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内服薬「フィネレノン」による早発閉経患者の新たな不妊治療法を開発 ― 原始卵胞や初期卵胞を活性化して卵胞発育を回復 ―

順天堂大学大学院医学研究科産婦人科学の河村和弘 教授、佐藤可野 助教、および香港大学医学部産婦人科のKui Liu 教授らの共同研究グループは、難治性の不妊となる早発閉経患者の新しい内服治療薬の開発に成功しました。早発閉経は病的な卵巣機能の低下により若くして卵胞発育が停止して閉経する疾患で、提供卵子を用いた体外受精以外に確立された治療はありません。研究グループはドラッグリポジショニング*1の手法を用いて既存薬剤の大規模スクリーニングを行った結果、慢性腎臓病や慢性心不全に効能効果がある「フィネレノン」が、早発閉経患者の卵巣に残存している卵胞を活性化して卵胞発育を回復することを発見しました。本成果は、従来、自己の卵子での不妊治療法が無かった早発閉経に対し、内服薬投与による新規治療法の可能性を示すものです。

本論文はScience誌のオンライン版に202625日付で公開されました。

本研究のポイント

  • 早発閉経に対する新規の内服治療薬の開発に成功
  • 既存薬の大規模スクリーニングで複数の候補薬を同定
  • 動物試験と臨床試験で有効性を証明
■背景

早発閉経は卵巣内の残存卵胞がさまざまな原因により病的に激減し、40歳未満で卵胞発育が停止して閉経する疾患で、自己の卵子での妊娠は非常に困難となります。女性の3.5%に発症しますが、確立された不妊治療法はなく、新規治療法の開発が求められています。

研究グループはこれまで、腹腔鏡手術を用いて残存卵胞を活性化し、卵胞発育を回復させる「卵胞活性化療法(In Vitro Activation: IVA*2」の開発に成功し臨床応用してきました。しかし、IVAでは全身麻酔下での手術が必要となり、体への負担が大きいことが課題でした。そこで本研究では、負担の少ない内服薬を使った治療法を開発することを目的に、既に安全性が確認され薬として承認されたものの中から、卵胞発育を回復する薬剤を探し、その有効性の確認や作用メカニズムの解析を行いました。

■内容

本研究では、米国食品医薬局(FDA)の承認薬1,297薬剤について、独自に開発した10日齢マウス卵巣細胞を用いて原始卵胞*3の活性化のトリガーとなるKit ligand*4の発現上昇をモニターする方法で候補薬剤を探索しました。候補の中から、内服薬でかつ安全性が高く十分に薬理学的な特性が解明されている最終候補として「フィネレノン」を同定しました。

フィネレノンは非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬で、マウス卵巣はミネラルコルチコイド受容体を発現していることを確認しました。マウス卵巣の体外培養においてフィネレノンは原始卵胞の活性化および初期卵胞の発育促進効果を示しました。さらに、体外培養した卵巣を腎皮膜下に移植することで、成熟した胞状卵胞まで育つことを見出しました。卵巣機能が低下したモデルとして10-12ヶ月齢の高齢マウスにフィネレノンを直接投与する試験を行いました。その結果、週23週間の経口投与で、二次卵胞と黄体の増加を認めました。また、6ヶ月齢のマウスに同様にフィネレノンを直接投与し、交配させ観察したところ、対照群に比べ多くの児を分娩しました。フィネレノンの安全性を更に確認するため、フィネレノンを投与したマウスから得られた卵子を体外受精したところ、卵子の成熟と染色体、受精、胚発生、着床、妊娠、分娩、産児数に異常を認めず、分娩した児についても形態、成長、行動に異常は認められませんでした。

フィネレノンの作用メカニズムを調べるため、10ヶ月齢の高齢マウス卵巣の単一細胞RNAシーケンス解析*5および細胞間相互作用解析*6を行ったところ、15種類の異なる細胞集団の存在と、間質細胞が顆粒膜細胞へ向けて最も多くのシグナル発信源であること、フィネレノン処理により間質細胞から顆粒膜細胞へのコラーゲンを介した相互作用が著しく減少し、卵巣のコラーゲン関連タンパクや細胞外マトリクス*7タンパク量が低下することを明らかにしました。さらに、フィネレノンはミネラルコルチコイド受容体の抑制を介してマウス培養線維芽細胞のコラーゲン産生を減弱すること、脂質ナノ粒子封入siRNA*8を用いた卵巣培養でCol1a1*9のノックダウンが原始卵胞を活性化すること、他の抗線維化化合物を用いた卵巣培養でも線維化関連遺伝子の発現が低下して原始卵胞が活性化されることを示しました。したがって、卵巣機能の低下による間質の線維化は卵胞の活性化を抑制し、フィネレノンはその線維化を解除することで、卵胞を活性化する可能性が考えられました。

動物試験によりフィネレノンの有効性、安全性、作用機序が明らかとなったため、共同研究グループは卵巣機能が低下して卵巣の線維化が進行した早発閉経患者を対象として探索的臨床試験*10を行いました。ヨーロッパ生殖医学会(ESHRE)およびアメリカ不妊学会(ASRM)のガイドラインに従って診断した14名の早発閉経患者にフィネレノン(20mgを週2)を投与し3-7ヶ月間経過をみました。薬剤を投与しながら毎月1回超音波検査を行い、胞状卵胞が確認できた場合はフィネレノンを中止し、卵巣刺激のための薬剤(クロミフェンクエン酸塩100mg/5日間)を投与しました。卵胞が成熟した段階で卵子を成熟させる薬剤(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)を注射して採卵し、体外受精を行って受精卵を凍結しました。さらに採卵を希望する患者はフィネレノンを再開し、同様のプロトコールで採卵を継続しました。その結果、すべての患者で卵胞発育が認められ、患者あたり平均5.7個の胞状卵胞が確認されました。13人が卵巣刺激を受け、8人の患者(既婚5名、未婚3名)で合計20個の成熟卵胞が育ちましたが、3個は排卵したため17個の卵胞から採卵を行い、12個の卵子が得られました。12個中9個が成熟卵子であり、4個は3名の未婚患者の卵子であったため受精させずに凍結保存しました。最終的に、既婚患者はそれぞれ1個の受精卵を凍結保存することができました。

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図:フィネレノン内服による早発閉経の不妊治療

これまでの腹腔鏡手術による卵胞活性化療法(IVA)から、内服薬による体への負担の少ない治療を開発。フィネレノンの内服により早発閉経患者の卵巣間質の線維化が解除され、原始卵胞と初期卵胞が活性化される。その結果、ホルモン剤を用いた卵巣刺激に反応する胞状卵胞が育ち、体外受精治療が可能となる。

今後の展開

今回、研究グループは従来確立された不妊治療法がない早発閉経の新たな内服薬を開発しました。今後は体外受精において、より多くの卵子が採卵できるよう探索的臨床試験で実施した卵巣刺激のプロトコールを最適化し、国際多施設共同試験によりさらなる有効性の検証を行います。

また、フェィネレノン以外の候補薬剤もまだ多く残されており、研究を進めることで安全かつ最も有効性の高い薬剤を見つけ出せることが期待されます。

■用語解説

*1 ドラッグリポジショニング: すでに別の病気で使われている薬を、新しい病気の治療薬として再利用する研究手法です。安全性が分かっている点が利点です。

*2 卵胞活性化療法(In Vitro Activation: IVA): 腹腔鏡手術で卵巣を一部体外にとりだし、休眠状態にある卵胞を活性化させ、移植することで卵胞発育を促すことを目的とした治療法です。主に卵巣機能が低下した患者に用いられます。

*3 原始卵胞: 卵巣の中に生まれつき存在する、まだ成長を始めていない最も初期段階の卵胞です。将来、卵子になる可能性を持っています。

*4 Kit ligand: 卵胞の成長を助ける重要なタンパク質で、卵子とその周囲の細胞のやり取りに関わっています。

*5 単一細胞RNAシーケンス解析: 11つの細胞がどの遺伝子を使っているかを詳しく調べる方法で、細胞の性質や働きを正確に理解できます。

*6 細胞間相互作用解析: 細胞同士がどのような信号を送り合い、影響し合っているかを調べる解析手法です。

*7 細胞外マトリクス: 細胞の周りを取り囲む構造で、細胞を支えたり、成長や働きを調整したりする役割があります。

*8 脂質ナノ粒子封入siRNA: 遺伝子の働きを抑えるsiRNAを、体内に届けやすくするために脂質の粒で包んだものです。

*9 Col1a1: 体の中でコラーゲンという重要な構造成分を作るための遺伝子です。

*10 探索的臨床試験: 新しい治療法の可能性や安全性を初期段階で確認するために行われる臨床研究です。

研究者のコメント

これまで、自己の卵子では妊娠が困難と言われてきた早発閉経の新たな治療法の開発に挑んできました。卵胞活性化療法(IVA)の開発に成功し、多くの患者さんの妊娠に貢献してきましたが、手術が必要であることが課題でした。今回の成果はその課題を克服できたと考えています。本薬剤の有効性を確立し、標準的な治療とするための臨床試験をご支援可能な企業からのアプローチを希望しています。  (河村 和弘 教授)

■原著論文

本研究はScience誌のオンライン版に202625日付で公開されました。

タイトル: Anti-fibrotic drug finerenone restores fertility in premature ovarian insufficiency

タイトル(日本語訳): 抗線維化薬フィネレノンは早発卵巣不全における妊孕性を回復させる

著者: Zexiong Lin1,2, Yuan Li2, Dongteng Liu1, Xudong Zhao1, Yu Zhao2, Shuzi Deng1,2, Yanyan Li2, Jingkai Gu2, Peishan Wu2, Yuan Xiao2, Jiaping Su2, Yiting Sun1,2, Yihui Zhang1, Yin Lau Lee1, Yorino Sato(佐藤 可野)3, Haitao Zeng4, Haonan Lu1, Juanhui Zhang2, Jennifer K.Y. KO1, Jing Zhao2, Kazuhiro Kawamura(河村 和弘)3, Shanfang Jiang5, Ernest H.Y. Ng1, Yu Li2, Xi Xia6, Karen K.L. Chan1, William S.B. Yeung1,2, Tianren Wang2, and Kui Liu1,2

著者所属:

1Department of Obstetrics and Gynecology, School of Clinical Medicine, Li Ka Shing Faculty of Medicine, The University of Hong Kong

2Shenzhen Key Laboratory of Fertility Regulation, Center of Assisted Reproduction and Embryology, The University of Hong Kong-Shenzhen Hospital

3順天堂大学大学院医学研究科産婦人科学

4Center of Reproductive Medicine, The Sixth Affiliated Hospital, Sun Yat-sen University

5Shenzhen Guangming District People's Hospital

6Department of Reproductive Center, Peking University Shenzhen Hospital

DOI: 10.1126/science.adz4075