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アゾール系抗真菌薬はマルチキナーゼ阻害薬による表皮細胞障害を抑制する ― 手足症候群の新しい治療法の開発に役立つ可能性 ―
順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所・順天堂かゆみ研究センターの加藤塁 大学院生、鎌田弥生 准教授、髙森建二 所長らの研究グループは、分子標的型抗がん剤*1の一種であるマルチキナーゼ阻害薬(MKI)*2のソラフェニブ*3による皮膚障害にアゾール系抗真菌薬*4が細胞保護作用を示すことを解明しました。MKIの副作用は、手掌や足底などに過角化や痛みのある水疱が出現する手足症候群(HFSR)*5を高率に発症することが知られています。しかしながら、その発症機序や根本的な治療法は明らかにされていませんでした。研究グループはソラフェニブによる表皮細胞障害の発症機序には炎症性サイトカインの分泌促進やアポトーシス阻害因子cIAP-1*6の発現低下によるアポトーシス*7の促進が関与しており、アゾール系抗真菌薬のイトラコナゾール*8が細胞障害を抑制することを解明しました。また、外用薬のケトコナゾール*9をHFSR患者の病変部に塗布すると、症状が改善することも明らかになりました。本成果はこれまで対症療法しかなかったHFSRに対し、アゾール系抗真菌薬投与による治療法の可能性を示すものです。本論文はActa Dermato-Venereologica誌のオンライン版に2025年4月28日付で公開されました。
本研究成果のポイント
- ソラフェニブの細胞毒性に対する抗真菌薬の細胞保護メカニズムを解明
- ソラフェニブによるアポトーシスをアゾール系抗真菌薬が抑制することを発見
- アゾール系抗真菌薬の外用による手足症候群の新規治療法開発へ
■背景
分子標的型抗がん剤であるMKI(例:ソラフェニブ、レゴラフェニブ、スニチニブなど)は副作用として高率にHFSRを引き起こすことが知られています。HFSRは手掌や足底の皮膚に紅斑、過角化、痛みのある水疱などが生じるもので、悪化すると歩行や物をつかむことも困難になり、患者さんの日常生活動作は低下します。しかしながらその発症機序はよくわかっておらず、治療法はステロイドや保湿剤の外用などの対症療法しかありませんでした。研究グループは先行研究(順天堂大学プレスリリース2024a)で既存薬ライブラリーをスクリーニングした結果、アゾール系抗真菌薬がソラフェニブによる表皮角化細胞毒性を抑制する可能性を明らかにしました。本研究ではアゾール系抗真菌薬による細胞保護作用のメカニズム解明と実際にソラフェニブによるHFSRを発症している患者さんでアゾール系抗真菌薬の有効性を確認することを目的に研究を進めました。
■内容
本研究では正常ヒト表皮角化細胞(NHEK)を培養し、副作用としてHFSRが出現することが報告されている各種MKI(ソラフェニブ、レゴラフェニブ、スニチニブ)による細胞毒性を確認したところ、ソラフェニブによる細胞毒性が最も強いことを確認しました。次に、アポトーシス細胞を検出するアネキシンV染色やTUNEL染色で、ソラフェニブ添加後にアポトーシスが促進されること、イトラコナゾールやケトコナゾールといったアゾール系抗真菌薬はこれを抑制することを明らかにしました。さらにソラフェニブによる細胞毒性とアゾール系抗真菌薬による細胞保護作用のメカニズムを解明するために、アポトーシス抗体アレイとウエスタンブロットによる解析を実施しました。その結果、ソラフェニブにより表皮角化細胞におけるアポトーシス阻害因子cIAP-1の発現が低下し、イトラコナゾールはこの発現を回復させることを発見しました。また、サイトカイン抗体アレイとウエスタンブロットによる解析を実施した結果、ソラフェニブはインターロイキン(IL)-1α*10、IL-1RA*11、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)*12といったサイトカインの表皮角化細胞からの遊離を促進し、イトラコナゾールはその遊離を抑制しました。以上のことより、ソラフェニブによるHFSRは表皮角化細胞のアポトーシス、炎症性サイトカインの分泌促進が一因となって発症している可能性が示唆されました。細胞保護作用の強さはイトラコナゾール>ケトコナゾールでしたが、イトラコナゾールは投与経路が内服のみで薬剤の併用禁忌も多いことから、次に外用剤のケトコナゾールクリームをソラフェニブによる治療中にHFSRを発症した患者さんに対し投与する試験を行いました。その結果、足底の過角化や疼痛が改善するという結果が得られ、HFSRに対するアゾール系抗真菌薬の有効性が明らかとなりました。
■今後の展開
今回、研究グループはこれまで根本的な治療法がなく、発症メカニズムも不明であったソラフェニブによる表皮細胞障害のメカニズムを解明し、細胞障害を抑制する薬剤としてアゾール系抗真菌薬を発見しました。今後は他のMKIに対する細胞障害に対しても抗真菌薬が有効なのか、またイトラコナゾールとケトコナゾール以外のアゾール系抗真菌薬でも同様の効果があるのかを調べていく予定です。今回の研究ではソラフェニブによるHFSRを発症した患者さんに対するケトコナゾールクリームの外用が有効であることを明らかにしました。症例数が少ないため、さらなる検討は必要ですが、本治療法がHFSRの治療に適用されれば、比較的安価な抗真菌薬クリームの外用による症状の緩和が期待されます。
図1:NHEKにソラフェニブおよびアゾール系抗真菌薬添加時のアネキシンV染色の結果
アネキシンVはアポトーシス細胞で陽性となる。培養NHEKに7 μMソラフェニブを添加するとアネキシンV陽性細胞(緑色)が増加し、アゾール系抗真菌薬として1 μM ケトコナゾールまたはイトラコナゾールを添加するとアネキシンV陽性細胞数が有意に減少した。以上のことから、アゾール系抗真菌薬はソラフェニブよるアポトーシスを阻害し、細胞保護作用を示すことが明らかとなった。細胞の核はHoechst33342で可視化した(青色)。
図2:本研究で明らかになった手足症候群の発症メカニズムとアゾール系抗真菌薬の作用機序
ソラフェニブによる細胞刺激は、表皮角化細胞におけるアポトーシス阻害因子cIAP-1の発現低下をもたらし、アポトーシスを誘導する。また表皮角化細胞からのMIF、IL-1α、IL-1RAの分泌を増加させ、炎症や免疫応答を誘発する。これにより、紅斑、水疱形成、過角化といったHFSRの症状が現れる。アゾール系抗真菌薬はアポトーシス阻害と炎症性サイトカインの分泌抑制により、細胞保護作用をもたらす。
■用語解説
*1 分子標的型抗がん剤:がん細胞に特有のタンパク質などを狙い撃ちすることで効果を示す薬剤。
*2 マルチキナーゼ阻害薬:がん細胞の増殖・転移に関わる複数のリン酸化酵素の働きを阻害する薬剤。
*3 ソラフェニブ:マルチキナーゼ阻害薬に分類される薬剤の一種。
*4 アゾール系抗真菌薬:真菌の細胞膜のエルゴステロールの合成を阻害して真菌の増殖を抑える薬剤。
*5 手足症候群:抗がん剤治療中に手や足に見られる紅斑、水ぶくれ、痛みなどの一連の症状のこと。
*6 cIAP-1:アポトーシス阻害因子の一種。がん細胞で高発現していることが知られている。
*7 アポトーシス:細胞が計画的に自らを破壊するプログラムされた細胞死のこと。
*8 イトラコナゾール:アゾール系抗真菌薬の一種。
*9 ケトコナゾール:アゾール系抗真菌薬の一種。
*10 インターロイキン(IL)-1α:炎症や免疫応答に関与するサイトカイン。
*11 IL-1RA:IL-1の活性を阻害する生体内の受容体阻害剤として働くペプチド。
*12 マクロファージ遊走阻害因子:炎症や免疫応答に関与するサイトカイン。
*a プレスリリース:分子標的型抗がん剤による皮膚障害のメカニズムの一端を解明(2024.3.19)
■原著論文
本研究はActa Dermato-Venereologica誌のオンライン版に2025年4月28日付で公開されました。
タイトル: Possible clinical effects of ketoconazole on sorafenib-induced hand foot skin reaction and cytoprotection mechanisms of antifungal agents against multikinase inhibitor-induced keratinocyte toxicity.
タイトル(日本語訳): マルチキナーゼ阻害薬による表皮角化細胞毒性に対する抗真菌薬の細胞保護作用とソラフェニブによる手足症候群に対するケトコナゾールの治療応用の可能性
著者: Rui Kato, Yayoi Kamata, Mitsutoshi Tominaga, Ryoma Kishi, Takahide Kaneko, Akira Tsujimura, Yasushi Suga, Kenji Takamori
著者(日本語表記): 加藤塁1)2)、鎌田弥生1)、冨永光俊1)、岸龍馬2)、金子高英2)、辻村晃3)、須賀康2)、髙森建二1)2)
著者所属: 1)順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所・順天堂かゆみ研究センター、2)順天堂大学医学部附属浦安病院皮膚科、3)順天堂大学医学部附属浦安病院泌尿器科
DOI: 10.2340/actadv.v105.40697
本研究はマルホ奨学寄付支援プログラム(2021-2023年度)の支援を受け実施されました。また本研究成果の一部は令和5年7月に特許を取得しています(抗がん剤投与により生じる皮膚障害の治療または予防剤、特許第7315167号)。本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。