アスリートのパフォーマンス向上から生活習慣病予防法の開発まで!国内外の研究をリードするスポーツ健康医科学研究所

研究代表者
大学院スポーツ健康科学研究科 教授内藤 久士

本事業のスポーツ領域では、スポーツ健康医科学研究所がスポーツと健康に関する多彩な研究を進めており、とくにスポーツ遺伝学の分野で成果を挙げています。今回はスポーツ健康医科学研究所長である内藤久士教授と、スポーツ遺伝学の第一人者である福典之先任准教授が同研究所の活動と研究内容をご紹介いたします。

社会のニーズに応じて幅広い研究テーマを展開
スポーツ遺伝学の研究でもトップランナーに!

人々の“健康づくり”の観点から体育学部を設置  70年にわたり、国内の体育学研究を牽引

順天堂の歴史は1838年の蘭方医学塾の開学に始まり、1951年には順天堂大学医学部と体育学部(現・スポーツ健康科学部)を開設。両学部を同時に立ち上げたのは、病気の人を治すだけでなく、病気になりにくい身体をつくることを考え“健康づくり”という観点から「体育」に着目したためです。さらに、1971年に私立大学として初めて体育学の大学院も設立し、50年の歴史を重ね、日本の体育学研究をリードしてきました。 国内には優れた体育・スポーツ科学の研究機関がありますが、順天堂の最大の特色は医学部と体育系学部があることでしょう。国内で両学部を持つ大学はわずかで、70年の歴史を持つ大学は他にありません。

社会のニーズに応じた多様な研究テーマで グローバルな情報発信を目指す

スポーツ健康医科学研究所は、2005年の設置当初から「人々の健康」と「人々がもっと幸せになるためにはどうすればよいのか?」という観点から活動してきました。設立当時、超高齢社会が目前に迫っていた時期であったため、高齢者の健康問題に焦点を当てていましたが、これを解決するためには子どもの頃からの健康づくりや社会的なアプローチも必要です。世界に先駆け超高齢社会を迎えた日本は、世界各国、特に人種の近いアジア諸国からその動向が注視されています。私たちは、刻々と変化する社会のニーズに合わせ、メタボリックシンドローム、ロコモティブシンドローム、そして認知症など、様々な課題に挑戦しています。
健康な人々を増やすためにどのような取り組みをすればいいのか、社会施策を含めて研究し、アジア諸国をはじめ世界へもっと発信していくことが今後の目標です。

なぜ今、スポーツ遺伝学が注目されているのか

同じトレーニングをしても人によって効果が異なります。その個人差を生み出す要因の一つとして遺伝的背景が関わると私たちは考えました。
一人ひとりに合ったトレーニング法や健康づくりのアプローチ方法の開発のためにはどのような遺伝子がどれくらい影響するのか、解明しなければなりません。スポーツ分野でも遺伝学的研究が爆発的に進んでおり、その成果はこれまで難解であった課題を解決する切り札となり、人々の健康にも大きく貢献する可能性があります。
本学スポーツ健康科学部にはトップアスリートが学生・卒業生に多く在籍し、スポーツ選手の協力を得やすい環境にあることは大きな強みです。この豊かな研究資源を活かして精力的にスポーツ遺伝学の研究に取り組むのが、当研究所の福典之先任准教授です。

スポーツ遺伝学の研究を発展させ、
遺伝的要因と生活習慣病の関連を探る!

運動能力と遺伝の関連について探るスポーツ遺伝学

スポーツ遺伝学の歴史は非常に浅く、世界で初めて運動能力と遺伝に関する論文が発表されたのが1998年、英国の科学ジャーナル『Nature』でした。その後、世界中の研究者がスポーツ遺伝学に着目するようになりました。2007年に欧州で行われた双子研究では、2,000組の双子を対象に運動能力を調査し、「運動能力の66%が遺伝により決まる」という結論に。日本でもスポーツ遺伝学の研究が進み、これまでに約30の遺伝子が運動能力とスポーツ傷害に関わることがわかっています。

「なぜ短距離が得意な人と長距離が得意な人がいるのか?」 ―遺伝要因から探ることに面白さがある

ご存じのとおり、人の体はその設計図ともいわれるDNAをもとに作られており、DNA塩基配列の個人差が運動能力にも影響します。
アジア系の人は環境に適応して足が短く、柔道やレスリング、水泳など重心の低いスポーツで有利です。また、持久力の高さに関わる遺伝子を、アフリカ系が数%、欧州系が約20%の人しか持たないのに対して、日本人は約30%の人が持っており、このことは、アジア系が比較的長距離を得意とする遺伝的要因を持つことを示しています。
また、同じ民族でも運動能力は異なります。例えば、陸上競技でアフリカ系の選手が活躍する姿をよく見ますが、ケニアやエチオピアの選手は長距離種目が得意ですし、ジャマイカの選手は短距離種目で結果を残しています。

筋線維タイプと生活習慣病との関わり

筋細胞、すなわち筋線維のタイプ(速筋、遅筋)により得意な競技が異なることも興味深いテーマです。
陸上の短距離選手のように瞬発的な運動能力に長けている人は速筋線維の割合が高く、陸上の長距離選手のように持久力に長けている人は遅筋線維の割合が高く、遺伝学的関連性が示されています。
これまで私たちは、αアクチニン3という骨格筋の構造に関係する遺伝子が陸上短距離競技のエリート選手の記録に大きく影響すること、また瞬発的運動能力の高い人は速筋線維の割合が高いことなど、筋線維組成と運動能力に関して遺伝学的解析により明らかにしてきました。
最近では興味深いことに筋線維組成がメタボリックシンドロームにも関連することがわかってきており、速筋線維が多い人は遅筋線維が多い人より糖尿病になりやすいという知見があります。
持久力は、ミトコンドリアを多く含む遅筋線維において、ミトコンドリアが酸素を使ってエネルギーを創り出すことで、有酸素運動を効率よく支えることで得られます。一方、瞬発力は、ミトコンドリアの少ない速筋線維において酸素を用いない解糖系代謝により素早くエネルギーを産生することで得られます。持久力の高い人と瞬発力の高い人で、筋肉における代謝が異なることが、例えば、糖尿病の発症しやすさに遺伝学的に関連している可能性があります。

一般社会にも広がるスポーツ遺伝学の成果

近年、スポーツ遺伝学の研究成果はさまざまな分野で社会に活かされつつあります。アスリート向けの遺伝子検査では約30個の遺伝子多型を解析し、例えば、速筋タイプか遅筋タイプか、肉離れを起こしやすいタイプか、疲労骨折を起こしやすいタイプなのかについて、遺伝学的解析を行い、適正種目の選択やトレーニング内容の適正化、スポーツ傷害の予防のために活かしています。また、プロサッカーチーム・いわきFCでも、所属選手の遺伝学的解析による個別のトレーニングプログラムを実施しています。
また、一般の方向けにミトコンドリアDNA解析と2型糖尿病リスク診断と運動指導について企画が進んでいます。ほかに100歳以上の長寿者の遺伝学的背景の解析研究も進めています。前述のとおり、持久力の高い遺伝背景と生活習慣病の発症しにくさが関わることから、持久力を高めることで健康長寿を実現できる可能性があります。さらに言えば、「持久的なトレーニングを積んでいる人は生活習慣病になりづらい」と昔から言われていましたが、それは持久的なトレーニングを積んだから生活習慣病になりづらいのか、そもそも遅筋線維が多いという遺伝的な体質によるものなのか、実はよくわかっていません。そこで遺伝的な側面から観察することで、持久的な能力が生活習慣病にどのように関わってくるのか、メカニズムの解明につながるのではないかと考えています。そもそもアスリートの研究から入った私ですが、いち早く生活習慣病との関わりにも切り込み、研究を続けていくことにも意義を感じています。
今後もスポーツ遺伝学を通じてアスリートのみならず一般の方々へ向けて、幅広く社会に役立つ研究を続けていきます。

研究者Profile

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内藤 久士

Hisashi Naito

大学院スポーツ健康科学研究科
大学院スポーツ健康科学研究科スポーツ健康医科学研究所
教授

1990年 順天堂大学体育学部助手. 1994年 同講師. 1995年 米国州立フロリダ大学運動スポーツ科学センター客員研究員(1997年まで). 2001年 順天堂大学スポーツ健康科学部助教授. 2009年同研究科教授. 2014年より同研究科長(2021年まで)、2016年より同学部長(2019年まで)を務め、2018年よりスポーツ健康医科学研究所所長に就任. 研究分野は運動生理学、体力学. 放送大学および北京体育大学の客員教授、スポーツ庁や日本スポーツ協会などのスポーツや健康体力づくりに関わる専門委員も多く務める.

研究者Profile

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福 典之

Noriyuki Fuku

大学院スポーツ健康科学研究科
大学院スポーツ健康科学研究科スポーツ健康医科学研究所
先任准教授

2000年8月 科学技術振興事業団 技術員
2005年4月 東京都健康長寿医療センター研究所 研究員
2014年4月 順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科 特任研究員
2014年7月 順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科 准教授
2017年4月 順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科 先任准教授