難治性疾患や希少疾患の病態を解明して
新しい診断・治療法確立につなげる

研究代表者
難病の診断と治療研究センターセンター長 岡﨑 康司

難治性疾患の病因解明や治療法解明に取り組む難病の診断と治療研究センターは、「ゲノム医学研究・難治性疾患実用化研究室」と「難治性疾患・再生医療実用化研究室」という2つの研究室をコアとする研究拠点を形成しています。臨床研究・臨床治験を実施する基幹研究施設としても位置づけられているセンターの取り組みについて、岡﨑康司センター長にお聞きしました。

基礎・臨床横断型研究を進めるコアとなる2つの研究室

ゲノム医学研究と再生医療実用化研究を推進することを目的として2016年に設立された難病の診断と治療研究センターは、臨床各科と基礎研究を密に結びつけるトランスレーショナルリサーチを加速させることに注力してきました。また、2020年に順天堂大学医学部附属順天堂医院が全国で13番目の臨床研究中核病院に承認されてからは、臨床研究や臨床治験を実施する基幹研究施設としても位置づけられています。

近年の医療技術の進歩はめざましく、多くの疾患において診断・治療が可能になっている一方で、未だに診断が困難で、治療法も確立されていない難治性疾患や希少疾患が多数存在しており、それらの疾患に対する病因・病態解明や治療法開発の重要性が増しています。そこで当センターでは、「ゲノム医学研究・難治性疾患実用化研究室」と「難治性疾患・再生医療実用化研究室」という2つの研究室をコアとして研究体制を構築し、次世代の医学・医療に貢献する人材の教育・研究・診療を推進する基盤を整備しているのです。

「ゲノム医学研究・難治性疾患実用化研究室」は、ゲノム医療に焦点をおいて、ミトコンドリア病をはじめとした難治性疾患の遺伝子診断や治療法の開発を研究。専門性の高い分野特化型研究に取り組みつつ、基礎・臨床横断型の共同研究開発体制を構築しています。
もう1つの「難治性疾患・再生医療実用化研究室」は、セルプロセシング室(CPC)や再生医療の実用化研究を行う試験室などが整備された学内共同利用施設で、基礎から実用化まで一貫性を持った再生医療研究が可能です。

ミトコンドリア病の研究拠点として
保険診療に基づく遺伝子検査システムを樹立し、
医師主導型治験、新たな薬剤開発を進める

コア研究室の1つであるゲノム医学研究・難治性疾患実用化研究室は、難治性疾患、希少疾患、あるいは未診断疾患を主な対象として、ゲノム遺伝学的手法を用いた発症要因の探索、iPS細胞などを用いた分子生物学・細胞生物学的解析を行っています。

数ある指定難病の中でも、特にミトコンドリア病に関して、病態解明と治療法開発に取り組んできました。ミトコンドリア病は、体内でエネルギーを生み出すミトコンドリアの働きが低下する先天性代謝疾患で、てんかん、運動障害、心筋症などさまざまな症状があらわれます。生まれた赤ちゃんの約5000人に1人が発症するとされていて、最近では、50歳以上の壮年期になってから難聴、糖尿病、心筋症などを発症して初めて、実はミトコンドリア病だったとわかるケースも目立っています。

ミトコンドリア病の発症には遺伝子異常が関わっていることがわかっていますが、原因遺伝子を特定できるのは患者さんの1/3にすぎません。原因遺伝子がわかれば治療に結びつけられる可能性があることから、私たちの研究グループでは十数年にわたって、全国から送られてくるミトコンドリア病の患者さんの検体の遺伝子解析を行ってきました。その数は毎年発症する患者さんの約半数にあたります。さらに、設立当初から厚生労働省難治性疾患政策研究事業(後藤班)と密接に連携してきたこともあり、2022年にはミトコンドリア病遺伝子検査が保険収載されることにつながりました。

2023年11月には、順天堂医院臨床検査部で遺伝子検査を受け入れる体制を構築し、全国の契約施設からの受付を開始しています。従来はミトコンドリアDNAの一部の配列を調べる検査でしたが、細胞核のDNAを含めた原因遺伝子を効率よく一括で調べられる「ミトコンドリア病遺伝子パネルシーケンス」という検査法を開発し、大量の症例に対して効率よく調べることを可能にしたのです。20245月時点で全国の主要61医療機関と連携しています。2024年度より、東北大学と連携して新たな医師主導型治験も始まる予定で、次の候補となる薬剤の非臨床試験も開始されています。

 

学内で開発された治療法を臨床応用するための基盤づくりも

ゲノム医学研究・難治性疾患実用化研究室が対象としているのはミトコンドリア病に限りません。炎症性腸疾患、リンチ症候群、マルファン症候群、家族性高コレステロール血症、遺伝性膵炎など、数々の遺伝性の難治性疾患を対象として、他施設や臨床各科との共同研究による遺伝学的解析研究などを通して病態解明と治療法開発を推し進めていいます。大腸がんを引き起こす原因となる家族性大腸腺腫症については、埼玉医科大学との連携で遺伝子解析を行い、新しい病的バリアントを数多く確定し、臨床ガイドライン作成に貢献してきました。

乳腺腫瘍学・細胞・分子薬理学・ゲノム・再生医療センターとの共同研究では、HER2陽性乳がんの治療で用いられる分子標的薬トラスツズマブの副作用である重症心毒性に炎症誘導経路が関与している可能性を、iPS細胞から樹立した心筋細胞を用いて明らかにしました。この研究成果によって、副作用のリスクが少ない新規治療法やバイオマーカーの開発への基盤が確立したのです。

また、体細胞(生殖細胞以外のすべての細胞)から直接分化転換してインシュリン産生細胞を作るダイレクトリプログラミングという方法を開発中です。学内には、当センターとアステラス製薬による共同講座「ダイレクトリプログラミング再生医療講座」を開設し、この技術に関する特許も取得しています。 膵臓から分泌されるホルモンの一種であるインシュリンは、糖の代謝を調節する働きがありますが、Ⅰ型糖尿病ではインシュリンをつくり出す細胞に異常があり、インシュリンがほとんど分泌されません。そのためⅠ型糖尿病の患者さんは生涯にわたってインシュリンを補う治療を続けなければなりませんが、現在研究中のダイレクトリプログラミング技術が実用化されればⅠ型糖尿病の根本治療になりえるものとして期待できます。

臨床試験や臨床治験も実施する先端設備を備えた共同研究施設

先端的な医療臨床研究の拠点形成を目指す難治性疾患・再生医療実用化研究室には、基礎的研究から再生医療の実用化研究まで行うことができる先端設備が整っています。

セルプロセシング室(CPC)には、移植細胞を調製するために衛生的に保たれた調製室が3室(開放系2、閉鎖系1)設置され、隣接する処置室では実際に再生医療を受ける患者さんの検査や細胞の採取を行うことが可能です。試験室ではCPCで調製された治療用の細胞の品質や無菌性の確認のために行う検査用機器が備えられています。

これらの施設では、再生医療等の実用化支援も多数進行しています。CPCでは、再生医療等安全性確保法下の臨床研究のための細胞加工の試験、医薬品・医療機器等の品質、薬機法下の医師主導治験のための細胞加工などを実施。PRP等調製室においても、再生医療等安全性確保法下の臨床研究のための細胞加工、保険診療のための細胞加工が行われているほか、試験室において医師主導治験のための細胞洗浄・充填作業などが実施されています。

その中でも、順天堂大学健康総合科学先端研究機構が中心となって他施設共同医師主導治験を進めてきた誘導型抑制性T細胞は、肝臓移植などの臓器移植における拒絶反応を安全に行うことを目指した研究として注目されています。本研究室では誘導型抑制性T細胞を用いた免疫寛容を促し、移植臓器を生着させる治療法の安全性と有効性を検証しています。

また、バージャー病や膠原病によって生じる難治性虚血性下肢潰瘍の患者さんに対してRE-01(自己末梢血培養単核球細胞群)という治療を行った場合の安全性と有効性を検討する試験も行われています。本学再生医学の田中里佳教授が開発したRE-01は、今後さらなる研究開発によって、より広い対象への応用が期待されている治療法の1つです。

すべての研究は「実用化」を視野に
患者さんに還元するために行う

当センターは、名前が示す通り、難治性疾患の診断と治療に関することを研究するセンターであり、どの研究も必ず患者さんに還元できる形で実用化することを視野に入れて取り組んでいます。

その上でゲノム医学研究・難治性疾患実用化研究室が目指すものは、学内外の各領域における研究者と連携した研究開発体制の強化です。例えば、ミトコンドリア病の遺伝子解析技術をより多くの医療機関に解析を提供することでミトコンドリア病の基礎・臨床の連携やミトコンドリア病の病診連携体制の強化につなげます。

また、保険収載の遺伝学的検査では解決できなかった症例に対して追加解析したり、従来の臨床所見では診断名がつかない症例については血液や病変組織からゲノム情報(遺伝子発現、エピジェネティック変化を含む)を取得するなど、病態解明に向けてあらゆる手段を講じていく所存です。

難治性疾患・再生医療実用化研究室では、主に橋渡し研究を行いつつ、現在は治療法がない難病などに対する新しい治療法の確立を目指した実用化研究を進め、薬事承認・保険収載、自費診療、先進医療などを通じて難病で苦しむ患者さんに新しい診断と治療を提供することが目標です。本研究室における再生医療の実用化研究開発の成果を、アンメット・メディカル・ニーズとして立ちはだかるさまざまな疾患に対する治療法として発信することは、多くの人々の健康増進、健康寿命の延長、地域医療へ貢献、医療費の削減につながることだと考えています。そこからさらに、アジア・欧米諸国をはじめ世界各国に向けて、より広くグローバルな展開を目指すことにより世界全体の人々の健康増進に貢献できる成果となることを想定しています。

研究者Profile

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岡﨑 康司

Yasushi Okazaki

大学院医学研究科難病の診断と治療研究センター
センター長

1986年岡山大学医学部卒業. 1995年大阪大学大学院医学系研究科修了(医学博士). 大阪警察病院心臓センター、国立循環器病センター、理化学研究所を経て、2003年に埼玉医科大学ゲノム医学研究センター教授就任. 2017年より順天堂大学医学部教授および当センター長(現在). 順天堂医院ゲノム診療センターセンター長を併任. ミトコンドリア病患者の核遺伝子にコードされた原因遺伝子の解明、希少疾患の網羅的ゲノム解析などを研究.