「糖脂質」という新たな因子でパーキンソン病の病態解明に挑む

研究代表者
健康総合科学先端研究機構特任助教 秋山 央子

パーキンソン病の病態解明を目指し、世界中でさまざまな研究が進められています。遺伝子解析やタンパク質の網羅的解析が主流のなか、脂質に注目した研究も2000年代から行われてきました。健康総合科学先端研究機構の秋山央子特任助教が取り組むのは、「グルコシルセラミド分解酵素を介したパーキンソン病発症機構の解明」。糖と脂質が結合した「糖脂質」とそれを分解する酵素を分析し、パーキンソン病の病態解明に新たな可能性を提示しています。本研究課題は、文部科学省の「卓越研究員事業」に採択されています。

セラミドとグルコースが結合した「糖脂質」

「セラミド」という成分をご存じでしょうか? 普段、「セラミド配合化粧水」などを使っている方も多いでしょう。セラミドとは細胞内の脂質の一種で、水分の蒸発を防ぐ働きがあり、一般向けには皮膚の保湿成分として知られています。

私の研究対象であるグルコシルセラミドは、セラミドに単糖のグルコースが結合したもので「糖脂質」の一種として知られています。研究において、私が注目しているのは、この糖脂質を分解する「グルコシルセラミド分解酵素」です。細胞内のリソソームに局在する「GBA1」、小胞体やゴルジ体に局在する「GBA2」のほか、哺乳類では計4種類の酵素が同定されています。

この「グルコシルセラミド分解酵素」を介したパーキンソン病発症機構の解明が、現在の研究テーマになります。GBA1は1960年代に発見された酵素で、肝臓や脾臓の肥大などが引き起こされる「ゴーシェ病」は、GBA1の機能不全によって発症することがわかっており、パーキンソン病との関連も指摘されています。特に日本人においては、GBA1の遺伝子におけるヘテロ接合型変異はオッズ比28倍の最も強力なパーキンソン病発症のリスク因子になっています。これはGBA1の変異がある人は、健常者と比べて28倍もパーキンソン病になる危険性が高いことを示しています。

グルコシルセラミド分解酵素とパーキンソン病発症の関連を調べるこの研究において、私がもうひとつ注目しているのが、同じく糖脂質の一種である「ステロール配糖体(SG)」です。ステロールはコレステロールに代表される脂質で、これにグルコースなどが結合したものが「SG」と呼ばれる成分です。

私は学部時代から脊椎動物におけるSGに着目した研究を行ってきました。SGはバクテリアからヒトまで広く保存されていますが、動物ではその合成経路が不明でした。私は博士前期課程の頃、その合成経路を偶然見つけたのですが、それは他の生物ですでに知られていたものとはまったく別のものでした。その後、動物においては、SGの合成が、グルコシルセラミド分解酵素として知られていたGBA1とGBA2によって行われていることを明らかにし、GBA1とGBA2はともにパーキンソン病で酵素活性が低下することが知られていたため、私はSGも神経変性疾患に関与しているのではないかと予想しました。

脳内におけるSGの働きを明らかにする

パーキンソン病研究の世界では、2009年に、日本を含めた大規模な国際共同研究により、GBA1遺伝子におけるヘテロ接合型変異が孤発性パーキンソン病の最も強力な遺伝的リスクであることが明らかになりました。この発表をきっかけに、パーキンソン病研究に携わる多くの研究者が脂質の研究分野に参入し、2009年以降、GBA1に関する論文が爆発的に増えました。

興味深いことに、GBA1遺伝子のヘテロ接合型変異では、GBA1だけでなくGBA2の活性も低下します。GBA2の遺伝子変異は、小脳失調や遺伝性痙性対麻痺など、運動神経の変性により発症する疾患の原因であることがわかっています。これらの疾患では、脂質代謝異常が疾患発症にかかわる可能性が高いのですが、詳しい分子基盤などはまだわかっていません。

そこで私が挑んだのが、脳内におけるSGの働きを明らかにする研究です。まず、第一歩は、脳内のSGの存在を明らかにすること。そこで、糖脂質研究の権威である理化学研究所の平林義雄先生に相談し、2013年から基礎科学特別研究員という立場で、理化学研究所でこの研究に従事しました。具体的には、ニワトリの胎児やラットの脳から脂質を抽出し、独自の構造解析を行い、脳内にもSGが存在することを発見しました。現在も順天堂大学に所属しながら、理化学研究所でも客員主管研究員として研究を継続しています。

こうした研究によって、私は今までに、GBA1とGBA2がグルコシルセラミド分解だけでなく、脳内においてもSGの合成・分解を行うことを世界で初めて明らかにすることができました。GBA1、GBA2、SGの代謝には、確実に重要な生理的意義があり、パーキンソン病などの神経変性疾患発症にも関与している可能性があります。しかし、SGを特異的に認識する脳組織内での局在解析を行う手法は確立されておらず、このことが本研究の発展を妨げる主要因になっていました。

そこで現在、組織切片の表面から脂質抽出を行うロボットシステムと特殊な質量分析計を連動させた新たな分析システムを独自開発しています。これにより、マウスなどの脳切片から脂質を抽出し、液体クロマトグラフで脂質の分離を行った後、質量分析計でSGなどの糖脂質を分析する新たなアプローチが可能になります。

早期診断マーカーや創薬の開発につながる可能性も

パーキンソン病の治療は現在も対症療法のみで、発症を予防する未病対策や根治療法は未だに見つかっていません。この研究の成果により、GBA1、GBA2の活性低下に起因した脳内脂質の定量的局在解析が実現すれば、脳部位特異的な脂質代謝変化と病態の相関関係が明らかになります。独自開発した分析システムを用いて、代謝変動が生じる脂質を同定できれば、早期診断マーカーや創薬標的としての有用性も期待できます。

6つの附属病院を抱える順天堂大学の臨床とのつながりにも期待しています。順天堂大学は、パーキンソン病研究が盛んなことに加えて、脂質に関する学術的知見を臨床で応用できる環境であるため、学内の共同研究の可能性も模索したいですね。

私の夢は、世の中で苦しんでいる人を助けることです。学生時代、将来自分が研究者になるとはまったく予想していませんでしたが、ずっと続けてきたSGの研究が神経変性疾患の病態解明につながる可能性を見出し、研究を続ける決心をしました。目標は、この研究をパーキンソン病の病態解明の糸口になるだけでなく、早期診断マーカーや創薬の開発につなげること。病に苦しむ人をひとりでも多く救えるように努力を続けていきます。

研究者Profile

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秋山 央子

Hisako Akiyama

健康総合科学先端研究機構
特任助教

2011年お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士後期課程修了. 2011年 同リサーチフェロー. 2013年理化学研究所基礎科学特別研究員. 2016年同研究員. 2018年ライデン大学訪問研究員. 2021年度文科省卓越研究員として選定され、2022年1月より現職. 2018年お茶の水女子大学賞第3回黒田チカ賞.