身体活動から健康を捉える「スポートロジー」という新たな学問領域を確立

研究代表者
スポートロジーセンター センター長 河盛 隆造

スポートロジーセンターは、医学とスポーツを融合し、過栄養と身体活動不足などから生じる生活習慣病や、要介護となる原因疾患の予防を目指した研究を行うことを目的に設立されました。身体活動の緻密な計測や大規模コホート研究を行い、世界的にも評価の高い研究成果を次々と発表し続けるセンターの取り組みについて、“スポートロジー”の生みの親である河盛隆造センター長にお聞きしました。

健康に見みえる人の身体活動を多面的に計測し
「健康寿命の延伸進展」につなげる

「スポートロジー(Sportology)」とは、単なる“スポーツ医科学”ではなく、身体活動をキーワードとして、関連するさまざまな専門分野の深化と統合を目指す新たな学問領域です。

2007年に文部科学省「ハイテク・リサーチ・センター整備事業」に選定されたことを受けて設立されたスポートロジーセンターは、哲学も含め、脳科学など種々の基礎・臨床医学の最新科学を有機的にブレンドし、疾病の発症予防や治療の開発にもつながるような、新規の academic backgroundを形成することを目指し、研究を推進しています。

その目標のもと、健康に関連する種々の専門分野の研究者やチームが連携し、非肥満者の脂肪筋・脂肪肝、認知機能、ロコモティブシンドローム、痩せた女性の健康問題など、健康寿命の延伸に関する複雑な問題に取り組んでいます。また、「文京ヘルススタディ」という高齢者の現状を徹底的に計測し、長期にわたり観察していく研究など、世界的に見ても独自性の高い研究に取り組み、効果的な介入方法を開発しています。

新知見を速やかにEnglish Original Paperとして発表していますが、この数年はその数が、年間200以上にも及んでおります。

これらの研究の特徴は、既に疾患のある人を対象としているのではなく、一見健康に見える人を対象としている点です。お一人おひとりの身体状況をあらゆる角度から「正確に計測」し、健康維持や疾患発症に関連する要素を見つけ出す。そこから「健康寿命の延伸」につなげることを目的としています。

測れるものはすべて測り、測れないものを測れるようにして、
そこから「痩せメタボ」の実態を明らかに

スポートロジーセンターのモットーは「人で測れるものは何でも正確に測る。測れないものも工夫して測れるようにする」です。それにより、これまで「みかけ」で判断していた健康や疾患の発症に関わる重大な要因を明らかにすることができるからです。

そのために当センターにはさまざまな計測機器を導入しました。現在導入されているものとして、全身の体組成や脳の構造を緻密に測定するMRIとMRS、骨量を測定する二重エネルギーX線吸収測定装置、筋力を測定する多用途筋機能評価運動装置、インスリンによる筋・ブドウ糖取り込み率、肝・ブドウ糖処理率などの定量評価を行う人工膵島、さらに、被験者のエネルギー代謝を計測するヒューマンカロリーメーター・チャンバーシステムがあります。チャンバー内にはベッドやトイレなどの生活環境が再現されているので、被験者にはその中で24時間生活して、食事や睡眠、運動などをいつも通り行ってもらい、被験者の睡眠中、運動中、食事中のエネルギー代謝量のわずかな変化を分単位で測定することができるのです。

これらの装置を駆使して、例えば、健診で異常を指摘されていない非肥満・成人男性でも脂肪肝、脂肪筋、インスリンによる肝、筋のブドウ糖処理率の低下が見られることがあり、その原因が身体活動の低下、脂肪摂取過多であることが明らかになりました。この研究成果はメディアでも広く報道され、痩せていても内臓脂肪が多く生活習慣病リスクが高いことを表現した「痩せメタボ」という言葉が広く知られるようになったのです。

日本や東アジアに多く見られる
糖尿病の代謝・血管障害の病態を解明する

こで、当センターコアプログラムの1つ目「スポートロジーセンター・コアスタディ」では、東アジアで多い非肥満状態でのメタボリックシンドロームや糖尿病発症における代謝・血管障害の病態を明らかとすることを目的としました。

非肥満者でも、肝臓や骨格筋といったインスリンが作用する臓器に脂肪が蓄積する(異所性脂肪:脂肪肝、脂肪筋)と、インスリン作用が減弱し、血糖値が高くなることや、アジア人では痩せていても脂肪肝になりやすいことなどがわかってきました。そこで、日本人の非肥満者を対象としてインスリン抵抗性と代謝異常、異所性脂肪蓄積の関連性などについて調査した結果、数々のことが明らかになりました。

例えば、メタボリックシンドローム・糖尿病の病態として骨格筋インスリン抵抗性が重要であることや、アルコールの多飲が、肝インスリン抵抗性と空腹時血糖値の上昇の原因となることなどです。また、持久的アスリートでは骨格筋に脂質が多く蓄積しているのに、パフォーマンスが高いこと(アスリートパラドックス)が知られていますが、骨格筋における脂肪酸輸送担体の違いがそれを生じさせていることもわかりました。

これらの結果やそれに付随するサブグループの集団における詳細な各個人の生化学的データに加えて、当センター独自の血中・骨格筋中の網羅的リピドームデータ、さらには遺伝子データを用いて検討することで新たな知見を得て、日本人や東アジア人における効果的な介入方法の開発や個別化医療などに貢献していきたいと考えています。

文京区に住む高齢者を対象とした
大規模コホート「文京ヘルススタディ」

コアプログラムの2つ目の「文京ヘルススタディ」は文京区に住む1,629名の高齢者を対象として、認知機能・運動機能などが「いつから」「どのような人が」「なぜ」低下するのか、「どのように」早期の発見・予防が可能となるか、といったことを明らかにするコホート研究です。このスタディは対象人数が多いだけでなく、調査項目が極めて多彩であることが特徴で、これほど大規模なコホート研究は世界でも類を見ません。

具体的には、文京区在住の65歳以上85歳未満でランダムに選択された1,629名の高齢者を対象に、骨格筋の筋量・インスリンによるブドウ糖取り込み率の測定、認知機能、脳MRI、動脈硬化、関節機能、遺伝子多型、生活習慣(身体活動量・食事内容)などを網羅的に調査。調査開始以来1年ごとに郵送アンケート調査を行うとともに、2020年からは5年ごとのMRIを含めた来所調査を行うなど、現在まで10年以上に及ぶ追跡調査を行っています。

このコホート研究からは、高齢者の運動機能や認知機能に関する数多くの発見がありました。その1つとして、高齢者の膝の変化・痛み・運動機能の関連について検証したところ、高齢者の約60%で初期膝OA(膝の変化)が見られましたが、進行期膝OAの患者さんは初期膝OA群の患者さんに比べて運動機能や認知機能が低下しており、メタボ関連因子が増悪していることが明らかになりました。

特に注目してほしいのは、若い頃の運動習慣が高齢になってからの身体機能に影響しているという結果です。中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動習慣がある高齢者ではサルコペニアや筋機能低下のリスクが低いこと、中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動習慣がある女性では骨密度が高く、骨粗鬆症のリスクが低いことが明らかになりました。この結果は、100年時代を生きる若い世代にこそ知ってほしいことです。そこで私たちは、小学生・中学生・高校生が部活動などで運動習慣を身につけることを強く奨励しています。

「痩せた女性研究」で明らかになった
日本人女性の身体状態を取り巻く課題

コアプログラム3つ目の「痩せた女性研究」は、日本女性の現状を知り、痩せた女性に潜在するさまざまな疾患リスクとその原因を明らかにすることと、オーダーメイド型の介入方法の開発を目的として研究を進めています。

日本は、先進国の中で最も女性の痩せ傾向が進んでいる国で、女性の8人に1人、若い女性では5人に1人以上が“痩せ”と判定されています。痩せた女性は骨粗鬆症や転倒・骨折のリスクになることが知られており、“痩せ”と骨に関する研究は多くなされてきています。

その一方で、日本では太った女性と同様に、痩せた女性においても糖尿病の発症リスクが高いことが報告されています。しかし、痩せた女性が糖尿病になりやすい原因については、不明の部分が多く残されています。

この研究では、20代の長身の痩せた若年女性群と50~65歳までの痩せた閉経後女性群を主な対象として、糖尿病になっていないかを判定するブドウ糖負荷試験や骨量測定、異所性脂肪測定(脂肪肝、脂肪筋)などを実施しました。その結果、痩せた若年女性は標準体重者に比べて耐糖能異常の割合が顕著に高いことがわかりました。その理由としては、痩せた若年女性の多くは食事量が少なく、身体活動量も少ないという「エネルギー低回転タイプ」となっており、骨格筋量の減少の影響が考えられます。

この研究内容を発表したところ、2023年4月より内閣府のSIP第3期「包摂的コミュニティプラットフォームの構築」の「女性のボディイメージと健康改善のための研究開発」に採択され、5年間の研究開発を開始しています。日本では「痩せ=美しい」というボディイメージの偏りが若年女性の痩せを助長し、健康問題を引き起こしていると考えられていますが、この研究成果を通じて、社会全体での体型に対する包摂性を最大限に高め、女性が心身ともに健康的な生活を送ることができる社会の実現を目標として研究を進めます。

研究者Profile

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河盛 隆造

Ryuzo Kawamori

大学院医学研究科スポートロジーセンター
センター長

1968年大阪大学医学部卒業. 1971年トロント大学、その後大阪大学医学部第一内科講師を経て、1994年順天堂大学医学部代謝内分泌学教授就任. 2008年より現職. 順天堂大学大学院医学研究科特任教授を兼任. Adjunct Full Professor, Dept. of Physiology & Medicine. Univ. of Toronto、専門分野は代謝内分泌学. "脳・筋・肝・心・関節などの臓器連関がうまくいかなくなって、初めて疾病症状が出現する"、という小生の仮説がスポートロジーセンターで証明されつつあります。