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2022.08.04 (THU)

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長距離走のような「きつい」運動のパフォーマンスに関わる脳内メカニズムを明らかに

― 運動し続けるために必要な血液循環調節に扁桃体中心核が関与 ―

順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の月岡惠惟 大学院生(研究当時。令和4年3月31日修了)、山中航 准教授、和氣秀文 教授の研究グループは、長距離走など「きつい」運動を行なったときの「運動限界」を決める脳内メカニズムの一部を明らかにしました。本研究では、ラットを長時間走らせると疲労困憊に達する前に血圧が上昇しましたが、苦しみやつらさを感じとる脳領域(扁桃体中心核)の機能を部分的に喪失させる と、血圧上昇のタイミングが遅れるとともに、運動継続時間も長くなることがわかりました。またその機序として、扁桃体中心核の興奮(過剰な働き)により、運動の継続に必要な血液循環調節(活動している筋肉に必要な血液を送ったりすること)が破綻してしまうことが示唆されました。本研究成果を参考に、扁桃体機能や自律神経活動をモニタリングしながら行うメンタルトレーニング法が開発されれば、アスリートの運動能力向上に貢献するものと期待されます。本成果はNeuroscience誌のオンライン版に公開されました。
【本研究成果のポイント】
  • 扁桃体中心核が運動の継続時間に及ぼす影響について評価
  • 扁桃体中心核の機能を喪失させると運動中の血圧応答が変化し、運動継続時間が延長
  • 扁桃体中心核は運動の限界を決める脳部位の一つである
  • アスリートの運動能力を引き上げる新しいメンタルトレーニング法の開発へ

背景

運動による疲労には、骨格筋に代謝産物(疲労物質)が蓄積して起こる「末梢性疲労」と、脳内で生じる「中枢性疲労*1」があります。長距離走のような長時間・高強度運動において、アスリートの成績(パフォーマンス)を制限する大きな要因の一つとして、「苦しい」や「つらい」といった情動(心の動き)がありますが、こうした「負の情動」は運動に対するモチベーションを低下させ、疲労困憊(中枢性疲労)を導く要因になるものの、その発生機序についてはよく分かっていませんでした。一方で、情動は心拍数や血圧応答など、自律神経機能に密接に関連していることがわかっています。研究グループは、負の情動 の発生や自律神経機能を調節する扁桃体中心核が、運動時の中枢性疲労に関与する脳部位であるという仮説を立てました。これを検証するために、扁桃体中心核の機能の喪失前後で最大運動負荷試験を行い、運動時の循環応答と最大運動時間について調べました。また別の実験において、扁桃体中心核の興奮が下肢骨格筋 である腓腹筋の血流調節に及ぼす影響についても検討しました。

内容

本研究では扁桃体中心核の機能を部分的に喪失させたラットで、機能の喪失前と喪失後に、トレッドミル*2を用いた漸増運動負荷試験を行い、最大運動時間と血圧の変化を観察しました。血圧についてはテレメトリーシステム*3を用い、実験開始に先立ちラットの腹部に血圧測定用送信機を埋め込みました。また、ラットの長時間・高強度運動が扁桃体の活動に及ぼす影響について観察するために、脳のスライス標本を作製してc-Fos抗体*4を用いた免疫染色を行いました。さらに別の実験では麻酔下ラットを用い、扁桃体中心核への電気刺激が腓腹筋血流量と血管抵抗に及ぼす影響についても観察しました。
ラットの最大運動負荷試験では、扁桃体のうち特に中心核の動きが活発になる こと(図1-A) 、そして疲労困憊に至る前に血圧が上昇することがわかりました。また、扁桃体中心核の機能を喪失させると、血圧が上昇し始める時間が遅くなるとともに(図1-B)、運動時間も長くなることが明らかになりました(図1-C)。さらに麻酔下実験の結果から、扁桃体中心核の動きが活発になると、運動時に必要な循環動態(活動筋血流量の増加)を乱してしまう可能性が示されました。筋血流量が低下すると、疲労物質が蓄積しそれによる痛覚刺激が、更なる負の情動を誘発するため(より苦しくなる)、運動意欲の低下と疲労困憊を引き起こすと考えられます(図1-D、E)。
以上の結果から、扁桃体中心核は長時間・高強度運動時の最大パフォーマンスに影響を与える脳部位の一つであることが分かりました。

図1

図1長時間・高強度運動に対する扁桃体中心核の役割
(A)ラットにトレッドミル走行による最大運動を課すと、扁桃体中心核や視床下部室傍核の神経細胞が興奮する。(B)動脈圧(平均血圧)は疲労困憊に先立ち上昇するが、扁桃体中心核の機能喪失により、変化のタイミングが遅延する。(C)さらに、運動時間も延長する。(D)低強度運動時の循環調節の概念図。運動時には視床下部室傍核と延髄心臓血管中枢(孤束核など)による調節により、適切な循環動態が維持されている(活動筋血流量の増加)。(E)疲労困憊に至るまでの循環調節の概念図。長時間・高強度運動による扁桃体中心核の興奮は、負の情動の発生とともに、視床下部室傍核や延髄心臓血管中枢を刺激し、交感神経系の過剰な興奮と筋血管抵抗の増大を引き起こす。これが、活動筋血流量を低下させ、疲労物質の蓄積や筋力低下と、さらなる負の情動を誘発させるため、最終的に運動意欲の低下と疲労困憊を引き起こすと考えられる。

今後の展開

運動による疲労には、骨格筋に代謝産物(疲労物質)が蓄積して起こる末梢性疲労と、脳内で生じる中枢性疲労がありますが、これまで後者の機序についてはよく分かっていませんでした。本研究では、負の情動と自律神経系機能の両方に関与する扁桃体に着目し、扁桃体中心核が長時間・高強度の運動の限界を決める脳部位の一つであることを明らかにしました。また、本研究の結果から、「きつい」「苦しい」という負の情動が交感神経の働きを活発にし、筋血管抵抗の増加(すなわち筋血流量の低下)を介して疲労物質の蓄積を誘発することが示唆されました。また骨格筋代謝受容器*5などからの情報が扁桃体を刺激する(負の情動がより強くなる)ことによって、さらに交感神経の興奮が高まり、負のサイクルを生じさせることが、中枢性疲労(疲労困憊)を引き起こす重要なメカニズムであると考えられます(図1-D、E)。今後、研究グループはこの仮説をさらに検証していく予定です。また、本研究成果を参考に、扁桃体機能や自律神経活動をモニタリングしながら行うメンタルトレーニング法が開発されれば、アスリートの運動能力向上に貢献するものと期待されます。

【用語解説】

*1 中枢性疲労:脳が原因で筋力低下や運動パフォーマンスの低下が起こること。
*2 トレッドミル:後方へ移動するベルトの上を歩行・走行するための運動器具。
*3 テレメトリーシステム:心拍数などの生体情報を無線で記録するための実験機器。
*4 c-Fos抗体:c-Fosたんぱく質を認識する抗体で、神経活動の様子を視覚的に捉える目的で使用される。
*5 骨格筋代謝受容器:骨格筋内の代謝産物に反応するセンサでその情報は末梢神経によって中枢内へ伝達される。
研究者のコメント
本研究により、長距離走のような「きつい」運動に対する中枢性疲労のメカニズムが部分的に明らかにされました。情動と自律神経機能を司る扁桃体が重要な役割を担っており、扁桃体の活動を抑えることができれば、運動パフォーマンス向上につながると期待できます。例えばマラソンなどの後半に見られる失速をある程度防ぐことができるかもしれません。一方、扁桃体は生体の恒常性をそれ以上逸脱させないための監視役を担っているとも考えられます。「苦しみ」や「つらさ」を感じることで生体に過度の負担がかかることを防いでいるわけです。扁桃体の抑制は「ほどほどに」とも言えるかもしれません。どのようなメンタルトレーニングが有効なのか、今後開発していきたいと思います。

原著論文

本研究はNeuroscience誌のオンライン版(2022年7月8日付)に先行公開されました。
タイトル: Implication of the Central Nucleus of the Amygdala in Cardiovascular Regulation and Limiting Maximum Exercise Performance During High-intensity Exercise in Rats
タイトル(日本語訳):高強度運動時の循環調節と最大運動パフォーマンスにおける扁桃体中心核の役割
著者:Kei Tsukioka, Ko Yamanaka and Hidefumi Waki
著者(日本語表記):月岡 惠惟1) 2)、山中 航1)、和氣 秀文1) 3)
著者所属:1)順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科、2)日本学術振興会特別研究員DC、3)順天堂大学スポーツ健康医科学研究所
DOI: 10.1016/j.neuroscience.2022.06.005
本研究はJSPS科研費19J22706, 19K11449および文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業、私立大学研究ブランディング事業の支援を受け実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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「運動していて「つらい」と感じるのは、なぜなのか?複雑な脳のメカニズムを解き明かす」
URL:https://goodhealth.juntendo.ac.jp/sports/000202.html

研究者情報

[スポーツ健康科学部][スポーツ健康科学研究科]
和氣 秀文 学部長/研究科長/教授

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[スポーツ健康科学部][スポーツ健康科学研究科]
山中 航 准教授

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