順天堂大学 研究ブランディング
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患者にやさしいがん医療サイエンス

がん患者の痛みに寄り添う
支持医療のガイドラインづくりに
取り組む

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代表研究者

齊藤 光江

大学院医学研究科乳腺腫瘍学 教授

近年、がん治療の研究は急速に進んでいます。しかし、研究現場では、がん患者さんに負担を強いる有害事象の明確な評価基準がないことが問題視されています。そこで注目されるのが、患者さんの苦痛に対処する「支持療法」です。脱毛、吐き気などの苦痛なしで、がんと戦う治療法や薬剤の開発はできるのか——。国内における支持療法のガイドライン策定に携わる順天堂大学大学院医学研究科乳腺腫瘍学の齊藤光江教授に話をうかがいました。

患者さんの苦痛に対処する「支持医療」

「支持医療」という言葉をご存じでしょうか?これは、患者さんの苦痛に対処する治療法のことを指します。終末期医療の意味合いが強い「緩和ケア」とは異なるものです。私は、乳がんの専門医として、長年、治療中の就業支援や治療後の長期的なサポートなど、患者さんのQOL(Quality of Life)向上に努めてまいりました。

抗がん剤治療は、脱毛、吐き気、しびれなどの副作用が伴うことが知られています。しかし、がん治療の研究現場において、これらの有害事象を評価する明確なガイドラインがないのが実状です。そこで私は、がんの臨床医として、日本における支持医療のガイドラインづくりに深く関わってきました。

抗がん剤に加え、ホルモン療法、分子標的薬など、近年のがん治療の研究は急速に進歩しています。重要なのは、とにかくがんを小さくすること。患者さんが抱える有害事象への対応はどうしても後回しになりがちです。効果の高い治療薬の開発は、もちろん大切です。しかしながら、期待通りの効果を発揮する薬剤がある一方、がんのみをターゲットにした分子標的薬の中には、これまで経験したことのない個別性の高い副作用を伴うものもあります。

重篤な有害事象は、病態の悪化もあいまって、臨床の現場ではタイムリーに深く追究することができない歯がゆさがあります。誰に何が起こるのか、どうして起こるのか……というメカニズムを解明する研究も進んでいると思います。しかし、臨床と研究現場の間には距離があることは否めません。

今こそ、患者さんの目線に立って、有害事象で苦しむことのない治療法の開発、さらに、有害事象への対策を明らかにしてから薬剤を世に送り出す仕組みづくりが求められています。

課題はがん医療関係者のコミュニケーション不足

有害事象の少ない創薬や支持医療の進展において、大きな課題となっているのが、がん医療に関わるステークホルダー間のコミュニケーション不足です。例えば、がん治療の新薬開発につながる基礎研究に従事する研究者は、患者さんとの直接的な接点がありません。同様に医薬品メーカーの社員も「営業と勘違いされる」という理由から、患者さんと接点を持つことはほとんどありません。彼らが開発したがん治療薬の最終的な提供先は、医師ではなく、実際に使う患者さんです。それでも治療で苦痛を抱える患者さんの声は、なかなか開発サイドには届かないのです。 また、医師と患者さんも常に本音で語り合えているかという疑問が残ります。忙しくしている主治医に患者さんが気を遣ってしまい、看護師にしか本当のことを話せないといった声を聞くこともあります。また、話しやすさには、診療科間の格差もあり、「先生だから言うんだけど……」と別の診療科にかかっている患者さんから相談を受けることもあります。 医薬品などの承認審査を行う医療行政従事者と医師のパイプも思うほど太くはありません。ましてや行政と患者さんの接点などはなく、臨床現場のことをよく把握しないまま、治験が行われている状況もあります。新薬の副作用を調べるルールが確立しない背景には、こうした理由もあるでしょう。

医療関係者と患者さんの話し合いの場ISPACOS

これらの状況を改善するため、順天堂大学が母体となり、今まで接点のなかった医療関係者と患者
さんがオープンに話し合える場をつくるプロジェクトがあります。それが、2018年に発足したISPACOS(イスパコス)です。これは、International Society of Patient-Centered Oncology Scienceの頭文字を取ったものです。「Oncology」とは、腫瘍学のことで、「患者にやさしいがん医療サイエンス」の国際的研究会と考えていただければいいと思います。

参加者は、医師・看護師などの医療従事者、薬剤師、製薬企業の研究者や社員、医療機器メーカー社員、順天堂大学をはじめとする教育機関の研究者、PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)など医療行政従事者、さらに患者さんとその家族という構成で、いつものバッジを外して、フリートークできる場があれば、医療現場が変わるのではないかと考えました。

コアメンバーは10名ほどで、毎月定例会を行っています。さらに、計20名規模の拡大メンバーもおり、半年に1度のペースで、市民向けシンポジウムなども企画しています。目的は、研究者のシーズと患者さんのニーズをマッチングすることで、ここから新たな研究プロジェクトが生まれ、支持療法への注目度が高まればいいなと思っています。

支持医療の研究発表を世界に向けて発信

支持療法は、現時点では治療の次に位置する付随的な役割を担う存在です。しかしながら支持療法は、医療のエンドユーザーである患者さんに対して、当然行うべきサービスになっていくと考えます。治療と同時に有害事象に対処できるよう、休薬や対症療法以上の治療や有害事象の予測マーカー開発のために、各領域の専門家が一堂に会し、情報共有と課題に向けた協働を行う場を目指しています。

研究会の名称を「International〜」としたのには、支持医療の研究発表を日本国内だけでなく、世界に向けて発信したいという想いもあります。現在はタイ、カンボジアなどASEAN諸国で医療に従事する日本人メンバーもいて、コロナ前の2019年にはバンコク支部主催のシンポジウムも開催しました。

順天堂大学でも地道に支持医療を知ってもらう活動を行っています。それが、医学部の4・5・6年生を対象にした「臨床実習」です。毎年6〜10名くらいのグループで臨床を訪れ、がんを抱える患者さん一人ひとりと会話をし、どんなつらさを背負っているかに耳を傾けます。また、患者さん本人や家族の手記を読んで、その感想を参加メンバーと語り合います。学生から「こんなに仲間と深く話をしたことがなかった」という声が上がることもあります。患者さんの立場に立ったエビデンスベースの医療を提供する上で、支持医療の現状を知る意味は大きいでしょう。

一般の方にも「支持医療」を知ってもらいたい

海外には、MASCC(Multinational Association of Supportive Care in Cancer/国際がんサポーティブケア学会)という支持療法の国際学会があり、シンポジウムには各国から5万人が集まる規模で活動をしています。さらに、MASCCの日本支部にあたるJASCC(Japanese Association of Supportive Care in Cancer/日本がんサポーティブケア学会)という団体もあります。 今年(2022年)は、MASCCの国際学会が奈良で開催されます。今回、私は大会長として、参加する予定です。会場では、「AI・ロボティクスと支持医療の融合」をテーマにシンポジウムなどを企画しています。ぜひ医療従事者だけでなく、さまざまな分野で活躍している一般の方々にも参加いただきたいです。今後はこうした国際的な組織とも連携しながら、日本における支持療法のガイドラインや治験のルールづくりに取り組んでいきたいと思っています。

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