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研究


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遺伝性パーキンソン病

 パーキンソン病の5-10%に遺伝性のものが見られます。最近その原因遺伝子群が明らかにされつつあり、分子生物学的アプローチが可能となりました(表1)。これら遺伝子の変異により中脳黒質のドーパミン神経が変性し、パーキンソン病が発症することが分かっていますが、それぞれの遺伝子産物の変異が神経変性にどのように寄与しているのか、共通の神経変性メカニズムが存在するのかはよく分かっていません。

図1

図1. PINK1, Parkinモデルショウジョウバエはミトコンドリア変性を示す
ショウジョウバエもPINK1Parkin遺伝子を持ち、これらのノックアウト(-/-)ショウジョウバエは、筋肉(右)やドーパミン神経(左)のミトコンドリア(写真内、緑色)が変性(巨大なミトコンドリアの塊が変性像)し、羽が下垂します(矢頭)(Imai, PLoS Genet. 2010)。PINK1ノックアウトショウジョウバエに、外からParkin遺伝子を入れると、ミトコンドリアの変性が改善します(それぞれの写真の右端)。

表1

表1. パーキンソン病原因遺伝子
AD; 常染色体優性遺伝、AR; 常染色体劣性遺伝、AS; 感受性遺伝子。?は未同定・未解明を意味します。PARK21は、同一の家系より、2つの遺伝子(DNAJC13、TMEM230)のバリアントが見つかっており、どちらが病因遺伝子であるかは不明です。青は小胞輸送に関連する遺伝子、緑はミトコンドリアに関連のある遺伝子、オレンジはその他の機能をもつ遺伝子です。遺伝子産物は様々な機能をもつタンパク質ですが、これらが独立に機能しているのか、あるいは共通の病理経路で作用しているのか、ということは解明すべき重要な課題です。我々はショウジョウバエをモデルとして、ParkinPINK1に遺伝的相互作用があることを明らかにしました(Yang, PNAS 2006)。

パーキンソン病モデルショウジョウバエ

 

 この問題を明らかにするため、分子遺伝学的解析に適し寿命が短いショウジョウバエを用いて解析を行っています(図1, 5, 6)。ショウジョウバエもドーパミン神経を持ち、ヒトと同じように老化します。例えば、運動能力・認知能力の低下、脂質の酸化、生殖能力の低下などが見られます。マウスをモデルとし複数のパーキンソン病遺伝子の関係を明らかにするには数年かかりますが、ショウジョウバエを用いると1年以内にその関係を知ることができます。
 私たちは、モデルハエを使って、表1にあるミトコンドリアに関係するパーキンソン病原因遺伝子(図7)と小胞輸送に関係するパーキンソン病遺伝子(図8-12)の機能とその変異による神経変性のメカニズムを明らかにしようと取り組んでいます。

   

プロテオミクス解析

   分子遺伝学的解析のみでは、パーキンソン病原因遺伝子から作られるタンパク質の働きは分かりません。パーキンソン病の病因変異がタンパク質の働きにどのように作用するかは、株化細胞、初代培養神経の培養やプロテオミクス解析により研究しています。また、パーキンソン病モデルマウスを使って、タンパク質の働きを解析することもあります。ミトコンドリアの機能維持に働くパーキンソン病原因遺伝子PINK1とParkinの役割は、培養細胞でも明らかにしてきました(図2-4)(Shiba-Fukushima, Sci Rep. 2012; PLoS Genet. 2014b)。

図2

図2. PINK1-Parkinシグナルによるマイトファジー(ミトコンドリアのオートファジー)
PINK1-Parkinシグナルは不良ミトコンドリアを以下のようなステップを経て除去する。
@膜電位の低下した不良ミトコンドリアは分断され、C再融合しない。A膜電位の低下したミトコンドリア上でPINK1が蓄積し、キナーゼ活性が活性化する。DPINK1によりParkinが活性化され、Parkinは細胞質からミトコンドリアへ移行する。次にParkinはミトコンドリア外膜タンパク質群をユビキチン(Ub)化する。E〜Gユビキチン化を受けたミトコンドリアにTBK1, Optineurin, LC3などのオートファジー関連タンパク質がリクルートされ、不良ミトコンドリアはオートファジー経路で分解される。

図3

図3 PINK1によるParkin活性化メカニズム
定常時、Parkinは細胞質で不活性な状態としてコンパクトに折り畳まれている。ミトコンドリア機能障害により膜電位が低下するとPINK1が活性化する。活性化PINK1によりリン酸化(Ⓟ)されたユビキチン(Ub)がParkinのRING1-IBR領域に入り込むことによりParkinの構造が緩み、次にPINK1がParkinのユビキチン様領域(Ubl)をリン酸化する。これによりユビキチンリガーゼ活性中心が露出し、Parkinが活性型ユビキチンリガーゼとなる。

図4

図4 ミトコンドリア上でのリン酸化ポリユビキチン鎖形成によるParkinの移行モデル
Parkinは不活性型のユビキチンリガーゼとして細胞質に局在する(左)。
ミトコンドリアが損傷し膜電位が低下すると、PINK1が蓄積・活性化し、Parkinのユビキチン様ドメインをリン酸化する。ミトコンドリア上にポリユビキチン鎖が形成され、さらにPINK1がこれをリン酸化する。Parkinはリン酸化ポリユビキチン鎖に親和性があり、ミトコンドリアへ局在化する(中央)。
リン酸化ポリユビキチン鎖に結合したParkinは、ユビキチンリガーゼ活性が活性化し、ミトコンドリア外膜タンパク質にポリユビキチン鎖を繋ぐ。さらに、このポリユビキチン鎖をPINK1がリン酸化することにより、ミトコンドリア外膜上でリン酸化ポリユビキチン鎖の増幅反応が起こり、Parkinの迅速なミトコンドリア移行と活性化が達成される(右)。
Ub;ユビキチン, P;リン酸化, S; ミトコンドリア外膜上のユビキチン化基質タンパク質。

(下の囲み)最初のリン酸化ポリユビキチン鎖はどのように形成されるか?
PINK1によりリン酸化を受けたモノユビキチンによってParkinが活性化される。活性化されたParkinは自由拡散によりミトコンドリア上の基質をユビキチン化し、それをPINK1がリン酸化修飾する可能性(モデル1)と、Parkin以外のユビキチンリガーゼによって生理的にユビキチン化修飾を受けるミトコンドリア外膜タンパク質のユビキチン鎖がPINK1によりリン酸化され、それがParkinのミトコンドリア局在の最初の足場として使われる可能性(モデル2)が考えられる(Shiba-Fukushima,PLoS Genet. 2014b; 図は、今居ら 実験医学 2014より転載)。

臨床サンプルでの研究

  順天堂大学神経学講座と協力して、パーキンソン病患者さんから単離した培養細胞(iPS細胞)も用いたりもします。ショウジョウバエやプロテオミクス解析で分かったことが、患者さんの体の中で起こっているかどうか確認するためです。例えば、ショウジョウバエモデルで見つけたParkinのユビキチン化基質にMiroがあります。Miroはミトコンドリアの輸送に必要なタンパク質で、Parkinが活性化されるとミトコンドリアの神経細胞での輸送が止まります。ハエで観察した事象が、ヒトのiPS細胞から作ったドーパミン神経でも再現できました(図6)。さらに、Parkinに変異のある患者さんのドーパミン神経では不良ミトコンドリアの輸送が止まりにくくなっていました(Shiba-Fukushima, Hum Mol Genet. 2017)。

図5

図5 PINK1-ParkinによるMiroの安定性制御が、神経のミトコンドリアを管理する
Miroはミトコンドリアの微小管輸送を担い、神経では神経終末までミトコンドリアを運ぶ。
損傷したミトコンドリアではPINK1がParkinを活性化し、Miroを分解する。これにより、損傷したミトコンドリアの神経終末への輸送を防止する。神経細胞体に留められたミトコンドリアはマイトファジーで分解されると考えられる(Liu,PLoS Genet. 2011)。

図6

図6 PINK1-Parkinによるドーパミン神経細胞でのミトコンドリア輸送
(A-B’)ハエの脳のドーパミン神経(チロシン水酸化酵素陽性の細胞)。左のイメージは右の赤枠の拡大図。(A’, B’)ドーパミン神経のミトコンドリアシグナル。(A, A’)正常なドーパミン神経のミトコンドリア像。(B, B’)Parkinを過剰に発現するとMiroの分解が進み、神経終末のミトコンドリアシグナルが消失する。一方、神経細胞体に断片化したミトコンドリアが蓄積する(Shiba-Fukushima,PLoS Genet. 2014b)。ヒトiPS細胞から分化させたドーパミン神経において、膜電位低下処理を行うと、ハエ同様、神経軸索(矢頭)のミトコンドリアが消失し、神経細胞体に蓄積する(矢印)。スケール: 5 µm (A, B)、10 µm (A’, B’)、10 µm(ヒト神経)。

パーキンソン病原因遺伝子によるミトコンドリア機能の制御

 

 細胞小器官の一つであるミトコンドリアは、生体のエネルギーの元となるATPの合成、脂質代謝、鉄代謝、細胞内Ca2+濃度の調節、細胞死シグナルの制御と様々な機能をもちます。このミトコンドリアの機能低下、機能異常が、パーキンソン病(図7表1)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、前頭側頭型認知症(FTD)-ALSなどの神経変性疾患に関与することが、遺伝学的な証拠から明らかになりつつあります。例えばパーキンソン病においては、前述の若年性パーキンソン病遺伝子PINK1やParkinがミトコンドリアの品質管理(壊れたミトコンドリアを除去すること)に関わっていることが示されています。一方、晩発性パーキンソン病遺伝子CHCHD2は、ミトコンドリア呼吸鎖複合体の電子の流れを調節しています(Meng, Nat Commun. 2017)。CHCHD2にパーキンソン病変異が入ると、電子が漏れて酸化ストレスにつがることが分かってきました。

図7

図7 パーキンソン病遺伝子産物のミトコンドリアにおいて想定されている機能図
PINK1-Parkinはミトコンドリアの品質管理に関わる。Fbxo7もParkinと共に働く。DJ-1は、ミトコンドリアから発生する活性酸素種(ROS)の除去に関わる。CHCHD2はミトコンドリア膜間腔に存在し、呼吸鎖複合体の活性維持に関与する。PLA2G6はリン脂質のリモデリングを介して、ミトコンドリアで発生するROSにより過酸化された脂質の除去、小胞体から流入するCa2+の制御に関わる。ミトコンドリアは、小胞体と物質(Ca2+, 脂質など)のやりとりをしており、近接部位(30 nm以下)はとくにMitochondria Associated Membrane (MAM)と呼ばれて、タンパク質複合体で繋がっている。ヒト培養細胞の電子顕微鏡写真のスケール: 2 μm(左)、500 nm (右)。(図は、今居 日本臨牀 2017より)

パーキンソン病原因遺伝子による小胞輸送制御

   小胞輸送とは閉じた脂質膜で物質が運ばれる細胞内の現象です。細胞小器官(ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体、リソソームなど)間の物質のやり取りのために使われます。また細胞の外への物質の放出(エキソサイトーシス)、取り込み(エンドサイトーシス)にも使われます。
 パーキンソン病原因遺伝子の多くが細胞内小胞の輸送に関わっていることが明らかになってきました(図8, 9)。これらの遺伝子は神経細胞、非神経細胞いずれでも働いていることが分かっています。特にパーキンソン病の病態に関係が深いドーパミン神経では、前シナプスからのエンドサイトーシス(図10)に関わっていることが、私たちおよび他研究者の研究から明らかになりつつあります(Inoshita, Hum Mol Genet. 2017, Inoshita, J Genet. 2018)。

図8

図8 パーキンソン病遺伝子産物の小胞輸送において想定されている機能図
ここでは細胞膜からのエンドサイトーシス、エンドソーム、リソソーム、ゴルジ体間の小胞輸送を示す。赤字で示すものがパーキンソン病原因遺伝子あるいは感受性遺伝子。それぞれの小胞は特別なリン酸化修飾を受けたイノシトールリン脂質により囲まれている。TGN, トランスゴルジネットワーク; AL, オートリソソーム; AP, オートファゴソーム; LS, リソソーム; EE, 初期エンドソーム; LE, 後期エンドソーム; RE, リサイクリングエンドソーム。(図は、Inoshita and Imai, AIMS Mol Sci. 2015より)

図9

図9 膜輸送に関わるパーキンソン病遺伝子産物のドメイン構造
ドメインの詳細は引用文献を参照してください(図は、Inoshita et al., J Genet. 2018 Figure 4より転載)。

シナプスのエンドサイトーシス

   神経はシナプスを介して信号のやり取りをしています(図11)。シナプスは神経と神経あるいは筋線維や他の細胞との接合部位です。神経伝達物質や電気信号で信号がやり取りされます。神経伝達物質は信号を伝える神経から小胞(特にシナプス小胞と呼ぶ)によって放出されます。小胞はシナプス膜と融合した後、エンドサイトーシスにより回収されます。ショウジョウバエの神経-筋シナプスはシナプス小胞の取り込みをみることに適しており、パーキンソン病原因遺伝子の変異で起こる異常を調べています(図12)。 <空>図9,図10

図10 パーキンソン病遺伝子産物が神経で関わっていると考えられる部位
小胞輸送に関わっているパーキンソン病原因遺伝子の少なくとも2つ以上が、前シナプスのエンドサイトーシス(シナプス小胞膜の回収)とシナプス小胞の再生に関わっている可能性が想定される。遺伝子間の関係は、ショウジョウバエ分子遺伝学で明らかにできると期待される。

図11 パーキンソン病原因遺伝子によるシナプス機能の異常
ショウジョウバエの神経-筋接合部の電気信号を測定したパターン。波形により神経から筋肉への信号が分かる。パーキンソン病変異で信号の異常(赤い点で示す)が見られる。

図12

図12 ショウジョウバエ幼虫の神経-筋接合部位のシナプス
(左)シナプス小胞は、アクティブゾーンと呼ばれる前シナプス膜構造とドッキングし、内部に格納していた神経伝達物質を放出する。
(右)シナプスの電子顕微鏡写真。(上)前シナプス(運動神経終末)を無着色、後シナプス(ここでは筋細胞)を青でしめす。M、ミトコンドリア。(下)黄色の破線の領域の拡大図。アクティブゾーンを矢頭で示す。パーキンソン病遺伝子変異で、前シナプスに異常に大きい小胞(ピンク)が見られる。小さい小胞は、シナプス小胞で直径約35 nm。スケール: 500 nm (上)、200 nm(下)。
パーキンソン病原因遺伝子はエンドサイトーシスからシナプス小胞の再生までの過程に関わっていると考えられる。

パーキンソン病はプリオン病か?

 

 α-Synucleinは、神経シナプスの開口分泌時にシナプス小胞への結合と乖離を繰り返していると考えられています(図13)。パーキンソン病では、脳内でα-Synucleinのゴミ(凝集し線維化したもの)が溜まり、神経変性に繋がることが明らかになりつつあります(図14)。このα-Synucleinのゴミは、腐ったみかんのカビが他のみかんに伝染していくように、神経回路を通じて脳内に広がることが実験的に確認されています(図15)。どのようなときに神経回路に広がっていくのか、そのリスクを上昇させる条件(遺伝子、神経の活動)はどういったものか?(図16)を明らかにすることがパーキンソン病の発症を予防するために重要です。
 私たちは、α-Synucleinのゴミができるパーキンソン病モデルハエを開発し、ゴミが広がっていくリスクを上昇させる条件を明らかにしました(図17)。パーキンソン病原因遺伝子PLA2G6/iPLA2β(表1参照)は、リン脂質リパーゼをコードします。この酵素に疾患でみられる変異が入ると、加齢と共にリン脂質膜が薄くなることが分かりました。その結果、α-Synucleinが結合するシナプス小胞のサイズが小さくなり、α-Synucleinが細胞質に遊離しやすくなります。これがα-Synucleinの凝集リスクになると考えられます(Mori, PNAS 2019)。
 現在、α-Synucleinのゴミ(病因構造をもち、凝集化したα-Synuclein)を効率よく検出する方法が開発されています。この方法を利用し、ヒトやハエでα-Synucleinのゴミができないようにする戦略を探索しています(図18)。

図13

図13 α-Synucleinはシナプス小胞の分泌時に多量化と解体を繰り返す
シナプス小胞(Synaptic vesicle)がシナプス膜(Synaptic membrane)にドッキングするとき、α-Synucleinはシナプス小胞膜上で重合する(Multimeric α-Synuclein)。分泌が完了すると、シナプス小胞膜から乖離し、単量体に戻る(Monomeric α-Synuclein)。神経活動時に、α-Synucleinはこの重合と乖離を繰り返すと考えられている。何らかのきっかけで、α-Synucleinの構造変化が起こり線維化(ゴミ化)する(図は、Inoshita et al., J Genet. 2018 Figure 5より転載)。

図14

図14 パーキンソン病脳でのα-Synucleinのゴミ(レビー小体)
褐色で染まる凝集体がα-Synucleinのゴミ。中央の褐色の球体が、神経細胞体にみられるレビー小体で、パーキンソン病の病理診断のマーカーの一つ。パーキンソン病脳(脳橋)を線維化α-Synuclein特異的抗体で染色した。スケール: 20 μm。

図15

図15 病的構造をとったα-Synucleinはプリオンのように伝染する
神経細胞内で病的構造変化が生じたα-Synucleinは、神経間を伝搬しながら病的構造のα-Synucleinを増幅する。

図16

図16 病的構造のα-Synucleinの増幅に寄与するパーキンソン病原因遺伝子
α-Synuclein遺伝子の重複:正常では1対(2コピー)のα-Synuclein遺伝子を持つが、遺伝子の重複により、産生されるα-Synucleinタンパク質が増えることが、病因構造のα-Synucleinの蓄積や伝搬に寄与する。
細胞内の輸送とゴミ処分に関わる遺伝子の変異:パーキンソン病原因遺伝子LRRK2, VPS35, ATP13A2などは、タンパク質の輸送やゴミの分解に関わると考えられている。これらに変異が起こることにより、病因構造のα-Synucleinの分解が進まず、パーキンソン病を発症する。(図は、今居、シリーズ アクチュアル 脳・神経疾患の臨床, パーキンソン病と運動異常、中山書店 2013より転載)

図17

図17 パーキンソン病原因遺伝子PLA2G6に変異によるα-Synucleinの凝集化のメカニズム
α-Synucleinはシナプス小胞膜に結合し機能を発揮する(図13参照)。PLA2G6に変異があるとシナプス小胞のサイズが小さくなる。すると膜がより湾曲するため、α-Synucleinがシナプス小胞膜から離れやすくなり、凝集化のリスクになると考えられる。

図18

図18 病因構造をとったα-Synucleinを検出するRT-QUIC法
病因構造のα-Synucleinが、正常なα-Synucleinを病因構造へ変換し増幅する性質を利用し、病因構造のα-Synucleinの存在量を評価する。病因構造のα-Synucleinが多いと早く蛍光シグナルが上昇する。

ミトコンドリアと α-Synuclein

 

 パーキンソン病ではミトコンドリアの機能が低下していることが報告されています。また、ミトコンドリアの品質管理に関係するPINK1やParkin、ミトコンドリア呼吸鎖複合体の電子伝達を制御するCHCHD2などが、パーキンソン病原因遺伝子として報告されています。α-Synucleinの凝集化もパーキンソン病の発症に繋がりますが、α-Synucleinの凝集化とミトコンドリアの関係は不明でした。

 私たちは、CHCHD2遺伝子に変異をもったパーキンソン病患者さんの脳に、α-Synuclein のゴミ(レビー小体)が広範囲に存在することを見つけました(図19)。さらにCHCHD2遺伝子に変異にもった患者さんから作製したiPS細胞由来のドーパミン神経細胞、CHCHD2変異遺伝子を導入したショウジョウバエでも、α-Synuclein のゴミが溜まることが分かりました(Ikeda, Hum Mol Genet. 2019)。

図19

図19 ミトコンドリア分子CHCHD2変異がα-Synucleinの凝集化を導く
(A) CHCHD2に変異があるパーキンソン病患者さんの脳を調べると、α-Synucleinの蓄積が広範に見られた(下)。一般的なパーキンソン病の患者さん(上)と比較して蓄積はより顕著である。丸い褐色のものが、レビー小体(図14も参照)。スケール: 100 μm. (B) CHCHD2に変異があるパーキンソン病患者さん(下)のレビー小体の拡大(緑色の丸い構造)。ミトコンドリア(赤)はレビー小体とは、ほとんど一致しない。認知症を伴うパーキンソン病患者さん(上)でもレビー小体が広範囲に見られるが、そのレビー小体と比較しても大きな違いはない。スケール: 10 μm. (C)CHCHD2変異をもったハエのドーパミン神経。α-Synucleinの凝集(緑色の粒状に見える)とユビキチン(赤)の蓄積(矢頭)が見える。分解を担う分子であるユビキチンは異常タンパク質と一緒に蓄積していると考えられる。レビー小体にもユビキチンが含まれていることが知られている。

ミトコンドリアに水素イオンを届ける!?

 

 上記で記したように、CHCHD2遺伝子に変異があるとミトコンドリアの機能が低下し、α-Synuclein のゴミが溜まることが分かりました(Ikeda, Hum Mol Genet. 2019)。CHCHD2遺伝子に変異があるハエでは、ミトコンドリアから多量の活性酸素種が発生し、α-Synuclein のゴミも溜まります(Meng, Nat Commun. 2017)。

 水素イオンには活性酸素種を除去する効能があります。そこで私たちは、ミトコンドリアで水素イオンを発生させ、活性酸素種を除去することを試みました。詳細には、古細菌がもつデルタロドプシンというタンパク質をミトコンドリアに導入しました(図20)。このデルタロドプシンは、光が当たると水素イオンを運びだすという性質を持っています。このデルタロドプシンの性質を利用して、光を当てるとミトコンドリアの外側に水素イオンが運び出されるようにしました。外側に集まった水素イオンは、活性酸素種を除去し、さらにミトコンドリアのエネルギー産生装置を動かします。

 このアイデアは成功し、CHCHD2遺伝子に変異があるパーキンソン病のモデルショウジョウバエのミトコンドリアを元気にし、神経変性も抑えることができました(Imai, Commun Biol. 2019)。さらに、驚くことにα-Synuclein のゴミも溜まらなくなることが分かりました(図21)。この観察は、ミトコンドリアがタンパク質のゴミを積極的に除去する働きがあることを示しています。現在、この働きの実態を明らかにし、パーキンソン病の予防法に応用するための研究を進めています。

図20

図20 デルタロドプシンでミトコンドリアに水素イオンを届ける
(A)デルタロドプシン(dR)をミトコンドリア内膜に導入したCHCHD2変異ハエに光を照射する。ハエは、頭蓋骨がないので、緑色の光は脳の深部まで届く。(B) dR導入によってCHCHD2変異ハエのミトコンドリア膜電位が回復した。ミトコンドリアの膜電位は、TMRMという試薬で観察。光を当てても機能しないdRを比較対照として置いた。健康なミトコンドリアでは、食事から得た糖分を材料に、呼吸鎖複合体I, III, IVがマトリクスから水素イオン(プロトン)を外に汲み出す。次に汲み出されたプロトンを複合体Vがマトリクス側に戻すことにより、エネルギー(ATP)が作られる。従って、健康なミトコンドリアでは膜電位(膜を隔てての+と-の偏り; 約-150 mV)が維持されている。スケール: 10 μm.(C)CHCHD2が壊れると、呼吸鎖複合体I, III, IVを流れる電子が漏れ、活性酸素種が発生する。電子が漏れるのでプロトンも効率よく汲み出せず膜電位が低下する(吹き出しの上の絵)。dRは光を当てると、呼吸鎖複合体I, III, IVの変わりにプロトンを汲み出す。またプロトンには活性酸素種を除去する働きがある。よって、酸化ストレスも抑制できミトコンドリアが健康に保たれる。UCPはマトリクス側にプロトンを戻しつつ体熱を産生する分子。UCPでマトリクス側に戻ったプロトンは、マトリクス側の活性酸素種も除去する(下の絵)。ミトコンドリア全体の構造は、図7を参照。

図21

図21 デルタロドプシンでミトコンドリアを健康にすると、α-Synucleinの凝集化が阻止できる
デルタロドプシン(dR)を導入したCHCHD2変異ハエおよび正常なハエに光を照射した。プロトンを汲み出す機能を持たないdRをもつCHCHD2変異ハエでは、α-Synucleinの凝集化がみられる(3段目、緑色の顆粒)。この凝集は、部分的にユビキチンの顆粒状のシグナル(赤)と一致する(矢印)。機能的なdRをCHCHD2変異ハエに導入すると、α-Synucleinの凝集化が抑制され、正常なハエのようになった(4段目)。スケール: 5 μm.

iPS細胞とハエモデルを組み合わせたパーキンソン病薬の探索

 

 上記で記したように、ミトコンドリアの機能が低下するとα-Synuclein のゴミが溜まります(Ikeda, Hum Mol Genet. 2019)。逆に、ミトコンドリアをデルタロドプシンで元気にすると、α-Synuclein のゴミがなくなることが分かりました(Imai, Commun Biol. 2019)。このことは、ミトコンドリアを元気にする薬が、パーキンソン病の予防薬として有望であることを示しています。

 プロテオミクス解析の項で記載したPINK1とParkinは、ミトコンドリアの品質管理を担います。つまり機能が低下したミトコンドリアを除去し、健康なミトコンドリアを残す選別をしていると考えられます。これらの遺伝子が壊れると、若年発症のパーキンソン病になります。Parkinはユビキチンリガーゼというタンパク質分解に関わる酵素ですが、パーキンソン病ではミトコンドリア機能が低下しても、Parkinがうまく働いていないと考えられます。そこでParkinを活性型にする薬を武田薬品工業の研究者と協働で探索し、2つの候補薬を見つけました(Shiba-Fukushima, iScience 2020)。薬の評価は、iPS細胞から作製したドーパミン神経とPINK1(Parkinを活性化するミトコンドリアのキナーゼ)の活性が低下したパーキンソン病モデルハエを使い、評価の低コスト化とスピードアップを図りました(図22)。現在、見つけた薬がミトコンドリアに効くメカニズムの研究を進めています。  

 また、すでに別の用途の治療薬となっているものの中で、パーキンソン病患者さんのミトコンドリアを元気にするものを、パーキンソン病患者さんのiPS細胞とハエモデルを組み合わせて評価し、その成果を発表しています(Yamaguchi, Stem Cell Reports 2020)。

図22

図22 Parkinを活性化する薬の探索
(A)ユビキチンリガーゼであるParkinの活性をルシフェラーゼ活性で検出するスクリーニング系を開発した。4.5万個の低分子化合物をスクリーニングし、2つの候補を同定した。(B)ヒトiPS細胞で作製したドーパミン神経において、細胞質に局在するParkinのミトコンドリアへの移行が薬の投与で見られた(黄色の矢頭)。これはParkinが活性化していることを示している。スケール: 10 μm. (C,左)ショウジョウバエ三齢幼虫の中枢脳(オレンジ)のドーパミン神経(緑)の模式図。 (C,右)DL2神経核のドーパミン神経(赤)の写真。PINK1の機能が低下したパーキンソン病モデル(PINK1モデルハエ)では、Parkinが働かずミトコンドリアの凝集がみられる(黄色の矢頭)。薬を投与するとミトコンドリアは正常な形態に戻る。スケール: 10 μm.(D)PINK1モデルハエ幼虫はミトコンドリアの機能が低下して動きが悪い。薬を投与すると動きが正常になる。写真はシャーレの真ん中に置いた後、2分間の幼虫の移動の軌跡。

高脂肪食がアルツハイマー病のリスクになるメカニズム

 

 アルツハイマー病は、βアミロイドと凝集したタウの線維が海馬に溜まり神経変性が起こる病気です。 海馬は短期記憶を蓄えるところで、アルツハイマー病ではその機能が失われます。 βアミロイド形成とタウの線維化の分子関係ははっきり分かっていませんが、 タウの線維化はβアミロイドの蓄積より後に起こることが知られています。 線維化したタウは、パーキンソン病で凝集するα-Synuclein同様、 プリオンタンパク質のように脳内に広がっていくことが観察され、 アルツハイマー病で起こる神経変性の実行分子として注目されています。
 糖尿病がアルツハイマー病のリスクになることが疫学調査から分かってきましたが、 その理由は不明でした。高脂肪食を食べ続けたマウスは糖尿病になりますが、 その際発現が変化する遺伝子を調査しました(Elahi, Hum Mol Genet. 2021)。 その結果、SGK1というキナーゼの発現上昇が見られました。SGK1はタウの凝集化を促進するGSK3βというキナーゼを活性化し、 その結果、高脂肪食を与えたマウスの学習・記憶能力が低下しました(図23)。SGK1の阻害剤を脳に投与すると、このマウスの学習・記憶能力が回復しました。 この研究から、SGK1の阻害剤はアルツハイマー病の薬となる可能性が考えられました(本研究は本学大学院医学研究科 認知症診断・予防・治療学講座との共同研究です)。

図23

図23 アルツハイマー病の原因となるタウの凝集が糖尿病で進むメカニズム
マウスに高脂肪食を与え続けると、血液中のストレス応答ホルモン(グルココルチコイド)と血糖が上昇し、 糖尿病の原因となるインスリン抵抗性(インスリンが効きにくくなる)を生み出す。 グルココルチコイドと高血糖はタンパク質キナーゼSGK1の発現を上昇させる。発現が増加したSGK1は活性化し、 タウキナーゼGSK3βを活性化するとともにタウのSer214もリン酸化する。SGK1によるタウのSer214のリン酸化は、 タウの微小管結合能および微小管安定化能を弱める。微小管と結合しなくなったタウは凝集・線維化しやすくなる。 SGK1で活性化されたGSK3βは、タウのSer396/404をリン酸化しタウを凝集・線維化させる。タウの凝集線維は、海馬神経を変性させ、 学習記憶の低下を導く。SGK1阻害剤は、高脂肪食を摂取したマウスの学習記憶能力の低下を抑える(図は、Elahi, Hum Mol Genet. 2021より引用)。

ミトコンドリアを監視するパーキンソン病関連酵素

 

 ParkinとPINK1は、ともに若年性パーキンソン病の原因遺伝子で( 図2-4 × 表1 × )、これらの遺伝子が働かなくなると10〜40歳代でパーキンソン病を発症します。PINK1はミトコンドリアにあるタンパク質リン酸化酵素であり、Parkinはユビキチンリガーゼというタンパク質分解酵素です。PINK1はミトコンドリアの損傷を感知するセンサーで、ミトコンドリアに傷がつくとParkinをリン酸化します。リン酸化されたParkinは、傷ついたミトコンドリアの分解に関わります。Parkin遺伝子やPINK1遺伝子に変異が入ると、傷ついたミトコンドリアの監視が実行されなくなり、神経細胞死が起こると考えられています。しかし、Parkin遺伝子やPINK1遺伝子がないと、なぜ若くして神経変性が起こるのかはまだ分かっていません。
 PINK1がParkinをリン酸化すると、Parkinがタンパク質分解酵素として活性化することを報告しました(Shiba-Fukushima, PLoS Genet. 2014a, Shiba-Fukushima, PLoS Genet. 2014b)(詳細はこちらをみてください )。Parkinがリン酸化を受けると、Parkinがユビキチンという小さなタンパク質を自身に付けることを見つけていましたが、その役割は分かりませんでした。ショウジョウバエで、Parkinにユビキチンが付かなくなる変異を導入すると、Parkinの活性化効率が低下することがわかりました(図24A)。詳細に調べると、Parkinに付いたユビキチンは、PINK1によりリン酸化され、Parkinの活性化を促進することが分かりました(図24B)。Parkinがユビキチン化される部位(27番目のリジン)に変異があるパーキンソン病患者さんも存在し、27番目のリジンのユビキチン化がParkinの働きに重要であると考えられます(Liu, Hum Mol Genet. 2022)。

図24

図24 Parkinのリジン27番目のユビキチン化がParkinのユビキチンリガーゼ活性を増強する
(A)ParkinはN末端にユビキチン様ドメイン(Ubl, Ubiquitin-like domain)を有する(右図参照)。PINK1により65番目のセリン(S65)がリン酸化されるとParkinは活性化し、ミトコンドリアの分解を進める。正常型(wild-type, WT)のParkinをPINK1とともに過剰発現すると、目のミトコンドリアの分解が進み、蛹の段階で致死になる。一方、PINK1でリン酸化されないS65をアラニンに置換したParkin (S65A)、Ubl を欠失したParkin (ΔUbl)、Parkinとは関係ないタンパク質(LacZ)とPINK1の組み合わせでは、目は正常に発生する。Parkinの活性化時にユビキチン化されるリジン27(K27)とK48をアルギニン(R)に置換し、ユビキチン化されないようにした。これらParkinのうち、K27R変異体ではハエが致死にならなかった。つまり、Parkinがミトコンドリアを分解する活性が弱いと考えられる。パーキンソン病患者さんで見つかったK27N変異体とPINK1の組み合わせも、ハエの目は正常であった。(B) K27のユビキチン化を介したParkinの活性化モデル。@定常時Parkinは不活性。Aミトコンドリアに傷がつくと、PINK1がミトコンドリア上のユビキチン(Ub)鎖をリン酸化(P)し、Parkinがリン酸化ユビキチン鎖に結合、構造変換が起こる(B〜D)。E構造変換によりユビキチンリガーゼが活性化し、自身のUbl内のK27にユビキチンを付加する。このユビキチンをPINK1がリン酸化(P)する。F近傍にいる不活性状態のParkinが、K27のリン酸化ユビキチンに結合し活性化。GステップE、Fが繰り返され、活性化複合体を形成する。

パーキンソン病リスクになるα-Synucleinの変異と脂質

 

 神経のシナプスにあるα-Synuclein(パーキンソン病はプリオン病か? も参照してください)の凝集と、神経回路を介したプリオン様の伝染(伝搬)は、パーキンソン病の最も一般的な原因であると考えられています(他の要因として、ミトコンドリアが関係する場合も想定されています)。α-Synucleinは、シナプス小胞のリン脂質膜に結合し安定化する(一定の形をとる)と考えられます。本邦でα-Synuclein遺伝子の15番目のバリンがアラニン(V15A)に置換したパーキンソン病家系が2家系見つかりました。V15Aの変異がα-Synucleinの性質に変化をもたらすかを調べたところ、シナプス小胞を模倣したリン脂質小胞との結合が弱くなること、リン脂質小胞から遊離すると凝集しやすくなることを見出しました(Daida, Mov Disord. 2022)。本成果は、名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科学教室との共同研究です。
 上記の観察からα-Synucleinは、シナプス小胞のリン脂質膜への結合性低下がパーキンソン病のリスクになると考えられます( 図25 )。リン脂質に結合しにくくなる要因として、α-Synuclein自身の変異とシナプス小胞の脂質の組成変化が考えられます( 図17 × も参照してください)。シナプス小胞の脂質の組成は、日常の食事により少しずつ影響する可能性があります。現在、どのような脂質がパーキンソン病発症のリスクの軽減(もしくは増加)になるのか研究を進めています。「特定の脂質を摂取し続ければ、パーキンソン病発症のリスクを抑えられる」ということを実現することを目標としています。

図25

図25 α-Synuclein V15A変異がパーキンソン病リスクとなる分子機序
V15A変異は、α-Synucleinとシナプス小胞の結合を弱める。細胞質に遊離したα-Synucleinは一定の形をとらないため(天然変性型)、線維化のリスクが高まる。高度に線維化したα-Synucleinが集まったものが、パーキンソン病でみられるレビー小体の主成分であると考えられている。

パーキンソン病リスクになるLRRK2の変異とα-Synucleinとの関係

 

 LRRK2はα-Synucleinとともにパーキンソン病のリスク遺伝子として重要な位置を成しています。家族歴のない(孤発性)のパーキンソン病患者さんでも、これら遺伝子の変異がしばしば検出されるからです。LRRK2はタンパク質リン酸化酵素で、複数のドメインを持ちます(図26A, 図9 × も参照してください)。このうちいくつかのドメインで病因変異が世界中で見つかっています。また、多くの病因変異でリン酸化酵素の活性が上昇しています。LRRK2に変異をもつパーキンソン病患者さんの脳では、α-Synucleinの凝集であるレビー小体が見られる場合、見られない場合、アルツハイマー病などで特徴的なリン酸化タウが蓄積する場合、などさまざまな病理がみられることが特徴です。
 LRRK2のC末端のWD40ドメイン上のG2385R変異(2385番目のグリシン残基がアルギニン残基に置き換わる変異)は健常者も有しますが、アジア人ではパーキンソン病のリスクが2倍になると報告されています。私達は世界に先駆けてG2385R変異をもつ患者さんの病理解析、生化学的解析を進めました(Tezuka, NPJ Parkinsons Dis 2022)。その結果、G2385R変異をもつ脳ではリン酸化酵素活性が上昇しており、レビー小体の蓄積、リン酸化タウの蓄積、両方がみられました(図26B)。一方、LRRK2のリン酸化酵素活性が高い部位とレビー小体の蓄積部位には相関がありませんでした(図26C)。またLRRK2は脳の炎症に関与する可能性が考えられていますが、炎症のサインであるアストロサイトやミクログリアの活性化は中程度でした(図26B)。本解析の結果から、LRRK2のリン酸化酵素の上昇はα-Synucleinの凝集や伝搬に直接関わるというよりは、むしろ脳の老化を進める役割をもっていると考えられました。
 LRRK2のリン酸化酵素活性の上昇がパーキンソン病の原因であるドーパミン神経変性をもたらすことから、世界中でLRRK2の阻害剤が開発されています。しかし、LRRK2は肺や腎臓でも重要な役割をしていることが分かっており、完全に阻害すると肺や腎臓の機能に影響することが予想されます。LRRK2の脳での役割の解明とLRRK2の酵素活性の適度な調節が、パーキンソン病克服の一つの課題になっています。

図25

図26 アジア人に多いLRRK2 G2385R変異についての世界初の脳病理報告
(A)低温電子顕微鏡法で推定されるLRRK2の3次元構造(蛋白質構造データバンク のデータより描画)。WD40はリン酸化酵素ドメインの一部(Kinase-N)を覆う形で配位している。G2385RはWD40の構造を不安定し、リン酸化酵素ドメインにも影響すると予想される。 (B)LRRK2 G2385Rを有する一症例は典型的なレビー小体病理を示す。ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色にて、典型的なレビー小体が観察される(挿入は*の領域の拡大写真)。ミクログリア(挿入は矢印の領域の拡大写真)とアストロサイトは、それぞれIba1とGFAPの抗体で染色。リン酸化タウ(Tau)も顕著に蓄積している。スケールバー: HE染色, 100 µm; Iba1, GFAP, Tau, 200 µm; 拡大写真, 25 µm。 (C)LRRK2のリン酸化酵素活性とα-Synucleinの凝集には相関がない。グラフの横軸はα-Synucleinの凝集(レビー小体)を見積もるリン酸化α-Synucleinの各脳領域の定量。縦軸は、LRRK2の酵素活性の指標であるリン酸化Rab10の各脳領域の定量。

 
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