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2年前、あの座談会で語った夢と今—研究と向き合った日々の先に            ~日本人アスリートにおけるパフォーマンス向上を目的とした禁止物質の使用・検討経験とドーピング道徳的離脱との関連~

博士前期課程2年
錦織 岳 さん

2年前に開催された2つのテーマの座談会「スポ健で見つけた私の学び 卒業研究を振り返る」と「学部生から修士課程に向けて&私たちがスポ健を選んだ理由」では、学部時代に取り組んだ卒業研究を振り返りながら、修士課程への期待や不安、そして自身の学びをどのように深めていきたいかを5名の学生が語ってくれました。

彼らが修士課程の2年間でどのような研究に取り組み、どのような成長を遂げたのかを、一人ひとりのストーリーとしてお届けします。

第4回は、スポーツ医学アンチ・ドーピング研究室でアンチ・ドーピングに関する研究を行った錦織 岳さんの歩みを紹介します。

 

学部時代には、「ドーピング検査対応に向けたアンチ・ドーピング対策の実態:大学生陸上競技アスリートのインタビュー調査から」をテーマに、質的研究を実施しました。

修士課程では、日本人アスリートのドーピング経験と道徳的離脱の関連に着目し、心理尺度を用いた調査を行いました。その成果を「日本人アスリートにおけるパフォーマンス向上を目的とした禁止物質の使用・検討経験とドーピング道徳的離脱との関連」と題した修士論文にまとめました。

  

―修士課程で取り組んだ研究について教えてください

修士課程の2年間では、パフォーマンス向上を目的とした禁止物質の使用と、ドーピングにおける道徳的離脱の関連に着目しました。これまでの研究で、ドーピングの可能性と道徳的離脱の関連は明らかになっていますが、実際にドーピングを行ったアスリートの道徳的離脱レベルを確認した研究はありませんでした。そこで、本研究では、禁止物質の使用を検討しているアスリートが、実際に使用したアスリートと同程度の道徳的離脱レベルにあるのかを検証しました。

 

 ①錦織 岳

修士課程1年次より積極的に学会発表をおこなった。写真は2023年に行われた日本体育・スポーツ・健康学会第73回大会の口頭発表。

  

―修士論文について教えてください

修士論文では、2つの研究に取り組みました。研究1では、ドーピング道徳的離脱尺度(MDDS)を逆翻訳法により日本語版に翻訳しました。この作業には、指導教員をはじめ、心理学、スポーツ医学、アスレティックトレーニングの領域の研究者が関わりました。その後、アスリートを対象に調査を実施し、尺度の妥当性と信頼性を検証しました。

研究2では、作成した日本語版MDDSを用いて匿名調査を実施しました。ここでは、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の調査パッケージを活用し、パフォーマンス向上目的での禁止物質の使用経験(ドーピング経験)に関する設問を設定しました。得られたデータをもとに、対象者を「使用経験なし」「使用検討経験あり」「使用経験あり」の3群に分類し、ドーピング道徳的離脱尺度の平均得点を比較しました。

その結果、仮説通りの傾向が示されました。ドーピング経験のないグループは、禁止物質の使用を検討したり、実際に使用したアスリートよりも道徳的離脱の得点が低いことが確認されました。また、禁止物質の使用を検討したグループと実際に使用したグループの間には有意な得点差が見られませんでした。つまり、ドーピングを検討する段階のアスリートは、すでに高リスク群にあると考えられます。このことから、ドーピングを検討する段階での適切な教育の重要性が示唆されました。

 

―研究を進めるうえでどのようなスキルが必要でしたか

研究を進めるうえで、アンチ・ドーピングに関する専門的な知識はもちろん、国外の先行研究を読み解き、理解するスキルが求められました。日本では、アンチ・ドーピングやドーピングに関する研究は、アンケート調査を用いたものが一部見られるものの、心理的な要因や概念を用いた研究はほとんど行われていません。一方、国外では多くの研究者がドーピングの心理的要因について研究を進めており、本研究でもそれらを参照しながら進める必要がありました。

また、尺度作成に関する知識や関連する統計学の理解も重要であり、それまで十分に学んでこなかった分野について、新たに知識を深めていく力も求められました。

 

―研究で用いた手法や工夫した点などがあれば教えてください

まず、日本語版尺度の因子構造を検証するために探索的因子分析をおこない、その結果をもとに確認的因子分析を実施しました。また、尺度の得点を用いて、ドーピング経験の異なる3群間(使用経験なし・使用検討経験あり・使用経験あり)の中央値を比較するため、ノンパラメトリック検定を用いました。

これらの解析には、統計解析ソフトSPSSAMOSを使用しました。学部時代にはこれらのツールをほとんど使用する機会がなかったため、周囲の方に積極的に質問しながら学びました。また、何度も検定やデータ分析を繰り返すことで、少しずつスキルを身につけることができたと感じています。

さらに、修士論文の執筆に早めに取り組めたことも良かった点の一つです。余裕をもって進めることで、データ分析や考察に十分な時間を確保でき、より精度の高い研究につながったと考えています。

 

―修士課程での時間の使い方で工夫したことや、研究をおこなううえで苦労したことがあれば教えてください

修士1年の頃は授業との両立が必要で、研究にすべての時間を費やすことが難しかったため、限られた時間を有効に活用することを意識しました。特に、隙間時間をうまく使い、効率的に研究を進められるよう工夫しました。そうしたなか、学会での発表も1年生で2回、2年生でも1回おこないました。発表を聞いてくださった様々な領域の研究者や先生方に励ましのお言葉やアドバイスを頂く機会にも恵まれ、とても充実した学術交流ができました。

また、研究以外にもさまざまな活動に携わりました。陸上競技部の跳躍ブロックのアシスタントコーチを務めさせていただき、チームとして全日本、関東インカレ総合優勝を経験することができました。さらに、ご縁をいただき、日本オリンピック委員会(JOC)のナショナルコーチアカデミー事業のサポートスタッフとしても活動し、視野が広がる貴重な経験を積むことができました。

そうした活動をしながらも、研究活動がおろそかにならないよう、「やるべきことはしっかりやる」という姿勢を常に心がけ、両立に努めました。

②錦織 岳

研究室の仲間と参加した第35回日本臨床スポーツ医学会学術集会(2024年)では修士論文の一部を発表した

2年前の「キーワード」はどのように生かされたでしょうか?

2年前の座談会で掲げたキーワードは「今この時を全力で楽しむ」でした。この2年間、もちろん大変なことも多々ありましたが、自分がやりたいと思ったことに前向きに取り組み、楽しむ姿勢を忘れないようにするための言葉だったと感じています。ときには自分を鼓舞する言葉として、このキーワードを意識しながら過ごしてきました。

改めて今の自分を表すキーワードを考えると、「忍耐力」が当てはまると感じます。研究活動では、辛いことや思うように進まないこともありましたが、最後まで粘り強く取り組むことができました。その結果、「忍耐力」が向上し、より良い研究活動につながったのではないかと思います。

 

―修士課程を通じて得られたことと、今後どのように活かすことができるでしょうか

修士課程の研究を通じて、データ解析や分析に関するスキル、課題解決能力を培うことができたと感じています。同期の院生にはアンチ・ドーピングを専門に学んでいる人がおらず、あらゆる課題に対してまず自分から取り組む姿勢が求められた2年間でした。

その中で、わからないことは自分から積極的に質問し、データ解析などの知識を深める努力を続けました。また、行き詰まった際には、そのままにせず先生方に相談するなど、課題に対して主体的に動く力が身についたと感じています。

 

―この経験は今後のキャリアや目標にどのように活かせるでしょうか

修士課程の2年間を通じて、課題解決能力や行動力を培うことができました。中々うまくいかないことも多くありましたが、諦めずにやり抜く力を身につけられたことは、今後のキャリアにおいても大きく役立つと考えています。

今後の進路は千葉県の公立中学校教員です。社会に出ると、すべてが順調に進むとは限らず、さまざまな壁に直面することもあるでしょう。そうした困難に直面したときこそ、これまで培ってきたスキルを活かし、目の前の課題から逃げずに取り組んでいくことが重要だと感じています。

 

―これから修士課程を目指す方へのメッセージをお願いします

自分が学びたいこと、挑戦してみたいことに思い切ってチャレンジすることがとても大切だと思います。その過程で壁や課題に直面することがあるかもしれませんが、逃げずにやり抜くことで、新たな視野が広がるはずです。

何事も楽しんで取り組むことが本当に大切だと、この2年間で実感しました。ぜひ、修士課程に進んだ際には、積極的に一歩を踏み出し、さまざまなことに挑戦してほしいです!

 

結びに

この2年間、錦織さんは研究と多様な活動を両立させながら、自ら課題に向き合い、粘り強く取り組む姿勢を貫いてきました。修士課程を通じて培った課題解決能力や行動力は、今後の実践の場でも活かされることでしょう。研究を通じて得た経験と学びが、次のステップへとつながることを期待しています。

 

次回は、科学コミュニケーション研究室でヒューマンコンピューターインタラクション(Human-Computer InteractionHCI)や社会心理学を専門に研究した渡部 宙さんのストーリーを紹介します。