順天堂医学部同窓会
会長挨拶
同窓会概要
同窓会だより
Award学術奨励
事務局のご案内
リンク
同窓会誌・茶崖

同窓会だより

  『茶崖』第137号(2010・新年号)巻頭言より

 夢・明日に向って

込山悦子
迎春

医学部同窓会
会長  森 近 浩〈昭和34年卒〉

『勤倹』(大正3年正月 茶崖 佐藤進) この書は譲りうけてから十数年、1月になるとクリニックの待合室にかけ、この言葉を私の一年の計にしています。「倹」は“つづまやか”、「勤」は論語・微子に“四体勤めず、五穀分たず、孰をか夫子と為す”より、すべての事に勤労することをいうと「字統」にあります。大正3年というと順天堂医院が総合病院になった全盛期で、時代が明治から大正に移った激動期でもあります。勤倹当時、佐藤進先生は熱海・霞ヶ浦湖畔・麻生で、読書に詩歌に自適の生活をされています。大正3年1月、先生は古稀を迎えられ、その時の書と思われます。同じ年に自伝「餐霞録」を出版されました。この教訓が生かされ胡蝶の夢の百年目、歴代の緊実の歩みが今回の小川理事長英断の隣地・センチュリータワーの取得に結びついたのではないでしょうか。センチュリータワーがわがものになって、万世橋から相生坂、和泉橋から淡路坂、水道橋からお茶の水坂からみられる聳え立つ姿は、一つの大きな順天堂のシンボルとして私達に夢と希望を与えてくれています。「一人でみる夢は夢でしかないが、一緒に見る夢は現実である」ある音楽評論家の言葉ですが、私達の長かった夢が今、実現したのです。

シルバーウィークに紅葉未だ早い大和路を歩き、久し振りにすばらしい佛像に出逢いました。中宮寺の国宝「如意輪観世音菩薩半跏像」です。その額、伏目勝な眼、線の通った鼻、笑みをたたえる口元、頬にあてた右手先のしなやかさの思惟像は京都広隆寺の弥勒菩薩像と同じ飛鳥時代を代表する世界の微笑像の一つですが、前座するだけで雑念が掃われ、無我の境地となり、桃源郷を夢みる感じがしました。

医学部同窓会は順天堂塾の歴史には及びませんが創設されてからすでに半世紀余、現在の同窓会活動は機関紙「茶崖」・ホームページでみることが出来ますが、かつての夢が叶えられてきているでしょうか。諸先生方の御協力ご支援により一人一人の思いが実現されてきていることは確かです。今、次世代を担う学生会員に対する様々な援助や医師会で活躍されている先生方の支援体制が考えられています。各支部と大学との人事交流、他学出身の先生の協力を得ての診々・病診・病々連携、診療にとらわれず教育や臨床・基礎医学研究の連携体制を整えることなどで、他学に類のない同窓会会員間の親睦・大学と相互の知識の向上や協調が生まれることと思います。順天堂Webコミュニティサイトの活用によって、医学部・スポーツ健康科学部・医療看護学部の各同窓会・会員の協力体制が迅速にすすみ、健康大学としての基盤も出来ていきます。3年後、順天堂開塾175周年を迎えます。これを機に同窓会が、いな同窓生一人一人が大学に何をし、何を託し、何を夢みるか、同じ夢のみられることを期待したいと思います。

晩秋の夕暮、三崎町より小栗坂、神田川に沿って御茶ノ水駅に向いました。サザンカ・シャクナゲなどの植込のあるp角坂(さいかちざか)、皀莢(サイカチ)の大樹の間に1号館・2号館・9号館、そして5号館と8号館の一部と順天堂本郷キャンパスの全景が正面から捉えられ、10号館と91.14メートルのセンチュリータワーがともに夕陽に映えていました。

2010年は寅年、ここでみる初日の出は順天堂を輝き立たせることでしょう。「虎に翼」(韓非子)、虎が全国や世界に向け電波に乘って飛び出すことを初夢にして…。

  <同窓会だより一覧へ>
    サイトマップ   | プライバシーポリシー
 
Copyright ©2006 juntendo-med All Rights Reserved.