アトピー疾患研究センター
機序から治療まで4半世紀にわたってアトピー疾患の研究をリード

研究代表者
アトピー疾患研究センター センター長奥村 康

アトピー疾患研究センターは1998年に文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業(学術フロンティア推進事業)の支援を受けて、小川秀興学長(当時、現在は学校法人順天堂理事長)を初代センター長に迎え、順天堂大学医学部に設立しました。以来、四半世紀にわたって、世界のアトピー疾患研究を先導する役割を果たしています。アトピー疾患研究センターの研究体制や今後の果たすべき役割と展望について、奥村康センター長にお聞きしました。

アレルギー性・炎症性疾患患者のQOL改善につなげ、健康社会の実現に寄与

アトピー性皮膚炎を含む各種アレルギー疾患は、近年になって増加傾向にあり、日本人の半数が罹患しているともいわれる代表的な「現代病」の一つです。アトピー疾患は免疫異常という遺伝的背景に環境的要因が加わって発症し、さらに、内的・外的な憎悪因子が加わり症状が悪化するという複合的な疾患群で、あらゆる方向から研究することが急務となっています。アトピー疾患が、その病態解明について社会的な要請の高い疾患であること、そして、極めて複雑な免疫システムの応答の結果として発症することに、順天堂大学ではいち早く着目し、アレルギー性疾患を多面的に研究するアトピー疾患研究センターを設立。設立当初から基礎と臨床を両輪として研究を推進してきました。

設立から26年 多くのアトピー研究者を輩出

当センターでは、遺伝子、分子、細胞、個体、いずれのレベルにおいても、リーダーとなる研究者を配置し、免疫異常のメカニズムを研究展開する体制のもと、免疫系、細胞内シグナル伝達系、転写の制御、細胞間接着のメカニズムとその異常を理解するための基礎研究を意欲的に進めています。最近では、免疫・内分泌系・神経系のクロストークにも着目した今後の生命科学の重要な課題をも視野に入れた研究も行っています。1998年の設立以来、当センターからは、多くの有望な研究者が輩出され、大学教員や研究者として活躍しています。これらが強みとなり、順天堂大学内だけでなく、学外の講座・大学・研究所・製薬企業などとの共同研究も数多く行っています。また、外国人研究者や留学生を積極的に受け入れており、日常の研究生活および週1回開催されるラボミーティングでは英語も使うなど、彼らが溶け込みやすい環境づくりをしています。

健康社会実現を目指し 4つの研究グループで

当センターでは、アレルギー性・炎症性疾患全般の病態解明を目指して研究を行っています。それらの成果が画期的な予防・治療法の発見、アレルギー性疾患の患者さんのQOL改善につながり、ひいては健康社会の実現に寄与するものと考えています。
そのために、当センターでは4つの研究グループに分かれ、それぞれのテーマと目的を設定して研究活動を行っています。以下の4研究テーマを設定していますが、アトピー性疾患にとどまらず、さまざまなアレルギー性・炎症性疾患の背後にある未知の機序を解明することによって、新しい標的に焦点を当てた診断・治療法開発への貢献を視野に入れた研究を今後も進めていきます。
① 皮膚由来抗菌ペプチドによる免疫調整機能の研究(目的:炎症疾患の分子標的治療)
② アレルギー・炎症を促進あるいは抑制する分子メカニズムの解明(目的:アレルギー性・炎症性疾患の診断・予防・治療法の開発)
③ 環境因子とアレルギー性疾患(目的:アレルギーの新しい治療・診断・予防法の開発)
④ 食物アレルギーに関する基礎的研究(目的:食物アレルギー症状を抑制できる治療薬の開発、食物アレルギーを根治できる治療法の開発)

眼の花粉症の新治療法を目指し

「眼の花粉症」といわれるアレルギー性結膜炎の新たな治療・予防法の開発を目指し、結膜が素早く能動的にアレルゲンを取り込む仕組みと粘液分子が花粉から眼を保護する仕組みを、奥村康センター長が中心となり、眼科臨床医が加わった研究グループが相次いで解明しました。これまで、受動的な取り込みについては解明されていましたが、能動的な取り込みの存在を初めて明らかにした本研究は画期的なものといえます。

また、結膜の杯細胞(眼などの表面に存在し粘液を放出する細胞)が花粉の殻に反応して、Goblet cell-associated antigen passage (GAP)という構造を速やかに形成し、アレルゲンの取り込みに重要な働きをしていることを明らかにしました。この研究成果は、2023年10月のJCI Insight誌オンライン版に掲載され、同年3月の「Nature Communications」にも眼科領域の研究成果が発表されています。 これは、眼に多く発現するシアル酸転移酵素St6galnac1の役割を明らかにして、粘液のシアル化糖鎖が粘液の花粉などの粒子を包み込んで除去する機能を高め、粘液分子が花粉から眼を保護していることを初めて突き止めたもので、この酵素が増加することによって起きる眼の花粉症の予防と治療につながるものとして注目されています。

皮膚科分野のアレルギーに関する研究も

眼科だけでなく、皮膚科領域のアレルギー疾患の研究もニヨンサバ・フランソワ教授を中心とした研究グループで進めています。アトピー性皮膚炎の炎症を軽減する抗菌ペプチド、ヒトβ-ディフェンシン-3がアトピー性皮膚炎の新たな治療法になる可能性を探るための研究では、この抗菌ペプチドが皮膚の表皮角化細胞のオートファジー(細胞内部の古くなった悪玉タンパク質が新しく作り替えられるメカニズム)を活性化させることが分かりました。この研究成果によって、アトピー性皮膚炎の新たな発症メカニズムが明らかとなり、2022年に「Journal of Clinical Investigation」に発表されています。

環境因子に着目した研究も

当センターでは、免疫の作用機序自体の解明にとどまらず、環境因子に着目した研究も進めています。あらゆる方向からのアプローチによって、アレルギー疾患の新たな治療法開発を目指し、さまざまな診療科とも共同研究を行っています。小児科臨床医を交えた研究グループでは、経口免疫療法(食物アレルギー患者が連日、アレルギー原因食物を少しずつ摂取することで原因食物を食べられるようになることを目指す治療法)がどうして有効なのかを動物実験から突き止め、食物アレルギー症状を抑えるメカニズムを明らかにしています。この研究成果は、The Journal of Allergy and Clinical Immunology誌のオンライン版に2020年8月に先行公開されています。
学外との共同研究も盛んです。2023年9月に「Nature」に成果が発表された研究は、東京大学大学院薬学研究科と東京大学医科学研究所の共同研究グループで行ったもので、新たなNLRP1インフラマソーム活性抑制因子、チオレドキシン(TRX)を発見し、クライオ電子顕微鏡を用いて分子構造を解明し、そして生体の酸化還元状態が自然免疫との関連性が重要であることを示しました。この研究で得られた構造知見は、NLRP1が関与する自己炎症性疾患などの新規治療薬開発につながるものとして期待されています。
当センターは、単にアレルギー疾患がどうして起きるかを究明するという学術的発展にとどまらず、新たな治療法、予防法を見つけ出すことを目指しています。「現代病」の一つといえるアレルギー疾患に対して、当センターが中心となり、順天堂大学内にとどまらず、学内外の研究者と共同でその解明にあたり、アレルギー・炎症性疾患に悩む患者さんのQOL改善、ひいては健康社会の実現に向けて、社会的な要請の高いプロジェクトを推進できる構想と陣容を有する拠点として今後も活動していきます。

研究者Profile

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奥村 康

Kou Okumura

大学院医学研究科アトピー疾患研究センター
センター長

千葉大学大学院医学研究院修了後、米NIH、米スタンフォード大学に留学. 東京大学医学部講師を経て、1984年に順天堂大学医学部免疫学講座教授、1990年に日本免疫学会会長、2000年に同大医学部長、 2008年より現職.