中尾 新太郎 主任教授 × 大内 亜由美 准教授 × 取出 藍 先生 Vol.6「感覚器の時代”のフロントランナーを大学から
 ‐柔軟なキャリアを認めて多様性のある組織づくりを目指す‐」

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“感覚器の時代”と眼科医の多様な働き方

平澤 超高齢社会において感覚器の時代という言葉が聞かれるようになりました。本日は、子供から高齢者まで、身近な存在である眼科診療に研究、臨床、教育という立場で多様に関わられる眼科学講座の先生方に集まっていただきました。先生方には、大学における眼科の魅力を中心にお話を伺っていきたいと思います。
まず、主任教授の中尾先生に眼科領域の魅力をお伺いしたいと思います。その後、「女性医師のプレゼンス」について、女性医師に伺っていこうと思います。

中尾 我が国が高齢化社会という時代に突入してくるなかで、「見える」ことへのニーズは非常に高くなっています。高齢者の方が、ご自身の目で見ることができる状態と見ることができない状態では、生活の質が大きく異なることを、実際に患者様とお会いするなかで感じています。加えて、世界的には「感覚器の時代」と言われていて、眼科領域ではこれから「ゲームチェンジング」なことが起こってくると予想をしています。この点からも、眼科領域は、未来のある学問分野だと考えています。

平澤 ありがとうございます。続きまして、取出先生が眼科を選択された理由と女性が眼科領域を選択することの魅力についてお伺いしたいと思います。 

中尾先生

眼科学講座 中尾 新太郎 主任教授

取出 私が眼科領域を選択した理由は、学生と研修医のときに、目の美しさに魅せられて直感的に惹かれたことがきっかけです。「一生をかけて学ぶ価値がある」と思い、迷うことなくこの分野を選択した記憶があります。また、眼科の手術では細かい操作が求められるため、「自分の能力が活かせる」と思いました。

平澤 眼科は眼鏡をつくるときなど、クリニックでお世話になることが多いイメージですが、大学病院の眼科医の働き方はどのようなものでしょうか。

取出 働き方については、眼科は外来に加えて手術があり、勤務場所としては、クリニックと大学を含む病院があります。加えて、保険診療だけでなく自由診療もあり、非常に「幅の広さがある」と思っています。この点については、すでに医学部生のころには気が付いていました。実際に医師になってからは、自分の人生のなかでステージごとに職場や働き方を変えていける可能性があることも、眼科領域のメリットだと思っています。 

取出先生

眼科学講座 取出 藍 先生

平澤 早くから将来のことを考えていらっしゃったのですね。大内先生には、眼科領域における女性医師へのニーズやプレゼンスについてお伺いしたいと思います。

大内 眼科は診察も手術も顕微鏡を使って行うため、非常に繊細で細かい作業です。細かい作業が得意な方は、男女問わず、ご自身の特性を活かして活躍できる科だと思います。小児眼科をはじめ、女性医師を希望される患者さんもいらっしゃいます。 

平澤 眼科領域は半数近くが女性医師だと伺っていますが、実際に女性医師は多いのでしょうか。 

大内 眼科領域における女性医師の比率は半分ほどで、他の領域に比べると多いです。けれども、日本の学会、特に私の専門の網膜硝子体分野では男性が多いというように、領域ごとの違いがあります。また、女性の上位職登用という点では、海外の学会と比べると、まだ大きな差があるのが現状です

平澤 大内先生は上位職に就かれていますが、上位職だからこそできることややりたいことはありますか。 

大内 浦安病院の眼科医局は、約半分が女性医師です。今、医局長を担当しているため、女性の若手医師が結婚や出産や育児といったライフイベントを経験しながらも、より良いキャリアを築ける方法を模索しています。 

大内先生

眼科学講座 大内 亜由美 准教授

平澤 医局長が女性だと相談しやすいこともあると思われます。後ほどそのあたりも伺ってみたいです。 

眼科医になるための多様なキャリアの積み方を目指して
‐多様性のある組織づくりに向けて‐

平澤 中尾先生は昨年の12月に本学の眼科学講座の主任教授に就任され、約半年が経ちました。順天堂はいかがですか。 

中尾 順天堂は、患者様に対しても、働く医療人に対しても非常にオープンな組織だと強く感じています。多様性に富んだ人材が性別を問わずいらっしゃり、明るい未来しかないと感じています。
 

平澤 先生の前任地は、女性研究者支援の分野で最近注目度の高い九州大学ですが、九州大学の医科学領域で進めていた働きやすい環境づくりへの取組がありましたら教えてください。

中尾 私が入局した当時は、男性的な九州大学でしたが、最近は随分と変わってきました。医局には女性スタッフが大勢いて、出産、子育てをしながら続け、手術もするという女性医師の働き方を医局がサポートできるようになってきています。その結果、ロールモデルとなる人たちが出てきたところです。順天堂の眼科学講座の女性スタッフは、現在はまだ多くはありませんが、大内先生や取出先生のように、若い先生が憧れるロールモデルをこれから確立していきたいと考えています。

平澤 ありがとうございます。取出先生は子育てをしながら勤務をされていますが、その観点から何かご提案があればお願いいたします。 

取出 私は2回の出産と育児休業を経て、現在は1歳と5歳の子どもを育てながら勤務をさせていただいています。後輩でも、結婚、出産後も医師を続けキャリアアップしたいという女性が増えてきています。男女問わず、仕事だけを人生の中心に据えるのではなく、生活や趣味、子育てを通して、逆に、仕事をより豊かなものにしていけることを目指したいと考えています。実際に、出産後に職場復帰した初日、「仕事ってこんなに楽しかったんだ!」とやりがいを再認識できたことは、自分にとって印象的な経験でした。 

取出先生_手術前の様子

小児眼科チーム(向かって左前が取出先生)

平澤 世間では、眼科医には女性が多いと思われていますが、順天堂で働く女性医師は、多くはないようです。大内先生、女性の後進が続いていくためのご提案はございますか。 

大内 浦安病院の眼科は、緊急手術や、時間外の手術が多いので、入局者は多いものの、ライフイベントを機にキャリアが途絶えてしまうケースが多く、課題です。一方で、子育て中の女性医師を優遇すると医局内のバランスが崩れてしまうこともあります。そこで、今、医局で「育児中のどのようなステージで業務内容のスキルアップが可能か」ということをリスト化し、勤務形態を明示して、さらに個々の状況に合わせたフレキシブルな勤務体制によって対応するシステムづくりを試みています。

平澤 それは素晴らしい取組ですね。眼科専門医を取得するために学ばなければいけないスキルを、生涯のどこで学ぶかということを意識された考え方だと思います。ライフイベントに応じて、必要なスキルを学ぶ順番を一部変えることで、皆が全体としての公平性を担保できることを「見える化」すると、医局員の信頼感がより強くなるかもしれません。加えて、ライフイベントなどで一時的に既存のルートを外れなくてはならなくなったときに、専門医を諦めるのではなく代替プランが示されることは、男女問わず心強いことだと思います。他の医局にも良い影響がありそうですね。

大内 ありがとうございます。業務の効率化や、タスクシフトの推進も含めて、皆で働きやすい環境をつくることも大事だと思っています。 

大内先生_勤務の様子

入局1年目の後輩への手術練習指導を行う大内先生

取出 キャリアアップの道筋のなかで順番が違ってもいいという考え方には、私も同意します。ライフイベントで避けられないブランクに入る前に、自分のなかで自信となるものを持っておくことは重要です。「自分のなかで自信になるもの」は、各々違ってよいと思います。一定のブランクの後に復帰する時に、それがモチベーションを保つ心の支えになるはずですし、働き方の選択肢を広げることにつながると感じています。それは自分の経験からも、後輩にアドバイスしたいことのひとつです。 

平澤 眼科医に必要なピースが見えていれば、個人に合わせたオーダーメイドの対応が可能になりますね。特に、外科系だからこそ、クリアしなければいけないピースがあると思います。ぜひ、大内先生に「見える化」を図っていただきたいと思います。

大内 課題もありますが、頑張ります。

平澤 大内先生の取組が成功すると、ますます女性教員が増えていきそうですね。中尾先生は、今後、どのような講座にしていきたいとお考えですか。

中尾 まずは男女比の均衡を意識し、女性教員を増やしていくという方針が一つです。多様性を確保し、いろいろな特徴があるスタッフがいることは組織の強みになります。何より、眼科領域の男女比は半々なので、男性も女性も活躍できる講座の大学がこれから伸びていくと考えています。

大学で働く眼科医の魅力
‐ネットワーク構築、フィジシャン・サイエンティスト‐

平澤 眼科領域にも、大学だからこそできることの奥深さがあると思います。しかしながら、その魅力に気が付く前に大学を離れてしまう若手医師が多い状況です。眼科領域で大学教員として働くことの魅力、大学だからこそできることについて教えてください。 

取出先生_診察中

外来中の取出先生

取出 私は、多くの仲間がいて、困った時に相談をして助け合い、先輩に教わり、それをまた後輩に教えていくという流れに魅力を感じています。大学では、教科書に載っていない技術を教わる機会もたくさんあります。学ぶことが仕事になり、生涯成長し続けられるというのは、とても贅沢なことだと思います。 

平澤 人との関わりのなかで学んでいくことが楽しいということは、新しい視点からの大学の魅力ですね。
 大内先生は留学のご経験があって、素晴らしい実験系の研究業績をお持ちだと伺っています。留学ができること、研究が続けられることも、大学の魅力かと思います。

大内 私は大学院修了後5年目で、3年半の海外留学に行かせていただきました。私が専門としている糖尿病網膜症は、薬物治療や外科的治療が発達した今でも、やはりワーキングエイジの失明原因として最も多い疾患の一つです。留学前、治療を尽くしても、重篤な視機能障害が後遺症として残ってしまう患者さんに多く出会い、「このような患者さんを救える治療につながる研究をしたい」と思い、留学を決めました。留学中は、より病態に迫った基礎研究や治療薬の開発につながる研究をさせていただきました。さらに、日本で医師として生活をしていたら関わることがないような、他分野の職種の方と出会うことができ、たくさんの刺激を受けました。また、自分の研究分野にとらわれないような広い視点に触れられたことが、留学の醍醐味だったと思っています。留学を終えた今は、臨床を行いながら、そこで得た課題に対して、患者さんに直接モチベーションをドライブされながら研究を続けられるという、いわゆるクリニシャン・サイエンティストとして活躍できることが、大学教員としての一番の魅力だと思っています。 

大内先生_手術の様子眼科デジタル手術の様子

平澤 体験してみないと、その楽しさを実感できないこともあると思います。若手教員に対して、最初の一歩目を引き込むような工夫も必要ですね。中尾先生、最後に、眼科領域で大学教員というキャリアを選択することの意義、良さについてお考えをお聞かせください。

中尾 私の気持ちは大内先生、取出先生の意見にとても近いです。私が先ほど申し上げた多様性が、取出先生のおっしゃった仲間ということだと思います。人類が生き残ったのは「協力」があったからという話を本で読んだことがあります。多様性があり、協力ができる組織は強くなる。大学は専門性を持つことができ、多様性を維持できます。これが組織の強さです。さらに、新しいものを発信する、世界に出していけることがアカデミックの強さで、それは国の富につながっていくことです。そのためにも僕らは頑張らなくてはいけないと思っています。

平澤 本日は、ありがとうございました。 

中尾先生

中尾 新太郎(なかお しんたろう)

順天堂大学医学部大学院医学研究科
眼科学 主任教授

1998年、鹿児島大学医学部卒業、九州大学医学部眼科学教室入局。2000年、九州大学大学院医学研究院(医化学分野)。2004年、同修了(博士医学)。2006年、米国 Massachusetts Eye & Ear Infirmary留学。2013年、九州大学病院眼科助教。2017年、九州大学病院眼科講師。2020年、国立病院機構九州医療センター眼科医長。2022年、九州大学大学院医学研究院眼科学分野臨床准教授。2022年、順天堂大学大学院医学研究科眼科学主任教授、医学部眼科学講座主任教授(併任)。2012年、第18回日本糖尿病眼学会総会優秀演題賞。2013年、第3回WAKAMOTO GOLD AWARD。2014年、平成25年度日本眼科学会学術奨励賞。2014年、第19回ロート賞。2014年、第48回日本眼炎症学会学術奨励賞。2015年、第9回日本糖尿病眼学会福田賞、2015年、第54回日本網膜硝子体学会・第32回日本眼循環学会優秀演題賞。2018年、第3回バイエルレチナアワード。2018年、第33回日本糖尿病合併症学会Young Investigator Award。2020年、Ophthalmic Surgery Film Award : Technique / Complication Management Silver Award。日本糖尿病眼学会理事(2023年1月1日~2026年12月31日)、日本血管生物医学会監事(2023年4月1日~2025年3月31日)、日本眼科学会、日本網膜硝子体学会など、多数の学会に所属。

 

大内先生

大内 亜由美(おおうち あゆみ)

順天堂大学医学部
眼科学講座(医学部附属浦安病院)  准教授

2006年、順天堂大学医学部卒業、順天堂大学医学部附属浦安病院初期研修医。2008年、順天堂大学眼科入局。2009年、東京大学医科学研究所再生基礎医科学国内留学。2012年、順天堂大学大学院医学研究科修了(医学博士)。2013年、順天堂大学医学部附属浦安病院眼科助教。2017年、米国California州Scripps Research留学(ポスドクフェロー)。2021年、順天堂大学医学部附属浦安病院 眼科准教授。日本眼科学会眼科専門医、PDT専門医。第16回田野Young Investigator’s Award受賞(日本網膜硝子体学会)。第8回バイエルレチナ・アワード受賞。第38回糖尿病合併症学会Young Investigator Award受賞。

取出先生

取出 藍(とりで あい)

順天堂大学医学部眼科学講座 助手

2010年、昭和大学医学部卒業。同年、順天堂大学医学部附属順天堂医院臨床研修医。2012年、同眼科学講座助手。順天堂大学医学部附属順天堂医院、静岡病院、練馬病院、埼玉県立小児医療センターにて勤務。2020年、東部地域病院眼科医長。日本眼科学会専門医。

※所属・役職等は全て座談会実施時のものです