泌尿器科学講座
堀江 重郎 教授×河野 春奈 特任准教授
Vol.3「遺伝性難病(多発性嚢胞腎)の臨床と研究に取り組みながら、女性泌尿器科医のロールモデルへ」

vol3

 

外科系でありながら内科的要素も持ち、患者の人生に寄り添う泌尿器科。手術支援ロボットDaVinci(ダ・ヴィンチ)の活用や、遺伝子情報にもとづいた医療のオーダーメイド化が進むなど、最先端の取り組みが展開されています。今回の対談では、泌尿器科に最初の女性医師として入局した河野春奈特任准教授と日本の泌尿器科医療の第一人者である堀江重郎教授に、泌尿器科の魅力とその取り組み、女性医師が活躍する背景についてお話を伺いました。

 

国内最大の治療実績を誇る遺伝性難病の診療
患者さんに寄り添うオーダーメイド医療の実現

平澤 はじめに、泌尿器科の特徴について教えてください。 

堀江 泌尿器科の「泌」は分泌(ホルモン)臓器、「尿」は尿路臓器ですので、腎臓から精巣まで多くの臓器を扱う専門領域です。私が泌尿器科医になった35年前と比べて前立腺がんの罹患者が劇的に増え、またロボット手術、レーザー手術、薬物療法が目まぐるしく発展してきました。 

河野 泌尿器科は男性を診る科というイメージがありますが、男性・女性ともに対象とした外科系診療科です。女性の泌尿器疾患にしても以前は産婦人科に行かれる方が多かったのですが、最近では泌尿器科で内科的治療を行うケースも多くなっています。診察する臓器も多く、外科系でありながら内科的な治療ができることが特徴です。

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泌尿器科学講座 河野 春奈 特任准教授

平澤 確かに脳神経外科に対して脳神経内科があるように、泌尿器科に対しては、腎臓内科はありますが、泌尿器科で内科的な部分も包括されていますね。 

堀江 現在、本学の泌尿器科は「多発性嚢胞腎」という遺伝性難病に取り組んでおり、国内最大の治療実績があります。多発性嚢胞腎は腎臓に嚢胞が多くできる病気で、2,000人に1人と発症頻度が高く、全国に約3万人の患者さんがいらっしゃいます。河野先生には一般の泌尿器診療に加えて、およそ700人の多発性嚢胞腎の患者さんを診ていただいています。日本一のセンターと言って過言でありません。

河野 堀江教授が就任されたときから多発性嚢胞腎の臨床に関わり、専門外来を立ち上げて5年目を迎えました。この病気は約95%が遺伝といわれ、およそ50%の確率でお子さんに遺伝します。そのため、ご家族で通院される患者さんも少なくありません。私自身、子育てを経験していることもあり、それぞれの患者さんやご家族のお気持ちに配慮しながらお話を伺うように努めています。医療技術が進み、将来的にはAI技術も導入されるでしょうが、患者さんの人生観や価値観に寄り添う医療がなくなってはいけないと思います。 

平澤 一人ひとりに寄り添った医療ということですね。最近はそのような「オーダーメイド医療」が注目されています。

堀江 オーダーメイド医療は患者さんの価値観を大事にする医療です。患者さんにきちんと向き合い、その方の背景や価値観を探るところから始まります。男性医師は患者さんご自身にフォーカスしがちですが、女性医師はその方の人生や家族、社会にまで、ごく自然に意識を広げる傾向があります。ホームページの表現ひとつにしても、患者さんの生活や家族を含めた情報提供の仕方ができる。河野先生も、その点をとても上手く把握されている医師です。当初50~60人だった多発性嚢胞腎の患者さんが700人にまで増えたのにも、河野先生の力が大きかったと思っています。

horie泌尿器科学講座 堀江 重郎 教授

診療と研究の両輪で最先端医療のトップを走る
順天堂の泌尿器科領域

堀江 現在、泌尿器科では研究の柱として、多発性嚢胞腎の遺伝子解析と、前立腺がん患者さんのがん細胞から遺伝子情報を解析する取り組みを進めています。

河野 泌尿器科は、実際に手術をすることと、遺伝子診断をすることが非常に近い距離にある診療科なんです。 

平澤 遺伝子情報にもとづいた個別化医療ですね。Da Vinciによるロボット手術も含め、泌尿器科は最先端医療のトップランナーだと思います。

河野 Da Vinciに代表されるロボット手術の特徴は、手術の技術が習得しやすいことです。習得に10年かかっていたものが、3ヶ月半から半年で一定の水準に到達できます。使用する器具もわずかで、安全性と能率に優れているため、医師や看護師さんの労力も少なく、より多くの方の手術に対応することができるんです。

1泌尿器科のDa Vinciによるロボット手術

堀江 Da Vinciを導入して5年が経ちましたが、順天堂医院は日本で一番Da Vinci手術をしている病院です。治療結果もよく、早く回復して退院できると、患者さんにとっても良い結果になっています。

河野 遺伝子情報にもとづいた個別化医療については、おかげさまで科研費も獲得でき、「難病の診断と治療研究センター」の先生方と共同研究を進めています。現在、多発性嚢胞腎の初回の遺伝子解析が終了し、これまで努力してきたことが実を結びつつあります。 

堀江 本学は国内の大学の中でも女性医師の科研費獲得者が多い大学です。河野先生には今後も積極的に頑張っていただきたいと思います。

平澤 私自身、河野先生の研究熱心な姿をこれまで何度も目にしてきました。大変だった時もあると思いますが、そこを乗り越えて現在があるのはとてもうれしいです。

河野 ありがとうございます。大変な時もありましたが、産休中やその後も支えてくださった堀江先生や医局のスタッフたち、平澤先生をはじめとした先輩方がおられたからこそ、今まで続けることができたと思っています。

2研究室で実験に取り組む様子

自身が働き続けることでロールモデルへ
専門性を活かしたワークライフバランスの確立

平澤 泌尿器科の女性医師については、どのようにお感じになっていますか?

堀江 私が医師になった頃、泌尿器科の女性医師は国内に数人しかいませんでしたが、現在は全体の20%弱にまで増えています。泌尿器科は、強い腕力が不要なこと、長時間に及ぶ治療が少ないこと、救急処置の難しさがないことから、女性がライフステージを考えながら働き続けることができる領域だと思います。

河野 私が入局するまで本学の泌尿器科にも女性医師はいなかったのですが、私ともう1人の女性医師が同時に入局しました。入局してから10年間くらいは「どうして泌尿器科なのか」と多くの人から質問されましたが、ここ5年はそれも言われなくなったので、今ではそれほど泌尿器科の女性医師も珍しくなくなったのだと思います。有難いことに最近では、毎年のように女性医師が入局しています。同時に入局した先生も私も、共に子育てを経験し、フルタイムの勤務を続けているのですが、そのような姿も後輩たちは見てくれているようです。 

平澤 河野先生は大学院修了後、すぐに常勤で仕事をされています。当時は、大学院在学中に出産された女性医師が修了後、大学に常勤職として残らないことがほとんどでした。男女共同参画推進室が発足して以降、河野先生らがロールモデルとなり、常勤で勤める女性医師が続いているのでしょうね。

河野 ロールモデルと言えるかどうかはわかりませんが、私にとっては仕事を続けることが「恩返し」のようなものです。学位も専門医資格も取得させていただきましたし、そこで終えてしまうのは、あまりにも残念で。子育て中にサポートしてくれていた医局員にも、医師として社会に対しても貢献したいという想いがあって、出産後もキャリアを続けてこられたと思っています。

3専門外来スタッフと打ち合わせをする様子

堀江 女性はライフイベント、とくにお子さんがいらっしゃる方は子育てを大切に考えていただきたいです。お子さんが幼いうちは周囲の配慮が必要で、これまでも泌尿器科はできる限りサポートしてきました。

平澤 教授が医局に子どもを見る場所を作ってくれているという話も聞きました。 

河野 どうしても保育所や夫に預けられない場合があるので、そのような時は子どもをカンファレンスに連れて行くことを認めてもらっています。男性の先生の中にも、カンファレンスにお子さんを連れてこられている方もいらっしゃいます。

平澤 今後、女性医師がリーダーシップを発揮することについて、どのようにお考えですか?
 

堀江 リーダーを語るときに、2つのキーワードがあります。ひとつは順天堂の学是である他人を思いやる「仁」、もうひとつは自分がめげない「粘り強さ」です。この2つを持つ人がリーダーだと私は考えています。実際、河野先生が真摯に仕事と向き合い、今まで続けておられることを周囲はしっかり見ています。先生の研究や臨床に対する姿勢がひとつの文化になり、それを人と共有することで診療科を超えて広がり、さまざまな領域の人が集まれるようになればいいと思っています。人は人との出会いで人生が豊かになります。河野先生には今後もさまざまな人と出会っていただき、ご自身の領域を広げていただきたいですね。

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河野 女性医師の場合、妊娠・出産でどうしても働けない期間ができてしまいますが、一方で、自分にしかできないことをいかに確立するかが大事だと思っています。私にとってはそれが多発性嚢胞腎という病気でした。今は臨床遺伝専門医の資格を取得するための勉強も頑張っています。人との出会いでは、これまで素晴らしい先生方や先輩方に恵まれ、言葉にできないほど感謝しています。今後は、最前線で頑張る若手を応援していきたいです。 

平澤 新しいリーダー像が見えてくるようですね。今日は素晴らしいお話を伺うことができました。堀江先生、河野先生、ありがとうございました。

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堀江 重郎(ほりえ しげお)

順天堂大学大学院医学研究科
泌尿器外科学 教授

1985年、東京大学医学部医学科卒業。1986年、東京大学医学部付属病院助手。1988年、テキサス大学サウスウェスタン・メディカル・センター研究員、1993年、医学博士。その後、国立がんセンター中央病院泌尿器科、東京大学医学部講師、杏林大学医学部助教授、帝京大学医学部主任教授を経て2012年、順天堂大学大学院医学系研究科泌尿器外科学教授に就任。

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河野 春奈(かわの はるな)

順天堂大学医学部
泌尿器外科学講座 特任准教授

2004年、順天堂大学医学部卒業。順天堂大学医学部泌尿器外科学講座、順天大学医学部附属浦安病院、江東高齢者医療センターを経て、2010年、日本泌尿器科学会専門医。2014年、医学博士。2015年、順天堂大学医学部泌尿器外科学講座助教、日本泌尿器科学会指導医。
専攻領域は、遺伝性腎疾患、泌尿器悪性腫瘍。