なぜ、かゆい?
(1) そもそもかゆみとは?
かゆみは、「引っ掻きたくなるような不快な感覚」と定義されますが、実は、かゆみは体(カラダ)を守る防衛反応のひとつなのです。
皮膚に異物が付いた際に、かゆみを感じることによって、異常が起きている場所を私たちに知らせ、その異物を掻いて取り除こうとする行動を起こすことから、かゆみは一種の生体防御反応であると考えられています。
最近の研究では、吐き気と吐くことに関係する仕組みと、かゆみと掻くことに関係する仕組みが似ていると考えられています。吐き気も食べたものに異常があることで生じる感覚であり、吐くことで異物を体の中から除去します。このことからも、吐き気と類似の仕組みをもつかゆみが体を守る防衛反応であることが推察できます。
さらに、かゆみは体の異常を知らせるサインであることも分かってきました。例えば、がんではその発見に先だって、なかなか治らないかゆみを感じたり、内臓疾患では全身に湧き上がるようなかゆみを感じることがあります。
(2) どうしてかゆくなるの?
私たちにとって「痛み」や「かゆみ」は大切な皮膚感覚です。かゆみは、痛みとよく比較され、両者とも神経を伝わって感じることから、かつては「痛みの神経が感じる弱い痛みがかゆみである」と考えられていました。
私たちは経験的に「痛み」は皮膚だけでなく体の内部でも感じることを知っていますが、「かゆみ」は体内の臓器では感じません。「胃が痛い」ということはあっても、「胃がかゆい」ということはないことから、痛みとかゆみを脳に伝える神経はそれぞれ別々の神経であるという説が提唱されました。今では、この説は正しく、痛みとかゆみは異なる神経によって脳に伝えられること、かゆみを伝える神経は「C-線維」とよばれる細く、伝導速度(情報を伝える速度)が遅い神経であることが明らかになりました。最近の研究では、伝導速度の速い神経であるA-線維の一部もかゆみの伝達に関わることが明らかにされています。
かゆみを伝える神経の末端部分は、皮膚の表皮と真皮の境界部近くに存在します。例えば、皮膚の表面が外界から刺激を受けたり、体の中で生じたアレルギー反応によってかゆみを起こす物質が放出されたりすると、神経線維の末端部分がこれらの刺激を受け取って、その情報を脳へ伝え、脳が「かゆみ」として認識します。かゆみの刺激を受け取っているのは皮膚でも、実際にかゆみを感じているのは脳になるというわけです。
例として、かゆみを引き起こす物質としてヒスタミンが有名ですが、ヒスタミンが神経にはたらくと、脳でかゆいと感じます。
一端、かゆみが生じると私たちはかゆい場所を引っ掻きます。掻くと最初は気持ちが良いですが、その後は痛みが生じるために掻くことを止めますが、同時にかゆみも鎮まります。
それでは、なぜ、引っ掻くとかゆみが鎮まるのでしょうか。
最近の研究から、皮膚から脳へ感覚情報を伝える中継地点の脊髄のなかで、痛みの神経回路はかゆみを伝える神経回路を抑制することが明らかにされました。すなわち、かゆいところを引っ掻くと痛みの神経回路が活動し、それがかゆみの神経回路の活動を鎮めるわけです。後述するように、アトピー性皮膚炎の患者さんでは「掻いても掻いてもかゆい」と訴える場合があります。近年、この原因の一つに、前述した「痛みによる鎮痒の仕組みの異常」が関係しているのではないかと推察されています。
(3) どうして掻くといけないの?
かゆいところを掻くと一時的に「気持ちいい」と感じます。しかし、掻き過ぎると、皮膚を傷つけたり、湿疹などの皮膚のトラブルが悪化したりするだけでなく、わずかな刺激にも反応してかゆみが起こりやすくなる「かゆみの悪循環」を発症します。
かゆみを感じると、ついつい掻いてしまいます。掻くと気持ちが良いし、ひりひりするまで掻いてしまえば、しつこいかゆみから一時的に逃れることができます。
しかし、強く掻くと皮膚のバリア機能、すなわち外からの異物に対する防御機能が低下してしまいます。また、体の中から水分が外に逃げてしまい、皮膚から水分が失われることで乾燥肌になります。
バリア機能の弱まった皮膚からは、アレルギー反応を引き起こすアレルゲンなどが体内に入りやすくなり、衣服のこすれなどのちょっとした刺激によってもかゆみ神経を刺激することでますますかゆくなります。
また、かゆいところを掻くと皮膚に存在する細胞から炎症を促すさまざまな物質やかゆみの神経にはたらく物質が放出されて、結果的に皮膚炎がさらに悪化し、かゆみも強くなります。
いったん掻き始めると、そのまわりの皮膚もかゆくなったりします。すると、もともとかゆかった場所よりも広い範囲を掻いてしまい、皮膚のダメージは広がり、皮膚炎はどんどん悪化します。例えば、アトピー性皮膚炎の患者さんのしつこいかゆみは、この「かゆみの悪循環」が原因であると考えられています。
掻き過ぎ厳禁!
かゆみの悪循環を止めるためには、まずかゆみを止めることが大切です。かゆいときにはかゆい部分を冷やしたり、別のことに意識を集中し、気を紛らわす工夫をすると良いでしょう。
(4) かゆみ過敏はどんな時?
乾燥肌 (ドライスキン)
皮膚は、外側から表皮、真皮、皮下組織などに分かれています。表皮の厚さは0.2 mm 程度ですが、最も外側は何層もの角質細胞がレンガの塀のようにぎっしりと積み重なって「角層」とよばれる構造を作っています。
角質細胞の隙間は「セラミド」とよばれる脂質が埋めており、例えばレンガ同士を接着するコンクリートの役割と、水をためる役割を果たしています。
さらに、一番外側は「皮脂膜」とよばれる汗と皮脂が混ざり合ってできた薄い膜が、皮膚表面をコーティングしています。
こうした角層の構造は、外界の刺激から体を守ると同時に、体内の水分が外に漏れ出るのを防ぐバリアの働きをしています。
ところが、加齢などの理由でセラミドをつくる力が低下すると、セラミドの量が減少します。セラミドの量が減少すると、角層のレンガ構造が崩れ、バリア機能が低下します。さらに、季節、特に冬場は空気の乾燥や冷たい風によって、水分が蒸発しやすくなります。すると、皮膚の水分がどんどん失われて、カサカサの乾燥肌になります。
乾燥肌になると、通常なら皮膚の表皮と真皮の境界部にとどまっているはずのC-線維が、角層のすぐ下、すなわち体の表面近くまで伸びてきます。
この状態になると外界の刺激に対してC-線維が敏感になるため、衣服がこすれたり、石鹸を使ったりといったわずかな刺激でもかゆみを感じるようになります。アトピー性皮膚炎、乾癬、乾皮症などの皮膚疾患に加えて、透析患者さんの肌はこのような乾燥肌の方が非常に多く、かゆみの刺激に過敏になっていることが考えられます。
オピオイドによるかゆみ
かゆみの原因は皮膚局所にある場合が多いですが、最近ではこれとはまったく異なる原因で起こるかゆみがあることがわかってきました。
それがオピオイドによって生じるかゆみです。強力な鎮痛薬として使用されるモルヒネは、痛みを鎮める作用と同時に、かゆみを起こす作用があることが知られていました。
私たちの体内では、モルヒネと同じ働きをするオピオイドとしてベータエンドルフィンという物質が作られていますが、この物質が増えると強いかゆみが起こります。体内には、ベータエンドルフィンとは逆に、かゆみを抑えるオピオイドとしてダイノルフィンという物質があります。
ベータエンドルフィンとダイノルフィンはそのバランス(割合)によってかゆみを強めたり弱めたりすると考えられています。
例えば、強いかゆみに悩まされている透析患者さんでは、血液中のベータエンドルフィンの量がダイノルフィンの量に比べて多いことがわかっています。この2つの物質のバランスの異常が、透析患者さんのかゆみの原因の一つであると考えられています。
こうしたかゆみを和らげるために、体内のダイノルフィンの割合を増やせば良いのではないかという発想で長い間研究が行われてきました。
現在では、その努力が実り、ダイノルフィンと良く似た働きをする内服薬が透析患者さんのかゆみ治療薬として使われています。また、最近の研究ではこの内服薬は原発性胆汁性肝硬変の強いかゆみにも効果があることがわかってきました。
(5) なかなか治らないかゆみとは?
なかなか治らないかゆみを理解するためには、かゆみを引き起こす物質として有名なヒスタミンについて知ることが大切です。
皮膚のなかにはヒスタミンを作る細胞が存在しており、その代表が肥満細胞(ひまんさいぼう)です。皮膚に存在する肥満細胞が刺激されると、ヒスタミンを分泌します。分泌されたヒスタミンは、血管にはたらきかけ、皮膚が赤くはれます。また、ヒスタミンが神経にはたらくと強いかゆみを起こします。これが蕁麻疹(じんましん)で、蕁麻疹のかゆみはヒスタミンが神経にはたらきかけることで生じることから、かゆみの第一選択薬である抗ヒスタミン薬によってかゆみが鎮まります。また、皮膚の表皮ケラチノサイトもヒスタミンを作り、分泌することもわかっています。イラクサなどの植物のとげにヒスタミンなどが含まれている場合もあり、そのとげが皮膚に刺さることによってもかゆみを感じます。
ヒスタミンを分泌させる刺激とは?
接触アレルギー
肌に何かが接触するとそれが刺激となってかゆくなることがあります。「かぶれ」ともいいます。
- 植物アレルギー:ウルシ、タンポポ、イチョウなど
- 金属アレルギー:アクセサリー、虫歯や矯正の金属など
- 化粧品:口紅、染毛剤、日焼け止め、アロマオイルなど
- 薬:湿布、ばんそうこう、目薬、防腐剤、消毒薬など
- その他:ゴム手袋、歯みがき粉、シャンプー、洗剤など
食物アレルギー
食べると蕁麻疹を起こしやすい食品があります。青魚、エビ、カニ、そば、ナッツ類、卵、肉、乳製品、アルコール類などです。
虫刺され
虫に噛まれたり刺されたりすると、赤く腫れてかゆみを感じます。毒の成分にヒスタミンなどが含まれていてかゆみや炎症を起こします。蜂、ムカデ、蚊、アブ、毛虫、ガなどです。
温度変化
冷えていた体が急に温まったり、その逆の温度変化が起こると、広い範囲でかゆみを感じることがあります。お風呂やスポーツ、暖房器具などが原因になります。
ストレス
勉強や仕事などで生じる強いストレスによってかゆみを強めることがあります。
しかし、抗ヒスタミン薬を内服しても効果が無く、なかなかかゆみが鎮まらない場合や、何度も繰り返し、かゆみが生じる場合には、ヒスタミン以外の原因によってかゆみが起きていることが考えられます。
最近の研究では、ヒスタミン以外のいろいろな物質によってかゆみが引き起こされていることがわかっており、例えば、セロトニン、タンパク質分解酵素、脂質、サイトカインなどがあります。肥満細胞はヒスタミンだけでなく、その他のかゆみ物質も分泌することがわかっています。
これらのヒスタミン以外のかゆみ物質は肥満細胞だけでなく、免疫細胞や表皮ケラチノサイトなどでも作られ、分泌されます。
前述したように、乾燥肌になるとかゆみのC-線維が体の表面近くまで伸びています。この神経が外界の刺激である衣服のこすれなどの刺激を受けることでもかゆみが起こりますが、このようにして生じたかゆみにヒスタミンは関与していないため、抗ヒスタミン薬が効きません。
抗ヒスタミン薬を使ってもかゆみが改善しない場合には、アトピー性皮膚炎や内臓疾患などを疑って、早めに受診することが大切です。こうした病気に伴うかゆみは、前述したようにヒスタミン以外の原因でかゆみが起きているために、抗ヒスタミン薬が効きにくいと考えられます。
特に注意したいのは、内臓疾患によるかゆみです。単なるかゆみと思って放置していると、病気そのものが悪化する可能性があります。かゆみをともなう内臓疾患として、糖尿病、腎不全、肝硬変の一種(原発性胆汁性肝硬変)、内臓がんなどがあります。
内臓疾患によるかゆみは、抗ヒスタミン薬でかゆみが改善しないことに加えて、肌には目立つ異常はなくても夜も眠れないようなかゆみがしつこく起こり、乾燥肌の特徴がみられる場合があります。なかでも、透析患者さんや原発性胆汁性肝硬変患者さんのかゆみには、前述した脳内モルヒネともいわれるベータエンドルフィンが関与することが分かっています。
なかなか治らないかゆみが起こったときには病院に行き、検査を受けると良いでしょう。
治りにくいかゆみを伴う病気
皮膚のかゆみ
乾皮症、乾癬、接触性皮膚炎(かぶれ)、アトピー性皮膚炎、結節性痒疹、帯状疱疹など
全身のかゆみ
腎不全(透析のかゆみなど)、肝疾患(原発性胆汁性肝硬変)、糖尿病、がん、血液疾患(真性赤血球増加症)、皮膚瘙痒症(ひふそうようしょう)など。
*皮膚瘙痒症(ひふそうようしょう):かゆみの原因となる明らかな発疹が無いにも関わらず(掻くことで二次的に掻破痕が生じることはある)、 皮膚にかゆみが強く自覚される病態。
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