脳神経外科学領域
順天堂大学 新井 一 名誉教授×東京医科歯科大学 前原 健寿 教授
Vol.1「順天堂大学と東京医科歯科大学の連携
脳神経外科領域が目指す男女ともに働きやすい医療現場の実現」

noushinkei

 

2015年度より、連携を図りながら女性医師が活躍できる環境を整備するため様々な取り組みを進めている順天堂大学と東京医科歯科大学。
今回は、女性医師が多いことで知られる東京医科歯科大学脳神経機能外科の前原健寿教授を迎え、順天堂大学の脳神経外科学講座名誉教授(インタビュー当時教授)である新井一学長とともに、脳神経外科領域の現状や取り組みなど、様々な視点から女性医師の働き方についてお話いただきました。

 

留学と上位職へのキャリアパスがモチベーション向上につながる

まずは女性医師のワークライフバランスについて、順天堂大学脳神経外科学講座と東京医科歯科大学脳神経機能外科それぞれの現状と取り組みをお伺いできればと思います。

新井 東京医科歯科大学の脳神経機能外科は女性医師が多いことで知られています。前原先生は脳神経外科学会において、フルタイムで働く女性医師を対象にアンケート調査を行い、昨年、論文を発表されましたので、脳外科全体の状況や東京医科歯科大学の取り組みをぜひご紹介いただきたいです。論文では、フルタイムで働く脳外科の女性医師が母親としての役割と脳外科医のキャリアを両立させ、努力を重ねながら仕事を続けておられる様子が浮き彫りになっていますね。 

前原 そうですね。男性の視点では子育て支援に目が行きがちですが、課題はそれだけではありません。ダイバーシティ環境の整備や、男女ともに仕事を続けるためのモチベーションアップについても、検討することが重要だと考えています。 

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東京医科歯科大学脳神経機能外科 前原 健寿 教授

 

順天堂大学の場合、専門医取得のための後期研修期間が修了してから博士の学位を取得する例が多いと感じています。その時点で大学卒業後、6年が経過しています。そのあたりからワークライフバランスを維持するのが難しくなるのでしょうか?

前原 さまざまなパターンがありますね。大学院在学中に育児をしながら専門医資格を取得される方もいれば、専門医資格取得⇒大学院⇒留学⇒帰国というプロセスを経て、出産・子育てをされる方もいます。また、研修医期間を終えて、妊娠・出産する方もいらっしゃいます。 

新井 一人ひとりケースバイケースで、結婚のタイミング、子育てサポートの有無、配偶者の職業など、環境によっても違ってくるでしょうね。

前原 東京医科歯科大学脳神経機能外科では、私が入局した1985年は男性医師ばかりでした。徐々に女性医師が入局し、臨床研修医制度が始まると女性が約3割になりました。女性が増えるのは喜ばしかった半面、男女ともに3割から4割が辞めていく状況もありました。特に、40歳前後の働き方はワークライフバランスとはかけ離れた状況で、女性だけ見れば、30代ですでにワークライフバランスが取りづらくなっていました。
そこで男性と女性で異なるカリキュラムを組み直し、子育て中のワークライフバランスの取り方、学位取得までのパターンなどを検討しました。その過程で、仕事を続けた先輩の姿を見て、あとに続く女性が増えていきました。
 

新井 順天堂大学では、脳神経外科の同門が200人近くおりますが、女性は6、7人で全体の5%を切っています。その数少ない女性医師に、意識的に留学のチャンスなどを提供することも必要だと考えています。ご結婚されていて、単身で留学することが難しいケースもありますので、どう対応するか今後検討していくつもりです。

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順天堂大学大学院医学研究科脳神経外科学 新井 一 名誉教授(順天堂大学学長)

前原 留学を通して海外の臨床や研究に触れることが、その後のモチベーションアップや技術の向上、研究を取り組む上での人脈や姿勢に良い影響を与えます。医師のキャリア向上の観点から、留学の意義は大きいと思います。

平澤 女性の場合は妊娠や出産が重なると、自分だけで留学のタイミングを決めづらいことはありますね。周りから背中を押してあげることも大切だと思います。

前原 さらに留学と並んで必要なのが、上位職へのキャリアパスでしょう。先に申し上げましたとおり、仕事を続けるには高いモチベーションが必要です。ですから、女性特任准教授を任命する今回の順天堂大学の取り組みには大いに注目しています。

新井 順天堂大学も東京医科歯科大学も助教までは約3割が女性ですが、准教授以上の上位職では割合が減ってしまいます。その要因は能力の差では決してなく、出産や子育てを通じて現場を離れてしまったり、研究を進めるのが難しくなってしまうことなど、女性特有のライフステージがあるためです。 

平澤 順天堂大学では、この女性上位職が少ないという課題に対し、新井学長(男女共同参画推進室長兼務)を中心に新しい企画を実行し取り組んでいます。
今回、5年の任期で女性准教授が特命を受け10名任命されました。この中に脳外科の女性医師も含まれています。この5年間に上位職としてのリーダーシップを身につけ、さらに、業績と研究成果を積み重ねていただき、さらなるキャリアアップに向けて弾みをつけてほしいと期待されています。
 

女性専門医育成のための日本脳神経外科学会の取り組み

新井 私は昨年まで一般社団法人日本脳神経外科学会の理事長を務めていました。昨今、女性外科医が増えているとはいうものの、2018年の学会員9,800人のうち、女性は614人で全体の6.3%。専門医は5%、学会の運営に関わる代議員は0.9%と、全体における割合および上位職がまだまだ少ないのが現状です。学会によっては、理事に必ず女性1名を入れることを明文化しているところもあり、脳神経外科学会でも議論したのですが、母集団があまりにも少ないため今後の課題となりました。
現在、学会では専門医制度の整備が進み、ライフイベントのある女性にはカリキュラム制が導入されています。個々の事情や生活背景がある中で、女性脳外科医として活躍できる人を増やすためにも、周囲の環境にかかわらず、人を育てるシステムが必要です。同時に、これは女性に限らず男性医師にも同じことが言えると思います。専門医制度では、同じレベルの医師の育成を目指していますが、伸びる人とそうでない人が存在するのが現状だからです。
学会での具体的な取り組みとしては、総会とコングレスには必ず託児所を設けています。最近では全国7支部の支部会に託児所を設置した場合、本部から補助金を拠出することが制度化されました。象徴的な取り組みの一つだと思います。

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前原 学会には大学の枠を超えたメンター制度もあります。ほかに本学の女性医師はLINEでグループを作り、都度相談し合っていますね。

平澤 それなら他大学の先生のお話が聞けますし、幅広くロールモデルを見ることもできますね。
大学の枠を超えた取り組みとして、順天堂大学と東京医科歯科大学では女性研究者同士の共同研究を推進しています。他大学の先生とチームを組み、大きな研究助成金に応募する練習にもなっています。毎年、順天堂大学と東京医科歯科大学は「科学研究費採択件数に占める女性比率」のトップ争いをしていますので、今後もこうした共同研究を継続していきたいです。

働き方の知恵とアイデアを結集して医師不足の将来に備える

新井 さらにもうひとつ、日本の医療体制を根底から覆す大きな問題があります。
厚生労働省の発表では、時間外労働が年間で2,000時間を超える医師が約20%で、そのほとんどが外科医。その中には脳外科も含まれています。働き方改革により、2024年4月から医師の時間外労働の上限規制が年間1,860時間に見直されますが、その場合、脳外科のアクティビティをどう保つかが課題です。

前原 一度、医療現場を離れた方に戻ってきていただく動きも今後は盛んになっていくでしょう。

新井 我々もさまざまなパターンの働き方を考えていかなければなりません。

平澤 現在は外科医の働き方も少しずつ変化し、医療関係者間のコミュニケーションアプリで画像をシェアし、自宅から画像を見て判断するといったことも行われています。そういった動きもあって、女性医師もSkypeを利用してカンファレンスに参加するなど、工夫しながら働く環境ができていくのではないかという期待を持っています。

前原 そうですね。女性医師にとっては、完全に職場から離れてしまうと戻りづらいので、休みの間も何かしらの手段で現場とつながっていることが重要ですね。

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平澤 順天堂大学の場合、大学院在学中に出産される方も多いので、大学院修了後常勤等として、仕事を続けていただくことを支えるのが、私たち男女共同参画推進室のテーマの一つでもあります。この時点で一度常勤職を離れるとなかなか戻れないという状況が見えています。出産・育児でいったん仕事を離れた方に、例えば「当直なし」「5時退勤」などの一定の条件を認めれば、完全復職がしやすくなるのではないかと考えています。

前原 東京医科歯科大学では、子育て中の先生は原則、夜勤当直の代わりに、週末の日中に当直していただくようにしています。「男性に負担をかけている」と女性が居心地悪く感じてしまうことを防ぐことが狙いです。

新井 いずれにせよ、脳外科が厳しい診療科であることは世間でも認識されていると思います。男女関係なく、敢えて挑戦しようと思う若い方々のチャレンジ精神を大事にしていきたいですね。

平澤 先生方のお話を伺い、順天堂大学と東京医科歯科大学、ならびに脳神経外科学会の取り組みの様子がよくわかりました。今後とも両学で連携しながら、より良い事業を継続していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。

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新井 一(あらい はじめ)

順天堂大学 学長
順天堂大学大学院医学研究科
脳神経外科学 名誉教授

1979年、順天堂大学医学部卒業。同年、同大医学部脳神経外科。1980年、米国NIH(脳神経化学研究所)。1984年、順天堂大学医学部脳神経外科、1985年、日本脳神経外科学会認定医。1986年、医学博士。1987年、自治医科大学第一生化学。1988年、順天堂大学医学部脳神経外科講師、1993年に同科助教授。1995年、米国フロリダ大学脳神経外科。2002年、順天堂大学医学部脳神経外科教授。医学部附属順天堂医院院長、大学院医学研究科長・医学部長を経て、2016年、学長に就任。

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前原 健寿(まえはら たけとし)

東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科
医歯学系専攻 認知行動医学講座
脳神経機能外科学 教授

1985年、東京医科歯科大学医学部卒業。1900年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医歯学系専攻認知行動医学講座脳神経機能外科学講師。1991年、脳神経外科専門医。1994年、東京都立神経病院脳神経外科。1999年、日本てんかん学会認定医。2012年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医歯学系専攻認知行動医学講座脳神経機能外科学教授。