浦安病院救急診療科
田中 裕 教授×森川 美樹 特任准教授
Vol.4「領域を超えて多様な患者さんに向き合う救急医として活躍する女性医師。 “ここに、医療の原点がある”」

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19ある医療の専門領域の中でも、女性医師が少ないといわれる救急科。順天堂大学医学部附属浦安病院(以下、浦安病院)では2007年の救急診療科発足当初から女性医師が参画し、現在では女性医師が救命救急センターの主力として重要な役割を果たしています。今回は救急医の仕事と出産・育児を両立する森川美樹特任准教授と田中裕教授(副院長・救命救急センター長)が、救急医の魅力と女性医師の活躍について語ります。

重症度や診療科に関係なく、
あらゆる患者さんを診られるのが救急科の魅力

平澤 まずは浦安病院救急診療科の特徴について、教えていただけますか? 

田中 浦安病院に救急診療科ができたのは2007年9月。私と3名の医師が集まって立ち上げ、徐々に医師数を増やして現在20名が在籍しています。
当科の特徴は三次救急※を軸に、プライマリケア※センター、こども救急センターを設置していること。一次救急※、二次救急※も含めて幅広い患者さんを受け入れ、初期治療からその後の集中治療まで診ています。さらに2013年よりラピッドカーを導入し、病院前救急医療※も展開しています。
 
※一次救急:軽症患者(帰宅可能患者)に対する救急医療
※二次救急:中等症患者(一般病棟入院患者)に対する救急医療
※三次救急:重症患者(集中治療室入院患者)に対する救急医療
※プライマリケア:多様な症状の診断・治療を行う総合医療
※病院前救急医療:ラピッドカー(ドクターカー)などを使って、患者さんが病院に搬送される前に行う病院外医療
 

森川 私は2010年に浦安病院救急診療科に入局しました。2007年の立ち上げ時、女性医師は角 由佳 前先任准教授(現在、世界保健機関:WHOへ出向中)おひとりでしたが、翌年に私と2名の女性医師が同時に入り、今では主力となっています。

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浦安病院救急診療科 森川 美樹 特任准教授

田中 実は国内の救急医は圧倒的に男性が多く、女性が少ないのが現状なんです。そもそも日本の救急医療の歴史は、1960年代半ば以降の交通戦争を受けて始まりました。交通事故による多発性外傷の患者さんを診るため、救急診療科=外科医集団だったのです。当時は、もともと女性医師自体が少ないうえに、外科医はさらに少なかったため、救急医もほとんどが男性でした。潮目が変わったのが1990年代。米国から「北米型ER」の考え方が入ってきたことによります。 

森川 「北米型ER」とは、ウォークイン※から救急車で運ばれてくる重症者まで診る救急診療体制のことです。患者さんが来られたらしっかり診療し、どの診療科に回すのか決定して各診療科へ引き継ぎます。
※ウォークイン:他の病院からの紹介患者さんや自力で来院された患者さん
 

田中 「北米型ER」では、9時~17時の勤務でオンオフが明確なので、米国では女性医師の方が多いぐらいなんですよ。おそらく、そこからシフト制も生まれたのでしょう。

平澤 森川先生はなぜ救急医を目指されたのですか? 

森川 飛行機の中で「お医者さまはいらっしゃいませんか?」とアナウンスが流れたとき、自信を持って手を挙げられる医師になりたかったからです。救急医は一次救急から三次救急まですべて診るため、私が理想とする医師になれると思いました。実際、救急診療科では本当にさまざまな疾病や外傷を診ることができます。臓器別ではなく、いろいろな疾患を考えなくてはいけない過程も興味深く感じました。それに、私はひとつの科に絞ることがなかなかできなくて。「それなら全部やってみよう!」と救急診療科を選びました。

2浦安病院のラピッドカー 2019年度出動件数 656件

田中 私は「救急は医療の原点」と考えています。患者さん目線で考えると、おなかや頭が痛くなったり、呼吸が苦しくなるなど、いろいろなことが突然起きるわけです。でも、一般の人は救急科に駆け込めば、「いつでもどこでも誰でも診てもらえる」と思っている。つまり、救急医療とはライフラインであり、水道や電気と同じ存在。これこそ「医の原点」です。

平澤 救急診療科の中でも、森川先生が浦安病院を選ばれた理由は? 

森川 後期研修医時代、救急車受入台数年間1万台という、都心の不夜城のような病院での勤務を経験しました。初期対応については大変学ばせていただいたのですが、集中治療ももっと勉強したかったことと、学術的にも医学を探究したいと思い、母校の順天堂に戻りました。
それと日本の救急は一次二次救急なら一次二次救急、三次救急なら三次救急と分かれている病院が多いのですが、浦安病院なら一次救急から三次救急まで診ることができます。救急車で運ばれてくる重症者だけでなく、ウォークインの患者さんの中に潜む「歩いて来られる心筋梗塞」「歩いて来られる大動脈瘤」も救うことができる。この両極ができるのが、浦安救急の魅力ではないでしょうか。
 

田中 今、森川先生がおっしゃったように、あらゆる患者さんを診られることが救急医の魅力でしょう。医師はそれぞれに専門の領域を持っていますが、救急でそれを伸ばすこともできます。一方、急性期なので患者さんの容態が刻々と変化し、すばやく対応しなくてはならず、医師の判断が難しい。これが救急の面白みでもあり、難しさでもあります。

tanaka浦安病院救急診療科 田中 裕 教授

シフト制で家事・育児と両立しやすい救急科。
医局内で相談しながら課題を解決

平澤 浦安救急は発足時から順調に医師の数が増えているように見えますが、一般的にはどうなのでしょう? 

田中 私は一般社団法人日本救急医学会の理事を務めていますが、前述のような救急医療の歴史があり、救急医学会の会員は女性がとても少ないです。約11,000名の会員のうち、女性はおよそ10%。他学会に比べると、非常に男社会です。しかし、現在の医学部を見ると、学生の半数近くは女性ですよね。ということは、女性の多くが救急以外を選んでいることになります。

 

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そもそも救急医は絶対数が足りていません。救急医全体の数を増やすためにも、女性救急医を育てないと未来はない。
そんな危機感を持って、2013年に学会内に女性参画推進特別委員会をつくり、私が初代担当理事を務め、全国で活躍する女性救急医に参加していただきました。2年後には「女性だけが参画するのはおかしい。男性も参画しなければ」と、男女共同参画推進特別委員会に改めました。そこから「救急医を増やすためのプログラムやロールモデルを提供しないと増えない」と考えるようになり、「救急医をめざす君へ」というWEBサイトを立ち上げました。今ではこのWEBサイトを見たことがきっかけで救急に入局してくれる人もいます。

日本救急医学会が運営する研修医や医師を目指す学生等に 向けたWEBサイト「救急医をめざす君へ」

平澤 高校生もこのWEBサイトを見ているかわかりますか?

田中 高校生も見てくれています。委員会ではどの世代が見ているのか定期的に検証しており、若い人がとても多く見てくださっていますね。なかには問い合わせもいただいて、「どんな勉強をすればいいですか?」「ドクターヘリに乗るにはどうすればいいですか?」といった質問もありますが、一つひとつ丁寧に対応しています。

平澤 森川先生は救急での女性医師が働く難しさを感じることはありますか?

森川 私自身は「女性だから」といって難しさを感じることはありません。昔、後期研修先を探すのにいくつかの病院を当たってみたのですが、その中のひとつから「ウチは女性スタッフがいないから、正直きみの扱い方がわからない」と、はっきり言われたことがあります。ですから、難しさを感じるのは、むしろ同じ職場の男性の方ではないでしょうか。私は「女性だからやりづらい」と感じたことは一度もないです。
むしろ、女性医師にとって救急は良いことの方が多いと思います。シフト制が採用されているので、オンオフが明確。オフの時間には育児や家事ができます。ちなみに、私には小学2年生と5歳の子どもがおり、現在第3子を妊娠中です。

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救急診療科が紹介されている病院広報紙

平澤 シフト制では業務の引継ぎが必須ですが、そこに課題はないですか?

森川 引継ぎ時間が長引き、定刻どおりに終わることができないのはときどきあります。退勤直前に重症者の救急車が来たら、一段落するまで帰ることができなかったりしますよね? でも、引継ぎを短くスムーズにできるようにクラウドで情報共有をしたり、次のシフトの医師が早めに出勤したり、という工夫もしています。また、重症患者さんが来られた場合に緊急出勤できるメンバーのSNSグループもつくっています。

田中 そのSNSグループはAcute Care Surgery Teamと呼んでいます。例えば高所からの墜落や重症の交通事故、大やけどなどは、1~2名の医師では荷が重いんです。すぐに手術や血管内治療が必要なケースもあり、そんなときSNSに召集がかかります。若手医師の中にはこういったケースに興味を持ち、召集がかかったらいつでも駆けつけたい人たちがいるんですよ。外科の専門医や研修医もSNSグループに入っていて、数も増えつつあります。

平澤 浦安病院では現場がとてもうまく回っているのですね。その最大の要因は何だとお考えですか?

田中 もっとも重要なのは、やはりスタッフ数です。スタッフ数が少ないとシフトも組めませんし、呼ぶに呼べない状況でしょう。救命救急センターは全国に289か所ありますが(2018年現在)、浦安病院のようにスタッフが20名以上いる施設は全国でも数少ないのです。厚生労働省が毎年実施する「救命救急センター充実度評価」という調査があるんですが、当院は最高評価「S」をいただいています。スタッフ数はもちろん、スタッフの質、救急車の搬送台数、重症者の受け入れ人数、チーム医療の展開など、あらゆる角度から救命救急センターの充実度を評価する制度です。

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平澤 森川先生は女性救急医としての強みはどんなところにあると感じますか?

森川 やはり妊娠・出産・育児を経験しているので、女性やお子さんの患者さんに自分の体験も交えて説明すると納得されることが多いと感じます。救急診療科に来られる患者さんは多種多様ですから、スタッフも性別年齢問わず多種多様な方がいいのではないでしょうか。

田中 実際、森川先生は素晴らしいですね。とにかく決断が早い。患者さんが来られた時点で、森川先生の頭の中ではすでにいくつかのケースが想定できているんです。判断力も優れていますよ。当科にはリーダーも副リーダーも研修医も全員女性の夜勤チームがありますし、救急医に男性女性は関係ありません。

目指すのは誰もが納得できる環境づくり。
長く続ける女性救急医のロールモデルに!

平澤 次世代の救急医のために、森川先生が取り組んでいる活動を教えていただけますか?

 

森川

北米型ERに興味のある若手救急医中心のNPO団体(「EM Alliance」)で、救急医のワークライフバランスやウェルネスを考えるグループを運営しています。妊娠・出産した女性ばかり擁護すると、必ず男性や独身女性から不満が出ますので、みんなが納得できる方法を創り出せたら…と考えています。そのためには、そもそもの仕事の満足度を高めていくことがとても重要。忙しくてつらいときも、やりがいを感じることができれば人は頑張れるので、そんな環境づくりが大切です。サポート体制や参加しやすい教育体制、職場の安全管理にも目を向ける必要があります。
また、「EM Alliance」で、医師の相談コーナーもつくっています。まだ機能するには至ってないのですが、悩みがあっても相談相手がいない人のために気軽に相談できる場所をつくりたいです。

森川特任准教授が運営に携わる「EM Alliance」のホームページ

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平澤 救急医を目指す次世代へ向けて、先生方からメッセージをお願いします。

森川 救急には長く続ける女性医師が本当に少なくて、私もよく「先生はいつまで救急をするんですか?」と聞かれます。でも、脳神経内科を選んだ医師が「いつまで脳神経内科をするんですか?」と質問されることなんてないですよね? こんな質問がなくなるように、女性救急医が長く続けることが当たり前の状態にしていきたい。私がロールモデルとなって、「いつまででもできるんだよ」と証明していきたいです。
また、私が働けているのは職場と家族の理解があってこそ。職場の方々と家族に、心から感謝しています。

田中 昨年、第47回日本救急医学会総会・学術集会を主催しました。そのときの会長講演で話した次世代へのメッセージです。複雑化する社会、超少子超高齢化の中で社会が救急医療に求めるニーズは多様化しています。救急医には、外傷、熱傷、中毒などの外因性救急疾患を中心とした迅速な対応や知識が求められます。また社会の変化とともに、高齢者内因性救急疾患への対応、ドクターカーやドクターヘリ、災害医療などの病院前医療などの積極的な関わりが期待されています。今まさにCOVID-19の重症患者の集中治療は全国の救急医が中心に活躍しています。過去を顧み、今を検証し、未来を拓くのは若い救急医達です。多くの若い仲間が救急医療・医学の世界に飛び込んで来てくれることを期待します。 

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田中 裕(たなか ひろし)

順天堂大学大学院医学研究科
救急・災害医学(医学部附属浦安病院) 
教授

1982年、大阪大学医学部医学科卒業、同大医学部附属病院特殊救急部研修医。1983年、国立東静病院外科臨床研修医。1985年、恩賜財団済生会神奈川県病院外科常勤嘱託医などを経て、1990年、米国セントルイス大学留学。1993年、大阪大学医学部助手。1997年、同学講師。1998年、同学助教授。2007年4月、同大学院医学系研究科救急医学准教授。同年9月、順天堂大学医学部及び大学院医学研究科救急災害医学教授就任。同10月、順天堂大学医学部附属浦安病院救命救急センター長に就任。2019年4月、同院副院長。2020年4月、同院副院長・診療部長。日本救急医学会、日本外傷学会など、理事・評議員多数。

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森川 美樹(もりかわ みき)

順天堂大学医学部
救急・災害医学研究室(医学部附属浦安病院)
特任准教授

2006年、順天堂大学医学部卒業。日本赤十字社医療センター臨床研修医。2008年、国立国際医療センター戸山病院救急部後期レジデント。2010年、順天堂大学医学部附属浦安病院救急診療科助手。同大学院医学研究科救急災害医学入学。2011年、日本救急医学会救急科専門医取得。2014年、医学博士学位取得。同浦安病院救急診療科助教。2016年、同非常勤助教。2018年、同助教。2019年、同特任准教授。日本救急医学会科学優秀論文賞受賞。公益信託丸茂救急医学研究振興基金受賞。