順天堂大学 研究ブランディング
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ミトコンドリア遺伝子解析から健康を導く

最先端の「マルチオミクス解析」で
ミトコンドリア病の病態解明に挑む

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研究代表者

岡﨑 康司

大学院医学研究科難治性疾患診断・治療学 教授

ヒトの細胞のすべてに存在するミトコンドリア。生命活動に必要なエネルギーを産生する役割を担うこの細胞小器官の機能が低下する病気が「ミトコンドリア病」です。順天堂大学難病の診断と治療研究センターは、ミトコンドリア病の世界的研究機関として知られており、日本全国から遺伝子解析の依頼が寄せられています。病態解明や治療法開発の最新動向について、岡﨑康司センター長に話をうかがいました。

全身の臓器や器官に影響を与えるミトコンドリア病

私がセンター長を務める難病の診断と治療研究センターでは、難治性疾患の病因・病態解明および治療法の開発に取り組んでいます。なかでも私が長年研究を続けているのが、「ミトコンドリア病」の病態解明と治療法の開発です。

ミトコンドリアは、生物のほぼすべての細胞に存在する細胞小器官のひとつで、主に生命活動に必要なエネルギーATPの産生を担っています。ATPは1日あたり、ヒトの体重分(成人男性の場合65kg)くらい産生されるもので、細胞の活動に不可欠な存在です。そのミトコンドリアの機能が低下することにより引き起こされるのがミトコンドリア病になります。

ミトコンドリアの機能低下は、すなわちエネルギー産生の減少を意味するもので、全身の臓器や器官でさまざまな影響が出ます。具体的には、筋力の低下、心筋症、肝臓・腎臓の機能低下、難聴など、全身に症状が出ます。先天性代謝異常症としては、最も発症頻度の高い疾患で、5000人の出生あたり1人が発症すると考えられています。

現在、ミトコンドリア病の根本的な治療法はなく、ビタミン補充療法などの対症療法が主に行われています。つまり、ミトコンドリアの機能低下により不足したエネルギーを補充する治療です。2020年には、ミトコンドリア病の一部の症例に対して、タウリン投与の効果が認められ、保険適用が認められましたが、まだまだ根本的治療にはほど遠いのが実状です。私たちの研究チームもミトコンドリア病患者の皮膚の繊維芽細胞を用いた実験により、アミノレブリン酸(5ALA)投与の効果があることを見出し、医師主導型治験を進めていますが、著効例も認められるものの明らかな有効性については、まだ検討の余地が残る状況です。

細胞核由来のDNAにもミトコンドリア病の原因遺伝子があった

ミトコンドリア病の病態解明に関しては、ここ10年ほどで原因遺伝子の解析が世界中で進められています。これまでミトコンドリアDNAと細胞核由来のDNA合わせて約400個が原因遺伝子として同定されました。ターニングポイントとなったのは、ミトコンドリア病の原因遺伝子がミトコンドリアDNAだけでなく、核DNAにも1500個程度あるのが明らかになったことです。これは、核DNAからつくられたたんぱく質が、ミトコンドリア内で何らかの働きをしていることを意味します。

2010年頃から次世代シーケンサー(解析装置)を用いた網羅的解析が世界各国で一気に進められたことで、次々と核DNA由来の新たな原因遺伝子が同定されました。私たちの研究チームも独自に、あるいは世界の研究者と共同で、これまでに12個を超える新規の原因遺伝子を同定しています。

こうした研究成果もあり、当センターはミトコンドリア病の研究拠点として世界中から認識されています。これまで日本全国から3000例以上の解析依頼が寄せられており、これは世界有数の規模だと自負しています。

解析方法としては、まず生化学的診断でミトコンドリア病が強く疑われる症例をスクリーニングし、次にミトコンドリア遺伝子パネル検査でさらに数を絞ります。そして、ここまでの検査で遺伝子候補が特定できない症例に対しては、全エキソーム解析、全ゲノム解析、さらにRNA解析、プロテオーム解析など、いわゆる「マルチオミクス解析」といわれる手法を用いて、新たな原因遺伝子を同定していきます。これは、遺伝子だけでなく、RNAやたんぱく質など、細胞レベルのさまざまな分子を網羅的に解析する技術で、順天堂大学には、これを可能にする設備が完備されています。

ユニークな研究としては、iPS細胞を用いた解析も行っています。ミトコンドリア病は、中枢神経系にも影響が出るのですが、患者の脳神経細胞を頭蓋骨の中から取り出すことはなかなかできません。そこで、ミトコンドリア病患者の皮膚細胞からiPS細胞を作成し、それを神経細胞に分化させて、その中のミトコンドリアの動きを観察しています。

遺伝子解析におけるVUS(Valiants of Uncertain Significance)の解決にも力を入れています。VUSとは、バリアント(遺伝子変化)は認められるが、病気の原因遺伝子とは確定できず、さらなる機能解析が必要なものを指します。私たちの研究チームでは、このVUSの病原性を確定するための新たな指標を開発し、診断の効率化にも取り組んでいます。また、このVUSの診断結果をデータベースとして公開する試みも行っています。

VUSの確定診断や治療法の開発に向けた薬剤スクリーニングを目的とした、ゼブラフィッシュを用いた解析システムも構築中です。ゼブラフィッシュは実験動物としてよく知られている観賞魚で、ミトコンドリア病の原因と考えられる遺伝子をノックアウトしたゼブラフィッシュを実験室で飼育し、その生育過程などを観察しています。

全診療科をまたがる「ミトコンドリアセンター」をつくりたい

現在、私たちが遺伝子解析を行っている小児期に見られるミトコンドリア病の患者は、かなり重症な例が多く、原因遺伝子がはっきりしている症例も数多く見られます。症例によっては、ビタミン補充療法、亜鉛療法、食事療法などが効果を示すこともあり、早期の診断が望まれます。今年に入って、ミトコンドリア病の遺伝子診断は、保険収載されました。そこで、これまで厚生労働省やAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)で進められてきた難治性疾患実用化研究事業で遺伝子検査を引き受けてきた経験を活かし、順天堂医院の臨床検査部と共同で、保険診療に対応したミトコンドリア病遺伝子検査システムを構築する方向で準備を進めています。

家族性パーキンソン病の一部には、核由来のミトコンドリア遺伝子が原因となっているものもあります。また、ミトコンドリア病は、その他の精神疾患に関与している可能性もあり、その病態解明の成果は、順天堂大学で幅広く共有すべきだと考えています。

私の目標は、順天堂医院の全診療科をまたがる「ミトコンドリアセンター」のような拠点をつくって、病態解明、診断、治療の研究をワンストップで行うことです。これまで蓄積したミトコンドリア病研究のノウハウを活かして、新たな治療法や予防法を開発し、世界に発信していきたいと思っています。

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