心臓血管外科学講座
天野 篤 教授×嶋田 晶江 特任准教授
Vol.2「信頼の臨床力とコミュニケーション力で、チーム医療を牽引」

shinzoukekkan

 

多忙な医療現場のなかでも特にハードワークとされる心臓血管外科で、女性医師として仕事をしてきた嶋田晶江特任准教授。その上司であり、内閣府の男女共同参画推進連携会議の委員を務めた天野篤教授とともに、女性医師の働き方、これからの医療現場を支える女性リーダーのあり方などを率直にお話しいただきました。(進行:男女共同参画推進室 平澤恵理 副室長)

 

妊娠・出産は貴重な経験、その時期を楽しめばいい!

平澤 嶋田先生はどのようなきっかけで外科医を志望されたのですか。 

嶋田 私の場合は、家族の誰かが大病をしたわけでもなく、周囲に医者がいるといった環境でもありませんでした。ただ、小学生の頃に漠然と人の身体に興味を持ち、気がつけば自然と外科医の道を志していたように思います。外科医になることに、私自身、迷いや戸惑いはなかったのですが、以前、夏休みに病院見学に来た高校生が「女性に外科は難しい」といったイメージを抱いていたのを目の当たりにして、今後はそのような若い世代に、外科に興味を持ってもらえるような取り組みをしたいと思うようになりました。 

天野 私自身、人体は複雑でありながら、シンプルでも巧妙でもあると思っています。そんな人体から、嶋田先生は様々な刺激を受けて、自然に医学に興味が向いたのですね。特に直接、「臓器の異常」を自分たちの手で治すという外科の特性が、嶋田先生には合っていたのでしょう。今や外科を目指す若い人たちの手本になる先生だと思っています。

平澤 家庭と両立できる診療科目に進むべきかなど、女性の場合、途中で悩む人が多くなりがちですが、自分の進むべき道が揺るがなかったのは嶋田先生らしいですね。 

嶋田 確かに妊娠・出産は女性特有ですが、細やかさなどを医療現場で発揮すればいいのではないでしょうか。私自身、大学入学の際も仕事に就いてからも、女性ならではのライフイベントをことさら意識することはありませんでした。妊娠・出産は貴重な経験。その時期を楽しむことが大切だと思っています。

shimada

心臓血管外科学講座 嶋田 晶江 特任准教授

 

平澤 最近、「主治医は女性医師の方が、治療結果が良い」という統計が紹介されたり、女性医師のプレゼンス、存在感を示そうという論文が出てきています。天野先生は女性医師のプレゼンスについて、嶋田先生を通してお感じになっていることはありますか。 

天野 患者さんにとっては、「私が近くにいますから」と親身になって不安を取り除いてくれる医師の方が、安心感があるでしょう。そのような意味で、嶋田先生は多くの患者さんから頼りにされ、患者さんが望む医療を提供できる医師です。エビデンスと患者さんの希望、医療面の安全性をフラットに考えた上で手術することができる外科医だと思っています。
一つ注文をするとしたら、過去の診療データの蓄積である「エビデンス」を参考にするだけでなく、自分たちで作っていくことも大学の医師の使命。その積極的な取り組みもお願いしたいと思っています。

amano心臓血管外科学講座 天野 篤 教授

チーム内のタスク・シフティングで、仕事の質と効率を上げる

平澤 「医師の働き方」については、どのようなお考えをお持ちですか。

天野 働き方改革は、短時間で効率的に収益を上げるという、企業が本来追い求めるものをもう一度見直すという改革なので、余裕のある大企業は対応できても、中小企業や医療現場のように、不測の事態が生まれる職場では現実的に即応は難しいと思います。
外科医の現場で政府の働き方改革を実行していくためには、その前提として、施設・設備などを含め、医療現場を効率化する環境整備が必要でしょう。外科医の働き方にもまだまだ課題があるため、今後は現場の先生方が意見を出し合いながら、少しでも働きやすい環境を自分たちでつくっていくことが大切です。嶋田先生も女性リーダーとして、大いに取り組んでいっていただきたいと思います。

hirasawa男女共同参画推進室 平澤 恵理 副室長

嶋田 私たちの現場は、医師をはじめとした医療従事者間の連携の上で成り立っています。これまでは、例えば看護師や薬剤師を含め、「それは医師がやること」といった暗黙の隔たりがあり、最近の考え方では医師と看護師や薬剤師、どちらがやっても良いような業務を医師が抱えていたケースもありました。最近は看護師や薬剤師に託せるようになったので、このような働き方改革はこれからも進められると思います。例えば、看護師に診療看護を託すことで、看護師はこれまで以上に患者さんに接して、感じたことを医師に伝えられる上に、これまで医師の判断を待っていた時間を他の業務に使うことができます。今後、外来、手術、病棟でお互いが診療に携わることで、働き方改革が進むのではないでしょうか。

天野 私たちが行う心臓手術は、一人の患者さんの入院から手術、退院まで、約200人の医療従事者が関わっています。200の歯車のうち、自分がどこを担っているのかを全員が認識し、チームとして仕事の達成感を持つことも大切です。各々が自身の役割を正確に把握し、仕事のリズムを掴むことで、働き方も改善できるのではないかと考えています。 

嶋田 私が働き始めた頃は、それこそ病棟を走り回って仕事をしていました。後輩ができてからは、彼らが患者さんの治療方針について試行錯誤しているのを見守り、ときにはアドバイスをして、徐々にリーダーとしての立場へとシフトしてきました。天野先生がおっしゃるように、チームの中での自身の役割を見きわめて、全員が精度の高い仕事をすることが大切ですね。

1病棟で看護師と共に業務に取り組む様子

天野 嶋田先生には看護師や薬剤師をまとめ、業務のタスク・シフティングを推進して、質と効率の両方を上げる働き方を見つけてほしいと思っています。 

平澤 それは他の医師も同様ですね。

天野 私が院長になったときに、アメリカのオバマ大統領(当時)の「Yes we can」を引用したことがあります。リーダーが「それはできる」と言えば、みんなが動くし、「それはできない」と言えば、それっきりです。リーダーは、その責任を負いながらも、問題が起こればその解決に当たる、という役目もあります。嶋田先生にはそれらを念頭に置いて、今後も皆を引っ張っていってほしいですね。 

平澤 今回、嶋田先生が特任准教授として上位職に入ったことで、外からの見る目も変わってくると思います。これからは学会などで各種委員や座長を任される機会も増えてくると期待しています。その立場を生かして、ぜひ有用な情報を発信していただきたいですね。

嶋田 そうですね。これまでが受動的だったとは思いませんが、今までとは少し考え方を変え、能動的に発信していきたいと思います。

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周囲との関係を築くことで仕事もライフイベントも前向きに

平澤 次に心臓血管外科という診療領域について、お話を伺いたいと思います。

天野 嶋田先生は自ら心臓血管外科に入り、スキルアップをしながら経験値を上げてきました。昨年度までは、医局の女性医師は嶋田先生だけでしたが、今年からは女性が一人入局しました。後に続く後輩たちと協調して活動してほしいし、僕はしっかり見守っていきたいと思います。 

嶋田 私は学生時代、心臓血管外科の手術を見たときに「このチームに携わりたい」と思いました。周りから「なんで心臓血管外科なの?」と少なからず言われましたが、自分に合っていると感じたのです。
以前、見学に来た高校生に「医者になったら、結婚も出産も諦め、子どもが欲しかったら養子をもらうしかないと思っていました」と言われ、びっくりしたことがありました。でも、自分の経験を振り返って伝えたのは、「人生は一度だけだから欲張りでいいし、工夫しながらやればできると思うよ」という言葉でした。後に続く後輩たちには「女性だから外科は難しい」とか、出産後も「子どもがいるから復帰できない」と最初から諦めないでほしいと思っています。

3心臓血管外科では年間800件を超える手術を行っている。

平澤 天野先生にとって、部下が妊娠・出産という経験は嶋田先生が初めてでしたか。 

天野 初めてです。嶋田先生が妊娠中のときは、周りの医師がサポートするよう心がけました。「育児が終われば、倍返しで働いてもらおう」と冗談を言いながら(笑)。お互い様だと思っています。周りの医師も病気で倒れれば一定期間の治療が必要なのですから、持ちつ持たれつですね。

平澤 医局の意識が変わるきっかけにもなったのですね。 

嶋田 私自身、出産の際は「こんなに長く現場から離れていいものか、戻れるのだろうか」という気持ちがありました。出産後は週2・3回の出勤を医局のメンバーが受け入れてくれ、そこから当直のタイミングを考えました。「子育てをしているから当直免除」ではなく、月に何回ならできるかを申告して、日程を優先して取らせてもらいました。

天野 医局の忘年会の時にはあえて嶋田先生が当直を買って出てくれていることも、みんな気づいているんですよ(笑)。

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嶋田 仕事で人間関係に躓かなかったことも幸いしました。私自身、日々のコミュニケーションを大切にするようにしています。そうすることで医師とも看護師とも率直に自分の考えを伝えられる関係になれ、これまでうまく業務を進めてこられたのだと思っています。 

平澤 ぜひ、そこを大いに発信していただきたいですね。現在、嶋田先生は完全に復帰されていますが、これまでのご家族のサポートはいかがでしたか。

嶋田 主人も多忙でしたが、忙しい中でもお互いができることをシェアしていました。また、双方の親を含め家族のサポートには心から感謝しています。 

天野 家庭と仕事を両立しようという女性医師は、新しい人材を受け入れ育てることで、自分は次のステップに進むという考え方に切り替えてほしいと私は思っています。女性医師がキャリアをつくっていくため、働き方改革の勝ち組になるためには、多くの有能な仲間をチームに引き込むことが重要なはずですよ。これからも、嶋田先生の細やかさなどを活かしつつ、プラクティカルなものの修練を重ねていってください。期待しています。

平澤 嶋田先生の働きぶりで、他にはない心臓血管外科ができるかもしれませんね。天野先生、嶋田先生、今日は貴重なお話を伺わせていただき、ありがとうございました。

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天野 篤(あまの あつし)

順天堂大学大学院医学研究科
心臓血管外科学 教授

1983年、日本大学医学部卒業。関東逓信病院、亀田総合病院、新東京病院、昭和大学横浜市北部病院循環器センターを経て2002年順天堂大学大学院医学研究科心臓血管外科学教授。2013年、内閣府男女共同参画推進連携会議議員。2016年より3年間順天堂大学医学部附属順天堂医院の院長を務める。冠動脈バイパス手術の専門医として5,000件以上の手術をこなし、2012年には第125代天皇上皇明仁の狭心症冠動脈バイパス手術を執刀。

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嶋田 晶江(しまだ あきえ)

順天堂大学医学部外科学教室
心臓血管外科学講座 特任准教授

2003年、順天堂大学医学部卒業。2011年、同大大学院医学研究科卒業、医学博士。同年、順天堂浦安病院心臓血管外科助手。2012年、順天堂大学医学部心臓血管外科講座助教。2013年、心臓血管外科専門医。
専門領域は成人心臓血管外科及び下肢静脈瘤。