順天堂大学 研究ブランディング
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動脈硬化・不整脈・弁膜症の治療法開発

老化細胞除去ワクチンを開発し
加齢関連疾患の治療に役立てる

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研究代表者

南野 徹

大学院医学研究科循環器内科学 教授

超高齢社会を迎えた現代の日本において、生活習慣病である糖尿病やアルツハイマー病など加齢関連疾患の新たな治療法の確立は、大きな課題となっています。そのなか、順天堂大学大学院医学研究科循環器内科の南野徹教授らの研究グループは、加齢関連疾患への治療応用を可能にする老化細胞除去ワクチンの開発に成功しました。老化細胞と加齢関連疾患の関連性とは? また、なぜワクチンなのか? 代表研究者の南野教授に話を伺いました。

細胞分裂を終え、体内に蓄積される「老化細胞」

ヒトは加齢とともに老化します。私たちの体内においても、細胞が老化する現象があります。細胞には、分裂寿命というものがあり、数十回で細胞分裂は止まり、「老化細胞」として体内に蓄積されていくことが様々な研究から明らかにされています。私は、この老化細胞が加齢関連疾患に関与しているのではないかと考え、20年以上前から研究を続けています。加齢関連疾患とは、糖尿病や動脈硬化といった生活習慣病、アルツハイマー病、慢性腎臓病などを指します。こうした加齢に関わる病気が、細胞の老化によって引き起こされるという仮説は、あまり知られていないでしょう。私たちは、加齢やストレスによって体内の組織に老化細胞が蓄積し、それによって惹起される慢性炎症 2 が加齢関連疾患の発症・進展に関わっていることを明らかにしてきました。さらに、最近は蓄積した老化細胞を除去することで、加齢関連疾患における病的な老化形質を改善する方法の開発に成功しました。この老化細胞を選択的に除去する手法は、「セノリシス」と呼ばれており、これまでにも数々の老化細胞除去薬が開発されてきました。ただ、目的の老化細胞のみを除去する薬剤の開発には課題があり、除去すべきでない細胞までも除去することによる副作用の懸念がありました。そこで、私は薬剤ではなく、ワクチンによって、セノリシスを実現しようと考えています。つまり、老化細胞除去ワクチンの開発です。

「ワクチン」の手法で老化細胞を除去する

ワクチンというとインフルエンザや新型コロナウイルスの例をイメージする方が多いでしょう。老化した細胞を除去するのになぜワクチン?と疑問に思うのは当然でしょう。しかし、病気の原因(蓄積した老化細胞)に対する抗体をつくり、この抗体により病因である老化細胞を除去するという意味で、私の開発した手法はまさに「ワクチン」なのです。その仕組みを詳しく説明しましょう。本来、役割を終えた細胞は免疫により除去されるのですが、老化細胞は消えずに蓄積してしまいます。このやっかいな状態を改善するためには、セノリシスを実現する方法の開発が必要でした。私たちはまず、老化細胞に特異的に発現する老化抗原を同定することにしました。抗原とは、病原菌やウイルスなど(ここでは老化細胞)に対して免疫応答を引き起こす目印となる分子と考えてください。本研究では、老化したヒト血管内皮細胞を実験対象として、遺伝子情報を網羅的に解析。そこから得られた候補から、GPNMBという分子が細胞老化のマーカーとなる老化抗原 3 であることを突き止めました(図1)。

Nature Aging誌オンライン版で成果論文を発表(図1、図2)

そして、ここで取り組んだのが、GPNMBを標的とした老化細胞除去ワクチンの開発です。このワクチンの正体は、GPNMBたんぱく質の配列の一部であるペプチドです。このペプチドを投与することにより、老化抗原GPNMBに結合し免疫応答により老化細胞を除去することができる抗体を体内で作ることができます。これは、がんペプチドワクチンと同じ仕組みと考えていただければいいでしょう。このワクチンが実用化されれば、加齢関連疾患の新規治療の開発につながる可能性が高く、本研究の成果論文がNature Aging誌のオンライン版(2021年12月10日付)で公開されると国内外から多くの反響がありました。今後ますます患者が増えることが予想される糖尿病やアルツハイマー病について老化細胞との関わりを解明し、この技術を役立てていく私たちの研究の医学的意義は大きいと考えています。

図1 老化細胞除去ワクチンによる加齢関連疾患の新たな治療法の開発

図2 老化細胞除去ワクチンの作用メカニズム  

老化細胞除去ワクチンよって誘導される抗体による免疫反応により、老化細胞が選択的にセノリシスにより除去され、慢性炎症が改善する。

大学発ベンチャー企業を創設する計画も進行中

私は、2020年7月に国立大学から順天堂大学循環器内科研究室に移り、研究環境は大きく変わりました。まず、順天堂大学が医学系の基礎研究を力強く推進している点に勇気づけられます。6つの附属病院から得られる臨床データをもとに研究を進められる環境は、研究者にとって、非常に魅力的です。また、学内の共同研究も進んでいます。例えば、老人性疾患病態・治療研究センターとは、加齢関連疾患に関する情報交換を頻繁に行っています。他の研究室の成果を大学全体の成果として、互いに評価し、喜び合うカルチャーは、今までは経験したことがなく、この点にもやりやすさを感じています。現在、大学発ベンチャー企業を創設する計画も進めています。老化細胞除去ワクチンやそれに関連する技術をベースにした研究開発企業です。Nature Aging誌オンライン版での論文発表の効果で、海外のベンチャーキャピタルなどからも多数のオファーがあり、現在、1社ずつオンラインで面談をしているところです。社会的インパクトの大きい研究分野だけに、信頼できる多くのビジネスパートナーと共同で事業を実現したいと思っています。

「アンメッドメディカルニーズ」の高い疾患に
新たな解決策を提示する

本研究の意義は、これまでに有効な治療法が見つからず、医薬品などの開発が進んでいない、いわゆる「アンメッドメディカルニーズ」の高い病気に対して、新たな解決策を提示できる点にあります。私たちは、すでに血管内皮細胞の老化抗原をターゲットにしたワクチンの開発に成功しました。しかし、他の組織の老化細胞では、別の老化抗原が存在することが予想されます。今後は、器官ごと、疾患ごとに異なる老化抗原を標的とするワクチンや治療薬の開発が求められます。これが実現できれば、個別化抗老化医療も可能になるでしょう。アンメッドメディカルニーズの高い疾患の中でも特に治療薬の開発が急務なのが、アルツハイマー病でしょう。認知症の患者は現在、世界で5500万人を超え、日本においても2025年には65歳以上の5人に1人が罹患し、そのうち7割がアルツハイマー病であると推定されています。本研究はアルツハイマー病の治療薬開発につながる可能性が大きく、今後、ヒト臨床応用が期待されています。 人生100年時代——。超高齢社会を迎えた日本において、加齢関連疾患のメカニズムを解明し、人々の健康寿命を延ばす本研究の社会的意義が大きいのは間違いありません。老化細胞除去ワクチンのほか、抗体療法など幅広い選択肢で研究を推進し、早期の実用化を目指していきたいと考えています。

<用語解説>
1 老化細胞: 様々なストレスによって染色体に傷が入ることで不可逆的に細胞分裂を停止した状態になった細胞。細胞老化は、がん発症抑制機構の一つ。
2 慢性炎症: 老化細胞によって分泌される炎症性サイトカインによって惹起される非感染性炎症。
3 老化抗原: 老化細胞に特異的に発現が見られる膜表面に存在する分子。

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