換えれば、遺伝的体質が全く同じであっても、トレーニング、休養、栄養、コンディショニングなどの環境を変えることで、その後の結果を変えられる可能性が十分にあります。アスリートが遺伝的な特徴を知る目的は、自身の限界を知るためではなく、自身により適した環境を考えるための手がかりを得ることにあると考えています。

 

スポーツの現場には、怪我を繰り返して苦しんでいるアスリートや、思うようにトレーニングの効果が得られず、悩んでいるアスリートが少なくないと思います。「自分の注意が足りなかった」「努力が足りなかった」と、自分自身を責めてしまうこともあるかもしれません。しかし、その背景には、筋肉の性質や回復の速さなど、本人の努力だけでは変えにくい身体的な特徴が関係している可能性もあります。

研究が進み、個人差の背景をより詳しく理解し、説明できるようになれば、アスリートが自身の体質に合わせて、トレーニングの強度や量、コンディショニングの方法等を調整できるようになるかもしれません。ある選手には効果的なトレーニングでも、他の選手には負担が大きすぎることがあります。そうした違いを経験や感覚だけでなく、科学的な根拠に基づいて判断できるようにすること、それが研究の大きな役割だと考えています。

 

将来的には、「ほかの人は1日休めば回復するけれど、自分にはもう少し休養が必要だ」と、アスリートが自分の身体の特徴を踏まえて判断できるようになるかもしれません。それは決して練習を怠けることではなく、効率的にトレーニング効果を獲得したり、怪我を予防し、より高いパフォーマンスを発揮するために必要な選択であるはずです。

遺伝的体質を、能力を制限するものとして捉えるのではなく、一人ひとりの可能性を引き出すための情報として生かすことが、私たちの研究が目指す未来です。

実験中の様子1:宮本先生

これから挑戦したい研究

―今後、どのような研究に挑戦したいと考えていますか。

今後挑戦したいのは、一人ひとりの体質に応じた介入方法を、科学的な根拠に基づいて具体的に示すための研究です。

これまでの研究から、「このような遺伝的特徴を持つ人は、怪我のリスクが高い可能性がある」「体質によって、同じトレーニングを行っても得られる効果が異なる可能性がある」といったことが、少しずつ分かってきました。

 

しかし、スポーツの現場で本当に求められているのは、その先にある情報です。リスクが高い可能性を示すだけでなく、その人がどのような対策を取ればリスクを減らせるのか、また、どのようなトレーニングや栄養摂取を取り入れれば、より効果的にパフォーマンスを高められるのかまで明らかにする必要があります。

例えば、筋肉の怪我をしやすい理由が人によって異なるのであれば、怪我を防ぐために必要な栄養の種類や量、休養期間、コンディショニングの方法も異なる可能性があります。ある人には効果的な方法が、別の人にも同じように適しているとは限りません。

 

そのため、「個人差が生じるメカニズム」を基に、体質に応じた栄養摂取やトレーニング、コンディショニング方法を明らかにするための研究に挑戦したいと考えています。

実験中の様子2:宮本先生

学生に伝えたいこと

―研究に関心を持つ学生には、どのようなことを伝えたいですか。

研究に興味があるのであれば、「興味がある」という気持ちだけにとどめず、ぜひ一歩を踏み出してほしいと思います。研究は、ゼミナールに配属されてからでなければ始められないものではありません。

 

数年前、1年生を対象とした授業を担当した後に、「研究に興味があり、ぜひ取り組んでみたい」と連絡をくれた学生がいました。その学生はゼミナール配属前から私の研究室に通い、地道に研究を進めました。学部4年生のときには国際学会で英語で発表を行い、卒業論文も英語で執筆しました。現在は大学院に進学し、研究を続けています。

もちろん、決して簡単なことではありません。しかし、これは皆さんの先輩が実際に挑戦し、実現した事例です。面白いと感じる研究に出会ったら、その研究に取り組んでいる先生の研究室を、ぜひ訪ねてみてください。

 

大学で過ごす4年間には、自分の将来につながるさまざまな機会があります。授業やゼミナール、研究、部活動、教員や仲間との出会いなど、どこに人生を変えるきっかけがあるかは分かりません。私自身も、指導教員から研究という道があることを教えていただき、スポーツ遺伝学と出会ったことで、進む方向が大きく変わりました。

 

目の前に機会があっても、待っているだけでは通り過ぎてしまいます。少しでも興味を持ったら、自分で調べる、話を聞きに行く、実際に挑戦してみる。その小さな一歩が、将来の進路や、自分でもまだ気づいていない可能性につながるかもしれません。

インタビューカット1:宮本先生

高校生・受験生へのメッセージ

―最後に、高校生や受験生へメッセージをお願いします。

高校までの学びでは、さまざまな教科を通して、物事を理解するための基礎的な知識や考え方を身につけます。また、探究活動などを通じて、自分で疑問を見つけ、調べ、考える機会も増えていると思います。大学では、そうして身につけた知識や考える力を土台として、まだ答えが明らかになっていない問題に対し、自分で問いを立て、その答えを探究することができます。

 

スポーツが好きであれば、競技をしたり観戦したりするだけでなく、その中で感じる自分なりの「なぜ」に目を向けてみてください。「なぜ同じ練習をしても伸び方が違うのか」「なぜ怪我をしやすい人と、しにくい人がいるのか」など、普段何気なく抱いている疑問が、新しい研究の出発点になるかもしれません。

 

大学は、授業を受けて知識を身につけるだけの場所ではありません。自分の興味を深め、先生や仲間と議論しながら問いを追究し、まだ誰も知らない新しい「知」を生み出すことができる場所です。

入学する時点で、将来やりたいことがすべて決まっている必要はありません。私自身も、大学での学びや先生との出会いを通じて、当初思い描いていたものとは異なる研究者という道に進みました。

 

まずは、日々の生活の中で感じた疑問や、「面白い」と思った気持ちを大切にしてください。自分なりの「なぜ」を追いかけることが、心から探究したいと思えるテーマや、将来につながる道を見つけるきっかけになるかもしれません。

サムネイル画像:宮本先生

 

■教員紹介
スポーツ健康科学部 宮本 恵里 准教授

https://www.juntendo.ac.jp/academics/faculty/hss/staff/00248.html