JST 共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)
「災害など危機的状況から住民を守るレジリエントな広域連携医療」の実現に向けて

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)令和5年度 共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「共創分野(育成型)」において、順天堂大学を代表機関とする「災害など危機的状況から住民を守るレジリエントな広域連携医療拠点」が採択され、令和5年11月から事業を開始しています。今回は、本拠点のプロジェクトリーダー隈丸加奈子准教授、副プロジェクトリーダー猪俣武範准教授にお話をうかがいました。

ファシリテーター:産学官連携マネジメントリーダー 兼 外部リソース獲得ビジョナリーリーダー 松田七美

災害時において中長期的な視点で住民が健康でいられる体制を構築する

松田 まず、本拠点の概要と特色について、お聞かせください。

隈丸 テーマは、災害など危機的な状況であっても 中長期的に 人々が健康でいられる社会の形成です。 災害時においては、直接的な健康被害だけでなく二次的な被害も見逃せません。つまり、倒壊した家屋によるケガや 、津波 の被害といった、災害が直接的に与える急性期の健康被害 以外のもの です。具体的には、避難所で感染症を患う 、友人や家族を亡くし精神的に孤立して体調を崩してしまう 、といった事例などがこれにあたります。精神的・社会的に孤立してしまった結果、 健康診断を受けなくなり、重いステージでがんが発見され る事例も過去の災害では報告されています。こうした課題を解決するための拠点づくりとなります。

猪俣 この事業の特色としては、代表機関である順天堂大学がリーダーシップを執り、国立・公立・私立の計5大学が連携して取り組む点にあります。参画大学は、順天堂大学のほか千葉大学、山梨大学、群馬大学、福島県立医科大学となります。災害など危機的な状況であっても誰もが健康でいられる社会を10〜20年後に実現することを目指し、産学官が連携して自律的に運営できる拠点を構築していきます。

松田 実は、本拠点の申請は6年越しで取り組んできた長期プロジェクトになります。特に直近2年間で、災害に関わる真のニーズをバックキャスト的に洗い出し、災害医療の視点だけでなく、流通・ロジスティクスなど外部の視点も入れて、拠点ビジョンを立て直した点に独創性があります。

隈丸 バックキャストとは、つまり「あるべき未来像」から逆算する形で、研究開発 計画を立てることです。産官学の連携によって、日々、理想の姿へ近づいている手応えを感じます。満を持して「育成型」に採択され、現在さらにビジョンのブラッシュアップを図っています。

国立・公立・私立の5大学がそれぞれの研究成果や強みを生かして価値を「共創」

松田 参画機関の多様性や連携体制など、プロジェクト遂行における本拠点の強みを改めて教えてください。

隈丸 やはり国・公・私立5大学の連携体制でしょう。この体制は JST(科学技術振興機構)からも高く評価いただいていると認識しています 。互いの研究成果や強みを持ち寄って、まさに価値を「共創」していきたいと考えています。福島県立医科大学には、東日本大震災後の膨大な災害医療のデータ蓄積があり、千葉大学は豪雨災害の調査や対策に関する研究実績や、災害治療学研究所があります。山梨県や群馬県は災害が少ない県として知られており、また 各大学には 地域特有の災害対策の知見があります。さらに、順天堂大学は首都圏の高齢者コホート研究実績があり、また首都圏の真ん中に位置する大学として、 首都直下型地震を想定した研究開発 を実施しま す。こうした地政学的にもさまざまな特徴を持つ5大学の広域連携による事業であることが大きな強みだと考えます。

猪俣 5大学だけでなく、産官との連携もますます強化していくつもりです。この事業は、流通・ロジスティクス分野の企業だけでなく、建設業界、IT業界、食品業界など、多くの企業に賛同いただいています。参画する5大学と縁のある東京都、文京区、山梨県、南アルプス市、群馬県などの自治体とも連携しています。

松田 本拠点の申請戦略から携わってきたURA(リサーチ・アドミニストレーター)の立場から申し上げると、ここ最近、文部科学省やJSTから大学に対して独自性の高い取り組みがますます求められているのを感じます。共創の場形成支援プログラムにおいても、順天堂大学は、より積極的なリーダーとしての役割を求められており、私たちURAも産学官連携マネジメント等の戦略を積極的にサポートしています。

隈丸 順天堂大学は、URAを配置していることで組織が強固になっていると思います。JSTからもURAにどんどん入ってきてほしいと言われていますね。

松田 順天堂大学では、現在、URA 5名体制で教員の皆さんの研究計画書作成の支援などを行っています。しっかり社会に貢献する事業を前進させることで、URAの価値を高めていきたいと思っています。

隈丸 実際、URAの尽力がなければ今回の採択も実現できなかった と思います。

災害研究開発拠点として研究者の新たな雇用を創出するという使命も

松田 次に本拠点の成果が社会にどのように貢献するかについてお聞かせください。

猪俣 拠点名にもある通り、住民を守るレジリエントな広域連携医療拠点を構築して、災害が起こったとしても人々 が 健康でいられる社会を実現することです。本拠点のプロジェクトを通じて、強固な企業連携を行うことで、平時でも利用可能な技術開発を行い、資金・知識・人材が循環するサステナブルな拠点を形成していくことが目標です。

隈丸 猪俣先生から「人材」という話が出ましたが、社会に健康をもたらすだけでなく、災害研究開発拠点として研究者の新たな雇用を創出するというミッションもあります。さらに、災害大国・日本で生み出された技術を国際展開することによって、日本の研究力の国際的なプレゼンス向上にも寄与できればと考えます。

猪俣 本事業は、順天堂大学の教育にも波及しています。大学院医学研究科(修士)では、「災害医療データサイエンス」という全8回の授業が開講され、一般の聴講も可能となる予定です 。 2023年4月に新設された健康データサイエンス学部の教員にも参画してもらい 、データサイエンスを用いた避難 シミュレーションなども 実施することになっています。

松田 本拠点は今後、「育成型」から「本格型」への昇格を目指すことになります。その実現に向けた現在までの取り組みについてお聞かせください。

隈丸 災害医療にかかわるさまざまな研究者、企業・自治体の方々との対話を繰り返し、広域連携医療拠点のビジョンをブラッシュアップしてきました。具体的な活動の一つとしては、東日本大震災の震災遺構や伝承館 の視察のほか、拠点メンバーが令和6年能登半島地震において福祉避難所の支援を行い、その活動報告を拠点内でシェアしたり、また 被災地住民の方にお話を伺う 機会も 頂きました。

猪俣 拠点の活動としては、代表機関としての学長や医学部長も参加する事務局会議を2か月に1度、5大学連携コア会議を毎月、参画企業や自治体が参加する勉強会をこれまで2回 行っています。さらに、「ワークアウト」と呼ばれるディスカッションを定期的に行い、災害時の課題とは何か、それについて どのような対策ができるか等を話し合う 場を設けており、こうした活動を繰り返しながら、20年後の未来の解像度を上げる作業を繰り返しています。

松田 学内では、隈丸先生、猪俣先生、URAの松田でなるべく密に連絡を取り合い、意見交換やタスクの確認を行っています。2週間に1度程度のオンライン会議を加え、チャットベースのディスカッションも常に行っています。

隈丸 多くのステークホルダーとの対話を通じて、ビジョンが常に更新されているのもこの事業の強みだと思います。

順天堂大学発の広域連携医療拠点モデルを国内だけでなく海外にも展開したい

松田 最後に、本拠点プロジェクトで実現したい未来像について教えてください。

隈丸 日本において大規模災害はこれまで何度も起こっており、今後も繰り返されるでしょう。そのような社会において、危機的な状況でも誰もが健康に生きられるモデルを構築し、順天堂大学から発信したいと考えています。実現までに10年、20年かかるかもしれません。それでもこの拠点を実現させることができれば、これをモデルとした広域連携医療拠点を国内だけでなく、海外にも展開できる可能性があります。本事業のミッションをさらに明確化して必ず拠点の社会実装を実現したいと思います。

猪俣 10年後の社会をつくる中心に立つ若手リーダーである隈丸先生がアカデミアを統括し、大学発ベンチャー企業を経営する私が産官との連携を担うことで、本拠点の確実な社会実装を目指します。その第一歩として、参画機関が研究進捗の共有・意見交換を行う場として、順天堂大学に隣接する東京都文京区の(仮称)元町ウェルネスパーク内に産学官共創支援オフィスを令和7年度に設置する予定です。本拠点のビジョンに賛同いただける企業や自治体がいつでも仲間になれる環境をつくっていきたいと考えています。

松田 東日本大震災後、13年間にわたる福島県立医科大学の長期的な調査研究の成果を、災害時に住民の健康を守る拠点形成に必ず役立てる必要があります。日本人は、災害が起こるたびに苦しみ続けてきたにもかかわらず、乗り越えると記憶も風化し、次の災害で同じような課題を抱える傾向があります。災害に関する膨大なデータを使い住民を健康被害から守る知見を収集し、革新的なイノベーションにつなげていく。誰もが健やかに暮らせる災害に強い社会の実現に少しでも貢献していきたいと考えています。

研究者Profile

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隈丸 加奈子

Kanako Kumamaru

プロジェクトリーダー
順天堂大学 大学院医学研究科 准教授

2005年東京大学医学部卒業後、画像解析を専門としハーバードメディカルスクール・ブリガム&ウィメンズ病院の客員研究員、同科Assistant Professor、2015年より現職。2020年から2年間は厚生労働省医政局総務課 医療国際展開推進室 室長補佐として厚生労働行政に従事。

研究者Profile

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猪俣 武範

Takenori Inomata

副プロジェクトリーダー
InnoJin株式会社 代表取締役社長
順天堂大学 大学院医学研究科 准教授

2006年順天堂大学医学部医学科卒業。2008年東京大学医学部附属東大病院初期臨床研修修了。2012年順天堂大学大学院医学研究科博士課程眼科学卒業。201 5年米ボストン大学経営学部Questrom School of Business卒業(MBA)。2012年から2015年米ハーバード大学医学部眼科Massachusetts Eye & Ear Infirmary, Schepen Eye Research Institute博士研究員。2015年順天堂大学医学部眼科学講座助教を経て、2019年より現職。2020年順天堂大学発スタートアップInnoJin株式会社創業。2021年4月より同大学院医学研究科データサイエンスコース准教授、12月より同大学院医学研究科AIインキュベーションファーム副センター長を兼任。

研究者Profile

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松田 七美

Nanami Matsuda

産学官連携マネジメントリーダー 兼 外部リソース獲得ビジョナリーリーダー
順天堂大学 URA

慶應義塾大学大学院理工学研究科生体医工学専攻修士課程修了。2002年 博士(医学)。協和発酵工業株式会社(東京研究所・研究員)、理化学研究所 脳科学総合研究センター(基礎科学特別研究員)、東京大学薬学部(学振・特別研究員)、米コロンビア大学医学部(シニアリサーチサイエンティスト)を経て、2009年 早稲田大学理工学術院先進理工学部生命医科学科専任講師、2012年 同・客員准教授、2015年 同・研究院客員准教授、2018年 早稲田大学アカデミックソリューション・シニアURA。2020年より現職。