子どもから高齢者、トップアスリートまで最先端科学を用いて スポーツと健康の関わりを探究

研究代表者
スポーツ健康医科学研究所所長 内藤 久士

スポーツ健康医科学研究所は、スポーツ・運動と健康の関わりをあらゆるアプローチから探究する研究拠点です。当研究所の研究テーマは、高齢者の健康維持増進、子どもの発達、トップアスリートの競技力向上とかなり幅広く、順天堂大学の強みを生かして数々の研究成果を挙げています。そんな研究所の最先端の研究や今後展開していくべき研究課題など、内藤久士所長にお聞きしました。

スポーツと健康の関わりを探究する研究拠点として

順天堂大学は、「病める人を治す医学」と「病まない体を作る体育」という両方の側面から“健康”を研究してきた大学です。この理念を引き継ぎ、心と体の健康維持増進とQOL向上に貢献することを目的として、2005年にスポーツ健康医科学研究所は開設されました。

近年では、糖尿病や高血圧などの生活習慣病、ロコモティブシンドローム、認知症などの疾患の予防や改善に、スポーツや運動習慣が効果的であることは広く知られるようになってきましたが、当研究所は、このような予防医学的なアプローチにとどまらず、2020年の東京オリンピック・パラリンピック以降、競技力の向上や子どもの発育発達に貢献するプロジェクトなど、スポーツや運動をさらに幅広く捉えた研究をしています。

研究テーマは生活習慣病予防のための運動から競技力の向上まで多岐にわたりますが、すべてにおいて「スポーツ」「健康」「医科学」が土台となっており、これらをつなげることで好循環を生み出せると考えています。

例えば、トップアスリートの競技力向上を目指した研究では、スポーツバイオメカニクス、運動生理学、スポーツ遺伝学、スポーツ心理学、コーチング科学などのさまざまなアプローチから「トップアスリートがトップアスリートたるゆえん」を探り、より一層の競技力向上を目指しています。そういった取り組みは自動車メーカーが巨額の資金を投じてF1レースに参戦するようなもので、自動車メーカーは極限まで高度化したレーシングカーを研究開発する中で一般向け市販車に応用できる最先端技術を生み出しています。私たちの研究でも同じように、トップアスリートの研究成果が子どもをはじめ一般の人たちの身体機能やQOLの向上にも役立つと考えています。当研究所から生まれた研究成果のいくつかをご紹介します。

1万人の同窓生を計測した50年分の体力体格データ

当研究所の数ある研究プロジェクトの中でも、もっとも特徴的だといえるのが「順天堂大学体格体力累加測定研究:J-Fit+Study」です。このプロジェクトは、順天堂大学スポーツ健康科学部に在籍する学生、同窓生たちの体力体格を計測してデータベース化したもので、学内外の研究に活用されています。

この計測データは1969年から積み重ねてきたもので、順天堂大学では建学の理念に基づいて、全学生の体力体格測定を行ってきた伝統があります(現在はスポーツ健康科学部の学生のみ)。

これによって、在学中の体格・体力データを生活習慣や競技歴、障害歴などと関連づけた分析をすることはもちろんですが、大学卒業後も同窓会などの機会を利用して、体力測定を行ったり、また既往歴や検診結果などの医学的指標も加えて、学生時代の競技歴や体力などとの関わりを縦断的に調査し、亡くなった同窓生がいれば、死因との関連性なども調査しています。

50年以上にわたって蓄積されてきた計測データは、今や1万人にも及びます。20代から70代までの追跡データは世界的に見ても大変貴重ですので、ICT化、データベース化を推進し、多くの研究者がデータを活用できるような仕組みを構築しました。さらに、近年「遺伝学的研究ユニット」を立ち上げて、遺伝子解析データと組み合わせた様々な研究課題にも取り組んでいます。

アスリートの遺伝情報をもとに競技力向上のポイントを見いだす

これまでに発表した研究の一例ですが、2000名以上のアスリートを対象として、ケガの遺伝要因に関する大規模な調査・解析を実施しました。その結果、I型コラーゲンα1鎖遺伝子A/C多型のCC型とAC型という遺伝的要因を持った女性アスリートは、筋肉が柔らかく筋傷害のリスクが低い反面、骨密度が低いために疲労骨折のリスクが高いことが明らかになりました。こうした研究結果は、個人の遺伝的体質に合わせた傷害予防のためのトレーニングや栄養摂取方法のほか、適正種目の選択においても生かされる可能性があります。

また、これらの成果を踏まえ、競技力向上支援プロジェクトでは、これまで解明されていなかったアスリートの「筋肉の硬さ」と「競技パフォーマンス」との関係を調査しました。短距離走選手では「硬くて伸びにくい筋肉」を持つ選手のほうがパフォーマンスが高く、長距離選手では「柔らかく伸びやすい筋肉」を持つ選手のほうがパフォーマンスが高いことが明らかになりました。
これまでトップアスリートと筋肉の関係については、顕著に発達している筋肉の種類や量的な特徴が主な研究対象で、質的特徴については十分に研究されてきませんでした。しかし、この調査結果によって競技種目によって適した筋肉の質があることがわかり、競技特性に応じたトレーニング法の確立が期待されています。

子どもと高齢者を中心に “国民の健康” のための研究も

国民全体の健康を考えるうえでとても重要な社会課題の1つに高齢者の健康があります。そこで当研究所では、生活習慣病やサルコペニア(加齢性筋肉減弱症)など、加齢、運動不足、栄養問題によって生じるさまざまな疾患について、病態の発症機序の解明や運動による予防・改善効果の探究に取り組んできました。

現在進行している代表的な研究テーマとしては、「運動とストレスに着目した自律神経性心血管調節機構の解明を目指した包括的研究」「生活習慣病・長寿に関連する遺伝要因の解明と運動効果を規定するバイオマーカーの創出に関する研究」「心臓リハビリテーション維持期における栄養指導や高強度インターバルトレーニングの効果に関する研究」などがあります。最先端の医学研究に基づいてエビデンス(科学的根拠)を明らかにする研究も進んでいます。

また、子どもの体力・運動能力の低下が問題視されていますが、幼少期からの運動習慣の形成をサポートすることの重要性を感じています。そこで、乳幼児期、学童期、思春期と、年齢や発達段階に応じた運動指導を開発する研究を展開中です。

最新の研究では、子どもの心身の健康における両親の運動経験の影響も徐々に明らかになりつつあります。子どもの発達については、医学的なアプローチだけでなく、教育や子育て環境なども含めて研究を進めているところです。

研究成果を挙げて終わりではなく現場に還元することが大切

運動・スポーツと健康に関するエビデンスを明らかにするという目的は開設当時から一貫しています。当研究所では最先端の研究成果を追求することにとどまらず、その成果を現場にフィードバックすることに一層の力を注いでいます。

例えば子どもの運動であれば、教育現場に普及させる仕組みづくりが重要になります。そのための取り組みとして、子どもたちを対象としたアウトリーチ活動を始めました。また、子育て中の親世代への啓発につながればという考えから、企業とのコラボレーションも積極的に進めています。

当研究所がこれまで取り組んできた研究は、遺伝子解析、動物実験レベルのものから、子どもや高齢者、トップアスリートなどと対象もさまざまですし、現在も同窓生やトップアスリートの貴重なデータが蓄積され続けています。

それぞれは別プロジェクトとして進行していますが、全体がリンクし合って健康増進や競技力向上に寄与することが当研究所のミッションです。今後も、高齢者や子どもたちの未来を見据えた健康づくり、スポーツの価値を追求し高めるための研究拠点として、広く貢献できる研究を展開していきます。

研究者Profile

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内藤 久士

Hisashi Naito

大学院スポーツ健康科学研究科スポーツ健康医科学研究所
所長

筑波大学体育専門学群卒業、順天堂大学大学院体育学研究科修士課程修了. 常葉学園短期大学講師、米国州立フロリダ大学留学、順天堂大学スポーツ健康科学部助教授、教授、同学部長、同大学大学院スポーツ健康科学研究科長などを経て、2018年より現職. 2023年より順天堂大学健康総合科学先端研究機構ジェロントロジー研究センター長を兼務.