消化器外科学講座(食道・胃外科)
峯 真司 教授×那須 元美 特任准教授
Vol.8「変革期を迎えた食道・胃外科で臨床に教育に充実の時間を過ごす女性医師」

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食道・胃(上部消化管)外科は、主に食道がん、胃がん、食道胃接合部がんの外科治療に取り組む診療科です。いずれも日本では罹患者が多い病ですが、近年、治療方法に大きな変化が生まれており、注目されている分野です。2019年4月に同科主任教授に就任した峯真司先生と、特任准教授の那須元美先生が、食道・胃外科のやりがいや魅力について語ります。

 

さらなる挑戦が求められる
食道・胃外科の世界

平澤 まず、食道・胃外科の特徴について教えていただけますか? 

当科は食道がん、胃がん、食道胃接合部がんに対して、鏡視下手術を含めた外科治療を行っています。そのほとんどが悪性疾患の治療であることが特徴です。
 

平澤 どんなやりがいや難しさがあるのでしょうか? 

私自身は食道がんと食道胃接合部がんを専門にしており、いずれもこの20年で改善されてきてはいますが、いまだに他のがんに比べて予後や治療成績が良くない分野です。胃がんは食道がんと比べると予後は良いのですが、それでも進行がんになると、あまり良くありません。さらに食道や胃の手術は食事摂取に直結しており、手術が成功しても患者さんによっては生活の質(QOL)が落ちることがあります。それをいかに落とさずに手術をするのか。まだまだ外科医としてチャレンジすべきところが多い点が、食道・胃外科の難しさでもあり魅力です。
2020年に、特に食道がんに対して免疫チェックポイント阻害剤が非常に有効だとわかりました。15年来ほとんど変化がなかった治療方法が変わり目を迎えており、大変面白い時期でもあります。

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上部消化管外科学講座 峯 真司 教授

平澤 先生方が消化器外科医を目指されたきっかけを教えていただけますか? 

私は研修した病院で師事した先生方が食道がんの専門家だったため、自然とこの道に入りました。 

那須 私が外科医を選んだ理由は、ひとりの患者さんが入院・診断・手術を経て、元気に自宅へ帰って行かれる、その一連の流れの一番密な部分に携われるからです。最初は消化器外科に進み、年数を重ねていく中で食道・胃外科を専門分野に選びました。
当時は今より女性外科医が少なく、研修先で「自分の下に女性が来るのは初めて」と言われることもありました。ただ、学生時代に所属していた女子バスケットボール部には外科系に進んだ先輩がたくさんいらっしゃり、心強かったです。

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上部消化管外科学講座 那須 元美 特任准教授

オンとオフが分けられる
チーム制を採用した職場環境

平澤 ワークライフバランスはいかがですか? 

那須 特に食道癌の手術は手術時間が長いのですが、私の場合は比較的早い段階で長時間の手術にも慣れることができたと思います。診療科を選ぶ際は、手術の大変さを敬遠するよりはむしろ「同じ時間を働くなら、少し大変でもエキサイティングな診療科がいい」と考えていました。
これは病院や医局により異なると思いますが、私たちの科は完全にチーム制をとっているため、医師がそれぞれに患者さんを担当するという体制と比べるとオンオフがはっきりしています。ですから休日をしっかり確保でき、私も学生時代に入っていたオーケストラの活動を今も続けることができています。とくに峯先生が順天堂に来られてから働き方改革が進み、私自身も意識が変わったと感じます。

2外来での診療の様子

私が順天堂に移ろうと思った理由のひとつが、医局の先生方のハードワークを多少なりとも軽減できれば…と思ったからです。実は私自身も若い頃は病院に泊まるのが好きで、多いときは週に4日ぐらい泊まっていました。ところが年齢を重ねるにつれ、それが少しずつ大変になってきて、「仕事が終わったら早く家に帰りたい」と思うようになりました。
従来、食道・胃外科は治療も含めて最初から最後まで自分たちで完結するスタイルを取ってきましたが、この働き方では医局のメンバーの負担が大きい。そこで自分が入ってからは、他の科にお願いできる部分はお願いするように改革しました。
 

那須 実際、峯先生が来られてから、私も働き方が変わりました。なるべく勤務時間を短くしよう、という意識は医局全体に出てきましたし、手術を行う前の事前勉強も丸々持ち帰るのではなく、日中の隙間時間を活用していくように 

私が目指すのは、個々の特徴を活かしたチーム作りです。大学病院は教育・研究・臨床が三本柱のため、先生方が教育や研究などの業務で医局を抜ける時間が生じますから、その場にいる人でいつでも対応できる体制が必要です。それを逆手に取ってチーム制を採用することで、オンオフをしっかり分けることができるようになったのだと思います。

3食道・胃外科の手術の様子(右が峯教授)

平澤 おっしゃるとおり、那須先生は教育面でも活躍されていますよね。 

那須 順天堂には「卒業支援委員」という制度があります。学部6年生に1年弱寄り添い、精神的なケアも含めた諸々のサポートをする役割なんですが、私は委員を務めて5年目になります。 

平澤 学生の皆さんから支持され、ベストチューター賞*をこれまでに2回受賞されていますね。 

那須 学生と接していると、「自分がなぜ外科を選んだのか」を思い出すきっかけになり、フレッシュな気持ちが甦ります。卒業したからといって人間が変わるわけではないと思うので、学生に対しては、いつも「研修医の一歩手前」という目線で接するようにしています。女子学生から外科系を選択することについて相談を受けることもありますが、「みんな普通に働いているよ」、「先輩たちもそれぞれ活躍されているよ」と伝えています。外科医が少ないことは全国的に大きな課題ですが、自分たちが充実して働いている様子を見てもらうことが、どんなに言葉を尽くすよりも一番のメッセージになると思っています。


*ベストチューター賞…順天堂大学医学部において教育、研究等に貢献した教員に贈られる賞。医学部6年生の学生アンケート等を参考に選出される。 

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多様な人材が集まるチームで
各自の特性を活かして働く

平澤 食道・胃外科のチーム作りの方針について教えていただけますか? 

順天堂の食道・胃外科は医師7名中男性5名、女性2名という体制で進めています。
医学部生の約半数が女性となっている今、男女問わず、外科系を志望していただくためには、私たちの科が魅力的でなければなりません。仕事そのものにやりがいがあることをきちんと示していきたいと思います。

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那須 先ほどオーケストラのお話をしましたが、スタープレーヤーが100人いれば良いオーケストラになるわけではなく、さまざまな楽器や特徴を持つ人たちが集まってこそチームが成り立つのだと思います。峯先生が2019年4月に順天堂に来られて以来、先生ご自身は手術のオーソリティとして医局を引っ張ってくださっていますが、必ずしも全員が同じポジションを目指す必要はないと思っています。女性であることがプラスに働くこともあるでしょうし、興味や特性が異なる多様性のあるメンバーが集まることで、違った視点から治療の進め方や、患者さんの術後の生活などを考えることも出来ます。私自身も教育面など、関心を持って取り組みを続けてきた結果として、今の自分があるのだと考えています。 

那須先生が教育にも研究にも率先して力を注いでくださるので、我々も本当に助かっています。 

平澤 食道・胃外科における女性医師の働きやすさについては、どのようにお考えですか? 

大学病院の医師は臨床以外の業務があるため、その間のサポート体制が整っています。例えば、「保育園に急にお迎えに行かなければいけない」というときも、人がいればきちんとサポートができます。その点は、むしろ一般の病院よりも恵まれているのではないでしょうか。

那須 所属スタッフの数が一般病院よりも多いので、出産や育児で一時的に現場を離れることがあっても、誰かがフォローできますよね。また、留学で2~3年現場を離れていた先生が戻って来られたときに、違和感なく手術に臨まれている姿を見ていると、ブランクはそこまで心配しなくて良いように思います。
 

確かにそうですね。私自身の経験では、1年間研究のために国内留学をしましたが、臨床へのブランクを感じたのは1か月間ぐらいでした。 

那須 ある程度の経験の積み上げがあれば、一時ブランクが空いたり仕事をセーブする必要が生じても、意外とスムーズに復帰できるし、ライフステージに応じた働き方にシフトしていくこともできると思います。 

6カンファレンスの様子

転換点を迎えた消化器外科の世界。
エキサイティングな時間をともに過ごしたい

平澤 ここで那須先生からリーダーとしての意気込みをお聞かせいただけますか? 

那須 特任准教授を拝命してから、外部の方と接したり、内部で複数の科に係る仕組みを作る役割を担ったり、委員会などで人をまとめる機会が増えました。今まで私はリーダーシップをとる機会があまりありませんでしたが、せっかくいただいたチャンスを活かしたいと思っています。また、さまざまな先達の先生方の姿を拝見し、自分の中にも「こうありたい」というビジョンがありますが、特に峯先生のリーダーシップは私が知っていた先生方とずいぶん違います。ご自身で患者さんの状況をよく把握された上で、一旦私たちの意見、アイディアを聞いて下さってディスカッションしていくので、自分なりの考えを持つことを意識するようになりました。スタッフとの距離感も近く、「こんな影響の及ぼし方があるんだ」「いろいろなやり方があるのだな」という思いを日々新たにしています。

どんな組織であっても、ある程度の年齢になるとリーダーとして働かなくてはなりません。そのとき、自分の強みを持ち、いかにそれを活かしていくかが大切だと思います。消化器外科全体で見ると、国内外ともに女性医師はまだ少ないので、那須先生には学会も引っ張っていけるようなリーダーになっていただきたいですね。 

7医局のメンバーたちと

平澤 最後に、次世代の若手医師へのメッセージをいただけますか? 

外科医の仕事は技術的な側面が大きく、習得は大変ですが、その分非常に達成感が大きいものです。今後は労働時間も減り、昔ほど過酷な勤務にはならないでしょう。さらに順天堂では消化器外科4科が統合する予定ですので、一人ひとりの負担が減り、家庭を持つ女性にもより勤めやすくなると思います。全国的にも外科医が減少している今だからこそチャンスがまわってきやすいとも言えます。

那須 今は消化器外科の手術方式や治療戦略が大きく変わりつつある時代で、ロボット手術に代表されるような技術革新で体力、筋力的に不利な部分も減ってきています。この潮の変わり目を「面白い」と思える人、ワクワクできる人にはとても良いタイミングだと思うので、ぜひこの分野を選んでほしいと思います。 

平澤 ありがとうございました。

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峯 真司(みね しんじ)

順天堂大学大学院医学研究科
上部消化管外科学(食道・胃外科) 教授

1995年、東京大学医学部医学科卒業。虎の門病院外科研修医。2001年、九州大学生体防御医学研究所附属病院外科医員。2002年、虎の門病院上部消化器外科医員。2009年、公益財団法人がん研究会がん研有明病院消化器外科レジデント。医員、食道外科医長、食道外科副部長を経て、2019年、順天堂大学医学部消化器外科講座上部消化管外科学教授。日本外科学会専門医。日本消化器外科学会指導医、専門医。日本食道学会評議員、食道外科専門医、食道科認定医。日本内視鏡外科学会技術認定医(食道)。日本静脈経腸栄養学会認定医。

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那須 元美(なす もとみ)

順天堂大学医学部
消化器外科講座(食道・胃外科) 特任准教授

2000年、順天堂大学医学部卒業。順天堂大学医学部附属順天堂医院外科研修医。2002年、同第一外科専攻生。2005年、埼玉草加病院医員。2006年、順天堂大学医学部附属伊豆長岡病院(現・静岡病院)外科助手。2007年、順天堂大学医学部附属順天堂医院上部消化管外科学講座助手。2011年、順天堂大学医学部附属練馬病院総合外科助教。2013年、順天堂大学医学部附属順天堂医院上部消化管外科学講座非常勤助教。2014年、同助教。順天堂大学にて医学博士の学位授与。2019年、同特任准教授。