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科研費採択者インタビュー:女子体操競技選手の骨の健康を科学する。障害を予防し、選手の可能性を広げる研究へ

順天堂大学スポーツ健康科学部/順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科
原田 睦巳 教授

【科研費採択者インタビュー特集】研究の原点をたずねて ―スポーツ健康科学をひらく研究者たち

順天堂大学は、科研費の「スポーツ科学、体育、健康科学およびその関連分野」において、過去5年間に新たに採択された研究課題の累計数で全国第1位となりました。順天堂大学の採択実績

 

本特集では、科研費に採択された経験をもつスポーツ健康科学部の教員に焦点を当てます。どのような研究に取り組んでいるのかだけでなく、「なぜその研究に取り組むようになったのか」「研究成果がスポーツや健康、教育、社会にどのようにつながるのか」を、研究者自身の歩みや問題意識とともに紹介します。第3回は、体操競技を専門とし、主な研究領域としてはスポーツ運動学を専門とする原田 睦巳教授です。

※科研費(科学研究費助成事業)とは:大学などの研究者が、新しい発見や社会の課題解決につながる研究を進めるために、国から交付される研究費です。研究者が提出した研究計画をその分野の専門家が審査し、研究の新しさや重要性、計画の実現可能性などが評価された研究課題が採択されます。詳細(JSPS) 

 

#3 原田 睦巳 教授

女子体操競技選手の骨の健康を科学する。障害予防と競技人生の可能性を広げる研究へ

 

体操競技では、高度な技術を習得するために日々の厳しいトレーニングが欠かせません。しかし、競技力の向上を目指す一方で、疲労骨折などの骨ストレス障害に悩む選手もいます。選手が健康を維持しながら競技力を高め、長く競技を続けるためには、どのような支援が必要なのでしょうか。

 

原田睦巳教授は、体操競技の指導者として長年選手の育成と競技力向上に携わる一方、骨が形成、吸収の過程を示す「骨代謝動態」に着目した研究に取り組んでいます。特に現在は、女子大学生体操競技選手を対象に、トレーニングや競技会の時期によって骨代謝動態がどのように変化するのかを調べています。

 

2025年度には、「女子大学生体操競技選手における各トレーニング期の骨代謝動態に関する研究」が、科学研究費助成事業の基盤研究(C)に採択されました。年間を通じた骨代謝の変化や男女の違いなどを明らかにし、アスリートのコンディショニングや疲労骨折などの骨ストレス障害の予防に役立つ知見を得ることを目指しています。

 

研究の背景にあるのは、指導現場で骨ストレス障害に悩む女子選手たちを目の当たりにしてきた経験です。競技力の向上だけでなく、選手が健康を維持し、競技を長く続けられること、さらには引退後の人生も見据えた支援につなげたいという思いがあります。体操競技の指導現場から生まれた研究の原点と、選手の可能性を広げるための取り組み、そしてスポーツが持つ価値について聞きました。

*科研費 基盤研究(C)

女子大学生体操競技選手における各トレーニング期の骨代謝動態に関する研究
(小区分59020:スポーツ科学関連)
研究代表者:原田 睦巳(順天堂大学スポーツ健康科学部)
研究期間:2025年度~2027年度
研究課題番号:25K14619

研究テーマの概要

―現在取り組んでいる研究について教えてください。

現在取り組んでいるのは、女子大学生体操競技選手の骨代謝動態が、トレーニングや競技会の時期によってどのように変化するのかを明らかにする研究です。人間の骨は、一度つくられたらそのままの状態が続くわけではありません。古くなった骨を壊す骨吸収(破骨細胞)と、新しい骨をつくる骨形成(骨芽細胞)を繰り返しながら、常に新陳代謝を行っています。この働きを評価するために用いられるのが「骨代謝マーカー」です。

 

骨代謝マーカーには、骨形成(骨芽細胞)の状態を示す「骨形成マーカー」と、骨吸収(破骨細胞)の状態を示す「骨吸収マーカー」があります。今回の研究では、骨形成の状態を示すP1NPと、骨吸収の状態を示すTRACP-5bという2種類のマーカーを用いています。これらは骨粗鬆症などの診療や研究でも用いられていますが、私はアスリートの骨の状態を評価するためにも活用できるのではないかと考えています。

 

以前、男子大学生体操競技選手を対象に、競技シーズンを通じた骨代謝の変化を調べました。その結果、運動によって骨にかかる負荷が大きいシーズン期には、骨をつくる骨形成が優位になる一方、運動量が比較的少なく、骨にかかる負荷が小さいオフシーズンには、骨吸収が優位になる傾向がみられたのです。

 
さらに興味深かったのは、シーズン期に入っても骨形成マーカーの値が上昇しない選手が一部にいたことです。そうした選手では、シーズン中に疲労骨折などの骨ストレス障害を発症する割合が高いという結果も得られました。このことから、骨代謝の変化を捉えることが、骨ストレス障害のリスクを把握する手がかりになるのではないかと考えるようになりました。

 

現在は、この研究を女子大学生体操競技選手へと広げ、年間のトレーニングや競技会のスケジュールと骨代謝との関連を調べています。また、男子選手との比較を通じて、骨代謝動態にどのような違いがあるのかについても明らかにしていきたいと考えています。

科研費インタビュー:原田先生_インタビューカット⑤

現在の研究に取り組むようになったきっかけ

―女子体操選手の骨代謝に着目するようになったきっかけを教えてください。

もともとの私の専門はスポーツ運動学で、体操競技の技術をモルフォロギー的観点(動きの特徴や技術の構造を捉える視点)から研究してきました。一方で、学位(博士)を取得する際には、男子体操選手を対象に骨代謝の研究に取り組み、興味深い結果を得ることができました。当時、女子選手を研究対象にしなかったのは、女性の場合、女性ホルモンや月経周期が測定結果に影響する可能性があり、研究を進めるうえで難しさがあると考えていたためです。

 

その後、女子体操競技選手の指導に携わるようになり、骨の健康に関する問題をより身近に感じるようになりました。実際に選手たちと接していると、疲労骨折を経験したことのある選手が少なくありません。「なぜ、これほど多くの選手が骨ストレス障害を経験しているのだろうか」という疑問が、現在の研究に取り組む大きなきっかけになりました。

 

選手たちと話をする中で、栄養摂取について十分な知識を持っていない場合があることも気になりました。体操競技は体重管理が重視される競技の一つですが、体重を維持するために食事量を減らし、身体に必要なエネルギーや栄養素を十分に摂取できていない選手もいます。こうした栄養状態に加え、月経の周期の乱れなども骨の健康に影響しているのではないかと考えるようになりました。

 

近年、日本の女子体操選手は国際大会でも活躍するようになり、競技力は大きく向上しています。一方で、指導現場では骨ストレス障害に悩む選手たちも目にしてきました。私はこれまで長く競技力向上の現場に携わってきましたが、選手が怪我によって練習や競技を続けられなくなることは、できる限り防ぎたいと考えています。骨ストレス障害を予防することができれば、選手が競技を続けられる期間が延び、さらに競技力を高めるチャンスも広がるかもしれません。

 

また、選手には競技を引退した後も長い人生があります。競技成績を高めることだけでなく、将来にわたって健康な身体で生活できることも大切です。そうした思いから、骨の状態を科学的に捉え、選手の健康を守るための研究に取り組むようになりました。

選手との写真_修正済_クレジット入

研究を通じて明らかにしたいこと

―骨代謝の研究を通じて、どのようなことを明らかにしたいと考えていますか。

まず明らかにしたいのは、女子大学生体操競技選手の骨代謝が、年間のトレーニングや競技会のスケジュールに伴ってどのように変化するのかということです。男子選手を対象とした研究では、競技シーズン中の骨代謝の変化と骨ストレス障害の発症との間に関連がみられました。しかし、女子選手では月経やホルモンバランスなど、男子選手とは異なる要因が関係する可能性があります。

 

そのため、男子選手で得られた知見が女子選手にも当てはまるのか、あるいは異なる特徴があるのかを検討することが重要です。さらに、競技レベルによって骨代謝の変化に違いがみられるのかという点にも関心があります。こうした研究を通じて、骨代謝マーカーをアスリートのコンディショニングに活用できるようにすることが、一つの大きな目標です。例えば、競技シーズンに入る前から骨代謝の状態を把握し、その変化を確認できれば、骨ストレス障害のリスクが高い可能性のある選手に対して、練習量や栄養摂取などを見直すきっかけをつくれるかもしれません。

 

さらに、私が重要だと考えているのは、ジュニア期からの取り組みです。大学生になってから骨の健康状態を改善しようとしても、それまでの成長過程で十分に骨が形成されていなければ、対応が難しくなる可能性があります。つまり、大学生の骨ストレス障害を予防するためには、もっと早い段階から栄養摂取や身体の発育、月経の状態などに目を向ける必要があるのではないかと考えています。

 

将来的には、研究で得られた知見をジュニア期の指導にも生かしていきたいと思っています。特に成長期の選手を指導する方々には、目の前の競技成績だけでなく、その選手の将来の健康にも関わっているということを意識してほしいと思います。選手自身は、将来の骨の健康まで考えることは難しいかもしれません。だからこそ、指導者がその重要性を理解し、適切な指導や支援につなげていく必要があります。

 

選手の競技人生を延ばすとともに、引退後の健康も守ること。そのために必要な科学的根拠を積み重ねていきたいと考えています。

科研費インタビュー:原田先生_インタビューカット③

スポーツ、健康、教育、社会へのつながり

―研究成果は、スポーツの指導現場や社会にどのようにつながるのでしょうか。

体操競技は技術の習得や向上が重視される競技です。そのため、指導者も選手も、どうすれば新しい技ができるようになるか、どうすれば演技の完成度を高められるかということに意識が向きやすい傾向があります。もちろん、技術を追究することは大切です。しかし、競技力を高めるためには、身体の状態を科学的に理解し、健康を維持することも欠かせません。

 

骨代謝に関する研究が進めば、これまで把握しにくかった身体の状態を評価し、障害予防に役立てられる可能性があります。特にジュニア期の選手を指導する方々には、競技成績だけでなく、選手の現在と将来の健康を見据えた指導の重要性を伝えていきたいと考えています。

 

また、スポーツが社会に果たす役割は、競技力の向上や健康づくりだけではないと思っています。2005年ごろ、アメリカに滞在していた際、家族とメジャーリーグの試合を観戦したことがあります。当時はイチロー選手がシアトル・マリナーズで活躍していた頃でした。海外での生活を始めたばかりで、慣れない環境に苦労していた時期だったのですが、アメリカという大きな舞台で堂々と活躍する日本人選手の姿を見て、強く感動したことを覚えています。その姿から勇気をもらい、自分も頑張ろうと思えたのです。

 

スポーツには、そうした力があると思います。競技する人だけでなく、観戦する人や支える人にも感動や勇気を与え、人生を豊かにすることができます。私自身、競技力向上の現場に長く携わってきたからこそ、勝敗や記録といった目に見える成果だけでなく、スポーツが持つ魅力や価値をもっと多くの人に伝えていきたいと考えています。スポーツを「する」「見る」「支える」ことを通じて、人々がより豊かな人生を送れるような社会につながればと思っています。

これから挑戦したい研究

―今後、どのような研究に挑戦したいと考えていますか。

現在の骨代謝に関する研究については、まず対象となる選手の数を増やし、データを蓄積していきたいと考えています。現段階では限られた選手を対象とした研究ですが、今後さらに研究を広げることで、女子体操競技選手の骨の健康や障害予防について、より確かな知見を得たいと思っています。

 

将来的には、そうした成果を体操競技の関係団体などとも共有し、競技現場で活用できるコンディショニングや障害予防のあり方を検討していければと考えています。また、競技指導の面では、日本の女子体操が世界の頂点に立つ姿を見たいという思いがあります。

 

これまで男子体操の強化に携わってきた経験がありますが、女子体操でも世界のトップを目指せる選手を育てていきたいと思っています。そのためにも、技術指導だけでなく、医科学的なサポートを充実させることが重要だと考えています。さらに、体操競技の魅力をより多くの人に伝えることにも挑戦したいと思っています。

 

体操競技は、実際に観戦するとその迫力や面白さを感じてもらえる競技です。しかし、普段は観戦する機会が少なく、技の難しさや演技の見どころが分かりにくいと感じる人もいると思います。本学が企業などと進めている連携の機会も活用しながら、スポーツをより楽しく観戦できる仕組みや、競技とファンとのつながりを広げるような取り組みにも関心があります。

 

競技力を高めること、選手の健康を守ること、そしてスポーツの魅力を社会に伝えること。これらをさまざまな角度から考え、取り組んでいきたいと思っています。

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学生に伝えたいこと

―研究やスポーツに取り組む学生には、どのようなことを伝えたいですか。

学生の皆さんには、探究心と挑戦する気持ちを持ち続けてほしいと思っています。私自身、専門分野としてはスポーツ運動学を研究してきました。しかし、指導現場で骨ストレス障害に悩む選手たちと接する中で、骨代謝の研究にも取り組み、指導現場で感じた疑問を研究へとつなげてきました。

 

何かを解決したいと思ったときに、それが自分の専門分野ではないからといって、諦める必要はないと思います。知らないことがあれば学べばよいですし、必要であれば新しい分野にも挑戦すればよいのです。これは、私自身の競技指導に対する考え方にも共通しています。

 

現役選手だった頃は、自分が競技で結果を残すことに精一杯でした。しかし、指導者になってからは、選手がより高いレベルに到達するためには何が必要なのか、どのような指導が選手の可能性を引き出すのかということを考えるようになりました。私は、優れた競技者が必ずしも優れた指導者になるとは限らないと思っています。自分自身の競技経験は大切ですが、それだけに頼るのではなく、科学的な視点や選手との対話が必要です。

 

例えば、一つの技術を習得するにしても、選手によって身体の特徴や感覚は異なります。ある選手に適した方法が、別の選手にも適しているとは限りません。そのため私は、一方的に方法を教えるのではなく、複数の選択肢を示し、選手自身が考えて自分に合った方法を見つけられるようにすることを大切にしています。

 

指導者が考えた方法だけを実行していては、その指導者が想定する範囲を超えることは難しいかもしれません。選手が自分自身で考え、新しい技術や方法を生み出すことによって、さらに高いレベルに到達できる可能性があります。

 

研究も同じだと思います。与えられた課題に取り組むだけでなく、自分自身が疑問を持ち、その答えを探していく姿勢が重要です。学生の皆さんには、自分の可能性を狭めないでほしいと思っています。興味があることを一つに絞る必要はありません。複数のことに関心があるなら、どれにも挑戦してみればよいと思います。

 

今取り組んでいることだけが、自分の可能性のすべてではありません。さまざまなことに挑戦し、経験を重ねることで、自分でも気づいていなかった能力や新しい道が見えてくることもあります。後になって「あのとき挑戦しておけばよかった」と後悔することのないよう、学生時代の時間を大切にしてほしいと思います。

科研費インタビュー:原田先生_インタビューカット②

高校生・受験生へのメッセージ

―最後に、高校生や受験生へメッセージをお願いします。

高校生の皆さんには、自分の可能性を決めつけず、さまざまなことに挑戦してほしいと思っています。

特にスポーツに取り組んでいる人には、競技だけでなく、学業や将来のキャリアにも目を向けてほしいと思います

 

日本では、一つの競技に打ち込むことが高く評価される傾向があります。もちろん、それは素晴らしいことです。しかし、スポーツを頑張っているからといって、ほかの夢を諦める必要はありません。以前、コーチとして赴任していたスタンフォード大学では、体操競技に真剣に取り組みながら、医師や弁護士を目指して勉強している学生たちに出会いました。練習には全力で取り組み、その合間には参考書を開いて勉強している。彼らにとっては、競技も学業も、どちらも大切な目標なのです。その一人(当時のキャプテン)は、現在脳外科医として活躍しています。

 

スポーツと学業の両立、さらには競技と将来の職業を含めた「デュアルキャリア」という考え方がありますが、私はこれからの若い世代には、それを当たり前のこととして実現していってほしいと思っています。

例えば、野球を続けながら医師を目指すこともできるでしょうし、スポーツ健康科学を学んだ後に、別の専門分野へ進むこともできると思います。

 

大切なのは、最初から自分の進む道を一つに限定しないことだと感じています。スポーツを頑張りたい、勉強もしたい、将来は別の分野にも挑戦したい。そうした思いがあるなら、どれか一つを選ぶのではなく、それぞれの可能性を追い求めてほしいと思います。

 

皆さんには、スポーツを通じた経験を大切にしながら、自分の興味や関心を広げ、さまざまなことに挑戦してほしいと思っています。自分の可能性を否定せず、豊かな人生を歩んでいってください。

 

■教員紹介
スポーツ健康科学部 原田 睦巳 教授
https://www.juntendo.ac.jp/academics/graduate/hss/staff/00225.html