DNA損傷および修復の新規制御化合物を探索する大規模な解析システムを構築

研究代表者
健康総合科学先端研究機構特任助教 砂田 成章

生物における重要な遺伝情報を担う細胞内のDNAは、放射線や化学物質の影響、体内の異常などによって、常に外部・内部から傷つけられています。生命の設計図であるDNAにエラーは許されないため、細胞は精密なDNA修復機構により傷を修復しています。健康総合科学先端研究機構の砂田成章特任助教は、こうしたDNA損傷および修復のメカニズムを解明し、がんの予防や治療に役立てる創薬研究に取り組んでいます。独自に構築した大規模DNA損傷修復解析システムを利用した研究は、文部科学省の「卓越研究員事業」に採択されています。

DNA損傷および修復とがん

今この瞬間にも私たちの体内では、膨大な数のDNA損傷が発生し、その損傷数は、1細胞あたり1日に数万から数十万と推定されています。しかし、その応答としてDNA修復機構が一所懸命働き、ほとんど全ての傷を元通りに修復します。ただ、この精密なDNA修復機構にも非常に小さな確率ですが、エラーが起きます。その場合は、アポトーシス(細胞死)などエラーを細胞ごと排除するシステムが作動します。しかし、こうした排除システムさえもすり抜ける異常が、最終的に「遺伝子変異」として固定化されると考えられています。このような遺伝子変異が蓄積されていくと、さまざまな細胞機能の異常も積み重なり、時として細胞のがん化が起こります。また、細胞老化の促進にも関係すると考えられています。

私の研究対象は、こうしたDNA損傷および修復機構です。特にDNAの損傷や修復を制御する因子を見つけ出して、がんの予防や治療に役立てるのが主な狙いです。そのような研究を推進するための研究基盤として、大規模DNA損傷修復解析システムを独自に構築し、新たな研究分野創出の可能性を模索しています。

研究キーワードは「DNA二本鎖切断」

DNA損傷修復の基礎研究においては、現在でもさまざまな新規制御因子が見つかっており、機構の全貌が徐々に明らかになっています。
応用研究例も多岐にわたります。前述の通り、DNA損傷の形成やDNA修復の失敗は「発がん」に深く関わります。そこで、DNA損傷や修復機能を迅速に評価するシステムを構築することで、現在でも問題となっている生活環境中に存在する膨大な数の化学物質に対する発がん性の評価、つまり化学物質の安全性評価が可能になります。
他方で、修復が困難なほどのDNA損傷が起こると細胞死が誘導される特徴を利用し、がん治療に応用する研究もあります。新たなDNA損傷修復メカニズムの解明を軸に抗がん剤を開発し、がんの制御に役立てるわけです。

ここでキーワードになるのが、DNA二本鎖切断(double-strand break:通称DSB)です。これは、修復が最も困難であり、細胞にとって深刻なDNA損傷形態のひとつになります。私は、塩基損傷や一本鎖切断をはじめ様々な形態のDNA損傷が、修復が失敗した際にDSBに変換されることに着目しました。電離放射線など、直接DSBを形成する場合もあります。そこで、がん応用研究の遂行にあたり、多様なDNA損傷修復イベントにおいて見られる「DSB形成」を迅速に検出することを突破口として、応用研究例で示すようなDNA損傷修復を制御する化合物を見つけ出そうと考えました。

はじめに私は、化学物質の発がん性評価に資する解析法の構築を目的に、2019年から AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の助成を受け、多種多様な化合物により細胞内で引き起こされるDSBを定量するスクリーニング法の構築に取り組んできました。DSBの指標となる分子(γH2AX;ヒストンH2AXのリン酸化)を高精度に検出、定量化する手法を軸に、その工程を高速化した「ハイスループットDSB定量法」を構築しました。これを利用して、機能が不明なものも含め1万種以上の化合物を対象にDNA損傷性としてDSB形成能をスクリーニング評価した結果、DNA損傷性を有する多数の化合物を検出することができました。今後、これらの化合物が本当に発がん性を示すかの検証は必要ですが、本法が発がん性評価における一つのアプローチとなり得ることが示されました。さらに、スクリーニングを通して見出したDNA損傷性が高い化合物のいくつかについては、抗がん剤候補としての開発が期待され、現在も研究を続けています。

数十万種の化合物を対象とした大規模探索システムを構築

ハイスループットDSB定量法を構築後は、主にがん創薬研究に舵を切り、日夜薬の種となり得る化合物を探索しています。本解析システムを稼働して以来、解析精度およびスピードは、従来技術と比べ格段に向上し、年間でおよそ2万種の化合物のスクリーニングが可能になりました。一方で、アカデミア発創薬を支援する産学協働スクリーニングコンソーシアム(DISC)などでは、約30万種もの大規模な化合物ライブラリーを保有しており、当該解析システムを以ってしても限定的な範囲でしか化合物探索ができないという課題がありました。

そこで、卓越研究員事業では、このような大規模な数の化合物の解析を可能とする手法構築を目的に、解析システムのさらなる高速化を図りました。ここで、DNA損傷修復制御を起因としたDSB形成量の変化と、それが引き起こす細胞増殖への影響に着目しました。すなわち、DSB形成量が増加すると細胞増殖が抑制され、DSB形成量が減少すると細胞増殖が促進することを利用します。具体的には、まず画像解析により細胞増殖をきわめて迅速に評価する手法を用い、大規模化合物を対象とした1次スクリーニングを実施します。これにより大部分の化合物はふるいにかけられ、細胞増殖に影響する化合物が絞り込まれます。一方、DSB形成以外にも細胞増殖へ影響を与える機能は多様に存在します。そこでさらに、絞り込んだ化合物を対象に、前述のハイスループットDSB定量法を用いた2次スクリーニングを実施することで、真にDNA損傷修復を制御する化合物が見出されます。試験的に数万種の化合物をスクリーニングした結果、これまでよりもさらに迅速に薬の種を見出すことができ、大規模な解析システムの構築に成功しました。

一方、この解析システムは、「DSB形成量」および「細胞増殖」を指標に、DNA損傷修復の制御化合物を探索するいわゆる「表現型スクリーニング」を採用しています。この探索方法は、化合物が作用した結果起こる表現型を直接解析するため、疾患そのものに効果を示す化合物を見出しやすいという特徴があります。その反面、化合物がどのような分子に作用してDSB形成等に関わっているかが不明であることが多く、個々の化合物の機能解明に多大な時間を要することがあります。今後、スクリーニングにより見出した化合物の機能を迅速に解明する解析法を新たに開発・導入し、ワンストップの効率的な化合物探索法の構築を目指します。

革新的な抗がん剤やアンチエイジング剤の開発につながる可能性も

研究を進めるにあたり、順天堂大学の支援には大いに助けられています。チャレンジングな研究をする上で、研究費の獲得は重要な要素です。順天堂大学ネットワークの後ろ盾がある状況で、大型の研究費への応募に挑戦できる環境は非常にありがたいです。
また、研究基盤センターには、最先端の質量分析器や次世代シークエンサーなど多様な分析機器が配備されています。常駐スタッフの方々も専門的なサポートをしてくださるので、新たな解析手法を取り入れやすい環境が整っています。

また、メンター教員として腫瘍内科の加藤俊介教授からは、同じ目線に立って指導いただいています。研究成果の社会還元を目指す上で、臨床との距離の近さは大きな強みになります。化合物探索を通して見出したがん治療薬候補の臨床応用を学内で実現することも期待でき、まさに基礎から応用まで一貫した研究推進体制が構築されています。

本事業にて構築した大規模解析システムを用いたスクリーニングを通して、これまでにDNA損傷性を示す多数の新規化合物候補を見出しています。興味深いことに、これまで想像もしなかった制御機能を示す化合物も複数見つかっており、それらを応用した新たながん治療薬開発が期待されます。そのうちの一つは、特定のがん種を対象とした分子標的薬候補として、AMED次世代がん医療加速化研究事業において研究課題が採択され、将来的な実用化を目指しています。

また、DNAの修復を促す可能性を示す化合物も複数見出しています。DNA損傷の蓄積は細胞の老化を促進するため、これらは、アンチエイジング剤の開発につながることが期待されます。このように新たな機能を示す多様な化合物を発見することで、DNA損傷修復制御機構を詳細に解明する基礎研究への波及効果も期待できます。順天堂大学発の大規模DNA損傷修復解析システムを駆使することで、新たな学問分野の創出も模索したいと考えています。

研究者Profile

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砂田 成章

Shigeaki Sunada

健康総合科学先端研究機構
特任助教

2012年東京大学工学部卒業. 2017年東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻修了. 東京医科歯科大学難治疾患研究所分子遺伝分野特任助教、同大学助教などを経て、2021年度文科省卓越研究員として選定され、2022年1月より現職.