人体病理病態学講座
八尾 隆史 教授×佐伯 春美 特任准教授
Vol.7「顕微鏡から拓く病理病態学に魅せられて
働きやすさと研究を両立させる病理医という仕事」

zintaibyori

 

患者さんの臓器や組織を検査し、診断を下す「病理医」。多数の病理医が所属する人体病理病態学講座は1941年発足以来の長い歴史を持ち、臨床の現場を幅広く支えるとともに、教育活動にも力を入れています。特任准教授に就任した佐伯春美先生と八尾隆史教授が、病理医の仕事とやりがい、未来の病理医の姿について語ります。

 

組織像を見ることで病気を診断。
医療全体を見渡せることが病理の魅力

平澤 まず、病理医とは何をする医師か、「病理診断」とは何かについて、ご説明をいただけますでしょうか。 

佐伯 病理医とは、胃カメラ・大腸カメラなどの検査や手術などで摘出された臓器や組織を目で見て、さらに顕微鏡で観察し、その病気が何かを診断する医師のことです。そして、病理医が顕微鏡下で観察することを「病理診断」と呼びます。 

八尾 病理医がどういう仕事をしているのか、ご存じない方は多いと思います。私自身も学生時代はあまり病理医の仕事について知りませんでした。病理医の魅力は、なんといっても医療全体を見渡せることです。顕微鏡を通して細胞組織像を見ると、さまざまなことがわかり、病気の診断につながります。体の中で何が起きているのか見極め、なぜ起きているのかという疑問から研究を進め、病態・原因を解明し、治療につなげる。そうすることでまた診断の役に立つという一連の循環が、病理病態学の素晴らしいところです。

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人体病理病態学講座 八尾 隆史 教授

平澤 先生方が病理医になられたきっかけを教えていただけますか? 

八尾 私ははじめ、消化器内科に進みました。消化器内科を選んだのは、もともと写真や絵が好きだったこともあり、内視鏡を使った治療や検査に興味を持ったからです。その後、消化器内科では必ず病理を知らないといけないので大学院で本格的に勉強したところ、病理医ならより画像を見ることに特化できると知りました。もちろん、人手が少なくて、「自分が消化器内科に戻っても誰が診断してくれるんだろう?だったら自分でやった方が早い」と思ったことも大きかったです。 

佐伯 私も医学部を受験した頃は臨床医を思い描いていました。しかし、大学3年次の基礎ゼミでの病理の先生方との出会いが私の医師としての進路を変えるきっかけになりました。患者さんの診断を実際に行っているのが病理の先生と知り、病理の道へ進むことを決めました。今、教員として学生に教える立場になりましたが、そういう意味でも「学部のゼミも大切」だと思います。
病理分野はあまり知られていない分野ですので、医学部生でも病理医になろうと考える人は多くはありません。そこで順天堂では早くから病理分野に触れてもらおうと、中高校生向けのセミナーを毎年実施しています。毎回多くの中高生が参加してくれていますが、「実際に顕微鏡を使って標本を見ることができる」と好評です。2020年度はCOVID-19の影響で、オンラインでの実施となりました。

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人体病理病態学講座 佐伯 春美 特任准教授

平澤 働き方という観点ではどのようにお考えですか? 

八尾 臨床の先生方に比べて、時間が自由になりやすいという利点があります。場所も時間も選ばないので、多様な働き方ができます。 

佐伯 緊急事態が少ないこともあり、男女ともに働きやすい環境だと感じています。忙しい時には、標本が何個も目の前に積み上げられるような時もありますが、自分自身が家事や育児など複数の仕事を、優先順位をつけつつこなしてきた経験が、こういう時には活かされるなと感じます。

家族と一緒に米国へ留学。
病理領域の規模の大きさや専門の細分化に驚く

平澤 佐伯先生は2017年に米国のジョンズ・ホプキンス大学へ研究留学をされたんですよね?

佐伯 はい。日本では病理の検体を使った研究がメインでしたが、留学先では動物モデルを使った研究に携わりました。もともと婦人科腫瘍に興味があり、留学先では卵巣がんの研究をさせていただきました。 

平澤 米国の病理医は日本とはかなり違いましたか?

佐伯 留学前から「米国では、病理学の位置づけや病理医の立場がかなり違うよ」と聞いてはいましたが、実際に渡米し、その規模の大きさに驚きました。ひとつの病院にいる病理医の人数が日本とは比べものにならないくらい多く、分野も細かく分かれていて、その分研究を行う人材やマンパワーがありました。順天堂もある程度病理医の人数がいますし、検体数や貴重な症例数も多い病院です。けれども、やはり米国に比べると少ないと感じました。 

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八尾 私も消化器病理の分野では世界トップクラスの英国の病院に留学をしたことがありますが、米国ほど大規模ではなかったですね。中国も日本に近い印象でした。 

佐伯 留学には家族も同行しました。子どもたちが幼かったこともあり、臨床医の夫が仕事のタイミングを合わせてくれました。帰国後も子どもたちから「楽しかったね」と言ってもらえて、励みになっています。こんなふうに留学や研究ができたのも、男女共同参画推進室の女性研究者支援があったからこそだと思っています。同じように子育てをしながら研究を続けている先生方のお話を伺う機会が多く、モチベーションアップにつながりました。

八尾 私たちの講座では「チャンスがあれば、いつでも留学に行きなさい」と、つねづね伝えています。留学経験はまたとない糧になるはずです。 

AI・ゲノムの発展によって変化する
病理診断のあり方

平澤 近年、AIやゲノム医療が急速に発展していますが、その中で病理医はどのような役割を果たしていくべきとお考えでしょうか?

八尾 今、病理診断でも遺伝子を調べないと分類できない分野が現れはじめています。情報量がとても多いため、どう捉え切るかが個人の能力にかかっており、そこが難しく、かつ面白いところです。
また、AIができるところはどんどんAIにやってもらいたいと考えています。AIだけの力では、診断そのものはまだ充分ではありませんが、例えば癌のリンパ節転移の有無を検出するとか、細胞増殖活性能の判定を画像解析で行うなどは、AIが得意とするところです。その上で、病理医は病気の全体を見渡す役割に集中するといいと思います。
 

4人体病理病態学講座のカンファレンス

平澤 先生方が考える未来の病理医像を教えていただけますか? 

佐伯 病理医は全身の臓器を見て診断できることが魅力ですが、その中でゲノム医療が進み、病理医に求められる専門性が高まっています。臨床の先生方をサポートするためにも、病理医はAIやゲノムに関する知識をどんどん高める必要があります。
 

八尾 近年、バーチャルスライドシステムにより組織標本全体をデジタル画像化することで、ネットワークさえつながっていれば、どこにいてもパソコンで病理診断ができるようになりました。順天堂でも静岡病院の患者さんの病理組織画像を本院で診断する取り組みがはじまっています。

自分の目で見て解析し、フィードバック。
その積み重ねが自身の力になる

平澤 佐伯先生は特任准教授に就任されて、今後はリーダーとしての役割を担っていくことになります。八尾先生から佐伯先生へのアドバイスをいただけますか?

八尾 病理診断は組織像を見ているだけでは本当のことはわかりません。自分の目で見て、何が起きているのか解析して、結果をフィードバックして再び組織像に戻る。その積み重ねの中で新しいことを発見すれば、自分に力がついていきます。今まさに佐伯先生がやってらっしゃることですので、これからも今のモチベーションを継続し、後進にも伝えていただければと思います。
 

5人体病理病態学講座で主催している中高生向けセミナーの様子

平澤 佐伯先生は教室運営について、八尾先生にご質問はありますか? 

佐伯 人体病理病態学講座は医学部1年生から6年生までの幅広い学年が関わり、臨床の各診療科との連携も強いため、私たちが関わる範囲も広いです。このあたりの臨床、教育の業務はどのようにマネジメントをしていけばいいでしょうか? 

八尾 学生に対しては1対1対応を増やす、横で仕事ぶりを見せる、診断している様子を見せるといったことを、少しずつはじめるのが良いのではないでしょうか。研究カンファレンスも診断カンファレンスももっと増やしていきたいですね。臨床の情報あっての病理なので、各診療科との連携も絶対に外せません。しっかりやっているところを見せれば、中も外もついてくる。私自身はそのような気持ちで取り組んでいます。 

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佐伯 私はやるべきことが多くなったとき、どのように進めればいいのかわからなくなることがあります。でも、そんなときも自分自身の軸がブレないように進めていきたいと思います。 

八尾 それがいちばん大切ですね。私自身も母校の九州大学にとても病理診断に長けた先生がいらっしゃって、「あんなふうになりたい」という一心で続けてきました。佐伯先生も自身の軸をもって行動すれば、みんながついてくると思いますよ。 

平澤 順天堂の医学部では、3年生の時に5週間研究ができる基礎ゼミという制度がありますが、人体病理病態学講座は定員の何倍も学生が集まるほど人気と伺っています。人気の理由を教えていただけますか?

八尾 病理はとても分かりやすいんですよ。見たものから真実がわかるという面白さがあります。そして、先生方が楽しく働かれている雰囲気が学生にも伝わっているのではないでしょうか。あとは、私のカレーでしょうか(笑) 

平澤 確かに、八尾先生のお人柄に加えて、先生のご趣味のカレーの影響もあるかもしれませんね。八尾先生はDr.Curryのハンドルネームで雑誌・TV・ラジオ・YouTubeなどでカレーのお話を披露されており、有名でいらっしゃいますので、学生たちも良く知っていますね。 

八尾 順天堂は近辺にカレー屋が多く、それまた私にとっては楽しみでもあります。きっとカレーの神様が私を順天堂に引き寄せてくれたのでしょう(笑)

平澤 八尾先生はいろんな人の興味や特性を生かす教室運営をされていますが、まさに先生の愛するカレーのような教室と言えるかもしれないですね。
今日は素敵な対談をありがとうございました。

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八尾 隆史(やお たかし)

順天堂大学大学院医学研究科
人体病理病態学 教授

1986年、九州大学医学部卒業。1986年、九州大学医学部附属病院研修医。1987年、大牟田労災病院内科勤務。1988年、九州大学大学院医学系研究科進学。1992年、九州大学医学部形態機能病理学助手。1993年、病理専門医取得。1994年、九州大学にて医学博士の学位授与。1994年~1995年、英国(ロンドン)St Mark's Hospital へ留学。1996年、九州大学医学部形態機能病理学講師。1998年、九州大学大学院医学研究科形態機能病理学助教授、2008年、順天堂大学大学院医学研究科人体病理病態学教授。消化管の病理学を専門として、多くの関連学会に所属し、消化管の癌取扱い規約の病理委員・組織検討委員(食道癌、胃癌、大腸癌)や雑誌『胃と腸』の編集幹事も務める。

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佐伯 春美(さえき はるみ)

順天堂大学医学部
人体病理病態学講座 特任准教授

2006年、順天堂大学医学部卒業。順天堂大学医学部附属浦安病院初期臨床研修医。2008年、順天堂大学医学部附属浦安病院病理診断科助手。2012年、日本病理学会専門医取得。順天堂大学にて医学博士の学位授与。順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座助教。日本臨床細胞学会細胞診専門医取得。2017年12月~2019年2月、米国Johns Hopkins大学病理留学(博士研究員)。2018年、日本病理学会指導医。2019年、順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座助教。同特任准教授。2020年、人体病理病態学講座特任准教授。2017年度、順天堂大学医学部同窓会海外留学時助成受賞。