「スポーツ医科学」を通じて、 人々の健康を支える持続可能な人材育成システムの構築へ

研究代表者
大学院医学研究科運動器再生医学講座特任教授 齋田 良知

医学塾として江戸時代後期の1838年に設立された順天堂大学。現在は、保健医療学部、スポーツ健康科学部なども設置され、健康総合大学としての組織づくりが進んでいます。ここで柱のひとつといえるのが、スポーツと医科学の融合。大学院医学研究科運動器再生医学講座の齋田良知特任教授は、欧米で確立されている「スポーツドクター」という職業を日本でも普及させようとしています。プロスポーツの発展はもちろん、一般の人々の健康寿命延伸にも貢献したいと語る齋田特任教授の取り組みについてうかがいました。

スポーツドクターは病院ではなくフィールドにいる

欧米では、「スポーツドクター」という肩書きの医師がいます。日本ではスポーツ専門の医師というと整形外科医に限られる印象がありますが、海外ではそうとは限りません。中には外科手術を専門としないスポーツドクターもいます。 私は、過去にイタリアに留学し、サッカーリーグ「セリエA」のトップチームである「ACミラン」で、スポーツドクターとして1年間帯同した経験があります。そこで見たのは、スポーツ医科学を取り巻く日本とはまったく違う環境でした。 まず、イタリアのスポーツドクターは、病院ではなくスポーツのフィールドにいます。その理由は、ケアの対象となるスポーツ選手がそこにいるから。チームに常時帯同し、身体づくりからケガの予防、栄養やホルモンバランスなど健康状態の管理まで、選手のコンディションづくりをトータルでサポートします。 これに対し、日本のスポーツ専門医は、ケガをした選手を病院で待つのが基本のスタンスです。日本は国民皆保険制度で守られていることもあり、病気やケガの予防にお金をかける発想が圧倒的に足りません。そのため、欧米のようなスポーツドクターはまだまだ職業として成立していないのが実状です。サッカーの例でいうと、Jリーグでスポーツドクターが常勤しているのはまだ数チーム程度で、私はこの状況を順天堂大学から変えていきたいと考えています。

佐々木朗希投手の未来を守った監督の判断

まずは、スポーツ現場の意識改革が必要です。大前提として、スポーツドクターの活躍の場はプロスポーツチームだけではありません。むしろ、全国の小学校、中学校、高校、地域の高齢者施設などにスポーツドクターが常勤して、そこに通う人々に身体の動かし方やケガをしないトレーニングの指導をして、予防医学の意識を高めるのが第一歩でしょう。 もちろん日本も変わってきています。例えば、2019年夏の全国高校野球選手権岩手大会で、大船渡高校の絶対的エースだった佐々木朗希投手は、監督の判断によって決勝のマウンドに上がることなく、甲子園出場を逃しました。賛否両論ありましたが、「投球制限」などのルールがあるアメリカでは当たり前のことで、このときの英断によって、現在の佐々木投手の活躍があると考えることもできます。スポーツ医科学の役割はここにあるのです。

自身の血小板の成分を注射するPRP治療を担当

私自身高校時代は、全国大会に4度の出場経験があり、本気でサッカーに打ち込んでいました。サッカー選手の宿命でもありますが、高校1年次に膝に大けがを負い、手術をして無事回復した経験があります。これが医師を目指すようになったきっかけでした。
順天堂大学医学部に入学後、スポーツドクターという新しい「働き方」を知りました。そこで整形外科医を目指しながら、当時、ジェフユナイテッド千葉のチームドクターをしていた保健医療学部の池田浩先生の仕事現場について行って、スポーツドクターの仕事を学びました。

今は、本郷にある順天堂医院で再生医療分野の最先端技術であるPRP(多血小板血漿)治療を主に担当しています。これは、患者さん自身の血液から血小板を抽出してつくったPRPを患部に注射する治療法です。血小板には、痛んだ組織の修復を促す物質があり、ケガの早期治療や痛みの軽減効果があります。もともと切開を伴う外科手術を回避したいスポーツ選手に注目された治療法でしたが、現在は膝に問題を抱える高齢者の方からのニーズも多くなり、順天堂医院には「PRP外来」も開設されています。

学部間のヨコのつながりをつくる「スポーツ医学塾」

私は現在、研究ブランディング事業の一環として、「スポーツと医療の両面から人々の健康を支える人材の育成システム構築」という課題に取り組んでいます。これは、「スポーツ医科学を通して、人々の健康を支えること」を目指す本学の学生たちが、学部間の垣根を越えて、切磋琢磨しながら成長し、将来の夢を叶えるための持続可能なシステム構築を目指すものです。

ここにおける具体的な取り組みのひとつが「スポーツ医学塾」の活動です。医学部はもちろん、保健医療学部、医療看護学部、スポーツ健康科学部、健康データサイエンス学部など、全学部の学生が参加できる組織です。順天堂大学には、「スポーツに携わりたい」という志で入学してきた学生が各学部に一定数います。しかし、学部間のヨコのつながりがないため、学生間の交流がないのがもったいないと感じていました。

学部間を横断するスポーツ医学塾に参加すれば、スポーツドクターを目指す医学部の学生とアスレチックトレーナーを目指すスポーツ健康科学部の学生が、在学中から共に学び合える環境が実現できます。ほかにも看護師や理学療法士を目指す学生にとっても将来の「チーム医療」を学ぶ絶好の機会になるでしょう。現在、スポーツ医学塾の登録学生は100名ほどで、そのうち20名くらいがコアメンバーとして活動しています。

スポーツ現場における「順天堂ネットワーク」を構築したい

スポーツ医学塾の活動は不定期で、スポーツ医科学の現場を体験したり、スポーツの現場で働く先輩の話を聞いたりしています。例えば、2024年1月には、Jリーグ「いわきFC」のメディカルチェックをサポートする機会があり、医学部、保健医療学部、スポーツ健康科学の3学部から計10名の学生が参加しました。現場でX線や心電図の検査をサポートしたほか、スタジアムにおける医事業務を学ぶこともできました。スポーツ医科学の現場を肌で感じるこのような経験ができるのは、順天堂大学のネットワークのおかげだと思います。

また、学生主導の取り組みとしては、スポーツ医学塾のメンバーである保健医療学部の学生が医学部女子バスケットボール部の学生トレーナーを務めているという事例もあります。スポーツ医学塾で受けたテーピング講習の成果を学内の運動部ですぐに試せるというのもスポーツが盛んな順天堂大学ならではの強みです。今後は、健康データサイエンス学部の学生たちにも参加してもらい、メディカルチェックのデータを分析して、ケガの予防に役立てるような研究ができれば面白いと思っています。

今回の課題における大きな目標は、日本全体の「健康寿命の延伸」です。そのためスポーツと医療の両面から人々の健康を支える人材を育成し、社会に継続的に送り続けるシステムを構築したいと考えています。
順天堂大学の卒業生には、すでにスポーツ現場でメディカルスタッフとして活躍している人が多数います。こうした先輩たちと現役の学生たちが、在学中からつながりを持つことで、スポーツ医科学の現場を早期から見学・研修する機会を創出することができます。学部間のヨコのつながり、さらに先輩後輩のタテのつながりを強化することで、スポーツ現場における「順天堂ネットワーク」を構築できればと思い、日々邁進しております。

研究者Profile

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齋田 良知

Yoshitomo Saita

大学院医学研究科運動器再生医学講座
特任教授

2001年順天堂大学医学部医学科卒業. 順天堂大学整形外科・スポーツ診療科入局、JEF千葉チームドクターを経て、2009年順天堂大学整形外科助教. 2009年より、なでしこジャパンチームドクター. 2015年よりガレアッチ病院留学(イタリア・ミラノ)、ACミラン帯同. 2017年より同大整形外科・スポーツ診療科 助教、いわきFCチームドクター. 2018年より一般社団法人日本スポーツ外傷・障害予防協会代表理事、順天堂大学整形外科講師. 2019年より順天堂大学整形外科准教授. 2020年より同大学医学部医学研究科スポーツ医学・再生医療講座特任教授を経て、2023年より現職.