看護のBest Practice実現に向けシミュレーション教育のエビデンスを積み上げていく

研究代表者
シミュレーション教育研究センターセンター長 植木 純

更新日:  2026年3月17日

公開日:  2024年8月19日

 

シミュレーション教育研究センターは、看護領域におけるシミュレーション教育を先進的に研究し、実践する研究施設です。多様なシミュレーション教育を実践しながら、最先端の技術を取り入れ、より良い教育環境を構築するとともに、看護の Best Practice を目指した研究を進めています。センターが展開するシミュレーション教育研究について、植木純センター長と寺岡三左子副センター長にお聞きしました。

日本のシミュレーション教育の先駆的存在
実際の医療現場を再現できる研究拠点を設立

植木 シミュレーション教育とは、実際の臨床現場を再現した状況下で、人やシミュレーター、医療機器に対して、学習者が主体となって医療行為や看護ケアを経験し、チーム医療における役割や相互作用を含めて、知識・技術・態度および臨床判断を統合的に学習する教育方法です。この教育手法は米国を中心に発展してきており、日本においても、看護学教育分野では2010年代以降、徐々に普及してきました。その中でも、順天堂大学医療看護学部は、他大学に先駆けてシミュレーション教育を積極的に導入してきた大学の一つです。当センターでは、さらなる看護の Best Practice(最善の手法)の実現を目指し、シミュレーション教育に関する研究の推進や先端的な教育手法の構築に、国外の大学とも連携しながら取り組んでいます。特に、臨床現場を忠実に再現した学習環境において、DX、仮想空間、AI、高機能シミュレーターを活用したシミュレーション教育の展開を目的としています。看護分野において、このようにシミュレーション教育を専門に研究・実践する施設は国内でも限られており、本センターはその中でも先進的な取り組みを行う研究拠点の一つとして活動しています。また、センター設立当時は COVID-19 のパンデミックにより病院実習が困難な状況にありました。そのため、将来の新興感染症の流行下においても、質の高い教育を継続できる環境を構築するという重要なミッションも担っています。

センターは、体育館として使用されていた建物を利活用して整備された約657㎡のスペースから成り、透明な壁で仕切られたラーニングコモンズ(ブリーフィングおよびデブリーフィング用)(207㎡)と、使用目的に応じてロールカーテンでコンパートメント化できる28ブースおよび2つのコントロールルームを備えた実践シミュレーションエリア(450㎡)で構成されています。実践シミュレーションエリアのエリア1ではクリティカルケア病棟、外来、ナースステーション、在宅医療を、エリア2では小児病棟や周産期センターを想定した環境を整備しており、さまざまな医療現場を再現することが可能です。加えて、医学部附属病院で使用する IBM の電子カルテを15台設置し、実臨床に近い情報環境のもとで学習できる体制を整えています。

「わかる」から「できる」へ
学生の主体性を育む教育環境

寺岡 当センターは、シミュレーション機器やICTを活用してリアルに近い臨床環境での学びを提供し、看護実践力を高めることをミッションとする研究施設です。シミュレーション教育のプログラムは、国際基準に基づいて設計しています。単純に臨床現場を再現すれば良いのではなく、どのようなスキルを身につけるのかといった目標を明確にし、その達成に必要な学習要素をシミュレーションするシナリオに盛り込むことを重視しています。明確な学習目標の設定と目標に応じた教材の活用が重要です。そして、学習する人を中心に考えた、学習者中心のアプローチを行います。

安全が確保された環境の中で生産的な失敗を経験することで、学習者は「どうすれば良かったのか」「何が不足していたのか」に自ら気づき、学習を深めていきます。経験の振り返りや自己評価を通して知識と技術の統合が始まり、「わかる」から「できる」へとつながる学びを目指しています。近年では、生成AIをはじめとする新たなテクノロジーの進展により、こうした振り返りや思考の言語化を深化させる学習環境の可能性も広がっています。これらのツールを学習支援として活用することは、学習者の主体的な学びをさらに促進すると考えています。このような学びの環境において、教員の役割は知識や技術を教え込むことではなく、学習者自身が目標を達成できるように導くファシリテーターであると捉えています。

先に述べたセンターのミッション実現を目指し、シミュレーションによる教育効果に加え、シミュレーションによる学びそのものを研究対象としています。そこからシミュレーション教育のエビデンスを積み上げ、日本の看護学生のために最適化したシミュレーション教育方法を確立することを目指しています。

DX・仮想空間・AI・高機能シミュレーターを統合した次世代型シミュレーション教育プログラムの構築

植木 当センターは2022年4月に開設され、改修が終了した同年秋に本格稼働が始まりました。現在は、センター長1名、副センター長2名、併任教員2名、運営委員(教員)10名の計15名の教員と、専任事務職員1名による多職種連携チームで運営されています。19台の高機能患者シミュレーター、蘇生トレーニング用マネキン、基本手技シミュレーターなどを用いて、学生が主体となって学ぶアクティブラーニングを展開しています。

センター内には研究スペースも確保しており、ポストドクトラルフェロー等の公募を行うなど、研究拠点としての機能強化にも取り組んでいます。科研費をはじめとする競争的研究資金を獲得しながら、教育と研究を両輪とした活動を進めています。こうした研究基盤のもと、シミュレーション教育手法を科学的に検証し、その成果を教育現場に還元するとともに、現場で得られた知見を再び研究に生かすことで、教育と研究が相互に発展する好循環の構築を目指しています。

研究の柱の一つとして、DX・仮想空間・AI・高機能シミュレーターを統合した次世代型シミュレーション教育プログラムの構築に取り組んでいます。特にIBM電子カルテ導入により、多職種の記録から成る代表的な病態を対象とした Patient Journey Scenarioの作成が可能となりました。これらのシナリオを基盤として、高機能シミュレーターやデジタル技術を活用し、AIや混合空間技術を適切に組み合わせることで、従来の教育手法では構築が難しかった、より臨床場面に即した学習環境の創出を図っています。また、本研究は University of Hawaiʻi at Mānoa, John A. Burns School of Medicine の SimTiki Simulation Center との国際共同研究としても実施しており、海外の先進的なシミュレーション教育の知見を取り入れながら、教育・研究の高度化を図っています。

幅広い専門領域の教員が当センターを活用
個々の研究のレベルアップも目指す

植木 シミュレーション教育を研究対象とする教員だけでなく、すべての分野の教員たちもシミュレーション教育に関心を寄せていることが本学部・研究科の特徴です。2022年度は10月からの約半年で34コマでしたが、2023年度は医療看護学部の228コマの演習・実習と大学院のシミュレーション看護学に活用され、現在に至っています。

当センターが展開するシミュレーション教育の対象者は、学生や医療スタッフにとどまらず、術前後や急性・慢性疾患患者へのセルフマネジメント教育にも拡大した研究を展開中です。例えば、「ICTを用いたセルフマネジメント支援」の研究では、スマートフォンやタブレットのモバイルアプリによる医療サービスを開発しています。また、AIを搭載したセルフマネジメント支援アプリの開発は、患者さんの呼吸や浮腫の評価などをAIが支援することにより、日々の生活の中で病状変化の判断を支援することも可能になるでしょう。今までに、COPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease:慢性閉塞性肺疾患)、ぜん息などの呼吸器疾患、慢性心不全、SSI(Surgical Site Infection:手術部位感染)予防、在宅酸素療法など、在宅支援が重要になる疾患や治療を対象としたアプリ開発に取り組んできました。

DX・AI・eラーニングを融合した実践的学習の展開
キャンパスを越えて広がるシミュレーション教育

寺岡 教員と学生の双方から高い評価を得ているシミュレーション教育ではありますが、本学は日本有数の看護系学生数を擁していることから、すべての学生が効果的なシミュレーション教育を経験できる体制を整えることが重要であると考えています。そのため、DXやAIの導入を通じて、教育の質を維持・向上させながら、学習機会の最適化に取り組んでいます。また、シミュレーション教育は、設備の整ったキャンパスにいなければ学習できないという制約があります。こうした課題を踏まえ、本センターでは、場所や時間を問わず学習できるe ラーニング教材の開発に関する研究にも取り組んでいます。

シミュレーション機器を用いて手足を動かしながら手技を学び、e ラーニングを通じて判断力や思考過程をトレーニングする。このように学習方法を“ブレンド”することで、より効果的に臨床現場での実践力を高めることができると考えています。今後は、統合した次世代型シミュレーション教育プログラムの導入を通じて、知識・技術・判断力を有機的に結び付けた、より高度な実践力を備えた看護職の育成を目指していきます。

植木 安全にリアルな臨床現場を体験できるシミュレーション機器を備えた当センターは、非医療者に向けて本学医療看護学部の強みや看護学の魅力を発信する好機にもなると考えています。具体的には、2024年より寺岡教授を中心に、高校生を対象とした看護シミュレーション学習プログラム「臨床シミュレーションによる呼吸器・循環器系の観察と理解」を開催しており、大変好評を得るとともに、参加者数も増加しています。

さらに、海外講師を招請した国際交流講演会や市民公開講座の開催など、社会に開かれた教育・交流の場としての展開も期待されています。加えて、留学生への教育や遠隔シミュレーション教育の展開など、学外および海外の研究者・教育者との連携を視野に入れた取り組みも進めていく予定です。2025年にMOU(基本合意書)を締結したアメリカのジョンズ・ホプキンス大学、ならびにタイのマヒドン大学、ラッタナブンディット大学に加え、従来より交流を続けているタマサート大学などアジアの大学との交流を一層活発化させ、シミュレーション教育やICT活用に関する情報発信拠点としての存在感を高めていきたいと考えています。

研究者Profile

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植木 純

Jun Ueki

大学院医療看護学研究科シミュレーション教育研究センター
センター長

1983年に順天堂大学医学部を卒業後、同大学呼吸器内科学講座に入局。ロンドン大学王立医科学大学院およびロンドン大学ハマースミス病院(現・インペリアル・カレッジ・ロンドン)呼吸器内科での研鑽を積み、2004年に順天堂大学医療看護学部教授に就任。その後、同学部長および大学院研究科長を歴任し、2022年より現職。2020年から2024年まで一般社団法人日本呼吸ケア・リハビリテーション学会理事長を務め、セルフマネジメント支援や呼吸リハビリテーションの診療および研究にも取り組む。

研究者Profile

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寺岡 三左子

Misako Teraoka

大学院医療看護学研究科シミュレーション教育研究センター
副センター長

群馬大学医学部保健学科看護学専攻卒業。順天堂大学大学院医療看護学研究科修了。2016年博士号(看護学)取得。順天堂大学医療看護学部基礎看護学講師などを経て、2022年より同大学院医療看護学研究科教授。主な研究テーマは、シミュレーション教育に関する研究、デジタルツールを活用した実践的な教育方法。看護の文化や多様性に関する研究にも取り組む。日本看護シミュレーションラーニング学会理事。The International Nursing Association of Clinical Simulation and Learning (INACSL)会員。