女性アスリートを取り巻く課題の解決に向けて研究という視点でアプローチする

研究代表者
女性スポーツ研究センターセンター長 小笠原 悦子

2014年に設立された女性スポーツ研究センター(JCRWS)は、女性アスリートの支援と女性スポーツの環境改善のための研究を行う拠点です。女性とスポーツをキーワードに、「コンディショニング」「コーチ」「運動習慣」という3点に着目した研究活動を通じて多くの研究成果を挙げています。国内外の企業や行政機関からも注目を集めるセンターの活動について、小笠原悦子センター長にお聞きしました。

すべての女性アスリートのために多方面から研究を展開

女性スポーツ研究センター(JCRWS:Japanese Center for Research on Women in Sport)は、部活動に励む中高生から日本代表クラスのトップアスリート、また女児から高齢女性まで、すべての女性アスリートが常にベストコンディションで競技に臨み、日本の競技力向上・スポーツ参加推進に寄与することを目的として研究活動を行う拠点です。

女性スポーツの歴史を振り返ると、男性主流と考えられてきたサッカーや野球でも女性が活躍するようになっており、男女差は小さくなっているように見えます。しかし、未だ多くの課題は解決されないままで、結婚や妊娠、子育て、介護といった女性特有のライフイベントにより競技生活を断念せざるをえない女性アスリートが少なくありません。

そういった課題に対して、研究の視点から女性アスリートやリーダーへの支援を行うため、当センターでは、①女性アスリートのコンディショニング」に関する研究をさらに発展させること、②「女性リーダーの育成・スポーツ参加促進」の方策提案を行うこと、③すべての女性を対象として、「健康増進とパフォーマンス向上」に寄与する研究を実施するという3つの方向性に基づいて研究活動を推進しています。また、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科・スポーツ健康医科学研究所、同大学大学院医学研究科との連携による「女性の運動パフォーマンスの遺伝・環境研究」についても、当センターの研究として、基礎研究の要素を担っています。

女性アスリートの健康を守るコンディション管理ツールを開発

女性アスリートの「コンディショニング」は、設立当初から続いている重要な研究テーマです。オリンピックやパラリンピックでも多数の女性アスリートがメダルを獲得するなど、その活躍に注目が集まっていますが、その一方で、ハイレベルなパフォーマンスを求めるあまり、自身の健康を害するケースも見受けられます。そうした問題は、中高生の部活動でも起こりうることです。

特に、トレーニングの量や質が高まったにもかかわらず、バランスの良い食事を摂らなかった場合、「利用できるエネルギー不足」になり、「視床下部性無月経」や「骨粗鬆症」になる恐れがありますが、これらを女性アスリートが陥りやすい3つの徴候「Female Athlete Triad:FAT」といいます。FATに陥ると、場合によっては、女性アスリートの選手生命と健康に大きな影響を及ぼしてしまうこともあるのです。そのため、早期発見・早期介入の必要性が国際的にも認識されています。しかし、日本ではFATをスクリーニングする有効なツールがありませんでした。

そこでまず私たちは、日本の女子中高生をアスリート群と非アスリート群に分類しFATリスクに関する調査を行い、アスリート群のFATリスクが非常に高いことを明らかにしました。その上でFATに“陥っている” “陥りやすい状態” に早期に気づくための『日本版FATスクリーニングシート(J-FATS)』を作成しました。このシートに記入していくことで、アスリート本人や指導者がコンディションをチェックできる内容になっています。2021年には、さらに詳細にコンディションを確認できる、女性アスリートのためのオンラインヘルスチェックツール「PPE for female athletes(Pre-participation Physical Evaluation:PPE)」も公開しました。

250人以上のリーダーを輩出してきた「女性リーダーアカデミー」

女性アスリートを支援するには、彼女たちを支えるコーチやリーダーの存在が不可欠です。ところが、日本のスポーツ組織の上層部やコーチのほとんどは男性が占めており、女性リーダーや女性コーチが増えていないことから、その原因は、日本には女性コーチを育成する環境がまだまだ整っていないからだと考えました。

私たちはこの問題をスポーツ界全体の重点課題として捉え、コーチングに関するさまざまな調査研究を実施してきた実績もあります。インタビュー調査の結果などを集約した『女性アスリートの戦略的強化支援方策レポート』の発行、カナダコーチング協会による女性コーチの戦略と解決策をまとめた『TAKING THE LEAD』という書籍の日本語訳と「エッセンス版」の編集を担当しました。2015年度からは、コーチ教育・トレーニングプログラムを提供する「女性リーダーアカデミー」をスタート。毎年軽井沢で開催する2泊3日のアカデミーは、国内外のトップレベルの専門家が講義を行い、科学的研究に基づいたプログラムを実践する日本で唯一の取り組みです。ベースとなっているのは、世界でも女性コーチ育成をリードしてきたアメリカのプログラムで、私を含む講師陣は、アメリカで最先端のコーチ理論や実践を学んできました。その学びを日本向けにバージョンアップしたものが女性リーダーアカデミーなのです。

アカデミーの修了生は、2023年度までの9期で通算275名に及び、その中には2020年の東京オリンピック・パラリンピックに選手、監督・コーチ、サポートスタッフとして参加した人もいます。また、アカデミーでの学びから刺激を受けて、本学大学院に進学した20代から50代の幅広い年齢層の修了生が今現在も研究に励んでいるなど、波及効果は計り知れません。

運動の始め方・続け方のヒントになる大規模なパーソナリティ調査を実施

競技としてのスポーツに限らず、健康増進に寄与する運動習慣やスポーツに参加する意欲を促進するような研究も重要テーマの1つです。2017年にスタートした「日本の高校生のスポーツ・身体活動促進のパーソナリティ別アプローチの検討」では、全国約13,000人の男女高校生に対するアンケート調査を実施しました。高校生のスポーツに関するモチベーションや態度因子などを踏まえ7つのパーソナリティに分類しました。この研究において独自に作成したパーソナリティ分析のアルゴリズムは現在特許出願中です。

2018年から2020年には、高校生のパーソナリティ分類をさらに発展させた形で、40代から70代の女性約3,800名を対象とした大規模調査を行いました。この年代の女性は体調や家族の状況などが大きく変わる時期にあり、体のリズムを整えて気持ちをリフレッシュするためにも運動が効果的です。しかし、誰にでも同じアプローチが有効とは限りません。この調査では中高年女性は8つのパーソナリティに分類され、パーソナリティによってスポーツとの関係性の程度や態度、モチベーションが異なることが明らかとなりました。運動を始める・続けるには、一人ひとりに適したアプローチの方法が大切だということです。

グローバルな活動拠点として世界的企業とのコラボレーションも実現

女性スポーツ研究センターの活動は、「女性リーダーアカデミー」の修了生たちや研究メンバーそれぞれの活躍によって、センターの枠組みを超え始めています。そこから新たなテーマにチャレンジする機会に恵まれ、さらに活動は広がり続けているのです。

海外からの注目度も高く、2022年に開催された「IWG(国際女性スポーツワーキンググループ)会議」では「女性リーダーアカデミー」について発表するなど、グローバルな視野での活動も目立ってきました。2023年4月には、当センターの取り組みに感銘を受けたというマレーシアの青年・スポーツ大臣らが本郷・お茶の水キャンパスに来校され、鈴木大地スポーツ健康科学部教授、鯉川なつえ副センター長も交えてディスカッションを行いました。

当センターとしても、国際的な規模での研究や啓発活動に積極的に参画していきたいと考えています。特に、研究協定を結んでいる世界的なスポーツ用品メーカーとともに、日本の少女たち自身の身体に対するイメージに自信を持たせる新たなコーチング方法(Body Confident Sport)の普及を行っていく予定です。

これからはアジアやさらに広い世界を見据えた活動を進めていくことになるでしょう。女性アスリートと女性スポーツを取り巻くことで、まだタッチしていないことにチャレンジしていくことが私たちの役割と考えていますので、世界中にアンテナを張って、広い視野をもって、進んでいかなければいけないと思っています。

研究者Profile

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小笠原 悦子

Etsuko Ogasawara

大学院スポーツ健康科学研究科女性スポーツ研究センター
センター長

1981年中京大学体育学部卒業. 鹿屋体育大学体育学部、米国オハイオ州立大学健康体育レクリエーション学部、びわこ成蹊スポーツ大学スポーツ学部などを経て、2011年に順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授就任、2024年より特任教授. 2014年より現職. National Association for Girls and Women in Sport(現AAHPERD)「国際開拓者賞(2012)」、JOCスポーツ賞「女性スポーツ賞(2019)」などを受賞. 2024年には本学女性スポーツ研究センター代表として、第26回秩父宮記念スポーツ医・科学賞奨励賞を受賞.