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MRI を用いた脳の高次認知機能の解明

大脳新皮質の神経回路から
人間の「心」の正体に迫る

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研究代表者

小西 清貴

大学院医学研究科神経生理学 教授

ヒトの感覚、運動、思考、感情などのはたらきは、脳の神経回路によって営まれています。中でも「言葉を話す」「考える」といった高次認知機能を実現する神経回路は、大脳皮質にあると考えられています。大学院医学研究科で神経生理学を担当する小西清貴教授は、大脳の神経回路を調べる独自性の高い実験によって、高次認知機能が担う人間の「心」の謎に迫っています。MRI(磁気共鳴画像法)や磁気や超音波による脳刺激装置を用いた実験手法、研究の未来像についてうかがいました。

大脳皮質の神経回路が担う高次認知機能

ヒトの高次認知機能を実現する脳の神経回路を解明することが私の研究目的です。高次認知機能とは、何かについて考えたり、言葉を話したりといった比較的複雑な脳のはたらきのことで、見る、聞く、運動するといった比較的単純な脳のはたらきだけでは成立しないものを指します。

例えば、視力がいいのに他者の顔を認識できない人がいるとします。これは高次認知機能に障害を抱えている可能性が高く、視覚・聴覚などの感覚機能障害ではありません。また、「言葉を話す」という行為も非常に複雑な脳のはたらきを用いています。誰かが近づいてきたことに気づき、その人が誰なのか認識し、過去の事例を参照してどのような言葉をかけるべきか判断し、最終的なアウトプットをする——。瞬時にこれだけの処理をするのが高次認知機能なのです。

高次認知機能は、大脳皮質の神経回路が担っています。大脳皮質は大脳の表層を覆うシワシワの部分で、前頭葉、頭頂葉、側頭葉などと呼ばれる部位の総称です。脳の研究というとニューロンなどのはたらきを細胞レベルで調べる脳神経科学的な研究が多いと思います。これをミクロレベルと考えると私はもう少し引いて、マクロレベルで大脳の神経回路を観察しています。詳しくは後述しますが、MRIや脳刺激装置を用いて、高次認知機能を実現する大脳の神経回路の全貌を明らかにしようとしています。

モチベーションは人間の「心」への興味

研究のモチベーションになっているのは、人間の「心」のはたらきへの興味です。人間は脳を通してしか世の中を認識することができません。入力として何かを知覚し、その反応として運動などを出力する。その入力と出力の間にあるのが「心」と呼ばれるもので、これを高次認知機能が担っていると考えます。高次認知機能は、人間が人間らしく生きるために必須となる脳のはたらきです。そのメカニズムを理解することで、人間自体を客観的に捉え、自らの長所や限界を知ることができると考えています。

このような脳のさまざまな機能は、神経細胞同士がつながって神経の回路を形成することで成立すると考えられます。この神経回路に関して、反射などの単純な機能については、ある程度解明されています。例えば、大脳の視覚野においては、どの神経回路同士がつながって視覚を認識しているかがわかっています。

しかし、高次認知機能の領域では、神経回路のはたらきはほとんど解明されていません。高次認知機能は、大脳皮質の中の「連合野」と呼ばれる領域が重要な役割を果たしています。この連合野では多くの種類の神経細胞が未知の神経活動を示しており、視覚野のように特定の回路の組み合わせでは説明ができません。それが研究を複雑なものにしています。

「パーセル」という機能単位で脳の全貌に迫る

近年、高次認知機能研究のブレークスルーがあり、ヒトの大脳皮質はおおよそ300個から400個の機能単位から成り立っていることが報告されました。これは、米国ヒューマン・コネクトーム・プロジェクトによる研究成果で、この機能単位は「パーセル」と呼ばれています。このパーセルを構成要素としてつなげることで、マクロ的に神経回路の全体像を知ることが可能になります。

高次認知機能の検証実験においては、ヒトの脳を調べることが重要になります。しかし、動物実験で用いられる脳細胞を直接取り出すような手法をヒトの脳に適用することはできません。そこで、MRIや脳刺激装置を使って、脳を傷つけることなく調べる必要があります。

具体的には、MRIを使って高次認知機能と関連するパーセルを同定したり、パーセル同士のつながりを予測したりしています。MRIは、テレビの医療番組などでもよく登場する円筒形の検査機器で、脳や体幹のスライス画像を撮像することができます。

パーセルは、物理的には1〜2平方センチメートル程度の大きさで、これを同定できれば、どこからどこまでが連合野なのか、連合野の中でもどのパーセル同士がつながっているのかなどを明らかにすることができます。

磁気や超音波を使って脳を刺激する実験も

MRIを用いた脳活動の観察と並行して、脳刺激装置を使った実験の検証も行っています。これは、TMS(経頭蓋磁気刺激法)を使った実験で、ある瞬間に脳に軽い磁気刺激を与えて、脳の機能を妨げるものです。例えば、指でボタンを押すように指示した被験者に対して、「押すな」というサインを出す。そうすると連合野のうち、特定のパーセルが反応します。それをMRIで観察し、300〜400個のパーセルのうち、どこが動いているのか、どことどこがつながっているのかがわかります。そして、それらのパーセルを磁気刺激することで、パーセルの神経回路と行動との因果関係が示されます。

最近は、磁気を用いるTMSだけでなく、超音波を使った経頭蓋刺激装置も導入しました。これは国内でも2〜3台しか導入されておらず、研究の独自性を高めています。磁気や超音波を使った実験と検証の手法を神経回路の各パーツに適用することで、脳全体の神経回路の動きを明らかにできると考えています。

脳障害や慢性疾患の治療につながる可能性

高次認知機能を担う神経回路の解明が進めば、脳梗塞などで脳の一部を損傷した患者のリハビリテーションに応用できる可能性もあります。さらに、欠損した運動機能を補うデバイスの開発への応用も期待できます。また、うつ病などの神経疾患と連合野の関係も注目されており、特定のパーセルを刺激することで、精神疾患の治療に役立つ知見が得られるかもしれません。

また、同様の手法を視床下部のメカニズム解明に応用する研究も進めています。視床下部は、大脳皮質と違い、脳の内部にあたる間脳のある部位で、自律神経や内分泌の調整を行う中枢機関です。視床下部を解析対象にすることで、神経系に留まらず、膵臓や腸管など各臓器との回路が解明され、さまざまな内臓系疾患のうち、脳の異常のより引き起こされるものが見つかる可能性もあります。研究成果を糖尿病など慢性疾患の診断や治療への応用も期待できることから、順天堂大学の他研究室との共同研究も進められています。

今後は、前述したようなMRIや磁気刺激、超音波刺激を使った実験に、AIの機械学習を組み合わせる研究なども検討しています。ヒトの感覚、運動、思考、感情など大脳の高次認知機能が担う「心」のはたらきを少しでも解明できればと思っています。

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